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第3章 Intervention in Corruption
第52話 奴隷区画
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「早速来たのね。 仕事探し?」
「そうですね。 宿屋で聞いてもどこかのギルドに向かえとしか言われなかったので、とりあえずここへ」
「分かったわ。 他にちょうど客もいないし、私が教えてあげる」
「ありがとうございます」
昨日ハジメは平民区画で宿を見つけ、そこを拠点とした。 そして一通り町を巡った感じ、生活の質はベルナルダンとあまり変わらない様子だった。 モルテヴァの印象は、壁に囲まれて安全な町というくらいなものだった。 もちろん規模が大きく人間の数も莫大な数存在しているため活気は高いが、一般的な農民の生活はどこへ行っても変わらないということらしい。
「どんな仕事を探してる?」
「力仕事でも、魔物の討伐でも、危険度がそれほど高くないもので継続的にできる仕事ですね」
「その二つの危険度は天と地ほど違いがあるけど、分かってる?」
「それは……はい。 魔物って言っても俺一人で倒せる程度のものですけどね」
「知らないと思うから説明するけど、モルテヴァの北がちょうど魔物の巣窟になってるのね。 そこから町までやってくる魔物も多いから討伐依頼は常に発布されているの。 自信があるなら都市防衛の仕事があるわ」
「巣窟って、大丈夫なんですか?」
「モルテヴァがここにある理由も、北部未開拓領域の調査という大義名分があるからなのよ。 だから調査依頼と討伐依頼は常設されてて、登録すれば基本的に誰でも参加できるわ。 そのあたりの仕事であれば魔物と戦わなかった場合でも給金は出るし、成果物に対しては別途報酬が出る場合もあるわね」
モルテヴァの数キロメートル北に広がる未開拓領域の調査は主目標だが、それ以上に都市防衛は重要だ。 町が守られなければ開拓もままならないということで、そこには防衛にかなりの人員が割かれている。 調査隊も適宜派遣されているわけだが、調査隊が魔物を刺激しないわけでもない。 時折町まで追われて逃げ帰ってくることもあるため、とりわけそういった場合に防衛隊の仕事が増える。
「なるほど。 調査依頼はどういったものですか?」
「物理的な森林伐採と魔物の生態系調査、あとはそこに存在するとされている魔物の親玉もしくは魔人の討伐──これらがメインね。 あとは原生する植物や鉱物、その他希少物資の調査なんかも含まれてるわね」
「あー、そっちは多分俺一人じゃ厳しそうですね」
「そうねぇ。 そもそも一人で参加しようとする人なんていないし。 ああいうのはパーティを組んで挑むのが基本よ」
「じゃあ尚更無理ですね。 団体行動なんてできないですし」
「魔法使いは特にそうね。 彼らは身勝手の塊だから。 ……ああ、そうだ」
「どうしました?」
「魔法使い専用の依頼なら魔法使い組合なんだけど、そっちはまだよね? 長期滞在なら登録しておいたら?」
「あ、そう言えば。 それも聞こうと思っていたところでした。 組合で更新する必要ってあります?」
「無いわね。 あれは国が魔法使いを管理しておくためのものだし、何かしらの特典があるわけでもないからね」
「ですよね。 あ、でも、魔法使い専用の依頼っていうのは気になります」
「それぞれの属性に適した専用の仕事ね。 土属性だったら外壁の修繕だったり、水属性だったら水道管理とか、ね」
ハンターギルドを介さない魔法使い組合の仕事は多岐にわたる。 ドミナの説明した内容以外にも、魔法研究だったり魔導具作成などもこれらに含まれるものだ。 ハンターギルドが町の外を担当するなら、町中の特定の事業に関わるのが魔法使い組合だ。
「色々あるんですね」
「モルテヴァは王国の中でも特有の魔法都市だからね。 そこかしこに魔法の関わりがあるわ。 この腕輪とかね」
ドミナの腕輪は黄色だ。 それはつまり、商業区画に籍を置く上級国民ということ。
(昨日ドミナさんは部屋に来ていいって言ってたけど、階級が違うんじゃ宿泊なんて無理じゃん。 勘違いしそうになってた、危ねぇ……)
「どうしたの?」
「あ、いえ……えっと、仕事以外にも聞いていいですか?」
「どうぞ?」
「魔導具とか装備を売ってる良質な店舗とか知らないですか?」
「良質、ねぇ……。 目的に合ったものを購入できる店舗がそれに当たるかもしれないけど、良質かどうかは自分の目で判断するしかないわね。 ハジメ君の場合、買うとしたら魔導具よりも一般的な装備じゃない?」
「やっぱり魔法使いには見えない……ですよね?」
「前衛にも見えないけどね」
「どうしてですか?」
「口調も温和だし、見た感じ強くなさそうじゃない」
辛辣で率直な意見を投げつけれられ、ガクッとハジメの身体が傾いた。
「そ、そうですよね……」
「ハジメ君って前衛で戦う魔法使い?」
「前衛、と言えば前衛ですかね。 魔法の方はイマイチなんで」
「それなら組合の仕事の方が向いてると思うけどね。 組合の信頼が得られたら特殊な魔導具とか魔法装備も手に入れられるし、危険も少ないから」
「あー……。 町の外ってそんなに危険ってことですか」
「見てわかるでしょ?」
ドミナがざっと視線だけを動かした。 ハジメもそれに倣って顔を動かすと、ギルド内部で過ごしている多数の者たちが居る。 彼らはハジメのような貧弱な外見ではなく、重厚な装備を身に纏っていたり傷跡が目立ったりと歴戦の勇士であることを窺わせる。 加えて、一人で行動している者も見られない。
「基本的に、ああやってパーティを組まないと北部調査は難しいわ。 そのためには普段から色々な依頼に参加して信頼関係を構築して、それでようやく攻略できるってほどなのよ」
「じゃあ尚更、組合の仕事を探した方がいいですかね」
「望むならどこかに推薦しておくけど? そのためにはハジメ君の能力を教えてもらわないといけないけどね」
「それは……」
「そうね、嫌なら大丈夫よ。 魔法使いの行動としては正しいから気にすることないわ。 まぁでも、一人で調査依頼ができないってわけでもないけどね」
「それは、無茶をすれば良いってことですか?」
「いいえ、人材を雇えばいいのよ。 奴隷なら、使い捨てても問題はないからね」
「……」
ドミナがあまりにも当然のように宣うので、ハジメは絶句した。 残酷な世界だとは分かっていたが、こうも一方的に人権が無視されていようとは思っていなかったからだ。
「どうかした?」
「いえ、色々教えてもらえて助かりました。 今からちょっと回ってくるので、また来ます」
「ええ、いつでも──」
ハジメはドミナの発言も待たずに身を翻してギルドを出た。 怪訝に思われることも気にせず、ハジメの足は奴隷区画へ。
「ここから先は奴隷区画だが、何の用だ?」
検問所の衛兵は高圧的にそう言葉を吐いた。 彼らの腕には黄色の輪が巻かれており、ハジメに対する威圧的な態度も頷ける。
「えっと……入れますか?」
「奴隷雇用者か。 契約書を出せ」
「契約書?」
「なんだお前、新参か?」
「昨日ここへ」
「なら帰れ。 雇用者以外の無用な侵入は許可されない」
「えっと、その、奴隷区画のことを知りたくて……」
「うるせぇなぁ、自分で調べろ! 仕事の邪魔だ、用が済んだらさっさと消えろ!」
「ッ……」
「なんだぁ、その顔は!? 区画間での問題行動は即逮捕案件だぞ。 聞いていないとは言わせんぞ!」
「わ、分かりました……」
衛兵たちはこれ以上取り付く島もないため、ハジメは撤退することにした。 ハジメは聞き流していたが、昨日町に入る際にそのような説明があった気がしたからだ。 それに彼らもこんなところで嘘など付かないだろう。
「あいつら、何をピリついてる……?」
商業・平民区画間は検問が左右に二箇所あり、衛兵の態度も普通だった。 しかし平民・奴隷区画間は検問が一箇所で、なおかつそこに動員さえている衛兵の数もかなり多い様子だったのだ。
(まるで国境警備隊だな……。 区画間の抗争でも起きてるのか? 嗅ぎ回るのはマズそうだな。 とにかく暫く生活するんだから、この町のことは知っておきたいんだよな)
町のことは生活しながら把握するとして、ハジメはまずやるべきことを一つずつ解決しておくこととした。 その一つとして、魔導具店を訪れる。
「……」
商業区画で目についた店にハジメが入ると、眼鏡の女性がカウンターで座って客を迎えている。 しかし何かしらの声かけがあるわけでもなく、ハジメを一瞥しただけで手元の本に視線を戻してしまった。
(なんか態度悪いな……。 他に客もいるし、これが普通か?)
ハジメの基準は日本の店員のため少し違和感があるが、やたらと話しかけてくる店員には嫌気が差す性質なため、これはこれでありがたい。
ハジメは陳列されている品を見て回る。 そこにはアクセサリーや簡易魔導書、魔杖など様々な魔法関連の製品が並べられている。 そのどれもが金貨数十枚以上を要求しており、ハジメは一瞬で場違いを自覚した。
(高けぇ……。 高級店かよ)
当初ハジメは魔導具を手に取って確認しようとしていたが、値段を見てそれはやめることとした。 壊してしまっては、現状の手持ちでは到底足りない。 金貨20枚など、長期の宿泊だけで消えてしまう程度のものだ。
(とりあえず話を聞かないと分からないな。商品のこともそうだし、別の店のことも聞けるはずだ)
「あの、今いいですか?」
「……はい。 何をご所望ですか?」
「えっと、質問なんですけど、商品は陳列されているものが全部ですか?」
「お客さんの身分では、それが全てです」
(ああ、そうか。 ここでも身分が関わってくるんだったな)
「俺が魔法使いでもですか?」
「……なるほど。 その場合はオーダーメイドの注文が可能です。 もうワンランク上であれば特別な商品の購入も可能となります」
「分かりました。 魔導具を購入するのってどんな人が多いか教えてもらえますか?」
「そうですね、魔導具を購入するのはその大半が魔法使いになります」
「魔導具の有無は生存に大きく関わりますか?」
「それは場面に応じた使い手の技量による、とだけ」
「まぁそうですよね。 あと、ここの他に魔導具店ってありますか?」
「商業区画のこの店舗だけです。 ただ、魔法使い組合でも購入可能なものもあります」
「そうですか、ありがとうございます」
説明を受けて再度商品を見て回ってから、ハジメは店を後にした。 魔導具はどれもハジメの目を惹くものばかりだったが、今のところ購入の目処は立たない。
(俺の魔法を解明するためにも魔導具は必要だけど、安定した収入が入るまでの購入は難しそうだしな。 安宿でも一泊銀貨5枚もかかるから、実入りのいい仕事がいいよな。 でも仕事を選り好みできる状況ではないんだよなぁ……)
安全で稼ぎも良さそうな仕事を探して、次なる目的地は魔法使い組合。 組合はベルナルダンのように複合施設には含まれていないらしく、貴族区画に程近い場所にそれはあった。
「俺、ハジメ=クロカワって言います。すいません、魔法使いの登録をしたいんですが」
ハジメは話の入りが分からなかったので、組合からの印象を良くするためにも登録の判断に至った。
「こんにちは。 ハジメさん、どこからこの町へ来ました?」
「ベルナルダン経由で昨日ここへ」
「ベルナルダン、ですか。 少しお待ちを」
受付嬢が誰かを呼びに席を立つ。
(やっぱベルナルダンって単語には敏感だし、これは何かあるな……。 ゼラって名前が出ても反応しないようにしないとな)
「よく来たな。 儂は組合長のアンドレイ=ウイザ。 君が登録を希望する魔法使いで相違無いな?」
現れたのは、白髪と白髭をふんだんに蓄えた巨漢の老人。 だが老人といえど体格はハジメよりも数回り大きいため、必然的に見上げる形になる。
(でけぇ……。 なんだこの爺さん、巨大なドワーフか?)
ハジメがそう思うほどには圧力のあるアンドレイは、屈強そうな肉体の中に優しさを感じられそうな目つきをしている。 そして魔法使い組合の長ということもあって、アンドレイの首元には魔導印が刻まれている。
「あ、はい。 ハジメ=クロカワと言います。 ベルナルダン経由で昨日ここにやってきました」
「……ふむ。 登録のため魔導具設置室まで案内するから付いて来い」
特に何かを聞かれることもなく、ハジメは案内されるままに見覚えのある大型魔導具のある室内へ。 そうして以前やったような手順で魔導具に併設された球体に触れて一連の魔導具機動を見届けると、それだけで必要な手続きは済んだらしい。
「登録は初めてか?」
「そう、ですね。 半年以上前にプレート作成したきりです」
「なるほどな」
受付まで戻る傍ら、ハジメは以前目にした女の子を一瞬だけ見かけた。
(あれは確か、俺にぶつかった娘だよな。 腕輪が緑ってことは平民区画か。 それにしても大層な荷物の量だったな)
しかし彼女は慌てるようにして組合から出て行ってしまったため、素顔までをしっかり確認することはできなかった。
それで、と前置きしてアンドレイが質問をハジメに投げかける。
「ハジメ=クロカワ、君はモルテヴァを拠点に活動するつもりか?」
「金銭を貯めて経験も積まないといけないので、暫くはそのつもりですね」
「そうか。 昨日やってきたということは仕事も決まっていないと判断するが、どうだ?」
「ちょうど探している最中です。 ただ、バリバリ前線で叩ける人間では無いので、良い仕事を見つけられそうにないですね」
「魔法は使えるのだろう? 遠隔で攻撃魔法が使えるなら、それだけで都市防衛に参加できるが?」
「いや、あの、いまいち自分の属性すら分からない状態でして……」
「はぁ……?」
(ナール様は魔法はあまり他人に見せるなと言っていたけど、魔法に精通している人間に協力を仰げとも言っていたんだよな。 バレずに魔法を使いこなせることが最善なんだが、属性が分からないと決められるものも決められないしな。 せめて属性が確定すれば、簡易魔導書を使って基本魔法を学べるはずなんだけど……)
「魔法が発現したのも最近でして。 アンドレイさんに見てもらっても良いですか?」
(少なくともアンドレイさんは組合長という立場がある以上、ある程度信用の置ける人物だと判断して良いよな……? この町自体が腐ってたら目も当てられないけど、どこかで大きく出ないと俺の成長も遅々として進まないしなぁ)
「それは構わんが、大抵の属性は誰でも分かるものだぞ?」
「基本魔法すら習得できてないんで、一応見てもらえれば……」
そう言ってハジメは魔導書を手元に出現させた。
(流石に中身まで見られるのはダメだからな。 魔導書のガワだけしか今のところ提示できないのがアレだが、果たしてどうだ……?)
アンドレイは顔色を変えることなくハジメの魔導書に目をやった。 そしてすぐに結果を告げる。
「儂の見立てでは闇属性が有力だな。 完全に黒に染まりきっていないところを見ると、そこから派生する何かしらの属性である可能性が高い」
「はぁ……そうですか」
(属性とか固有魔法は使用者の性格を反映するって言うけど、俺もゼラみたいなアッチ系の人間てことか? 光属性のパーソンさんとは正反対なのか? とはいえオリガも光属性で人を殺してたし、性格とは関係ない? よく分からないな)
「そのなんとも言えない反応は何だ?」
「すいません、自分が闇属性って実感がなくて」
「君が闇属性に対してどのようなイメージを持っているか知らんが、モルテヴァは闇属性が一番多いくらいだぞ?」
「え、そうなんですか?」
「闇属性というのは言葉通りの暗いイメージではなく、ルールを敷いたり制限を課すことに特化した属性だからな。 だからこそモルテヴァではそれらを応用することで大きな犯罪を起こさせることなく安全を担保できているというわけだ。 君も小さな村や町に居たら分かるだろうが、人間の発言力だけで治安を維持することは到底困難だ。 そこに系統化された魔法が加わることで、この町のような完成された自治を生み出すことができる。 君が分からないだけで、闇属性の恩恵は生活の端々にある」
「なるほど」
(ってことは、この腕輪も闇属性が関わってると見ていいか……? どう考えてもこれは縛りを課すための装置だしな。 俺の予想は案外当たってたわけだ)
「そういった町の運営に関わる仕事は儂ら組合が主に執り行っている。 それであれば都市防衛のように危険性は無く、割の良い仕事が多い。 希少な属性であるほど、な。 とはいえ、君の属性と専門性が分からないことには何とも言えん」
「調べる方法って無いんですか?」
「それぞれの属性の簡易魔導書を手当たり次第に試せば可能かもしれん。 だが、それに成功したときに支払えるだけの金銭を君は持ち合わせているのか?」
「あー……試すに試せないですね。 10ゴールドくらいしか余裕が無いんで」
「足りんな。 せめてその倍は必要だ」
「手詰まりですか……」
「簡単な仕事なら斡旋してやれるがな」
「本当ですか!?」
「ああ。 これに関してはいくら人出があっても足りないからな」
「どんな仕事ですか?」
「人探しと、その原因究明だ」
▽
「許可証を出せ」
「これを」
ハジメは、相変わらず態度の悪い衛兵に通行許可証を提示して反応を待つ。
「ふん、組合か……熱心なこった。 通れ」
愚弄するような視線を受けながら検問を抜けると、奴隷区画に続く階段は壁面に沿った一本のみ。 そして幅は人間二人がギリギリすれ違えるほどなので、落ちればひとたまりもない。 なおかつ苔生して薄汚れた階段の石肌は、容易に人間の足を滑らせ得る。
(管理が悪いな。 そんでもって下に見える景色も……)
奴隷区画においても自給自足は行われているが、平民区画ほどの活気はなく、常にどこか薄暗い。 乱立している縦に伸びた建物には窓の類はほとんどなく、ただ人間を収容するだけの施設にしか見えない。
区画内を歩く人間の足取りは重く、かといって働かなければ食べていくこともできないため仕方無しに働いているといった様子だ。
(聞いてた通り、陰気な様子だな。 奴隷落ちした人間に自主的な労働選択権はなく、降ってくる仕事を熟して自由を勝ち取るしかない)
奴隷区画に赴くに至り、ハジメはアンドレイから奴隷区画の実情を教えられた。 やはりというかなんというか、奴隷区画の住民に人権は無かった。 ドミナの発言も、その事実に則った当然のものだったと言える。
まず奴隷区画の住人──手足に加えて首にも魔導具を装着されている彼らは自発的に町から外に出ることができず、基本的にはハンターからの雇用があって初めてそれが可能となる。 その場合は一時的に奴隷の所有者が領主からハンターに移譲され、多数の制限で以て外出を許される。 そして労働の多寡によって収入が決まり、それを続けることで最終的に平民の身分を買い戻すこととなる。
奴隷の身分に落とされるのは、借金による身売りや犯罪者、その他重大な違反行為を行った者などだ。
奴隷に自由は無く、唯一身分買い戻しの権利以外はあらゆる権利を封じれらるため、下手な行動はできない。 逃げ出せば即座に魔導具が起動して爆殺され、決起して反抗するようなことが確認されても結果は同じだ。
「なぁ、あんた! 俺はジギスってんだ。 何でもするから俺を雇ってくれよ! なぁ!?」
「調査で来てるだけだ。 そのつもりは無い」
「そんなつれないこと言うなよ! 本当に何でもするぜ? 何でも、だ!」
奴隷区画の住民は外部の仕事に飢えている。 そのため奴隷身分からの脱却を望む者は、ジギスのように自分を売り込んで仕事を獲得しようとするのが一般的だ。
その一方で、全てを諦めて沈み込んでいる者も少なくない。 奴隷区画は閉鎖されたシャッター街のように味気の無い風景が続き、彼らのように座り込んでいる人間を多数散見できる。 正気を失ったかのように、ただ呆然と虚空を眺める彼らの姿はこの区画の状況を真に反映しているようだ。
「ぎゃあ──」
遠くで誰かが叫んでいるようだ。
「え……?」
「どうせまた魔物が侵入したんだろ。 なぁ兄ちゃん、どうせあんたはここが初めてなんだろ? 色々教えてやるから便宜を俺を雇ってくれよ! そしたらここの状況なんかもすぐに分かるはずだぜ? どうせ上の連中は奴隷区画のことなんて理解してないんだからよ」
「それは、まぁ……助かるといえば助かるけど」
(確かにアンドレイさんも大した情報を流してくれなかったな。 魔物が入り込むなんて話も聞かなかったし。 やっぱ現地の人間に聞くのが一番か? でもなぁ……。 安易に契約なんかするなとも言われてるし……)
「とりあえず口約束でもいいぜ! なんだったら、俺から先に情報を出してやってもいい。 それで満足できなかったら契約も無かったことにしてくれても構わない」
「それでいいん……いいのか?」
『奴隷に敬語なんて使うんじゃないの? 身分による住み分けがあるとはいえ、あそこは奴らのシマだ。 ナメられたら面倒なことになる』
アンドレイはハジメにこれを口酸っぱく注意していた。 ハジメはそれを思い出し、口調に注意を払う。
「それなら、まぁ……」
「決まりだな。 じゃあ魔物の所に行くぜ」
「……何で?」
「なんでって、そりゃあ、飯の調達に決まってんだろ」
ジギスはそれだけ言うと一目散に走り出した。 ハジメも慌てて彼の後を追う。
(魔物ってそんな珍しくないのか? ってか、すでにジギスのペースだな。 どこかでこっちに流れを向かせないと)
奴隷区画に到着するや否や始まった騒動。 ハジメは徐々にモルテヴァの日常へと飲み込まれていく。
「そうですね。 宿屋で聞いてもどこかのギルドに向かえとしか言われなかったので、とりあえずここへ」
「分かったわ。 他にちょうど客もいないし、私が教えてあげる」
「ありがとうございます」
昨日ハジメは平民区画で宿を見つけ、そこを拠点とした。 そして一通り町を巡った感じ、生活の質はベルナルダンとあまり変わらない様子だった。 モルテヴァの印象は、壁に囲まれて安全な町というくらいなものだった。 もちろん規模が大きく人間の数も莫大な数存在しているため活気は高いが、一般的な農民の生活はどこへ行っても変わらないということらしい。
「どんな仕事を探してる?」
「力仕事でも、魔物の討伐でも、危険度がそれほど高くないもので継続的にできる仕事ですね」
「その二つの危険度は天と地ほど違いがあるけど、分かってる?」
「それは……はい。 魔物って言っても俺一人で倒せる程度のものですけどね」
「知らないと思うから説明するけど、モルテヴァの北がちょうど魔物の巣窟になってるのね。 そこから町までやってくる魔物も多いから討伐依頼は常に発布されているの。 自信があるなら都市防衛の仕事があるわ」
「巣窟って、大丈夫なんですか?」
「モルテヴァがここにある理由も、北部未開拓領域の調査という大義名分があるからなのよ。 だから調査依頼と討伐依頼は常設されてて、登録すれば基本的に誰でも参加できるわ。 そのあたりの仕事であれば魔物と戦わなかった場合でも給金は出るし、成果物に対しては別途報酬が出る場合もあるわね」
モルテヴァの数キロメートル北に広がる未開拓領域の調査は主目標だが、それ以上に都市防衛は重要だ。 町が守られなければ開拓もままならないということで、そこには防衛にかなりの人員が割かれている。 調査隊も適宜派遣されているわけだが、調査隊が魔物を刺激しないわけでもない。 時折町まで追われて逃げ帰ってくることもあるため、とりわけそういった場合に防衛隊の仕事が増える。
「なるほど。 調査依頼はどういったものですか?」
「物理的な森林伐採と魔物の生態系調査、あとはそこに存在するとされている魔物の親玉もしくは魔人の討伐──これらがメインね。 あとは原生する植物や鉱物、その他希少物資の調査なんかも含まれてるわね」
「あー、そっちは多分俺一人じゃ厳しそうですね」
「そうねぇ。 そもそも一人で参加しようとする人なんていないし。 ああいうのはパーティを組んで挑むのが基本よ」
「じゃあ尚更無理ですね。 団体行動なんてできないですし」
「魔法使いは特にそうね。 彼らは身勝手の塊だから。 ……ああ、そうだ」
「どうしました?」
「魔法使い専用の依頼なら魔法使い組合なんだけど、そっちはまだよね? 長期滞在なら登録しておいたら?」
「あ、そう言えば。 それも聞こうと思っていたところでした。 組合で更新する必要ってあります?」
「無いわね。 あれは国が魔法使いを管理しておくためのものだし、何かしらの特典があるわけでもないからね」
「ですよね。 あ、でも、魔法使い専用の依頼っていうのは気になります」
「それぞれの属性に適した専用の仕事ね。 土属性だったら外壁の修繕だったり、水属性だったら水道管理とか、ね」
ハンターギルドを介さない魔法使い組合の仕事は多岐にわたる。 ドミナの説明した内容以外にも、魔法研究だったり魔導具作成などもこれらに含まれるものだ。 ハンターギルドが町の外を担当するなら、町中の特定の事業に関わるのが魔法使い組合だ。
「色々あるんですね」
「モルテヴァは王国の中でも特有の魔法都市だからね。 そこかしこに魔法の関わりがあるわ。 この腕輪とかね」
ドミナの腕輪は黄色だ。 それはつまり、商業区画に籍を置く上級国民ということ。
(昨日ドミナさんは部屋に来ていいって言ってたけど、階級が違うんじゃ宿泊なんて無理じゃん。 勘違いしそうになってた、危ねぇ……)
「どうしたの?」
「あ、いえ……えっと、仕事以外にも聞いていいですか?」
「どうぞ?」
「魔導具とか装備を売ってる良質な店舗とか知らないですか?」
「良質、ねぇ……。 目的に合ったものを購入できる店舗がそれに当たるかもしれないけど、良質かどうかは自分の目で判断するしかないわね。 ハジメ君の場合、買うとしたら魔導具よりも一般的な装備じゃない?」
「やっぱり魔法使いには見えない……ですよね?」
「前衛にも見えないけどね」
「どうしてですか?」
「口調も温和だし、見た感じ強くなさそうじゃない」
辛辣で率直な意見を投げつけれられ、ガクッとハジメの身体が傾いた。
「そ、そうですよね……」
「ハジメ君って前衛で戦う魔法使い?」
「前衛、と言えば前衛ですかね。 魔法の方はイマイチなんで」
「それなら組合の仕事の方が向いてると思うけどね。 組合の信頼が得られたら特殊な魔導具とか魔法装備も手に入れられるし、危険も少ないから」
「あー……。 町の外ってそんなに危険ってことですか」
「見てわかるでしょ?」
ドミナがざっと視線だけを動かした。 ハジメもそれに倣って顔を動かすと、ギルド内部で過ごしている多数の者たちが居る。 彼らはハジメのような貧弱な外見ではなく、重厚な装備を身に纏っていたり傷跡が目立ったりと歴戦の勇士であることを窺わせる。 加えて、一人で行動している者も見られない。
「基本的に、ああやってパーティを組まないと北部調査は難しいわ。 そのためには普段から色々な依頼に参加して信頼関係を構築して、それでようやく攻略できるってほどなのよ」
「じゃあ尚更、組合の仕事を探した方がいいですかね」
「望むならどこかに推薦しておくけど? そのためにはハジメ君の能力を教えてもらわないといけないけどね」
「それは……」
「そうね、嫌なら大丈夫よ。 魔法使いの行動としては正しいから気にすることないわ。 まぁでも、一人で調査依頼ができないってわけでもないけどね」
「それは、無茶をすれば良いってことですか?」
「いいえ、人材を雇えばいいのよ。 奴隷なら、使い捨てても問題はないからね」
「……」
ドミナがあまりにも当然のように宣うので、ハジメは絶句した。 残酷な世界だとは分かっていたが、こうも一方的に人権が無視されていようとは思っていなかったからだ。
「どうかした?」
「いえ、色々教えてもらえて助かりました。 今からちょっと回ってくるので、また来ます」
「ええ、いつでも──」
ハジメはドミナの発言も待たずに身を翻してギルドを出た。 怪訝に思われることも気にせず、ハジメの足は奴隷区画へ。
「ここから先は奴隷区画だが、何の用だ?」
検問所の衛兵は高圧的にそう言葉を吐いた。 彼らの腕には黄色の輪が巻かれており、ハジメに対する威圧的な態度も頷ける。
「えっと……入れますか?」
「奴隷雇用者か。 契約書を出せ」
「契約書?」
「なんだお前、新参か?」
「昨日ここへ」
「なら帰れ。 雇用者以外の無用な侵入は許可されない」
「えっと、その、奴隷区画のことを知りたくて……」
「うるせぇなぁ、自分で調べろ! 仕事の邪魔だ、用が済んだらさっさと消えろ!」
「ッ……」
「なんだぁ、その顔は!? 区画間での問題行動は即逮捕案件だぞ。 聞いていないとは言わせんぞ!」
「わ、分かりました……」
衛兵たちはこれ以上取り付く島もないため、ハジメは撤退することにした。 ハジメは聞き流していたが、昨日町に入る際にそのような説明があった気がしたからだ。 それに彼らもこんなところで嘘など付かないだろう。
「あいつら、何をピリついてる……?」
商業・平民区画間は検問が左右に二箇所あり、衛兵の態度も普通だった。 しかし平民・奴隷区画間は検問が一箇所で、なおかつそこに動員さえている衛兵の数もかなり多い様子だったのだ。
(まるで国境警備隊だな……。 区画間の抗争でも起きてるのか? 嗅ぎ回るのはマズそうだな。 とにかく暫く生活するんだから、この町のことは知っておきたいんだよな)
町のことは生活しながら把握するとして、ハジメはまずやるべきことを一つずつ解決しておくこととした。 その一つとして、魔導具店を訪れる。
「……」
商業区画で目についた店にハジメが入ると、眼鏡の女性がカウンターで座って客を迎えている。 しかし何かしらの声かけがあるわけでもなく、ハジメを一瞥しただけで手元の本に視線を戻してしまった。
(なんか態度悪いな……。 他に客もいるし、これが普通か?)
ハジメの基準は日本の店員のため少し違和感があるが、やたらと話しかけてくる店員には嫌気が差す性質なため、これはこれでありがたい。
ハジメは陳列されている品を見て回る。 そこにはアクセサリーや簡易魔導書、魔杖など様々な魔法関連の製品が並べられている。 そのどれもが金貨数十枚以上を要求しており、ハジメは一瞬で場違いを自覚した。
(高けぇ……。 高級店かよ)
当初ハジメは魔導具を手に取って確認しようとしていたが、値段を見てそれはやめることとした。 壊してしまっては、現状の手持ちでは到底足りない。 金貨20枚など、長期の宿泊だけで消えてしまう程度のものだ。
(とりあえず話を聞かないと分からないな。商品のこともそうだし、別の店のことも聞けるはずだ)
「あの、今いいですか?」
「……はい。 何をご所望ですか?」
「えっと、質問なんですけど、商品は陳列されているものが全部ですか?」
「お客さんの身分では、それが全てです」
(ああ、そうか。 ここでも身分が関わってくるんだったな)
「俺が魔法使いでもですか?」
「……なるほど。 その場合はオーダーメイドの注文が可能です。 もうワンランク上であれば特別な商品の購入も可能となります」
「分かりました。 魔導具を購入するのってどんな人が多いか教えてもらえますか?」
「そうですね、魔導具を購入するのはその大半が魔法使いになります」
「魔導具の有無は生存に大きく関わりますか?」
「それは場面に応じた使い手の技量による、とだけ」
「まぁそうですよね。 あと、ここの他に魔導具店ってありますか?」
「商業区画のこの店舗だけです。 ただ、魔法使い組合でも購入可能なものもあります」
「そうですか、ありがとうございます」
説明を受けて再度商品を見て回ってから、ハジメは店を後にした。 魔導具はどれもハジメの目を惹くものばかりだったが、今のところ購入の目処は立たない。
(俺の魔法を解明するためにも魔導具は必要だけど、安定した収入が入るまでの購入は難しそうだしな。 安宿でも一泊銀貨5枚もかかるから、実入りのいい仕事がいいよな。 でも仕事を選り好みできる状況ではないんだよなぁ……)
安全で稼ぎも良さそうな仕事を探して、次なる目的地は魔法使い組合。 組合はベルナルダンのように複合施設には含まれていないらしく、貴族区画に程近い場所にそれはあった。
「俺、ハジメ=クロカワって言います。すいません、魔法使いの登録をしたいんですが」
ハジメは話の入りが分からなかったので、組合からの印象を良くするためにも登録の判断に至った。
「こんにちは。 ハジメさん、どこからこの町へ来ました?」
「ベルナルダン経由で昨日ここへ」
「ベルナルダン、ですか。 少しお待ちを」
受付嬢が誰かを呼びに席を立つ。
(やっぱベルナルダンって単語には敏感だし、これは何かあるな……。 ゼラって名前が出ても反応しないようにしないとな)
「よく来たな。 儂は組合長のアンドレイ=ウイザ。 君が登録を希望する魔法使いで相違無いな?」
現れたのは、白髪と白髭をふんだんに蓄えた巨漢の老人。 だが老人といえど体格はハジメよりも数回り大きいため、必然的に見上げる形になる。
(でけぇ……。 なんだこの爺さん、巨大なドワーフか?)
ハジメがそう思うほどには圧力のあるアンドレイは、屈強そうな肉体の中に優しさを感じられそうな目つきをしている。 そして魔法使い組合の長ということもあって、アンドレイの首元には魔導印が刻まれている。
「あ、はい。 ハジメ=クロカワと言います。 ベルナルダン経由で昨日ここにやってきました」
「……ふむ。 登録のため魔導具設置室まで案内するから付いて来い」
特に何かを聞かれることもなく、ハジメは案内されるままに見覚えのある大型魔導具のある室内へ。 そうして以前やったような手順で魔導具に併設された球体に触れて一連の魔導具機動を見届けると、それだけで必要な手続きは済んだらしい。
「登録は初めてか?」
「そう、ですね。 半年以上前にプレート作成したきりです」
「なるほどな」
受付まで戻る傍ら、ハジメは以前目にした女の子を一瞬だけ見かけた。
(あれは確か、俺にぶつかった娘だよな。 腕輪が緑ってことは平民区画か。 それにしても大層な荷物の量だったな)
しかし彼女は慌てるようにして組合から出て行ってしまったため、素顔までをしっかり確認することはできなかった。
それで、と前置きしてアンドレイが質問をハジメに投げかける。
「ハジメ=クロカワ、君はモルテヴァを拠点に活動するつもりか?」
「金銭を貯めて経験も積まないといけないので、暫くはそのつもりですね」
「そうか。 昨日やってきたということは仕事も決まっていないと判断するが、どうだ?」
「ちょうど探している最中です。 ただ、バリバリ前線で叩ける人間では無いので、良い仕事を見つけられそうにないですね」
「魔法は使えるのだろう? 遠隔で攻撃魔法が使えるなら、それだけで都市防衛に参加できるが?」
「いや、あの、いまいち自分の属性すら分からない状態でして……」
「はぁ……?」
(ナール様は魔法はあまり他人に見せるなと言っていたけど、魔法に精通している人間に協力を仰げとも言っていたんだよな。 バレずに魔法を使いこなせることが最善なんだが、属性が分からないと決められるものも決められないしな。 せめて属性が確定すれば、簡易魔導書を使って基本魔法を学べるはずなんだけど……)
「魔法が発現したのも最近でして。 アンドレイさんに見てもらっても良いですか?」
(少なくともアンドレイさんは組合長という立場がある以上、ある程度信用の置ける人物だと判断して良いよな……? この町自体が腐ってたら目も当てられないけど、どこかで大きく出ないと俺の成長も遅々として進まないしなぁ)
「それは構わんが、大抵の属性は誰でも分かるものだぞ?」
「基本魔法すら習得できてないんで、一応見てもらえれば……」
そう言ってハジメは魔導書を手元に出現させた。
(流石に中身まで見られるのはダメだからな。 魔導書のガワだけしか今のところ提示できないのがアレだが、果たしてどうだ……?)
アンドレイは顔色を変えることなくハジメの魔導書に目をやった。 そしてすぐに結果を告げる。
「儂の見立てでは闇属性が有力だな。 完全に黒に染まりきっていないところを見ると、そこから派生する何かしらの属性である可能性が高い」
「はぁ……そうですか」
(属性とか固有魔法は使用者の性格を反映するって言うけど、俺もゼラみたいなアッチ系の人間てことか? 光属性のパーソンさんとは正反対なのか? とはいえオリガも光属性で人を殺してたし、性格とは関係ない? よく分からないな)
「そのなんとも言えない反応は何だ?」
「すいません、自分が闇属性って実感がなくて」
「君が闇属性に対してどのようなイメージを持っているか知らんが、モルテヴァは闇属性が一番多いくらいだぞ?」
「え、そうなんですか?」
「闇属性というのは言葉通りの暗いイメージではなく、ルールを敷いたり制限を課すことに特化した属性だからな。 だからこそモルテヴァではそれらを応用することで大きな犯罪を起こさせることなく安全を担保できているというわけだ。 君も小さな村や町に居たら分かるだろうが、人間の発言力だけで治安を維持することは到底困難だ。 そこに系統化された魔法が加わることで、この町のような完成された自治を生み出すことができる。 君が分からないだけで、闇属性の恩恵は生活の端々にある」
「なるほど」
(ってことは、この腕輪も闇属性が関わってると見ていいか……? どう考えてもこれは縛りを課すための装置だしな。 俺の予想は案外当たってたわけだ)
「そういった町の運営に関わる仕事は儂ら組合が主に執り行っている。 それであれば都市防衛のように危険性は無く、割の良い仕事が多い。 希少な属性であるほど、な。 とはいえ、君の属性と専門性が分からないことには何とも言えん」
「調べる方法って無いんですか?」
「それぞれの属性の簡易魔導書を手当たり次第に試せば可能かもしれん。 だが、それに成功したときに支払えるだけの金銭を君は持ち合わせているのか?」
「あー……試すに試せないですね。 10ゴールドくらいしか余裕が無いんで」
「足りんな。 せめてその倍は必要だ」
「手詰まりですか……」
「簡単な仕事なら斡旋してやれるがな」
「本当ですか!?」
「ああ。 これに関してはいくら人出があっても足りないからな」
「どんな仕事ですか?」
「人探しと、その原因究明だ」
▽
「許可証を出せ」
「これを」
ハジメは、相変わらず態度の悪い衛兵に通行許可証を提示して反応を待つ。
「ふん、組合か……熱心なこった。 通れ」
愚弄するような視線を受けながら検問を抜けると、奴隷区画に続く階段は壁面に沿った一本のみ。 そして幅は人間二人がギリギリすれ違えるほどなので、落ちればひとたまりもない。 なおかつ苔生して薄汚れた階段の石肌は、容易に人間の足を滑らせ得る。
(管理が悪いな。 そんでもって下に見える景色も……)
奴隷区画においても自給自足は行われているが、平民区画ほどの活気はなく、常にどこか薄暗い。 乱立している縦に伸びた建物には窓の類はほとんどなく、ただ人間を収容するだけの施設にしか見えない。
区画内を歩く人間の足取りは重く、かといって働かなければ食べていくこともできないため仕方無しに働いているといった様子だ。
(聞いてた通り、陰気な様子だな。 奴隷落ちした人間に自主的な労働選択権はなく、降ってくる仕事を熟して自由を勝ち取るしかない)
奴隷区画に赴くに至り、ハジメはアンドレイから奴隷区画の実情を教えられた。 やはりというかなんというか、奴隷区画の住民に人権は無かった。 ドミナの発言も、その事実に則った当然のものだったと言える。
まず奴隷区画の住人──手足に加えて首にも魔導具を装着されている彼らは自発的に町から外に出ることができず、基本的にはハンターからの雇用があって初めてそれが可能となる。 その場合は一時的に奴隷の所有者が領主からハンターに移譲され、多数の制限で以て外出を許される。 そして労働の多寡によって収入が決まり、それを続けることで最終的に平民の身分を買い戻すこととなる。
奴隷の身分に落とされるのは、借金による身売りや犯罪者、その他重大な違反行為を行った者などだ。
奴隷に自由は無く、唯一身分買い戻しの権利以外はあらゆる権利を封じれらるため、下手な行動はできない。 逃げ出せば即座に魔導具が起動して爆殺され、決起して反抗するようなことが確認されても結果は同じだ。
「なぁ、あんた! 俺はジギスってんだ。 何でもするから俺を雇ってくれよ! なぁ!?」
「調査で来てるだけだ。 そのつもりは無い」
「そんなつれないこと言うなよ! 本当に何でもするぜ? 何でも、だ!」
奴隷区画の住民は外部の仕事に飢えている。 そのため奴隷身分からの脱却を望む者は、ジギスのように自分を売り込んで仕事を獲得しようとするのが一般的だ。
その一方で、全てを諦めて沈み込んでいる者も少なくない。 奴隷区画は閉鎖されたシャッター街のように味気の無い風景が続き、彼らのように座り込んでいる人間を多数散見できる。 正気を失ったかのように、ただ呆然と虚空を眺める彼らの姿はこの区画の状況を真に反映しているようだ。
「ぎゃあ──」
遠くで誰かが叫んでいるようだ。
「え……?」
「どうせまた魔物が侵入したんだろ。 なぁ兄ちゃん、どうせあんたはここが初めてなんだろ? 色々教えてやるから便宜を俺を雇ってくれよ! そしたらここの状況なんかもすぐに分かるはずだぜ? どうせ上の連中は奴隷区画のことなんて理解してないんだからよ」
「それは、まぁ……助かるといえば助かるけど」
(確かにアンドレイさんも大した情報を流してくれなかったな。 魔物が入り込むなんて話も聞かなかったし。 やっぱ現地の人間に聞くのが一番か? でもなぁ……。 安易に契約なんかするなとも言われてるし……)
「とりあえず口約束でもいいぜ! なんだったら、俺から先に情報を出してやってもいい。 それで満足できなかったら契約も無かったことにしてくれても構わない」
「それでいいん……いいのか?」
『奴隷に敬語なんて使うんじゃないの? 身分による住み分けがあるとはいえ、あそこは奴らのシマだ。 ナメられたら面倒なことになる』
アンドレイはハジメにこれを口酸っぱく注意していた。 ハジメはそれを思い出し、口調に注意を払う。
「それなら、まぁ……」
「決まりだな。 じゃあ魔物の所に行くぜ」
「……何で?」
「なんでって、そりゃあ、飯の調達に決まってんだろ」
ジギスはそれだけ言うと一目散に走り出した。 ハジメも慌てて彼の後を追う。
(魔物ってそんな珍しくないのか? ってか、すでにジギスのペースだな。 どこかでこっちに流れを向かせないと)
奴隷区画に到着するや否や始まった騒動。 ハジメは徐々にモルテヴァの日常へと飲み込まれていく。
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