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第2章 Dynamism in New Life
第37話 送り込まれた異物
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「本当なんです! 助けてあげてください!」
ベルナルダンの衛兵に対して詰め寄っている男性がいる。
「急いでくれないとダメなんです。 あいつらッ……村の人たちを連れて魔物退治がどうだって言ってました。 だから村には誰も居なくて……」
「ひとまず私の方から役所に伝えるようにはしますので、通行証の手続きを──」
「今この時にも危ない目に遭ってるかもしれないだぞ! なんでそんなに悠長にしてられるんだ!?」
対応をしている衛兵がもう一人の同僚に助け舟の視線を送る。
「わ、分かりました! 分かりましたから、一旦落ち着いてくださいよ!?」
「何も分かってないだろ!」
やれやれといった動きでもう一人の衛兵が駆け寄り、そして仲裁に入る。
「まずは私がお二人を役場までお連れします。 我々では処理しきれない内容のようですので、そこで担当に詳しい話を伝えてもらえれば助かります」
「あ、あぁ……」
衛兵の丁寧な説明を受けて、男はハッとした様子で正気を取り戻した。
「す、すまない……。 熱くなっていたようだ……」
「お気持ちお察しします。 そのような経験をされたのですから」
男は大声で叫んでいたため、付近の人間にその内容が聞こえてしまっていた。 この衛兵も例に漏れず話を聞いていたため、冷静に話をすることができたわけだ。
「こちらへどうぞ。 諸々の手続きは、全てを終えてから行ってくださいね?」
「わ、分かった」
衛兵はもう一人に目配せすると、そのまま二人を連れて壁内へ進んでいった。
「ふぅ……。 どうしてこうも面倒事ばかりなんだか」
残された衛兵は嘆息しつつ持ち場に戻る。
壁を介して町を隔てているのは、厄介な人間を中へ入れるわけにはいかないからだ。 そのため、衛兵だけである程度の問題を解決しなければならず、今回のようなことは大して珍しくはない。 場合によっては暴力を振り翳して町に入ろうとする輩もいるため、騒ぎ立てるくらいなら面倒事にも入らないほどだ。
先程の二人組のせいで人の行き来が滞っており、問題が解決したことでようやく流れが元に戻り始めた。
衛兵の仕事はただ出入りを管理するだけでなく、人の顔と名前を覚えたり、何時頃にどこへ向かっていったかなども記憶しておく必要のある大変な仕事だ。 無頼漢にやられない程度の強さとそこそこの知力を必要とするため給料は高く、平民の中では人気のある職業でもある。
「ようこそ、ベルナルダンの町へ!」
衛兵は先程の面倒事を忘れさせるため、大きな声でそう叫んで気合を入れ直した。
「ひどい演技」
「パッションさえあれば何でもいいんだよ。 まぁ、僕にしては無理があったけどね」
「あーしには無理だから助かったわ」
ゼラとオリガは報告を終え、宿に向かう。
その後の役場では──。
「なるほど、それは一大事だな。 その二人は今どこに?」
「宿屋に部屋をとって、しばらく滞在するとのことです。 お会いになられますか?」
二人組──ゼラとオリガの担当をした職員から、オルソーは報告を受けていた。
彼らが訪れた際にオルソーは席を外していたため、直接は話を聞くことはできなかった。 しかしオルソーは、それで良かったとも思う。
「いや、二人の発言の裏取りをしてからだな。 グレッグ然り、怪しい人間が多すぎる」
「そうですね」
「プレート更新はしていったのか?」
「されていませんね。 特に理由は述べていませんでしたが」
「ふむ、ごく短期の滞在なら不審な行動でもないか……。 とにかく調査団の派遣の必要があるな。 ちょうどフリックたちが戻ってくる頃だ。 一応早馬で報告が届いているが、彼らの報告を聞いて総合的に判断するとしよう」
「畏まりました」
オルソーは、魔物討伐の第一陣が失敗をしたとの報告を受けている。 それもそこそこな打撃を受けたということだったので、現場だけで今後の方針を決めるわけにもいかず、一旦ベルナルダンに持ち帰るという通達を彼は受けている。
そしてその夜、討伐隊が引き上げて来た。
「では早速聞かせてもらおうか」
「え、えぇ……」
「なんだフリック、辛そうだな?」
「不甲斐無いばかりです。 それでは──」
魔物の首魁を見つけ出したのはグレッグ。 討伐隊は彼の案内によって敵の本営に迫り、突撃の最終調整をしていた。 そんな折、不意の雨が降り始めた。
『これで音が消せるな。 すぐに攻めるべきだ』
『降り続けたらマズい。 もう少し様子を見ては?』
討伐隊はこれからを予見するかのような雨を前に意見が割れていた。
問題はここにきて雨が降り始めたことではなく、これからの指針が揺るいだこと。 本来であればつつがなく行われるはずだった作戦が、雨によって急進派と穏健派の如く対立構造が生まれてしまった。 なおかつ強度を変えない雨が対立構造をジリジリと引き伸ばし、時間経過は焦りを生ませる。
雨が止んだ。 時間経過の中で準備が完了していた討伐隊は、これを皮切りに魔物の群れへ攻め入ることとなる。
奇襲という形が成立した討伐隊だったが、魔物側が対応を始めたあたりで大雨に見舞われた。 それは普段生活していても経験することのないような豪雨であり、地面は泥濘み、仲間同士の声は届かず、敵の反転攻勢を許すハメになった。
結果は惨敗。
敵が効率的に主力陣を足止めしつつ、弱いところから切り崩すという戦法を通してきたため、討伐隊は一気に窮地に陥った。 なおかつ司令塔たるフリックが攻撃を受けたことで戦線は崩壊し、討伐隊は逃げの一途を辿ることとなったわけだ。
元々意見が割れた上での作戦遂行だったということもあって、それ以降なかなか足並みが揃わず、また人員の欠落という事情も含め、立て直しという形で一向はベルナルダンに戻ってきた。
「誰が悪いというわけでもないが、相手が一枚上手だったな。 逃げ遅れた者の救出はしなかったのか?」
「ハンスさんが最後に確認した時点では安全に隠れられる場所はなく、また残った全員が手負いないしは救助不能な状況に陥っていたため、隊を生かすための囮として機能させたということでした……。 私はその時点で意識を失っていましたが、現場判断は正しかったと考えます」
「死亡した者の家族には補償をせねばな……」
「そうですね……。 あと気になることとして、魔物の棲家となっていた場所に人間が生活していた痕跡がありました」
「ああ、そのことだが……」
オルソーは、今日モルテヴァから町にやってきた魔法使いの話をフリックに聞かせた。
クレメント村が盗賊に襲われた後だったこと。 盗賊が魔物退治に村人を連れ出したようで、魔法使いの二人組が村に到着した時点で村は盗賊以外もぬけの殻だったということ。 盗賊のリーダーがカルミネという名前だということ。
「……ッ!」
フリックは絶句する。
フリック自身、村にはあまり良い思い出がない。 それでも気の良い連中は居たし、彼が毛嫌いしていたのは村長と、村長の規定する村の在り方だった。 決して村人が嫌いだったわけではなく、彼らのことは好きだった。
もしかしたら、村から離れたことが村の崩壊を招いたのかもしれない。 フリックの中にそんな後悔の念が溢れ出す。
「……事実、なのですか?」
「より詳しい話は聞けていないが、意味もなくこんな話を持ち込んでくることはないだろうし、概ね事実だろう。 だからこそ、早急に村の現状を把握しなければならない。 村のことはお前が一番詳しい。 お前の傷が癒えているのなら、調査にはお前のチームを派遣したいと思うんだが。 どうだ?」
「それは構いませんが……その二人はどちらに?」
「宿に部屋を取って、しばらくはここを拠点に行動するという話だった。 明日の朝にでも呼び出すか」
「いえ、それには及びません。 ところで、なぜこのタイミングでモルテヴァの魔法使いがここへ?」
「分からん。 そこについては俺も引っ掛かっている。 グレッグ然り、怪しい人間はごまんといるからな」
「そ、そうですね……」
現在、ベルナルダンの抱える問題が山積している。 未解決の魔物討伐作戦だけでなく、怪しい魔法使いたちの流入、そして盗賊という新規要素が加わっているのだ。
「全てはラクラ村から始まったのだろうが、それにしては連鎖的に事件が発生しすぎているように感じるな。 外部の魔法使い連中は、そうまでしてあの魔物に興味があるのか?」
「グレッグさんからは魔物に対する必死さは感じられませんでしたが」
「本心を語る輩など居らんからな。 そいつらに関しては追々調べていくとしよう。 では早速だが、向かってくれるか?」
「分かりました」
フリックのパーティは休むことなく次の現場へ。
「宿の者に連絡して、ゼラ=ヴェスパとオリガ=アウローラの動向を調べさせろ。 盗聴可能なら、会話も書き起こしてこちらに寄越せとな」
「畏まりました」
オルソーは今後のベルナルダンのことを考え、焦りが生まれていた。
魔物に関わる異常の余波はすでにベルナルダンにまで及んでおり、ゼラの発言が事実なら次に崩壊するのはこの町ということになる。 たとえクレメント村の崩壊が盗賊によるものだったとしても引き金を引いたのは例の魔物で、それが倒されない限り状況は悪化し続けるのだ。
今後更に、問題は連鎖的に拡大していくだろう。 そのため、これ以上被害を広げないためにも、一つ一つ問題を明らかにして対処していく必要がある。
「魔物の出現により盗賊が流れてきたとすると、この町にも似たような勢力が迫る可能性は捨てきれない。 魔物に関われば関わるほど問題が浮き彫りになるが、どうすればいい……?」
討伐隊が失敗したのは痛手だった。 そこで打撃を与えさえすれば、魔物を逃したとて休息期間の中で次なる準備を行うことさえ可能だったはずだ。
「ここで攻めに人員を割くのは難しそうだな。 それなら、待ち構えて対処した方が賢明かもしれん」
翌々日、フリックたちの報告を待つオルソーの元に、またも問題となる案件が流れ込んでくることとなる。
「今度は、何だ……?」
「ええっと……オルソーさん、お休みにはなられなかったのですか?」
オルソーは寝不足からか機嫌が悪く、部下の報告を受けてもその様子を変えていない。
「まぁな。 ……それで、また面倒事か?」
「はい。 モンテに曰く付きの物品が流れてきたのでその報告を、と」
「モンテに? 誰が何を流した?」
モンテとは、質屋を示す名称である。 正式にはモンテ・ディ・ピエタと言い、質屋業務と並んで預金や金貸しなども行っている。
元々モンテは教会に属しており、借金から困窮に喘ぐ一般市民の救済のために設立された機関であった。 貧民に対する慈善事業として設立されたのが興りであり、設立当初は比較的低い利子で貸し出しを行なっていたとされる。
現在の王国では教会の威信が地に落ちているためにモンテだけが独立して機能した。 そして高利貸しが常態化してしまっている。 モンテには質屋業務によって市民を救済する側面もあるが、今や一般の商人などによっても運営されているために、しばしば市民の私財などが非常に安く買い叩かれることもある。
「グレッグという者です。 問題の品は、数年前オルソーさんが領主への献上品として作成した祭具の剣です。 その他にも、珍しい魔導具などが大量に入ってきたと報告を受けています」
「あいつ……。 フリックたちの帰還隊には居なかったと思えば何をやっているんだ……?」
「どうされますか?」
「すぐに俺の元へ来させろ。 事情を聞く必要がある」
「分かりました」
「さて、誰が敵だ……?」
その少し前。 グレッグがカルミネの物資を質屋に流している頃──。
「ゼラ、怪しいやつが質屋に入ったんだけど?」
「おや、早速釣れたのかな?」
鍛冶屋前のゼラのもとにオリガが現れた。
鍛冶屋は武器・防具屋を兼ねていて、もしカルミネが金属類を流すならここだろうという読みからゼラはそこに待機していた。
「分かんないけど、かなりの物資を持ち込んでたわ。 あーしの感がビビッと反応したから、何かしら情報を持っていると思う」
「それはいいね。 じゃあ僕も見に行こうっと。 まだ出てきてない感じ?」
「うん、入って行ったのを見ただけ。 だから、出てきたところをゼラに尋問してもらおうかなって」
「分かったよ」
オリガは質屋を張っていて、怪しい外観の人物が大量の物品を抱えてそこへ入っていくのを見て感が働いた。 そうしてすぐにゼラを呼びに行ったわけだ。
ゼラとオリガはこのようなパターンも想定していた。 もしカルミネが荷を金銭に変換する場合、誰か代わりの者を寄越すかもしれないということに。 カルミネに関しては昨日のうちに人相描きも提出しているし、むしろ誰かを使う方の可能性の方を二人は見ていたわけだ。
「あの男?」
質屋から急いで出ていく男が見えたが、オリガは首を横に振った。
「もっと小さくて草臥れた、浮浪者みたいな男よ。 多分、多少の金でも掴ませて荷物の運搬をその男に任せてるんじゃないかと思う」
「カルミネは正体を明かさずに指示しているかもしれないね」
「それだと、あまり情報は期待できなさそうね」
「でもまぁ、オリガの感が言ってるなら僕は当たってると思うよ」
女性の感というのはやけに鋭いものだ。 これまでもゼラがオリガの感に救われている経験がある。 だからゼラは彼女の発言にはなるべく従うようにしている。
「出てこないね。 というか、さっきの男が戻ってきたね」
「色々面倒な品を持ち込んだってことかな? それならそれでカルミネの持ち物って可能性は高いかもね」
そこから暫く経過すると、オリガがまず反応した。
「あ、あの男!」
「確かに浮浪者っぽいかも」
質屋から出てくる男がいる。 その男は先ほどのオリガの説明通りの人物で、見るからに怪しい風貌だ。 そして大量の荷物も抱えている。
「あ、声をかけるのは……難しそうかな」
「うざ……。 足がつくような物品だったってこと?」
「多分ね」
質屋から出てきたのはその男だけではなく、他にも三名の男を伴っている。 彼らは一丸となって動いており、まるで用心を護送するかのような佇まいで役場の方面に向かっている。
「一人だったらそのまま捕まえられたんだけどね」
「あそこに突っ込むのは流石に変よね。 一応追うけど」
ゼラとオリガの追う集団は、予想通り役場へと入っていった。 二人もそれに続く。
「魔法使い組合?」
「魔導具関連かな?」
(こんなに早いのは予想外だが、やはり入り込んでいますな)
グレッグは背後の二人に気づいていた。
(町に居るということは、あの魔物はすでに討伐されたんですかね? それともカルミネを追ってのことなのか。 とにかく、あっしの正体がバレるのは避けたいところですな)
案内を受けて、グレッグは魔法使い組合の方へ。 そこにはオルソーが待機しており、この状況はグレッグとして幸運だと言える。
「グレ──」
「あっしはただの浪人。 そう扱えば後ろの二人を出し抜けるはずだ」
オルソーが言い切るよりも前にグレッグがそう告げた。
グレッグの鋭い視線から並々ならぬ意志を感じて、オルソーはグッと次の言葉を飲み込んだ。
役場の入り口には、確かにゼラとオリガらしき二人組が立ち止まっていて、彼らはグレッグへ視線を向けている。
何かを感じたオルソーは視線だけで他の連中をこの場から追い出し、この場をグレッグと二人だけの状況とした。 ここまでグレッグを連れてきた者もそれを受けて、それぞれの仕事に戻っていく。
オルソーがゼラたちを見れば、オリガだけが役場から出ていく姿が確認できた。 恐らく彼女は質屋の人間を追いかけているのだろうとオルソーは勘づいた。
「チッ……。 面倒事ばかり持ち込んでくれるな、お前たちは」
「あっしが奴らに捕まるわけにはいかないんで。 ひとまずあっしを適当な犯罪者にでもでっちあげて、暫く誰にも会えない状況に置いたと彼らにも分からせる必要がある。 そうすれば、時間は稼げるはずだ」
「お前が何を言っているか分からんが、それがベルナルダンの利益に繋がるんだな?」
「少なくとも、不利益にはならないかと」
「そうか。 ふぅ……よし、分かった。 お前の荷物の中に、質屋で扱いきれなかった祭具の剣があるはずだな? それを見せてみろ」
「これですかね」
グレッグがゴソゴソと荷物を弄り、その中から件の物品を取り出した。
「お前、これをどこで手に入れた!!!?」
ビクリとしたグレッグだったが、
「なるほど、もう始まっていやしたか」
すぐにオルソーの意図に気づき、役へ入る。
「あ、あっしはこれを……」
「これは名のある商人に運ばせていた最重要物資だ。 よくもそんなものを持ってきたな!?」
「え、いや……」
オルソーが腕を大きく振るうと、そこには茶色の装丁に金色の紋様が刻まれた魔導書があった。
「《金属創造》!」
「な、何を……!」
「《成形》……こいつを縛れ!」
突如オルソーの目の前に出現した金属塊。 それは《形成》により彼の意図した姿へと形を変え、出来上がったのは金属の鎖。 そして彼の言葉によって方向性を規定された鎖は、グレッグに飛びついてその全身緊縛する枷となった。
「あ、あっしは何もしていない……!」
「黙れ犯罪者。 お前はこれから監獄で尋問及び拷問に掛けられる。 おい、警吏に連絡しろ」
「は、はい……!」
オルソーの行動によってひどく役場内が混乱したが、すぐに大勢の警吏の人間が押しかけ、そのままグレッグを抱えて去っていく。 途中までそこに追随していたオルソーだが、あたかも偶然を装って役場入り口にいたゼラに近づく。
予想通り、ゼラから声掛けがあった。
「何があったんだい?」
「ん……? 部下から聞いていたが……たしか、ゼラとか言ったか?」
「そうだよ。 何やら大変そうだけど、どうしたのかな?」
「ちょっとな……。 この町に関わることなのでな、今は何も話せない。 すまないな」
「そうなのかい? 何か手伝えることがあれば言っておくれよ」
「助かる。 またクレメント村のことも聞かせてくれ。 とりあえず俺は今はここで」
「ああ」
オルソーは一旦グレッグの正しい対処を警吏の人間へ伝えるため、役場を離れて警吏署へと急いだ。
それから暫くして──。
「ゼラ、どうだった?」
「何やら厄介な品を持ち込んだようで、僕が接触する前に警吏署に連れていかれちゃった。 一向に出てくる気配はないし、収監されてる可能性が高いね。 オリガの方は?」
「こっちもハズレね。 質屋の人間は何も知らなかったし、持ち込まれたのが過去に紛失した物品ってことで役場に連絡したみたい。 それ以上の情報は得られなかった」
「あの様子だとカルミネには金銭が流れなさそうだね。 何日か観察して捕まった男に動きがなければ、カルミネは大胆な行動に移るはずだよ。 まだまだここから立ち去るわけにはいかなさそうだね」
「あーしは全然構わないけどね。 それで、どうする? この付近にカルミネが潜伏していないか探してみる?」
「いつまでも待つわけにはいかないし、こっちから動く必要もあるね。 カルミネも昼間から動くことはなさそうだし、夜にこっそり探してみようか」
「そうね。 また睡眠時間が削れるのは癪だけど」
「怒らないでよ。 少しの辛抱さ」
ゼラとオリガは夕方まで警吏署の付近を彷徨いたのち、夜の活動に備えて宿に戻って一時の休息に入った。
そんな中、警吏署でも最も奥の特別な収容施設に叩き込まれたグレッグは、檻を挟んでオルソーと話をしていた。
オルソーはグレッグを超重要参考人として、最も強度の強い檻にぶち込むように指示した。 そして警吏には、オルソーがやってきた時以外は警吏も含めて誰も接触しないように言いつけてある。
オルソーは次期町長。 町で起こるあらゆる事象に口出しすることが可能だ。
「うまくやってくれたようですな」
「俺もゼラとオリガには違和感を禁じ得ない。 それはグレッグ、お前に対しても……だがな。 ここからは全てを話してもらうぞ? 文字通り、全てをな」
「……良いでしょう。 その代わり、色々と便宜を図ってもらいやすよ」
「内容によるがな。 場合によっては、お前を犯罪者のまま一生過ごさせることも可能だ」
「まったく、権力者というものは。 ……まずはあんさんの知りたいであろう情報から」
一呼吸置いてグレッグは話し出す。
「クレメント村を実質的に滅ぼしたのはゼラとオリガの二人ですな」
「なに……!?」
「彼らが来る以前に盗賊によって幾人かの死者が出たようですが、最終的にはゼラの魔法によって全員が人間では無い何かに変えられたそうです」
「そ、それが事実であるという根拠は?」
「盗賊のリーダーであるカルミネを従えやした。 安全確保を条件に、彼から情報を引き出したというだけのことでさぁ」
「だからお前は盗品であろう物資を持ち込んできたわけか。 そいつの居場所は?」
「言えませんな。 でも分かったでしょうや。 あっしが持ち込んだ物資にも目敏く反応しているあたり、彼らはカルミネを諦めていない。 大方、彼の記憶にある不都合な部分を消し去りたいんでしょうな」
「それなら尚更カルミネという盗賊を確保しておく必要があるだろう? その男が生きていさえすれば、ゼラとオリガを立件することが可能なはずだ」
「いや、平気で人間を殺し回る連中だ。 もしカルミネの居場所が漏れる事態──例えばあんさんがゼラに下された場合など、考えたくは無いがそういうパターンもあり得るって話で。 だから彼に関する情報は落とさねぇですよ」
「まぁ、個人であれば脅威でもないか。 ただ、今後ベルナルダンに迷惑を掛けるようなことがあれば問答無用で打ち滅ぼすがな」
「それはお好きに。 あっしの役割はゼラとオリガを殺害することなんで、それさえ終えてしまえばカルミネにも興味はありやせん」
「そもそも、なぜお前が彼らを殺す? 聞けば彼らはモルテヴァではあまり名の知れていない魔法使いのはずだが」
「それは追って話しやしょう。 今はあっしの持ってる限りの情報をあんさんに伝える」
グレッグは時系列に沿ってゼラとオリガの行動を話して見せた。 次いで彼らの魔法能力だったり、魔物の動きだったり、フリックたちだけでは得られない情報をオルソーに流した。
「……俄には信じられんな」
「それはフリックの報告でも聞いて判断すればよろしいかと」
「それで、お前はこれからどうするんだ?」
「あっしは一生ここから出られない──そういう設定でしたな?」
「そうだな」
「それなら折を見て脱獄して、動くとしやすよ」
「随分と簡単に言ってくれるな……。 確かに魔法使いを収監することを前提としていないから、お前であれば可能ということか」
ベルナルダンなどの田舎において、あまり収容施設というものは機能しない。
大きい犯罪を犯した者であれば問答無用で打ち首だし、小さいものであれば収監するよりも労働などに従事させた方が遥かに恩恵が高い。 それらの間くらいであればようやく収監も考えるとことだが、そんな犯罪者を食わしてやらなければならない法律はないし、そうする者はいない。 そう考えた時、収監することによって餓死などさせるくらいなら、打ち首か強制労働の二択を取った方が効率的と言える。 そういうこともあって、あまり収容施設は意味を成していないのだ。
「あとは、没収された体で物資に相当する金といただきやしょう。 次いでにその一部を保存食に変えて渡してくだせぇ」
「お前はこちらの事情も知らないで好き放題言いやがるな……」
「全てが終わった後であれば、あっしの本当の目的も話しやしょう」
「良いだろう。 だが、二日に一回程度は俺の元へ定時報告をしてもらう」
「可能な限りで対応しやしょう。 あんさんは二人のこれからの動きを探ってくだせぇ。 あと、魔物の動向も知れたら報告を」
「お前の指示で動くのは癪だが、なんとか対応しておこう。 これ以上隠し事はなしにしてくれよ?」
「お互いに善処しましょうや」
警吏にはオルソーがキツく言い付けてあるので、グレッグの元へ様子を見に行く者は居なかった。
そして翌日。
オルソーが収容所を訪れた時にはやはり牢獄の中にグレッグの姿はなく、彼がいたはずの部屋の内壁には大きな穴が穿たれているだけだった。
ベルナルダンの衛兵に対して詰め寄っている男性がいる。
「急いでくれないとダメなんです。 あいつらッ……村の人たちを連れて魔物退治がどうだって言ってました。 だから村には誰も居なくて……」
「ひとまず私の方から役所に伝えるようにはしますので、通行証の手続きを──」
「今この時にも危ない目に遭ってるかもしれないだぞ! なんでそんなに悠長にしてられるんだ!?」
対応をしている衛兵がもう一人の同僚に助け舟の視線を送る。
「わ、分かりました! 分かりましたから、一旦落ち着いてくださいよ!?」
「何も分かってないだろ!」
やれやれといった動きでもう一人の衛兵が駆け寄り、そして仲裁に入る。
「まずは私がお二人を役場までお連れします。 我々では処理しきれない内容のようですので、そこで担当に詳しい話を伝えてもらえれば助かります」
「あ、あぁ……」
衛兵の丁寧な説明を受けて、男はハッとした様子で正気を取り戻した。
「す、すまない……。 熱くなっていたようだ……」
「お気持ちお察しします。 そのような経験をされたのですから」
男は大声で叫んでいたため、付近の人間にその内容が聞こえてしまっていた。 この衛兵も例に漏れず話を聞いていたため、冷静に話をすることができたわけだ。
「こちらへどうぞ。 諸々の手続きは、全てを終えてから行ってくださいね?」
「わ、分かった」
衛兵はもう一人に目配せすると、そのまま二人を連れて壁内へ進んでいった。
「ふぅ……。 どうしてこうも面倒事ばかりなんだか」
残された衛兵は嘆息しつつ持ち場に戻る。
壁を介して町を隔てているのは、厄介な人間を中へ入れるわけにはいかないからだ。 そのため、衛兵だけである程度の問題を解決しなければならず、今回のようなことは大して珍しくはない。 場合によっては暴力を振り翳して町に入ろうとする輩もいるため、騒ぎ立てるくらいなら面倒事にも入らないほどだ。
先程の二人組のせいで人の行き来が滞っており、問題が解決したことでようやく流れが元に戻り始めた。
衛兵の仕事はただ出入りを管理するだけでなく、人の顔と名前を覚えたり、何時頃にどこへ向かっていったかなども記憶しておく必要のある大変な仕事だ。 無頼漢にやられない程度の強さとそこそこの知力を必要とするため給料は高く、平民の中では人気のある職業でもある。
「ようこそ、ベルナルダンの町へ!」
衛兵は先程の面倒事を忘れさせるため、大きな声でそう叫んで気合を入れ直した。
「ひどい演技」
「パッションさえあれば何でもいいんだよ。 まぁ、僕にしては無理があったけどね」
「あーしには無理だから助かったわ」
ゼラとオリガは報告を終え、宿に向かう。
その後の役場では──。
「なるほど、それは一大事だな。 その二人は今どこに?」
「宿屋に部屋をとって、しばらく滞在するとのことです。 お会いになられますか?」
二人組──ゼラとオリガの担当をした職員から、オルソーは報告を受けていた。
彼らが訪れた際にオルソーは席を外していたため、直接は話を聞くことはできなかった。 しかしオルソーは、それで良かったとも思う。
「いや、二人の発言の裏取りをしてからだな。 グレッグ然り、怪しい人間が多すぎる」
「そうですね」
「プレート更新はしていったのか?」
「されていませんね。 特に理由は述べていませんでしたが」
「ふむ、ごく短期の滞在なら不審な行動でもないか……。 とにかく調査団の派遣の必要があるな。 ちょうどフリックたちが戻ってくる頃だ。 一応早馬で報告が届いているが、彼らの報告を聞いて総合的に判断するとしよう」
「畏まりました」
オルソーは、魔物討伐の第一陣が失敗をしたとの報告を受けている。 それもそこそこな打撃を受けたということだったので、現場だけで今後の方針を決めるわけにもいかず、一旦ベルナルダンに持ち帰るという通達を彼は受けている。
そしてその夜、討伐隊が引き上げて来た。
「では早速聞かせてもらおうか」
「え、えぇ……」
「なんだフリック、辛そうだな?」
「不甲斐無いばかりです。 それでは──」
魔物の首魁を見つけ出したのはグレッグ。 討伐隊は彼の案内によって敵の本営に迫り、突撃の最終調整をしていた。 そんな折、不意の雨が降り始めた。
『これで音が消せるな。 すぐに攻めるべきだ』
『降り続けたらマズい。 もう少し様子を見ては?』
討伐隊はこれからを予見するかのような雨を前に意見が割れていた。
問題はここにきて雨が降り始めたことではなく、これからの指針が揺るいだこと。 本来であればつつがなく行われるはずだった作戦が、雨によって急進派と穏健派の如く対立構造が生まれてしまった。 なおかつ強度を変えない雨が対立構造をジリジリと引き伸ばし、時間経過は焦りを生ませる。
雨が止んだ。 時間経過の中で準備が完了していた討伐隊は、これを皮切りに魔物の群れへ攻め入ることとなる。
奇襲という形が成立した討伐隊だったが、魔物側が対応を始めたあたりで大雨に見舞われた。 それは普段生活していても経験することのないような豪雨であり、地面は泥濘み、仲間同士の声は届かず、敵の反転攻勢を許すハメになった。
結果は惨敗。
敵が効率的に主力陣を足止めしつつ、弱いところから切り崩すという戦法を通してきたため、討伐隊は一気に窮地に陥った。 なおかつ司令塔たるフリックが攻撃を受けたことで戦線は崩壊し、討伐隊は逃げの一途を辿ることとなったわけだ。
元々意見が割れた上での作戦遂行だったということもあって、それ以降なかなか足並みが揃わず、また人員の欠落という事情も含め、立て直しという形で一向はベルナルダンに戻ってきた。
「誰が悪いというわけでもないが、相手が一枚上手だったな。 逃げ遅れた者の救出はしなかったのか?」
「ハンスさんが最後に確認した時点では安全に隠れられる場所はなく、また残った全員が手負いないしは救助不能な状況に陥っていたため、隊を生かすための囮として機能させたということでした……。 私はその時点で意識を失っていましたが、現場判断は正しかったと考えます」
「死亡した者の家族には補償をせねばな……」
「そうですね……。 あと気になることとして、魔物の棲家となっていた場所に人間が生活していた痕跡がありました」
「ああ、そのことだが……」
オルソーは、今日モルテヴァから町にやってきた魔法使いの話をフリックに聞かせた。
クレメント村が盗賊に襲われた後だったこと。 盗賊が魔物退治に村人を連れ出したようで、魔法使いの二人組が村に到着した時点で村は盗賊以外もぬけの殻だったということ。 盗賊のリーダーがカルミネという名前だということ。
「……ッ!」
フリックは絶句する。
フリック自身、村にはあまり良い思い出がない。 それでも気の良い連中は居たし、彼が毛嫌いしていたのは村長と、村長の規定する村の在り方だった。 決して村人が嫌いだったわけではなく、彼らのことは好きだった。
もしかしたら、村から離れたことが村の崩壊を招いたのかもしれない。 フリックの中にそんな後悔の念が溢れ出す。
「……事実、なのですか?」
「より詳しい話は聞けていないが、意味もなくこんな話を持ち込んでくることはないだろうし、概ね事実だろう。 だからこそ、早急に村の現状を把握しなければならない。 村のことはお前が一番詳しい。 お前の傷が癒えているのなら、調査にはお前のチームを派遣したいと思うんだが。 どうだ?」
「それは構いませんが……その二人はどちらに?」
「宿に部屋を取って、しばらくはここを拠点に行動するという話だった。 明日の朝にでも呼び出すか」
「いえ、それには及びません。 ところで、なぜこのタイミングでモルテヴァの魔法使いがここへ?」
「分からん。 そこについては俺も引っ掛かっている。 グレッグ然り、怪しい人間はごまんといるからな」
「そ、そうですね……」
現在、ベルナルダンの抱える問題が山積している。 未解決の魔物討伐作戦だけでなく、怪しい魔法使いたちの流入、そして盗賊という新規要素が加わっているのだ。
「全てはラクラ村から始まったのだろうが、それにしては連鎖的に事件が発生しすぎているように感じるな。 外部の魔法使い連中は、そうまでしてあの魔物に興味があるのか?」
「グレッグさんからは魔物に対する必死さは感じられませんでしたが」
「本心を語る輩など居らんからな。 そいつらに関しては追々調べていくとしよう。 では早速だが、向かってくれるか?」
「分かりました」
フリックのパーティは休むことなく次の現場へ。
「宿の者に連絡して、ゼラ=ヴェスパとオリガ=アウローラの動向を調べさせろ。 盗聴可能なら、会話も書き起こしてこちらに寄越せとな」
「畏まりました」
オルソーは今後のベルナルダンのことを考え、焦りが生まれていた。
魔物に関わる異常の余波はすでにベルナルダンにまで及んでおり、ゼラの発言が事実なら次に崩壊するのはこの町ということになる。 たとえクレメント村の崩壊が盗賊によるものだったとしても引き金を引いたのは例の魔物で、それが倒されない限り状況は悪化し続けるのだ。
今後更に、問題は連鎖的に拡大していくだろう。 そのため、これ以上被害を広げないためにも、一つ一つ問題を明らかにして対処していく必要がある。
「魔物の出現により盗賊が流れてきたとすると、この町にも似たような勢力が迫る可能性は捨てきれない。 魔物に関われば関わるほど問題が浮き彫りになるが、どうすればいい……?」
討伐隊が失敗したのは痛手だった。 そこで打撃を与えさえすれば、魔物を逃したとて休息期間の中で次なる準備を行うことさえ可能だったはずだ。
「ここで攻めに人員を割くのは難しそうだな。 それなら、待ち構えて対処した方が賢明かもしれん」
翌々日、フリックたちの報告を待つオルソーの元に、またも問題となる案件が流れ込んでくることとなる。
「今度は、何だ……?」
「ええっと……オルソーさん、お休みにはなられなかったのですか?」
オルソーは寝不足からか機嫌が悪く、部下の報告を受けてもその様子を変えていない。
「まぁな。 ……それで、また面倒事か?」
「はい。 モンテに曰く付きの物品が流れてきたのでその報告を、と」
「モンテに? 誰が何を流した?」
モンテとは、質屋を示す名称である。 正式にはモンテ・ディ・ピエタと言い、質屋業務と並んで預金や金貸しなども行っている。
元々モンテは教会に属しており、借金から困窮に喘ぐ一般市民の救済のために設立された機関であった。 貧民に対する慈善事業として設立されたのが興りであり、設立当初は比較的低い利子で貸し出しを行なっていたとされる。
現在の王国では教会の威信が地に落ちているためにモンテだけが独立して機能した。 そして高利貸しが常態化してしまっている。 モンテには質屋業務によって市民を救済する側面もあるが、今や一般の商人などによっても運営されているために、しばしば市民の私財などが非常に安く買い叩かれることもある。
「グレッグという者です。 問題の品は、数年前オルソーさんが領主への献上品として作成した祭具の剣です。 その他にも、珍しい魔導具などが大量に入ってきたと報告を受けています」
「あいつ……。 フリックたちの帰還隊には居なかったと思えば何をやっているんだ……?」
「どうされますか?」
「すぐに俺の元へ来させろ。 事情を聞く必要がある」
「分かりました」
「さて、誰が敵だ……?」
その少し前。 グレッグがカルミネの物資を質屋に流している頃──。
「ゼラ、怪しいやつが質屋に入ったんだけど?」
「おや、早速釣れたのかな?」
鍛冶屋前のゼラのもとにオリガが現れた。
鍛冶屋は武器・防具屋を兼ねていて、もしカルミネが金属類を流すならここだろうという読みからゼラはそこに待機していた。
「分かんないけど、かなりの物資を持ち込んでたわ。 あーしの感がビビッと反応したから、何かしら情報を持っていると思う」
「それはいいね。 じゃあ僕も見に行こうっと。 まだ出てきてない感じ?」
「うん、入って行ったのを見ただけ。 だから、出てきたところをゼラに尋問してもらおうかなって」
「分かったよ」
オリガは質屋を張っていて、怪しい外観の人物が大量の物品を抱えてそこへ入っていくのを見て感が働いた。 そうしてすぐにゼラを呼びに行ったわけだ。
ゼラとオリガはこのようなパターンも想定していた。 もしカルミネが荷を金銭に変換する場合、誰か代わりの者を寄越すかもしれないということに。 カルミネに関しては昨日のうちに人相描きも提出しているし、むしろ誰かを使う方の可能性の方を二人は見ていたわけだ。
「あの男?」
質屋から急いで出ていく男が見えたが、オリガは首を横に振った。
「もっと小さくて草臥れた、浮浪者みたいな男よ。 多分、多少の金でも掴ませて荷物の運搬をその男に任せてるんじゃないかと思う」
「カルミネは正体を明かさずに指示しているかもしれないね」
「それだと、あまり情報は期待できなさそうね」
「でもまぁ、オリガの感が言ってるなら僕は当たってると思うよ」
女性の感というのはやけに鋭いものだ。 これまでもゼラがオリガの感に救われている経験がある。 だからゼラは彼女の発言にはなるべく従うようにしている。
「出てこないね。 というか、さっきの男が戻ってきたね」
「色々面倒な品を持ち込んだってことかな? それならそれでカルミネの持ち物って可能性は高いかもね」
そこから暫く経過すると、オリガがまず反応した。
「あ、あの男!」
「確かに浮浪者っぽいかも」
質屋から出てくる男がいる。 その男は先ほどのオリガの説明通りの人物で、見るからに怪しい風貌だ。 そして大量の荷物も抱えている。
「あ、声をかけるのは……難しそうかな」
「うざ……。 足がつくような物品だったってこと?」
「多分ね」
質屋から出てきたのはその男だけではなく、他にも三名の男を伴っている。 彼らは一丸となって動いており、まるで用心を護送するかのような佇まいで役場の方面に向かっている。
「一人だったらそのまま捕まえられたんだけどね」
「あそこに突っ込むのは流石に変よね。 一応追うけど」
ゼラとオリガの追う集団は、予想通り役場へと入っていった。 二人もそれに続く。
「魔法使い組合?」
「魔導具関連かな?」
(こんなに早いのは予想外だが、やはり入り込んでいますな)
グレッグは背後の二人に気づいていた。
(町に居るということは、あの魔物はすでに討伐されたんですかね? それともカルミネを追ってのことなのか。 とにかく、あっしの正体がバレるのは避けたいところですな)
案内を受けて、グレッグは魔法使い組合の方へ。 そこにはオルソーが待機しており、この状況はグレッグとして幸運だと言える。
「グレ──」
「あっしはただの浪人。 そう扱えば後ろの二人を出し抜けるはずだ」
オルソーが言い切るよりも前にグレッグがそう告げた。
グレッグの鋭い視線から並々ならぬ意志を感じて、オルソーはグッと次の言葉を飲み込んだ。
役場の入り口には、確かにゼラとオリガらしき二人組が立ち止まっていて、彼らはグレッグへ視線を向けている。
何かを感じたオルソーは視線だけで他の連中をこの場から追い出し、この場をグレッグと二人だけの状況とした。 ここまでグレッグを連れてきた者もそれを受けて、それぞれの仕事に戻っていく。
オルソーがゼラたちを見れば、オリガだけが役場から出ていく姿が確認できた。 恐らく彼女は質屋の人間を追いかけているのだろうとオルソーは勘づいた。
「チッ……。 面倒事ばかり持ち込んでくれるな、お前たちは」
「あっしが奴らに捕まるわけにはいかないんで。 ひとまずあっしを適当な犯罪者にでもでっちあげて、暫く誰にも会えない状況に置いたと彼らにも分からせる必要がある。 そうすれば、時間は稼げるはずだ」
「お前が何を言っているか分からんが、それがベルナルダンの利益に繋がるんだな?」
「少なくとも、不利益にはならないかと」
「そうか。 ふぅ……よし、分かった。 お前の荷物の中に、質屋で扱いきれなかった祭具の剣があるはずだな? それを見せてみろ」
「これですかね」
グレッグがゴソゴソと荷物を弄り、その中から件の物品を取り出した。
「お前、これをどこで手に入れた!!!?」
ビクリとしたグレッグだったが、
「なるほど、もう始まっていやしたか」
すぐにオルソーの意図に気づき、役へ入る。
「あ、あっしはこれを……」
「これは名のある商人に運ばせていた最重要物資だ。 よくもそんなものを持ってきたな!?」
「え、いや……」
オルソーが腕を大きく振るうと、そこには茶色の装丁に金色の紋様が刻まれた魔導書があった。
「《金属創造》!」
「な、何を……!」
「《成形》……こいつを縛れ!」
突如オルソーの目の前に出現した金属塊。 それは《形成》により彼の意図した姿へと形を変え、出来上がったのは金属の鎖。 そして彼の言葉によって方向性を規定された鎖は、グレッグに飛びついてその全身緊縛する枷となった。
「あ、あっしは何もしていない……!」
「黙れ犯罪者。 お前はこれから監獄で尋問及び拷問に掛けられる。 おい、警吏に連絡しろ」
「は、はい……!」
オルソーの行動によってひどく役場内が混乱したが、すぐに大勢の警吏の人間が押しかけ、そのままグレッグを抱えて去っていく。 途中までそこに追随していたオルソーだが、あたかも偶然を装って役場入り口にいたゼラに近づく。
予想通り、ゼラから声掛けがあった。
「何があったんだい?」
「ん……? 部下から聞いていたが……たしか、ゼラとか言ったか?」
「そうだよ。 何やら大変そうだけど、どうしたのかな?」
「ちょっとな……。 この町に関わることなのでな、今は何も話せない。 すまないな」
「そうなのかい? 何か手伝えることがあれば言っておくれよ」
「助かる。 またクレメント村のことも聞かせてくれ。 とりあえず俺は今はここで」
「ああ」
オルソーは一旦グレッグの正しい対処を警吏の人間へ伝えるため、役場を離れて警吏署へと急いだ。
それから暫くして──。
「ゼラ、どうだった?」
「何やら厄介な品を持ち込んだようで、僕が接触する前に警吏署に連れていかれちゃった。 一向に出てくる気配はないし、収監されてる可能性が高いね。 オリガの方は?」
「こっちもハズレね。 質屋の人間は何も知らなかったし、持ち込まれたのが過去に紛失した物品ってことで役場に連絡したみたい。 それ以上の情報は得られなかった」
「あの様子だとカルミネには金銭が流れなさそうだね。 何日か観察して捕まった男に動きがなければ、カルミネは大胆な行動に移るはずだよ。 まだまだここから立ち去るわけにはいかなさそうだね」
「あーしは全然構わないけどね。 それで、どうする? この付近にカルミネが潜伏していないか探してみる?」
「いつまでも待つわけにはいかないし、こっちから動く必要もあるね。 カルミネも昼間から動くことはなさそうだし、夜にこっそり探してみようか」
「そうね。 また睡眠時間が削れるのは癪だけど」
「怒らないでよ。 少しの辛抱さ」
ゼラとオリガは夕方まで警吏署の付近を彷徨いたのち、夜の活動に備えて宿に戻って一時の休息に入った。
そんな中、警吏署でも最も奥の特別な収容施設に叩き込まれたグレッグは、檻を挟んでオルソーと話をしていた。
オルソーはグレッグを超重要参考人として、最も強度の強い檻にぶち込むように指示した。 そして警吏には、オルソーがやってきた時以外は警吏も含めて誰も接触しないように言いつけてある。
オルソーは次期町長。 町で起こるあらゆる事象に口出しすることが可能だ。
「うまくやってくれたようですな」
「俺もゼラとオリガには違和感を禁じ得ない。 それはグレッグ、お前に対しても……だがな。 ここからは全てを話してもらうぞ? 文字通り、全てをな」
「……良いでしょう。 その代わり、色々と便宜を図ってもらいやすよ」
「内容によるがな。 場合によっては、お前を犯罪者のまま一生過ごさせることも可能だ」
「まったく、権力者というものは。 ……まずはあんさんの知りたいであろう情報から」
一呼吸置いてグレッグは話し出す。
「クレメント村を実質的に滅ぼしたのはゼラとオリガの二人ですな」
「なに……!?」
「彼らが来る以前に盗賊によって幾人かの死者が出たようですが、最終的にはゼラの魔法によって全員が人間では無い何かに変えられたそうです」
「そ、それが事実であるという根拠は?」
「盗賊のリーダーであるカルミネを従えやした。 安全確保を条件に、彼から情報を引き出したというだけのことでさぁ」
「だからお前は盗品であろう物資を持ち込んできたわけか。 そいつの居場所は?」
「言えませんな。 でも分かったでしょうや。 あっしが持ち込んだ物資にも目敏く反応しているあたり、彼らはカルミネを諦めていない。 大方、彼の記憶にある不都合な部分を消し去りたいんでしょうな」
「それなら尚更カルミネという盗賊を確保しておく必要があるだろう? その男が生きていさえすれば、ゼラとオリガを立件することが可能なはずだ」
「いや、平気で人間を殺し回る連中だ。 もしカルミネの居場所が漏れる事態──例えばあんさんがゼラに下された場合など、考えたくは無いがそういうパターンもあり得るって話で。 だから彼に関する情報は落とさねぇですよ」
「まぁ、個人であれば脅威でもないか。 ただ、今後ベルナルダンに迷惑を掛けるようなことがあれば問答無用で打ち滅ぼすがな」
「それはお好きに。 あっしの役割はゼラとオリガを殺害することなんで、それさえ終えてしまえばカルミネにも興味はありやせん」
「そもそも、なぜお前が彼らを殺す? 聞けば彼らはモルテヴァではあまり名の知れていない魔法使いのはずだが」
「それは追って話しやしょう。 今はあっしの持ってる限りの情報をあんさんに伝える」
グレッグは時系列に沿ってゼラとオリガの行動を話して見せた。 次いで彼らの魔法能力だったり、魔物の動きだったり、フリックたちだけでは得られない情報をオルソーに流した。
「……俄には信じられんな」
「それはフリックの報告でも聞いて判断すればよろしいかと」
「それで、お前はこれからどうするんだ?」
「あっしは一生ここから出られない──そういう設定でしたな?」
「そうだな」
「それなら折を見て脱獄して、動くとしやすよ」
「随分と簡単に言ってくれるな……。 確かに魔法使いを収監することを前提としていないから、お前であれば可能ということか」
ベルナルダンなどの田舎において、あまり収容施設というものは機能しない。
大きい犯罪を犯した者であれば問答無用で打ち首だし、小さいものであれば収監するよりも労働などに従事させた方が遥かに恩恵が高い。 それらの間くらいであればようやく収監も考えるとことだが、そんな犯罪者を食わしてやらなければならない法律はないし、そうする者はいない。 そう考えた時、収監することによって餓死などさせるくらいなら、打ち首か強制労働の二択を取った方が効率的と言える。 そういうこともあって、あまり収容施設は意味を成していないのだ。
「あとは、没収された体で物資に相当する金といただきやしょう。 次いでにその一部を保存食に変えて渡してくだせぇ」
「お前はこちらの事情も知らないで好き放題言いやがるな……」
「全てが終わった後であれば、あっしの本当の目的も話しやしょう」
「良いだろう。 だが、二日に一回程度は俺の元へ定時報告をしてもらう」
「可能な限りで対応しやしょう。 あんさんは二人のこれからの動きを探ってくだせぇ。 あと、魔物の動向も知れたら報告を」
「お前の指示で動くのは癪だが、なんとか対応しておこう。 これ以上隠し事はなしにしてくれよ?」
「お互いに善処しましょうや」
警吏にはオルソーがキツく言い付けてあるので、グレッグの元へ様子を見に行く者は居なかった。
そして翌日。
オルソーが収容所を訪れた時にはやはり牢獄の中にグレッグの姿はなく、彼がいたはずの部屋の内壁には大きな穴が穿たれているだけだった。
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