オミナス・ワールド

ひとやま あてる

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第2章 Dynamism in New Life

第34話 押しやられる第一陣

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「はっ! ……ぐはッ!」

 悔しげな声と共にハジメが地面に倒れ込んだ。

 ハジメはフリック宅とベルナルダン外壁の間、その空いているスペースで特訓に興じていた。 その特訓の内容は、想像上の相手との命の奪い合い。 あらゆる場面を想定することで、それぞれの状況に応じた身体の動きを体得することができる。 しかしパッと見のハジメは声を上げながら暴れているだけなので、他人の目には奇妙な姿としか映っていない。

「ハジメ、大丈夫? 疲れない?」

 レスカがハジメの元へやってきた。 こうやって昼間から時間があるのは二人が仕事をサボっているというわけではなく、ベルナルダンとして取り組んでいる案件のせいで多くの仕事が停止しているからだ。 

 今や多くの馬車が行き来し、様々な物資が現場に運び込まれている。 また中継地点としての拠点も設営されており、どれだけ今回の案件が大事なのかがわかるというものだ。

 フリックも再び魔物討伐部隊に合流したのでハジメとレスカはひとときの安息日を迎えているわけだが、のんびりと身体を休めている時間はない。 ハジメにとってやるべきことは山積みだし、レスカも急ぎ課題をクリアせねばならない。

 レスカは先日の修道院訪問以降、イグナスと打ち解けた。 それによって二人の共同作業が持ち直し、独自の魔法研究が続けられている。 とはいえ、二人は何もない状態から課題に取り組んでいるため、一ヶ月という期間で達成できるかは怪しい。 フリックが設定したその期間も簡易的なもので、決してその期間内に達成できるとは彼も思っていない。 あくまで、定められた期間内でどれだけ取り組めるかというその過程を見るための暫定的な区切りだ。

「大丈夫。 続ける」
「分かった。 じゃあ、ここに水を置いておくね」
「レスカ、頑張って」
「うん、ハジメもね!」

 楽しそうに駆けていくレスカを見て、ハジメは彼女がきちんと町の人間とやっていけてそうなことに安心した。

 ハジメはレスカがバケツに組んできた大量の水の一部を頭からかぶると、再び特訓に戻った。

「おう、クロカワ。 お前の注文通りに仕上げたぞ」

 夕方、オルソーがハジメの元を訪ねてきた。 その肩には布でぐるぐる巻きにされた大きな物体が担がれており、彼がそれを地面に落とすとズシンとした音がその重みを伝えてくる。

 オルソーが布を剥ぐと、そこにはまず剣の柄のような部分が見えている。 その先は革の覆いが被せられており、恐らく刃に当たる部分なのだろう。 しかしそれにしては柄の位置が端に寄りすぎている。

「え、早い。 どうして」
「フリックめ、何も教えてやがらないのか。 俺が土の派生で錬金属性の魔法使いだからだな。 金属さえあれば、ある程度は自由に加工できる。 ほれ、見てみろ」

 オルソーが革の覆いを外すして現れたのは、形状的には肉切り包丁に酷似した黒い武器だった。 しかしそれが明らかに肉切り包丁ではないことを示す根拠としては、刃の部分が60cmほどの長さに達していて、峰の部分が角柱のように角張っているところだろう。 柄の部分の長さ10cmほどを足すと全長が約70cm、刃幅が約20cmと、長方形の刃を持った規格外の包丁に見える。

 ハジメは武器を受け取り、うっとりとその出来を眺める。 自分専用の武器なのだから、そうなっても仕方ないだろう。 ズシリとくるが、片手で支えられなくはない重さだ。

 この武器の長さは一般的なショートソードのそれを基準としており、刃幅は重さを1.5kg程度に設定した結果そのように規定された。

「包丁にしか見えんが、お前はそれをどう扱うつもりだ?」
「攻める」

 ハジメはまず 武器を縦に振った。

「防ぐ」

 続けて、その側面を身体の前に置いて盾のように示して見せた。

「なるほどな。 考えなしかと思ったが、そういうわけでもないわけか。 あと、柄に近い刃の側面に魔法陣を刻印してある。 注文通り“強化”と“加重”、あと“減軽”を彫ったが、それはお前が考えたのか?」

 柄に近い部分の側面には、5cm大の魔法陣が3つ横に並んでいる。

「うん」
「強化は分かる。 武器に付与すべき魔法の代表例だからな。 だが、どうやって重量操作なんて思いつくんだ? それは土属性魔法使いの、とりわけ前衛で戦うような人間でなければ使わない魔法だぞ。 一応荷馬車とかにも応用が進んでるが、少なくとも土属性を知らなければ考えもしない魔法だ」

 強化は魔導具の──特に武器の切れ味などを上げるとともに、武器そのものの強度を上げることにも作用する。

 重量操作は直接的に使用者の戦闘能力に置換され、過重であれば攻撃力が増し、減軽であれば身体の軽さから移動速度が増す。 オルソーは重量操作の応用を話題にしたが、これは刻印された物質にしか効果が及ばず、その上に載せた物資までは軽くできないためなかなか扱いにくく、応用も難渋しているという話だ。

「知らない」
「想像だけで注文したってか? まったく、意味がわからないな……。例えば他の属性魔法の刻印なら専門の人間を呼ぶところだったんだが、それらに関しては俺が土属性かつその魔法を習得していたから、こうやって迅速に目的の物が完成したってことだな。 幸運に感謝しろよ」
「ありがとう」

 魔法陣刻印の際、実施した人間の魔法技能がそのままに影響する。 力量の高い魔法使いほど効力を高く発揮でき、逆もまた然り。 強化系統──属性に寄らない魔法においても同様で、これに関しては実施者の性格が影響するため、前衛を張る魔法使いのオルソーは今回うってつけだったというわけだ。 ただし、重量操作において性格影響は確認されていない。

 魔法の刻印方法は、魔導書の当該魔法のページを開きながらマナを込めて魔法陣を刻み込むことで完成する仕組みだ。 したがって、知らない魔法を刻印することは不可能であり、またそれぞれの属性に応じた魔法使いを準備しなければならない。

 今回ハジメは、幸運にも希望する魔法を全て兼ね備えたオルソーが居たために迅速な納品が受け取りが可能となっている。 そうでなければ納品まで数ヶ月かかる場合も珍しくはない。

「とはいえ、即席の一品だからな。 性能のほどは不明だ。 素材にはダマスカス鋼を使用したが、その強度と耐用年数は比例しない。 うまく使えば長持ちするし、そうでなければすぐに駄目になる。 加えて、魔法影響を受けて鉱物がどのような変化を示すかが解明されていない以上、それが完全な物ではないということを理解しておけ」

 ハジメは専門用語が多すぎて理解が苦しかったので、「はい」とだけ答えておいた。 まだまだ彼のコミュニケーションには難がある。

「刻印魔法は魔法陣にマナを注入すれば即座に使用可能になっているはずだ。 ただ、こうも大きい武器の全体に効力を及ぼすのは難しい」

 刻印魔法は、武器全体にマナを這わせながら起動することでようやく十全な効力を発揮するシロモノだ。 それはつまり、刻印から発せられた効力がマナを伝って広がるというイメージだ。 刻印そのものにマナを注入するだけだと、マナを込めたその部分にしか効力が出ないことから、刻印魔法とは使用者のマナ操作が伴ってこそ使用可能な特殊技能と言い換えることもできる。

 例えばゴットフリートであれば敵に触れる拳の部分に刻印が為されている。 肉体から近い位置かつ効果を発揮させたい部位に刻印を施すことによって、非魔法使いでは体現し得ないマナ操作をなるべく省略し、使用可能なまでにハードルを引き下げると言うわけだ。 そうすることで、“マナを込めればすぐ使える”レベルの魔導具が出来上がる。 しかしハジメの場合は魔法使いであるという前提があるため、非魔法使いの魔導具使用に係る事情は加味されていない。

「刻印をどこに持ってくるかで迷ったんだが、無茶はさせられないと思って柄に近い部分に設定しておいた。 もし壊れるにしても、刃の先からってのが定番だしな」

 刻印が手元から近い場合と遠い場合、それぞれにメリットがある。 マナは使用者から離れるほど操作の難しくなるものだ。 だからこそ、刻印が手元から近い場合は簡単な操作でマナをそこまで伝播させることができる。 手元から遠い場合はマナ操作が煩雑になるが、その過程で武器全体にマナを広げられているため、完全な形で刻印起動が可能になる。 一長一短あるが、刻印そのものが欠ければ魔導具としての機能を失うため、普段から接触の激しい部位への設置は憚られるという理由から、刻印は今回の位置で落ち着いた。

「使い方は……恐らく、お前の方が詳しいだろう。 ひとまずこれで説明は終わりだ。 また何か分からないことがあれば、役場を訪れると良い。 武器の管理方法についても、明日以降時間のある時に説明してやる」
「ありがとう」
「あとはもっと上手く意思疎通できるようにすることだな。 レスカに教えてもらっとけよ」
「うん」

 オルソーが去り、ハジメはまた独りになった。

「うぅぅぅぅ……やったぜ!!!」

 そうなるや否や、ハジメは大きな声で叫びを上げた。 一足飛びとは行かないまでも、魔法を新たなステップに踏み出させるアイテムを手に入れたのだ。 これは喜ばずにはいられない。 しかしこうも早く手に入れられるとは思っても見なかった。 それが魔導具ということもあって、下手すれば数年待つレベルだと覚悟していたからだ。

「お前の名前は……黒刀だな」

 黒いから。 そういう単純な理由からのネーミングだ。

 黒刀は奇妙な見た目ながら、しっかりと考えられた構造をしている。 刃の部分は当然敵を引き裂くものだが、峰に当たる部分の角張りは斬撃の届かない硬い敵を粉砕することを見越して設置されている。 そしてあとは刻印された魔法で重量を変化させて速度と重さを兼ね備えれば、ハジメにとっての最強の武器が完成する。

 ハジメは黒刀を掲げて、試しにそこへマナを浸透させてみた。

「ぐ、ぬぬぅ……」

 しかし、一向にマナが黒刀へ流れていく気がしない。

 これまでハジメは、肉体強化と同時にマナ操作にも努力は怠らなかった。 魔法特訓の初めこそ周囲にただ拡散しているだけのマナだったが、今では身体の周囲に引き寄せつつある程度まで保てるまでになってきている。 もちろん気を抜いたら一瞬で飛び散ってしまうマナだが、それでも圧縮させて形を作るイメージまでは進んでいた。 ところが今回は、その作業に加えて黒刀までマナを浸透させろと言われている。

「きっつ……!」

 周囲のマナを引き寄せる過程で、黒刀を身体の延長としながらマナを纏わせようとしてみた。 しかし駄目だった。 どうやらそれだと黒刀の外部からマナが触れているだけで、内部に浸透させるという事象にまでは至らなかったのだ。 やはり、一旦押し留めたマナを黒刀にまで流す制御力が必要だ。

「甘かった……。 もっと簡単にいくものかと……」

 ハジメはガックリと肩を落とした。 ここまで順調だった流れが急に断ち切られたことによって、ノリに乗っていた心が地面まで叩き落とされたのだ。

「これからはマナの操作も大事ってことか……。 それをしつつ、この重い武器でトレーニングをやるとなると……なかなか骨が折れそうだ……!」

 黒刀の重量を片手で水平に支えるだけなら、ハジメでもなんとか可能だ。 しかしこれで素振りをしながらマナを操作するとなると、肉体だけでなく精神も大きく削られる。 なおかつその作業を空想バトルでも行わなければならないとなれば、マルチタスクの下手なハジメにはキツイ事態だと言える。

「だけど、やるしかない……。 周囲の優しさでここまでこれたんだ。 それを無碍にするわけにはいかん」

 いきなり難易度をHARDからVERY HARDに変えられたような気がしてハジメは憂鬱な気持ちにさせられたが、周囲の期待に応えようという意思が彼を立ち上がらせる。

 今回の件はハジメにとって一歩進んで二歩下がったような感触だが、それでも足は動いている。 それが分かっている限りハジメは地面を踏み締め、1ミリでも先に進むべく特訓を続ける。

 努力を怠らないこと──それがハジメの性質となりつつあった。


          ▽


「て、撤退を……!」
「くそ、なんて悪天候だ! 間が悪りィ……」

 ベルナルダンの討伐隊が件の標的──首魁たる魔物化したゴリラとの接触に成功していた。 しかし、突如降り始めた激しい豪雨が視界を遮り、なおかつ足場まで悪くしてしまったため、これ以上の継戦が困難となった。

 敵は一体だけではない。 ゴリラの影響を色濃く受けた準魔物たちが討伐隊を取り囲み、今なおその向こうから次々に敵の増援がやってきている。

「このままやっても長期戦を避けられない状況のため、瘴気の影響を受けないように撤退を!」
「そもそも何だここは!? こいつは人間みたいな生活をしてるってか?」

 ゴリラが根城としているこの場所は、明らかに人間の手が入ったような構造物が散見できる。 木の柵だったり焚き火の跡だったり、巧妙に隠蔽されているが、ここには確実に人間が居た痕跡がある。

「ハンスさん、後ろの方を逃してあげてください! カミラさんは我々以外に攻撃を仕掛ける雑魚を優先に! 仕掛けます! 3、2、1……《地動クエイク》!」

 フリックが地面に手を叩きつけると同時に彼の周囲直径10メートルほどの地面が一瞬だけ激しく揺れた。 彼のチームメイトは直前に飛び上がって振動を回避し、着地と同時に魔物たちへ攻勢を仕掛けた。

 次々と魔物が絶命していく中、それらはフリックたちの魔法にたじろぐ様子も見せず、命令を受けたロボットのように弱そうな人間ばかり責め立てる。

「ぐあッ!」

 一人、また一人と、怪我を負う者が増えている。

 フリックたち以外のハンターも複数この場にいるが、それでも抱えきれないだけの敵の数だ。 劣勢を助長するのは、ひとえに悪環境が影響している。

「フリック、お前から先──」

 言い切る前に、フリックの視界からダスクが消えた。 直後、ダスクが付近の木に激しく叩きつけられて苦痛に呻いていた。

 何が起こったのかとフリックがゴリラを見ると、それは大きく腕を振りかぶった後だった。 それは続けて小型の魔物を掴むと、再び投擲のモーションに入る。

「どこまで知性を……!? 《ロック──がァ……ッ!」

 フリックの詠唱より早く、投擲物は彼を貫いた。

「フリック!?」

 カミラもハンスも、そしてすでに大きなダメージを抱えているダスクも、前線の崩壊を確信した。

「お前らァ、気合い入れろ! 走れるやつは走れ!」

 ダスクが叫んだ。 それは彼が最も早く冷静さを取り戻し、負け戦を受け入れた故の行動だ。

 遭遇戦かつ悪環境、そしてここが相手の土俵ということで、そもそも勝算は薄かったのだ。 それなのに少しでも勝ちを見込めると思ってしまったことで、このような惨状を招いてしまった。

「ハンス、そいつはもう諦めな! あんたはダスクの手助けをしてやんな」

 救助に走ろうとしたハンスをカミラが止める。

「ちっ……。 カミラもフリックを落とすなよな」

 討伐隊の誰もが敗走に甘んじる。

 幸運なことに、逃げる彼らを徹底して追ってくる魔物はそれほど多くはなかった。 その代わりとして、魔物は逃げ遅れた者を執拗に攻撃し、確実に討伐隊の人員を削ることを選択していた。 それは獣の思考形態なら決してあり得ないものであり、人間だったとしてもかなり高度な判断だった。

「あれは、あたいらの会った奴とは別物と思った方がいいね」
「ダスクもだらしねぇな。 前衛ならフリックに怪我させんなよ」
「黙ってろハンス……! くっそ、あの野郎ォ……」

 隊は少なくない数の欠損を出して、討伐の第一陣は失敗に終わった。

 前線を張る主要なハンターは失っておらず、やられたのは荷物持ちとして追随した者だったり戦闘経験の浅い者くらいだった。 損失としてはそれほど大きくないが、それでも負けたという認識はこれからの作戦に大きく支障を来すものであり、これからすぐに打って出るということは難しいだろう。

 こらから装備的にも肉体・精神的にも準備期間は必要だ。

「フリックが機能しねぇと、魔物の脅威判定が難しいな……」
「グレッグとかいう魔法使いに聞けば分かりそうだけど、どこに行ったんだろうね?」
「そういやいねぇな。 まだ現場に残ってやがんのか?」
「あいつは個人参加で協調性なんて皆無だし、フリックが起きるまでは養生かね」
「士気も下がってる。 こりゃ時間がかかりそうな案件だなァ……」

 今なお降り続く雨は、落ち込んだ隊の気分を更に深く叩き落とす。

 誰も彼も完全な成功を期待していたわけではないが、こうも簡単に失敗するとも思っていなかった。 だからこそ自信を砕かれた失意は大きく、継続の二文字を提示しづらい。

 そんな中、首魁たるゴリラはその身から瘴気の放出を続けていた。 それは細かな粒子となって風に乗って宙を舞い、遠隔地へと運ばれていく。

 現在、瘴気と呼ばれる悪い空気はその存在こそ一部で認知されているが、その詳しい効果までは明らかにされていない。 分かっているのは、動物に悪影響を及ぼして魔物化させてしまうということだけで、実際に人間が浴び続けた場合の変化は判明していないのだ。

 研究者たちの間では、瘴気が人間を魔人化させるという見解が挙がっているもの、実験的にそれを証明することは難しい。 もし魔人を誕生させてしまった場合にはどれだけの被害が出るか分からないため、倫理感を失った研究者でさえもここは手を出していない領域だ。

 宙を舞った瘴気の粒子は、遥か離れた場所にいる動物の体内にするりと溶け込んでいく。

 その時、ヒースコート領の各地で不可解な動物たちの動きが観察されていた。

 ピクリ、と反応を見せる獣がいた。 それらは瘴気発生源に身体を向けると、全ての行動を中止してそちらへ向かっていった。 それは一つだけでなく、多数……いや、無数の軍団となって突き進む。

 マナは特殊な形のエネルギーであり、生成と消費を繰り返して世界を循環する空気のような、ありふれた物質でもある。 それが時折変性して、独自に影響を及ぼすことがある。 本来、変性──悪性化したマナは自然の作用によって排除される仕組みなのだが、そうならない悪条件が重なる場合もないわけではない。 それら変性したマナが寄り集まったものが瘴気であり、癌細胞のように自律性増殖を繰り返すことで周囲を巻き込んで大きくなり、影響を広げていく。

 瘴気がマナである以上、発生源たるゴリラの精神影響を受けることは必定。 その意思を乗せた瘴気の粒子を取り込んだ動物は、その招きに従って馳せ参じる。

「え、何……?」
「分からないけど、例の魔物に関することだってのはハッキリしてるね」

 クレメント村から魔物討伐に乗り出そうとしていたゼラとオリガは、動物たちの異常行動と向かう先から現象に当たりをつけた。 前回の調査では十分な進捗がなかったため日を分けて活動しようとしていた彼らだが、その出鼻を挫く事態が生じている。

「カルミネ、何かした?」
「お、俺は何も……!」
「ふーん。 じゃあ偶発的な事象ってことか。 オリガはどうしたい?」
「魔物の巣窟になったら調査すら難しくなるんじゃない? あーしとしては消費も大きいしカルミネに任せちゃってもいいと思うけど」
「でもカルミネが死んじゃったら僕たちの負担が増えるよね」
「確かに……」
「完全に敵の王国が出来上がる前に仕掛けた方がいいんじゃないかな?」
「じゃあ、今回で決めきるってこと?」
「まぁね。 僕らの目標はあれ一匹だし、使えるコマは多いから大丈夫だと思うよ」
「ま、それもそうね。 じゃあゼラ、村人にも準備させちゃってよ」
「そうするよ。 カルミネは村中にある武器として使えそうなものを見繕っておいて。 君の魔法を使ったら運搬は簡単でしょ?」
「は、はい……!」

 カルミネは気づいていた。 これが、復路のない死地への突貫だと。

(あいつらは村人を犠牲にして作戦を実行するつもりだ……。 前に村人を囮にするだとか何とか言っていたし、使えるコマってのはそういうことに違いない。 だから俺は騒動に乗じて身を隠しつつ、ゼラの魔法の抜け穴を突いていくしかない。 だが、できるはずだ……! ゼラが最初に魔法を使った対象が俺だったことは、最悪の中の幸運だろう……)

 大丈夫だ、とカルミネは自身に言い聞かせて指示通りに動き回る。

(俺は生きるためにやってる。 全部生きるために必要なことだ。 これは決してあいつらを裏切る行為じゃない。 俺が生きて有用性を示すことは、あいつらにとって益でしかないんだから)

 ゼラの強制契約の穴は、掛けられた本人が指示を遵守してさえいれば違反と取られない点にある。

 ゼラはカルミネに、二人への攻撃の意思を封じさせた。 その一方で村人にはカルミネ以上にかなり重い制約を掛けていた。 それは、カルミネは二人の手足で、村人は消耗品だという違いからくるものだろう。 下手にカルミネの動きを封じすぎて仕舞えば運用にも影響が出ることから、そういうことになったのだとカルミネは推察している。

 夜半、とうとう準備が整った。

 村人は村に備蓄された食事を後先考えずに摂取させられ、そして全員がかなりの量の物資を抱えさせられている。

「じゃあ行くよ。 魔物を討伐したら君たちは自由だ。 ぜひ頑張るといいよ」

 そんな甘言を信じて村人はゼラとオリガに追随する。

(そんなはず絶対に無いのにな、かわいそうなもんだ。 奴隷根性っていうのか……あそこまで抑圧されると、少しの光にも群がっちまうのは仕方ないか)

 カルミネは自分よりも哀れな末路を約束された村人に憐憫を投げつつ、最後の作戦を思案し続ける。

(あとは俺が指示に反さずに死亡を演じるだけだ。 せいぜい俺のアジトが残ってることを祈るしかないな……)

 ベルナルダンの第一陣を跳ね除けたゴリラの魔物だったが、すぐに第二陣たる人間勢力が迫るのだった。
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