オミナス・ワールド

ひとやま あてる

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第2章 Dynamism in New Life

第26話 可能性の形

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「見えてきました。 あれがベルナルダンの町です」
「おおー、あんなにおっきい壁初めて見た!」

 レスカが馬車の幌から顔を出してはしゃいでいる。 ハジメも内心では同じ気持ちだが、それよりも驚きが優っている。

(すげぇ……。 巨大建造物なんて日本じゃ見飽きるほどに見てきたのに、これはこれで感動するなぁ……)

 馬車の進む田畑の向こう側──そこには家々が立ち並んでおり、そのまた向こう側には高い石塀が聳え立っている。 それはラクラ村やクレメント村では見られなかった、防御力と財力の象徴。 城壁とは言わないまでも、石壁によって覆われた内部は安全性がしっかりと担保されている。 村で生活してきたハジメにとって、そこは楽園にしか見えない。

(なんというか、改めて身分差を感じるよな……。 魔法っていう技術を持っているだけでこの景色を拝めるんだから。 ラクラ村の事件で一回、クレメント村でも一回……俺はギリギリで死を免れてきてるけど、安全そうな場所だからって必ずしも安全じゃないってのは忘れないようにしないとな)

 人間は安心した時にこそ躓きやすい。 ハジメがここまでギリギリを生きてこられたのは緊張感のある生活を強いられてきたからであり、今や魔法能力だったり安全な生活圏だったり緊張を拭い去る要素が出現してきている。 

 ここまでやってきたからこそ今の現実があると考えるべきか、それともこれでもまだ足りないと考えるべきか。 意気込むことは重要だが、際限なくできるようなものでもない。

(下手に考えすぎても駄目だな……。 これからも今までと同じようにできれば、命を繋げられるはずだ。 頑張ろう)

 継続は力なり。 それを地で行こうとしているハジメは、自分の成長を未だ自覚できていない。

「ハジメ見てる!?」
「見えてる」
「すごいなぁ……」

 もちろん石壁に含まれていない部分とその内部においても貧富の差はあるだろうが、それでも村に比べれば遥かにマシだ。 背後にあるのが魔物の跋扈する山々ではない時点で、この環境は恵まれている。

「えっとですね……驚いているところ申し訳ありませんが、これから向かう私の教室兼居宅は石壁の外にあるので内部で生活はできませんね」
「あんなのを見れただけで満足かも!」
「それは良かったです。 中で生活できないとはいえ出入りは自由ですので、登録の際に案内しますね。 その前に街中を通って居宅まで移動しますので、外観だけでも楽しんでください」
「やったー」

 一瞬でも辛いことを忘れられている間のレスカは、傍目には年相応の娘だ。 ここに連れてこられただけでもレスカの精神には良い作用を示すだろう、とフリックは内心でホッと胸を撫で下ろす。

「今後もクレメント村の行き来はあるでしょうが、こちらで生活基盤が確保できるのであれば村に戻らなくても良くなりますし、それが最も賢い選択です。 そのためには、こちらで仕事を探したり住居を探したりと確保までの道のりは遠いですが、それまでは我慢して生きていきましょう」
「えっと、あたしたちはどこに住むんですか?」
「私の居宅に一部屋余りがありますので、そちらを使ってください。 壁外といえど石壁には近い位置にありますので、村よりは遥かに安心ですよ」
「助かる」
「ありがとう、フリックさん」
「いえいえ。 おっと、右手に家々が立ち並んできました。 ここを抜ければ……ほら、見えてきましたよ」

 舗装された道路を進んでいると、ベルナルダン街内部に入るための大きな門が見えてきた。 門の幅は馬車2台が通り過ぎることのできる程度の広さがあり、高さは5メートルほど。 門の上部には金属製の柵の一部が見え出しているので、閉鎖する場合はそれがそのまま降りてくるのだろう。

「おっきい扉だねー」
「うん、大きい」

 そう言っている間に馬車は門の前で動きを止めた。

 門の側には異なる木製の扉が設置され、そこは衛兵の駐屯所に続いているが、非常時の通用門としても利用される。 その衛兵は、門の左右にそれぞれ一人ずつ槍を握りながら立っており、絶賛仕事中の様子である。

「まずは身分確認がありますので、顔見せのために一旦馬車から降りましょうか」

 衛兵たちは馬車を通さないように立ちはだかっており、ハジメとレスカはフリックに続いて外に出た。

「おー、すごい! ハジメ見て? すごいよ!」

 石壁に近づいて確認すると、10メートルを優に超えるそれの壮大さと圧迫感は凄まじい。

 ベルナルダンは石壁に囲まれた内部と、周辺の農地や家屋を含んだ集合体である。 壁内は主に貴族の邸宅や商業区画、そして上級平民の居住地にもなっており、そこに住むことは一種のステータスである。 そして壁外には村の単位だったり下級平民の家々が併設されている──それがこのベルナルダンという集合体だ。 ただ、一般的にベルナルダンと言うと壁内のことを指し、壁外を含んだ表現ではない。

 ベルナルダンが“町”であるのは、商業区画などの限定区域を指す“街”に加えて、それ以外の生活区域を含んだ構成だからである。 町は街よりも大きな区分である。

「フリックさん、そちらのお二人は?」

 衛兵である一人の男性が馬車に接近し、フリックを確認すると警戒を弱めてそう問いかけている。

 衛兵は元来市民が就くことのできる職種で、地位の高い魔法使いであるフリックは彼らよりも上の立場にあたる。 とはいえ、立場的には同じ平民であるので、本来彼らが敬意を払うべきは爵位を持った者に対してだ。

 現在ベルナルダンに存在する貴族は騎士爵の者だけであり、そもそもヒースコート領が男爵領であるために男爵より上は存在しない。

「ラクラ村の生き残りのお二人です」
「な、るほど……」
「ハジメさんは魔法使いの素質が開花し、レスカさんも秒読み状態です。 これからは私の元で生活するので、ご挨拶にあがりました」
「ハジメ」
「レスカです」
「それはご丁寧にありがとうございます。 今回はフリックさんの同伴ということで身分証の無い方の通行税は免除しますが、今日明日中には身分証作成をお願いします」
「分かりました」
「では職務ですので、荷物を改めさせていただきますね」

 フリックとしてはいつも通りのやりとりを終え、馬車は壁をくぐる。

「なんかお店がいっぱいだよ!?」

 馬車が通ることのできる道はこの一本だけであり、また大通りでもあるため左右には様々な出店が立ち並ぶ。 その様相はハジメがこの世界にやって来てから見てきた村の内部とは大きく異なっており、ハジメは村と町のギャップにただただ驚くばかり。

 通りを進むと、広場が見えてきた。 ここはベルナルダンで最も大きい建物を構えている町役場の正面に位置し、噴水が設置されていたり人が屯していたりと活気が凄まじい。

 単に人が多いだけでなく、奇抜な衣装の面々──吟遊詩人や踊り子など、生活を華やかにしてくれる人々も散見できる。 それだけでベルナルダンが活気のある街だということが分かる。

(ラクラ村には必要最低限の役職しか揃ってなかった。 いや、足りてたかどうかも怪しいか。 規模が増すほど必要な役職も増えてくるし、ああいった余分な……って言ったらアレだけど、踊り子とかがいるってことはベルナルダンは栄えてる街って理解でいいよな)

「あの人たちは誰?」

 レスカも気になるのか、踊り子などの特殊な職業の人間を指差している。

「あれは芸人一座で、様々な場所へ赴いて芸を披露する人たちの集まりですね」
「旅するんだ、楽しそう! あたしも踊ってみようかなぁ」

 ハジメはレスカのその姿を妄想する。 彼女が飛んだり跳ねたりしたらあれがすごいことになるんだろうなと考えて、すぐにその卑猥な考えをかき消す。

「踊り子は踊りでお金を稼ぐので、普段からああやって踊りの練習は欠かせないと聞きます。 吟遊詩人は物語の脚本を書いたり出版したり、あとは各地の情報を伝え歩くことにも一役買っています」

 踊り子は一見華やかに見えるが、もちろんそれだけで生計が立てられる職業ではない。 踊りだけで食べていけるのは貴族お抱えの踊り子だったり、大都市で公演などが行えるごく一部だけだ。 そういった夢の舞台を目指して彼女らは日々奮闘するわけだが、生きていくためには売春宿などで稼ぐしかなく、その道は厳しい。

 吟遊詩人の──特に男性のそれは踊り子よりも収入が少なく、彼らの収入源は執筆活動が主たるものだ。 そのため踊り子の売春ほど即金を得られるわけでもなく、執筆物で一山当てられなければ紙やインクなどの消費の方が上回るという災難に見舞われる。 だからこそ様々な物語が描かれ、演劇にまで昇華されていくものも生まれるのだ。 余談だが、一部の美形な吟遊詩人などは女性からの贈り物で懐が潤うこともあるし、男性の娼館で稼ぐことも可能だという。

 いずれにせよ、芸人は華やかさを売るのが仕事であり、裏の努力を知られてはならない特殊な職業だと言える。

 芸人の収入は、現金以外にも現物──宿や食事、衣服、馬──などからも成り立っていた。 催事を盛り上げるのは彼らの役割だが普段から催事が至る所で開催されるわけもないので、芸人の私生活はそのための下準備だ。 ただ、現物給付が十分に行われないこともあるし、滞在する場所による待遇も異なるので、決して裕福に暮らせるわけではない。

「色んな人がいるんだね」
「皆、楽しそう」
「そうですね」

 フリックは芸人たちの生活を知っているが、夢を壊してはいけないのでその裏側までは伝えない。 もしレスカが踊り子になりたいと言ったらそうするのだろうかなどと考えていると、馬車が停車した。

「フリックさん、着きましたぜ」
「ありがとうございました。 ひとまず依頼達成の報告と、ハジメさんとレスカさんの登録を行いましょう」

 馬車が停車しているのは、今回の目的地であるベルナルダン町役場前。 ここには様々な部署が構えられていて、一般的な手続きはもちろん各職の組合への依頼なども一手に引き受けている。

「依頼の報告に参りました」
「依頼書をご提示ください」

 フリックは受付嬢が並ぶカウンターの一つに赴き、言われた通りに鞄から一枚の羊皮紙を取り出した。

「確認いたしました。 双方、事前契約内容の違反や不履行、また内容超過などはございませんか?」
「ええ、依頼通りの内容でした」
「内容超過もありませんぜ」
「確認いたしました。 では少々お待ちください」

 依頼──所謂クエストに相当するそれらはまず、事前契約を双方合意の元に締結する。 その上で依頼者は契約金を役場にあらかじめ預け、依頼達成時に請負人へ支払いという形式を取る。 依頼終了後には再度内容違反などがないかどうかを確認し、そこで最終的な支払い額の調整が行われて、ようやく依頼達成という運びとなる。 このようにややこしい手続きを踏む場合は役場に仲介料を支払わなければならなくなるが、依頼者による踏み倒しや請負人の逃亡などの面倒ごとを回避できるメリットが大きい。

「毎回役場を介さずとも、直接依頼してくれてもいいんですぜ?」

 御者を務めていた商人のバイセルがそんなことを言う。

「これは私のポリシーですので、いくら信頼関係があると言えど譲れませんね。 魔法使いは死亡率の高い職業ですから、依頼不達成なども十分に考えられますので」
「そうですかい。 ま、あっしは色々儲けさせてもらってるので構いませんがね。 面倒かと思っただけですよ」

 バイセルの言うように、個人間での直接的な依頼も可能だ。 しかしその場合は面倒ごとも多く、急ぎの依頼などでなければあまり好まれない方法でもある。

「お待たせしました。 こちらが契約金となります」
「確かに、確認しました」

 バイセルがしっかりと金額を確認し、一つ頷くとそれを鞄に詰めた。 役場職員による盗難も無いわけではないため、依頼人や請負人による確認も重要な作業である。

「ではフリックさん、あっしはこれで」
「はい。 またお願いします」

 バイセルが去り、残された三人で次なる手続きを開始する。

 訪れたのは、役場内部に設置された一部門──魔法使い組合。 それほど大きくない街だったり首都から遠い地方などでは未だギルドという組織が残っているが、こと魔法使いに関しては国が管理する人材のため、ギルドではなく組合が成立している。

 ギルドは保守的で排他的な性質を持ち、その業種による独占や寡占を行う利益団体である。 ギルドは業界全体を支配する関係から、ルールを作って制限や制裁を行なったり、新規参入への妨害なども行う。

 一方、組合は独占というより権利を擁護する性質があり、団体交渉であったり選挙運動などが主な活動である。

 独占禁止などの法令が整備されて初めてギルドは組合へと姿を変えるため、現状この世界ではこの分野の十分な発展は見込めていない。 利益を優先するギルドが台頭している限り経済的な自由は保障されない。 そのため最も力を持っている魔法使いが幅を利かせる前に首根っこを掴めたこと、そして魔法使い関連の分野が組合を名乗っていることは、この世界にとって幸運なことだと言えよう。

「こんにちは、オルソーさん。 この二人の魔法使い登録をお願いします」
「よく来たフリック。 こいつらが例の二人でいいんだな?」
「ええ」

 フリックが声を掛けたのは、魔法使い組合の長──オルソー=ベルナルダン。 彼は魔法使いでありながら、それには似つかない屈強な肉体を誇っている。 また彼は組合長であるとともに、現ベルナルダン町長の息子でもある。 つまり、全てを兼ね備えたエリートだと言って良い。

「少し待ってろ」

 すでにハジメとレスカの話はフリックから行っていたようで、スムーズに流れが進んでいく。

「何するんですか?」
「特殊な魔導具を用いてその人のマナを抽出し、魔法使いとしての証明物──プレートを作成します。 案外すぐに済みますよ」
「ハジメやフリックさんみたいに魔導印を見せたらいいんじゃ?」
「そうですね……例えばレスカさんの魔導印がお尻に出現した場合はどうしますか? 証明のために毎回お尻を見せますか?」
「……それは嫌です」
「プレートの主たる目的はそういうことではありませんが、まぁそういった事態にならないようにすることも重要です」

 プレートは本人の身分を証明するものとしては最も信頼性に富んだ物質である。 魔法使いの持つプレートには氏名はもちろん、これまでの依頼達成数なども記載させることができるため当人の実力を示す証明物にもなりうる。

 とりわけ魔法使いのプレートは凝られており、各町に設置された大型魔導具がプレートを認識し、その情報を更新・共有できる。  そうやって擬似的に魔法使いの動向を把握し、また依頼に応じた適切な人員配置さえも可能にする。 これが魔法使いを世界的に運用するためのシステムであり、魔法使いという危険な力をコントロールしたいという各国の信念の賜物だ。

 システムを理解している魔法使いの中には、敢えてプレートを使用しないことで姿を眩ませる者もおり、そういう事態になると魔法使いの所在ははっきりしない。 従って未だこのシステムは完璧なものではなく、各国は威信をかけてシステムの更なる開発を急いでいる。

「準備ができた、こっちへ来てくれ」

 オルソーの指示に従い、三人は組合の奥にある特別な一室に案内された。 そこには文字通り大型の魔導具が設置されている。 直径約3メートルほどの球とそれを支える格子及び台座があり、その側には拳大の球体も置かれている。 球体表面には多数の魔法陣が描かれており、大きいものと小さいものに描かれた内容は同一のようだ。

「小さい球体に触れればプレートが生成されます。 体内にマナを確認できれば生成されるはずですが、ハジメさんの場合はどうなるか分かりませんね。 とりあえず可能性の高いレスカさんからやってみましょうか」
「え、あたしも作れるんです……?」
「魔導印が発現している方の登録が多いですが、すでに魔法技能の開花を待っているレスカさんも可能です」
「じゃあレスカからやってみろ。 しばらく手を触れさせるだけで問題ないぞ」
「あ、は、はい」

 何故か緊張した様子のレスカは、恐る恐る小さな球体に触れた。 すると、レスカの手は吸着されたように剥がれなくなり、大きな球体に刻印された多くの魔法陣が発光を以て新たな魔法使いを迎え入れる。

「え、あ……ど、どうしたら……?」
「起動したということは問題ないですね。 落ち着いてそのまま待機してください」

 そのまま見ていると、大きい方の球体から光の粒子が生成され始めた。 それらはレスカの頭上で集まり、徐々に形を成していく。

(ほー、これまた複雑な装置だな……。 何が起こってるか分からないけど、魔法関連の凄まじい出来事なのは間違いないな)

 ハジメは感動を覚えつつ、その様子を見守る。

 未だレスカはキョドリ散らかしているが、最初にやるのがハジメなら同じ反応をしていただろう。

 全員が見守る中、レスカの頭上では銀色のプレートが完成した。 レスカは自然とそれを掴み、まじまじと内容を確認している。

 プレートは縦6cm×横9cmに厚さ3mmと、鉄製ということもあってしっかり重量もある。 そこに記載された内容はレスカという名前と、見たこともない魔法陣。 このプレート生成は土の派生属性である錬金属性を応用したものであり、様々な生体情報を取り入れて行われる錬金術の極地である。

 ひとたびプレートが完成すれば別の魔導具を用いて内容記載が可能。 そしてプレートを持つ者がこの大型魔導具にプレートを翳せば情報は更新・共有される仕組みだ。 そうやって組合が魔法使いを管理・運用することで、この世界は成り立っている。

「えっと、この魔法陣は……?」

 レスカが記載された魔法陣を指差して尋ねる。

「それはいずれレスカさんに発現する魔導印を示しています。 実際に発現した後にプレートと併せて提示すれば、それは個人を完璧に証明する術となりますね」
「なるほどー」

 レスカは分かっているのか分かっていないのか微妙な返事を返しながら、物珍しそうにプレートを裏返したりして観察している。

「次はハジメさんです。 レスカさんと同じようにどうぞ」

 レスカに続き、ハジメも魔導具に触れてみた。 だが──。

「……?」

 大型魔導具はうんともすんとも反応を示さない。

「どういうこった?」
「私にもさっぱり……」
「ハジメ、魔導印を見せてみろ」

 ハジメは言われるがままに胸元を見せた。 やはりそこにはしっかりと魔導印が存在している。

「確かにあるな。 それにしても意味が分からん。 フリック、ハジメの魔法はどんなものなんだ?」
「……えっとですね、私の知る限りでは周囲に作用する何かかと。 属性も不明ですし、分かっているのはハジメさんの体内にマナは無く、そしてその代わりに体外にマナを維持させているようなのです」
「体内に……無い? 更に意味が分からんぞ」

 ハジメは理解できない速度で行われるオルソーとフリック会話を捲し立てているのを横目に見ていると、不意に右手が小魔導具に吸着された。

「っ!?」
「な、なんだ!?」

 光を放つ大型魔導具。 先ほど同様、魔導具の起動に合わせて光の粒子が生成され始めた。

「反応は……したようですね」
「ああ。 一瞬魔導具の故障を疑ったが、杞憂だったな。 とはいえ、ハジメのそれが特殊な魔法技能だということは理解できる」
「ええ。 ですが、このことは内密に」
「そう心配するな。 吹聴なぞしない」
「助かります」

 魔法は魔法使いそれぞれの秘術であって生命線だ。 能力を知られることはデメリットにはなってもメリットにはならず、弱点を知られていることと同義だ。 だからこそ魔法使いは自らのことを多くは語らないし、あまり魔法使い同士で群れることを好まない。 しかしすでにハジメやレスカの存在は王国の魔法システムに認識されてしまったので、その魔法技能の詳細こそバレずとも、国の管轄下に収まったことは事実だ。

「おー……」

 ハジメはプレートを手に取った。 そこにはレスカと同様の内容が記載されており、物質として現れたそれはハジメに自身の魔法の存在を実感させる。 プレートに記載された魔法陣は、そっくりそのままハジメの魔導印と同じである。 つまりこれはハジメの存在証明でもあるわけだ。

(まじか……。 ようやく俺にも魔法が……)

 ハジメは感動で震える。 こうやって自分の能力が形として示されたことで、自分には何も無いという今までの認識が吹き飛んだからだ。

 ただ、レスカもハジメも文字は読めないので、記載内容までは理解できない。

(……というか、失念してたけど話せるだけじゃなくて文字も書けないとダメじゃん……。 生きるのって相当な労力だし、大変ってことを思い知らされたぜ……)

「どれどれ……『ハジメ=クロカワ』、ってお前家名持ちだったのか」

 オルソーが少し驚いているが、ハジメにはその意味が理解できない。

 家名の有無は階級社会を形成するこの世界において、ある一定の身分水準を示唆する要因である。 家名を持っているだけで差別を免れたり、逆に優遇されたりと、メリットは大きい。 また家名は魔法技能にも通ずる要因で、それを持った魔法使いは代々魔法技能が受け継がれてきたということを示唆する材料でもある。

 様々な驚きから刺激を受けつつ、ハジメとレスカは魔法使いの世界に足を踏み入れることとなった。 果たしてそれが良い結果を生むのか、それとも悪い結果を齎すのかは、神のみぞ知る内容だ。 いずれにしても、肩書きを得た彼らは狭い世界からの脱却が可能となり、人生において選択肢を持てるまでになった。

「ハジメとお揃い! やったね!」
「俺も、嬉しい」

 不安ばかり抱えているハジメだが、小躍りして喜ぶレスカを見てそれは薄まっていく。 ハジメはこれを見て、レスカの幸せこそがハジメの幸せだと確信するのであった。

–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

商人バイセルの名前はbuy and sellから。
一瞬気の迷いで名前をウリマス=カイマースにしようとしてたけど、酷すぎてボツにしました。
名前全てに意味を持たせられたらもっと内容が深くなるかもですね。
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