オミナス・ワールド

ひとやま あてる

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第2章 Dynamism in New Life

第24話 規定される力

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 首を絞められながら、レスカが苦しげに言葉を漏らす。 そのタイミングで。

「……奴隷に……」

 ズ、ァアアア──……。

「ハッ、決まりだな! これからお前は──」

 地面が揺れ、木々が揺れ、森が揺れ、山が揺れている。

 それに気付けたのは、潜在的に魔法適性を持つレスカだからこそ。 濃密なマナが辺り一帯を取り巻いていること──それを知覚できたのは、ごく真近でその波動を受けたから。

 レスカは潜在能力を揺り動かされたことで、マナという特殊なエネルギーの存在を知覚できる段階に入った。 そして現在、その発生源がハジメであるということも認識できている。

「……な、に……これ……?」

 レスカはその異常性をひしひしと知覚している訳だが、高嗤いするディアゴは気付かない。 マナに乗せられたそれが、何を呼び寄せようとしているのかを。

 魔法は感情の産物だとも言われている。 それは魔法の発現が、感情の動揺や暴走、その他正常な状態では無い場合において生じるという事実による。 なおかつその感情に引っ張られるように魔法の方向性が規定されるということも確認されている事実である。 余談だが、それを利用した方向性の誘導実験は未だ日の目を浴びていない。

 同じ空間にいるにも関わらず、レスカとその他ではまるで違う世界を見ているようだ。 レスカはマナに侵されたサイケデリックな空間を見ており、一方のディアゴたちは何も無い虚空を見ているよう。

 レスカは突如魔法という深淵の世界に紛れ込んだ。 それを生み出しているのは紛れもなくハジメの感情だ。 その激情は彼のマナに対して指向性を付与した。 本来ハジメの周囲に停滞していたはずのマナだったが、彼の感情に乗せられて爆発、拡散した。

「レスカよぉ、俺の女なら自分で脱げんだろ?」

 すでに上半身は裸に剥かれているレスカだが、ディアゴはレスカ自ら恥辱を晒すように強要している。 しかしレスカはそんなよりも、この環境の異常性の方が問題だ。

「おい、聞いてんのか!?」
「……は、はい……」

 ハジメの感情が渦巻いている。 それも、完全な負の感情が。

 そういえば、とレスカはこんな時にあることを思い出していた。 リバーとフエンの言っていた、ハジメが魔物を引き寄せるという話。

 こんなことを考えたくないが、先日のラクラ村の一件もハジメが絡んでいるのではという疑念が現在レスカの中に生じ始めた。

「さっさとしろやァ!!!」

 レスカは大声にびくりと震え、自分のズボンに手を掛けた。 

「おぉッ!?」
「よーく見とけよ、お前らァ! ……レスカ、早くしろ」
「はい……」

 疑念とは関係なく、ハジメは決してレスカを傷つけない──それは確実だ。 ハジメが何かを意図してこの現象を引き起こしているというのであれば、レスカはそれを尊重しなければならない。 だから、ここで恥辱を被る事など大したことではない。

 ズボンが地面に落ちた。

「まじか! まじかよ!?」
「おぉおお……!」

 全裸になったレスカの肢体に生唾を飲むヨルフとティド。

 ディアゴはさも当然と言わんばかりにレスカの顔面に触れた。 そこからは、あたかも最初から自分の女だと言うような動きでレスカの顔からゆっくりと手を下げ、そして乳房に触れる。

「い、や……」

 触れられるだけならまだ我慢できる。 しかしそれ以上はハジメのために取っておきたい。 だからレスカはギリギリまでそれを待つ。

 ディアゴは手下の連中にいい顔をするためか、時間をかけてレスカを弄んでいる。 レスカはそんな気持ち悪さよりも恐ろしさが勝っている。 なにせ、ハジメの負の感情を一身に受けたマナが、一体何を引き起こそうとしているかが分からないからだ。

 その時は案外すぐにやってきた。 いよいよディアゴも屹立したそれを取り出したタイミングだったので、レスカとしてはギリギリのタイミングだったと言える。

 ザッ──。

 風が吹き抜けたと、レスカはそう思った。

「ぎゃ──」

 悲鳴は一瞬だった。

 レスカが予想外だったのは、目の前でディアゴが絞られてベキバキと異音を吐き出したこと。 そして最終的には、本当のボロ雑巾のように形を変え、血溜まりに投げ出されたことだ。

 逃げ出そうとしたヨルフとティドもそいつの両腕に捕えられ、頭部を握り潰されて一瞬で息絶えた。

「え……っ……」

 レスカの目の前には、両手から血を滴らせる巨大なゴリラが佇んでいる。 それは息荒くレスカを覗き込み、獲物を狙う視線を隠そうともせずに観察している。

 何をするつもりなのかとレスカが後退りそうになっていたが、何も起こらなかった。 生じたのはびくりとしたゴリラの震え。

 ゴリラは恐るべき勢いで首を回し、畏怖の対象を見た。

「用は済んだだろうが……?」

 倒れ伏した状態のハジメは顔だけをゴリラへ向け、ひどく低い声でそう放っている。 その目は今にも全てを壊しそうなドス黒く濁ったもので、レスカでさえも恐怖を抑えれなかった。

 それでもゴリラは動かない。 いや、動こうとしているのだが動けないようだ。

「……ああ、そうか。 これでいいな? 消えろ」

 フッ、とハジメの圧がレスカの周辺から霧散した。 かと思えば、ゴリラは一心不乱にその場を離れて走り去っていく。

 その他、周囲を取り囲んでいたであろう様々な存在も同様に存在感を消失させていった。

「ハ──」

 同時に周囲一帯を包んでいた重苦しいマナの重圧も消えた。

「ハジメっ!?」

 ハジメが支配していた空気も弛緩している。

 レスカがハッと呼吸を思い出し、そしてハジメの名前を呼ぶことができたのも、この重圧が去ったからだ。

 ここでようやくレスカは自分の身体が裸なことに気が付き、慌てて衣類を纏うとハジメの元へ急いで駆け寄った。 急いでハジメを確認したところ、とにかく右足からの出血がまずい。 動脈が損傷しているため拍動に合わせて噴き出す血液は、医療に詳しくないレスカでも危険なことは理解できる。

「誰、か……」
「おい、大丈夫か!? って、うおッ!?」

 異変を感じ取った村の連中が多数この場にやってきた。 そして繰り広げられている惨状に驚き、吐き出す者さえ居る。 捩じ切られたディアゴに、握り潰されたヨルフとティド。 一見したところでは判別の難しい状態にまで変形してしまった彼らと夥しい出血の数々は、見る者全てにトラウマを生じさせてしまうほどだ。 出血は南に続いている。

「ま、まずは彼の救助だ……! 現状を村長に……っと、今は外出中か……」
「ここにいるのはハジメ君とレスカちゃんにとっても良くない。 さっさと離れよう」
「そ、そうだな……。 だが、誰かはこれを処理しなければ……」

 撒き散らされた人間から漂う死臭は、そこにいる全員の鼻を突いてしまっていた。 しかし死体を放置することで獣が寄り付いたりする危険もあるため、さすがにこれを放置するわけにはいかない。

「俺がやっておく……。 とにかく、二人を安全なところへ」
「ああ……助かる」

 そんななか、嫌な役を買って出たのはヴァンド。 彼はフィジカルに優れ、この場を任せるには最も適任だろう。

「因果応報とはいえ、気の毒にな……」

 死体の肉片を人ところに集めつつ、匂いを堪えてヴァンドはそう呟いた。 これまでの悪行に対する罰としてはあまりにも重く、ヴァンドでさえも憐憫の目を送るしかなかった。 特にヨルフとティドはディアゴさえいなければまともに成長していたかと思うと、悔やんでも悔やみきれない。 しかし彼らを増長させてしまったのは大人たちの無責任さが原因であり、これに対しては反省しなければならない。

 周辺の観察をしていると、ヴァンドに疑問が浮かぶ。

「これを誰がやってのけたんだ……? 農具で抵抗したにしては……」

 あまりにも綺麗な状態で保存されている、それらの農具。 一部には血痕が付着しているが、これで抵抗したのなら壊れていてもおかしくはない。 なにせ相手は成人男性をこうも無惨に破壊する存在なのだから。 しかし目星はついている。

「これをあの子らがやったとは思えんしな。 だとすると、やはり……」

 南へ去っていった巨大な生物。 ヴァンドが見かけたのは去っていくその姿だけだったが、遠目に確認したそれは少なくともヴァンドよりも大きな肉体を持っていた。

「魔物の襲撃……にしては、あまりにも一方的な……」

 偶然なのか必然なのか、ハジメとレスカが生き残り、それ以外が死んでいるのだ。 何かしらの因果はあるだろう。

「ひとまず、これで……」

 ヴァンドは着火に適した枝や草葉をかき集め、そして火を付ける。 これは彼の一存でやっていることだが、葬儀などに時間を掛けている時間はないし、そうしなければならないとさえ思うのだ。

 ディアゴに関してはすでに親から見放されているし、他二人に関しても彼との関わりからよくは思われていなかった。 だからと言って死んだ方が良いという話でもないが、彼らが死んで喜ぶ人間が多いのも事実だ。

 すでに彼らは原型を留めておらず、ヴァンドは総合的な判断から彼らを荼毘に付した。 人間の肉の焼ける匂いなど決して良いものではないが、これを完全に処理するまでは獣の襲来などもあるため安心することはできない。 即席の火葬であったため白骨化までは不可能で、炭化させて埋める程度の処理しかできなかったが、それだけでも意味はある。

「魔物が入り込んだ時点で、もうこの村は駄目かもしれんな……」

 その夜、起こった事件について聞き取りが行われた。

 レスカから聞かされた内容はディアゴたちによる一方的な暴虐行為であり、一切擁護の余地もない話であった。 魔物の襲来に関しては疑問が残ったが、村のゴミを掃除してもらった感覚で村民の反応は悪いものではなかった。 

「しかし村に魔物が入った以上、もうここは……」
「どうする? 今は村長もフリックたちさえいないんだぞ」
「いつでも逃げられるように荷物を纏めておくべきだ。 場合によっては村を捨てる判断もせにゃならん」
「これは、ラクラ村の悲劇再来か……」
「おい、滅多なこと言うな! レスカちゃんの前だぞ!」
「す、すまない……」
「いえ、いいんです……。 とにかくハジメを助けてあげてください……」
「ああ、そうだよな。 レスカちゃんからすれば、彼の身こそ大事なはずだ。 村の面倒事に巻き込んですまないね」
「いえ、はい……」

 この状況を齎したのがハジメなのだと、レスカはどうしても言い出せなかった。  そして、ハジメがいる以上ここは安全なのかもしれないということも、今回の経緯に関わることなので言い出せなかった。

 レスカはただの可哀想な少女を演じるしかなく、村人たちの会話を聞いて彼らが誤った方向へいかないようにもしなければならなかった。 もし今回の事件で村を捨てるという決断が為されればそれは大変な問題だし、レスカとハジメのせいでそこまでして欲しくないというのもある。

 ディアゴの件に関してはレスカが毅然とした態度を取っていれば防げたかもしれないことから、根本の原因はレスカにあるかもしれない。 そう思うと、結局レスカは何も言い出せないのであった。 しかし実際はディアゴ個人の暴走と彼を抑えきれなかった村、毅然とした態度を取り続けたエスナ、その他様々な要因が積み重なった結果に起こった複合的な事件だ。 だからレスカが気に病むことではないのだが、そこまで理解できている人間はいない。

「村長が戻るのはいつ頃だ?」
「少なくとも片道三日は掛かる遠出だ。 男爵様への謁見許可なども考えれば往復7日以上……あと数日は確実に戻らないだろう」
「フリックたちが戻ってきてくれたらいいんだが……」

 指針を提示できる者がいないため、時間だけが無為に消費されていく。

「あの……ハジメは大丈夫ですか……?」
「処置をしているところだよ。 ただ魔法薬を切らしていてね、処置に時間がかかっているんだ。 フリックたちが戻ってきたら魔法薬を持っているはずだから、それまでは辛抱だよ」
「はい……」

 フリックが村へ戻ってきたのは、それから二日後。

「私たちがいない間に、一体何が……」

 その間ハジメは対症療法的な痛み止めの生薬を煎じていたが、それでも激痛に苛まれ続けた二日間だったと言える。 傷口の縫合も不十分だし、泥など雑菌の混入によって排膿排液も続いており、感染による発熱で常に意識は朦朧としていた。 そこに駆けつけたフリック。 ハジメに投じられた回復ポーションの働きは素晴らしく、傷口の回復速度を数十倍に進めたばかりか、感染兆候なども見事に消失させていた。

「それで、本当は何が起こったのですか?」

 戻れるようになって早々、借家でフリックと二人が同じ席に着いた。

 ハジメの傷は癒え始めているとはいえ、未だ疲労が抜け切らないことから体調はよろしくない。  そのためメインの質疑応答──元よりそれはレスカの役割だ。

「ハジメは覚えてないんだよね……?」
「そう」

(恐ろしい体験だった。 もうあんなのはまっぴらだ……。 今思い出しても震えるけど、それ以上にレスカが無事だったことへの安堵が大きい。 もし俺一人だったら、一生外には出られなかった気がするな。 今こうして落ち着いていられるのは、周りの人間が良くしてくれているからだ。 それと同時に、ディアゴみたいな連中がいることも忘れちゃならない……。 この世界って、やっぱり少し異常だな……)

 実際にハジメは途中から記憶が欠損しており、ヨルフとティドの攻撃で脳を揺らされたあたりまでしかはっきりとした記憶は残っていない。

 フリックは何気なしに二人の様子を観察して内心独りごちる。

(なるほど、数日でここまで親密……いや、依存するような関係性に落ち着くとは。 これは相当な心的外傷ですね)

 レスカがハジメの肩を抱いている。 フリックの目には、ハジメが傷心のレスカを抱き抱える形で支えているように見える。

「だから、あたしから話します」
「ええ、よろしくお願いします」
「……最初、ハジメからマナ?が漏れ出しました」
「マナ、ですか。 レスカさんにはそれが見えたということですね?」
「周りには見えていませんでした。 多分見えていたのはあたしだけです」
「ほう、なるほど」

 マナの知覚は魔法発現の予兆である。 人によって過程は様々だが、レスカのそれは順調な成長だと言える。

「そしたら、あの魔物がやってきたんです」
「あの魔物?」
「全身毛むくじゃらの、猿より大きくて黒い動物です。 目も赤かったです。 それがディアゴさんをギュって絞って、他の二人もグチャって」

 それほどまでに凄惨な状況を目の前で見せられたにも関わらずレスカが平気でいられるのは、それがハジメの意思により行われたことであり、レスカを守るためだったからだ。 そこに出現したあれは、言うなればハジメの手足であり、レスカからすれば彼女に向けられる凶器ではなかった。 だからこそ恐怖心は湧かず、淡々とその事実を話すことができる。

「それは、辛かったですね……」
「はい」
「その魔物は、三人を殺害しただけで逃げていったのですか?」
「一瞬何かにびくりと震えたように見えました。 するとすぐに逃げ出して行ったんです」
「ふむ……とにかく、お二人がご無事でよかったです」
「そうですね」
「村長が戻って起こった事件の収拾がつくまで私はこの村に滞在します。 その後は恐らく一緒に行動することになるでしょう。 このような村にあなた方を置いておくことは私としても……」
「……?」
「いえ、何でもありません。 出発までは時間もあるので、それまではお互いに傷を癒しておいてください。 ハジメさんについても後ほど」
「分かりました」
「あと、については他言無用ですよ」

 フリックが去り、静寂が室内を支配する。 しかし、レスカもハジメも何かを話し出すことはない。

 ただこうやって生きていられることに、二人で再び安心して生活できること安堵し、互いに身を預け合う。

「ハジメ……いいよ?」

 夜、ベッドでレスカがそんなことを言ってくる。

 狭いベッドの中なのでレスカの吐息がハジメの頬に当たり、それは大変な熱を孕んでいる。

 ハジメは思わず熱を集めるそれに停止指示を出しつつ、フエンとの約束を思い出してグッと我慢する。

「……駄目」
「どうして?」
「レスカ守る、フエンと約束」
「もう、守ってもらってるよ……?」
「違う」
「何が、違うの……?」

(違うんだ、俺は最初に定めた誓いを破るわけにはいかないんだよ。 こんな吊り橋効果の即席の感情でレスカを慰めたって、それは不安を埋める一時凌ぎにしかならない。 娶って本当の家族になることも魅力的だし、いつかそうなりたいって考えてるけど、それができるほど今の俺には力がないんだ……。 だから──)

「何が……って、わっ!?」

 言葉にできないもどかしさ、そしてレスカにそんなことを言わせてしまった恥ずかしさから、ハジメはなおさらギュッと彼女を抱きしめた。

「大切は、本当」
「知ってるよ……」
「だけど、まだ」
「……分かった。 じゃあ、待ってるね。 でも……」

 一層強く顔を埋めてきたことをハジメは肯定と理解して、そっとレスカの頭を撫でたその時──。

「……!?」
「ん……っ」

 ハジメの唇を塞ぐ、柔らかい感触。 そして目の前にはレスカの顔があった。 今にも涙が溢れそうな、それでいて寂しさを含んだレスカの表情は、子供のそれではなく立派な女性が作り出すものだった。

「……誰かに渡したら、やだよ?」

 ハジメの耳元で囁かれる、熱を持った小さな声。

「驚く、から……」
「えへへ……あたしもびっくり……」

(これはマジでやばいって……!)

 レスカの言動ひとつひとつが、異常な攻撃力で以ってハジメの理性を揺さぶる。 そのまま真っ赤な顔をハジメの胸に埋めるレスカは、狂おしいほどに愛しかった。


          ▽


「……儂が居ない間に、色々と問題が生じすぎているな」

 長期の旅から戻ったアーキアは、疲労を休める暇もなく様々な問題に目を向けなければならなかった。

「それもこれもあの二人が──」
「それはあり得ません。 ラクラ村に始まった事件においても彼らは被害者であり、今回のディアゴの件に関しても同様です」

 何かと責任を外に求めたがるアーキアに対し、毅然とした態度でフリックが反論する。

「しかし魔物が入り込んだことも──」
「彼らの責任を探すよりも、ディアゴたちが犯した罪を謝罪するのが先決かと」
「フリックお前……今日はやけに噛み付くではないか」
「事実のみを述べているのみです。 プライドが邪魔して謝罪もままならないのであれば、彼らは私が管理します。 彼らが魔物侵入の原因と考えておられるのであれば問題ありませんよね?」
「レスカを育てるのであれば、な」
「お任せください」

 フリックはアーキアのあらゆる発言を想定して返答を用意していた。

 これまでフリックは搾取要員に甘んじてきた。 ただ、エスナが行方不明なことやレスカを搾取要員にさせないようにする意味でも、これ以上クレメント村に拘る必要はない。

 現在フリックは、村を見捨てる覚悟でこれからの行動を規定している。

「……では、お前が魔物に関連してベルナルダンに赴いた結果を聞かせてくれ」
「開拓の進んでいないクレメント村南部山への討伐隊派遣は現状難しく、魔物の生態を調査検討した上でなければ動ける部隊はありません」
「その調査自体に出せる人員はなかったのか?」
「おりませんね。 ベルナルダンで調査依頼を発布すれば誰かしら引っ掛かるかもしれませんが、辺境村の依頼ですから調査費用は高く付くでしょう」
「ラクラ村が生きておれば……。 まったく、面倒な遺産だけ残しおって。 しかしだな、モルテヴァとの交渉は滞りなく進んだ。 少々腑に落ちないことも多かったがな」

 アーキアは嘆息しながら酒を呷る。

「ラクラ村の件ですか?」
「ああ。 瘴気とやらの発生源が無いのであれば焼却の必要はなく、放置しろという話だった。 それよりも、その発生源がどこへ行ったのかを深く追求されてな……。 これに関しては人員を派遣するということだから、ベルナルダンの方は一旦保留だ」
「例の魔物はモルテヴァに一任するということですか?」
「いや、そうではない。 明確に魔物を討伐するという言葉を貰えなかったのが不可解だから、保留という形でいつでも依頼を発布できるように人員を探しておいてくれ」
「分かりました」
「その間、儂らにできるのは村の防備を高めて魔物の対策を練るくらいだろうな」
「私の方でも考えておきます」
「ああ、頼んだ」

 フリックは村長宅を出て、早速やるべきことを考える。

 特にこれから注力すべきはレスカではなく、ハジメ。

 魔物騒動に関わったであろうハジメの謎の力は、ラクラ村に起きた事件の詳細を知る手がかりになるかもしれないとフリックは考える。

 ハジメがあの魔物に村を襲わせたという可能性がゼロではない以上、レスカとハジメを引き離すことがレスカの安全にもつながるのだが、最早彼らは離れられない関係性になってしまっている。 だとするならば、問題が起こらないようにコントロールすることこそ正しい対応だと考えられる。

「謎の力が謎の力のままであればそれも難しかったですが、制御可能な力であろうことが分かってしまった。なのであれば、私はハジメさんの力を安全に利用可能なものへ昇華させなくては……」

 フリックがハジメの能力を制御可能だと考える理由は、それが明確な形として現れてしまっているから。

「ハジメさんの魔導印の存在が村長の耳に伝わらないと良いのですが……」
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