オミナス・ワールド

ひとやま あてる

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第1章 Life in Lacra Village

第20話 無力の代償

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「んっ……」

(なんだ、この奇妙な感覚は……?)

 顔面に熱を伝える陽の光。

 ハジメが目を覚ますと、そこは全く知らない空間。 そこにおいてハジメは、ベッドらしきものの上に横たえられているようだ。

「こ、ここは……うぐッ……」

 ハジメの全身からギシギシと軋むような痛みが生じるのは、荷物を抱えて雨の中を長時間歩き回ったせいだろう。 次いで、謎の頭痛もハジメを苛んでいる。

「痛ぅ……レ、レスカは……!?」

 動こうとした時、ハジメは右腕に絡まる何かに気がついた。

 掛けられていた布団らしき布を退けると、そこにはハジメにくっついたまま離れないレスカの姿があった。

 すぅすぅと寝息を立てていることからレスカが生きていることは明白。

 そう言えばハジメもレスカも見知らぬ衣服に着替えがなされている。 ハジメは自分で着替えた記憶がなかったことから、恐らく誰かが着替えさせたのだろう。

「ここは、どこだ? 確か俺は隣の村まで歩いて……はっ!」

 ハジメはレスカを抱えてラクラ村から逃げて来たのだ。 フエンもリバーも、エスナさえも見捨てて、命からがらここまで。 見捨ててというのは語弊があるが、あながち間違ってもいない。

「おい、レスカ起きてくれ! 早く村に戻らねぇと!」

 ハジメはレスカを必死に揺らした。

「ん……どうしたのハジメ……」

 すると、眠気目を擦りながらレスカが身を起こした。

 狭いベッドでこの状況はどこからどう見てもカップルのそれなのだが、ハジメは一旦そんな思考を振り切る。

 そして両手でレスカの顔面を押さえ、もう一度声を掛ける。

「レスカ、起きろ! 村の状況を確かめないと!」
「……あ……え、ハジメ!? め、目が覚めたんだ……」

 レスカの目に涙が溜まると、彼女は顔面を歪めて泣き出し、そのままハジメに抱きついた。 なにやらハジメの胸の中で訴えているようだが、未だ状況が掴めない。

「ようやく覚醒したか」

 室内の騒ぎを聞きつけたのか、部屋の扉が開いた。

 顔を出したのは長身で痩身の老人。 側には中年女性を従えている。

「そ、村長さん……。 そ、その、どうでしたか……?」

 男性はクレメント村の長で、名をアーキア=クレメント。 その隣は彼の娘でブリタというらしい。

「ふむ。 未だ魔物の類が跳梁跋扈しておるため調査は完全ではないが、ラクラ村は概ね壊滅したと言って間違い無い」
「……え?」
「生存者を見つけることは困難だろう」
「じゃ、じゃあ……お姉ちゃんは……」
「分からん。 ただ言えるのは、この村にやって来ている人間はお前たち二人だけだということだ」
「そんな……」
「レスカ、行く」
「やめておけ。 小僧は二日間も寝ていた病み上がりだ。 動くには早い」

 アーキアの言葉を受けて、レスカがハジメを止めに入った。

「なぜ」
「やめてハジメ……。 ハジメまでいなくなったら嫌だ……」
「……分かった」
「十分に言葉を解さぬが、理解だけはあるようだな。 周辺が安全になるまではこの村に置いてやるから、その間に体調を回復させるといい」
「あの……これからも分かったことがあれば教えてください……」
「承知した。 困った時はお互い様だからな」

 アーキアとブリタは部屋を後にする。

 ここは居住者の居ない空き家のようで、しばらくの間二人に貸してくれるということらしい。

 レスカから教えられて分かったことは、今はすでにあの夜が明けて、さらにもう一夜明けた昼頃だということ。

 ハジメはクレメント村に到着してから昨晩まで高熱にうなされていたようで、その間の看病はレスカが担っていたらしい。

 レスカは騒動の翌日には元気に動けていたので、村に起こったことをアーキアに伝え、その調査を依頼した。 結果は、ラクラ村が荒らされていたということと、なぜか魔物や獣の類が多く徘徊していたということらしかった。 しかしそれも遠目から確認したものであり、詳細は今の所不明だ。

 そしてクレメント村に逃げてこられた者はハジメとレスカの二人だけであり、村人たちの安否は不明。

 引き続き調査を行うということだが、魔法使いの常駐しないクレメント村では限界があるだろう。 つくづく魔法使いという存在の偉大さを感じさせられるハジメである。

「レスカ、大丈夫」
「お姉ちゃん……。 それにフエンちゃんやリバーさんも……」
「魔法使い、強い」
「そう、だけど……」

 アーキアに現実を突きつけられてから、レスカは全くハジメから離れようとはしなくなった。

 抱きしめてあげると落ち着くようで、今のような泣き言は言ってこない。 そのため少なくとも手は繋いでおいて、不安定そうなら抱いてやるという態勢を取っている。

(これは多分絶望的だよな……。 魔人とかなんとか怪しい単語を使っているようだったし、俺たち以外に逃げ出せた人間がいないってのも不穏すぎる。 ここ以外の村に逃げた可能性もないわけじゃないが……)

 さて、これからどうしようかという話だ。

 フエンの指示では、ハジメはレスカを守りつつ、王都に居るらしいトンプソンという人物を訪ねなければならないらしい。 それは恐らくフエンたちの上司か、もしくは彼女らの組織に関わる人物だろう。

 しかし、移動手段が無い。

 アーキアに地図を見せてもらった限りだと、まずクレメント村からヒースコート男爵直轄の城下町まで約150kmの道のりがあり、そこから王都までは直線距離で800km以上の距離があるようだ。

 人間の足で埋められる距離など限界があるし、平地を進んだとしても一日30kmから40km程度が関の山だ。 ただし、大量の荷物を抱えてこの距離を確保するのは難しいし、かといって馬車でも進める距離は然程変わらないというのが実際のところだ。

 この世界は魔物などが蔓延る危険な地帯が多いばかりか、平地以外──山越えなども考慮しなければならない。

 準備にどれだけの金銭と時間が掛かるかが分からないし、少なくとも手持ちの金貨数枚程度では間に合わないだろう。 かといってハジメに金銭を稼ぐ術があるかといえば、そんなことはない。 日々の労働で日銭を稼ぐことができれば十分といったところ。 つまるところ──。

(詰んでるな……。 その日を生きられる以上の稼ぎを得て、その上で外界を生き抜く装備や食糧、そして馬車などの足を確保しなきゃならん。 無理だ……。 良い案というよりは、順当な道のりすら思い浮かばねぇ……)

 村から外の世界を覗いたところ、そこは魔物などの脅威だけではなく、それ以上に現実という壁が大きく立ち塞がっていた。

 この現実という観点で言うと、ハジメは会話という最低条件すらクリアできておらず、そもそも社会に介入すべき人間ではないということが分かる。

(稼ぎの良い仕事といえば危険なものしかないわけで……。 一応犯罪っていう手段もあるけど、倫理観的に絶対に無理だ。 レスカを守るどころの話じゃなくなっちまう。 どうすれば良い……?)

「ハジメ、どこにも行っちゃ駄目だからね……?」
「ああ……」

 レスカの不安も分かる。 エスナが死んだと決まったわけではないが、生きているという確証がない限りそれは続くだろう。 そんな精神状態で大きな動きはできないし、それはこれからの足取りを鈍らせる要因でしかない。

 エスナを見つけ出すことができれば魔法の力で稼ぎの良い仕事は見つかりそうだし、姉の元こそレスカが最も安全な場所だ。

(……って考えてる時点で、他人任せなんだよな。 俺にできることって何だ……?)

 ハジメは村の中ではできることが増えたと自負していたが、いざ外に出てみればやはり無力感を禁じ得ない。

 しかし、このまま無力感に浸っていては飢えて死ぬだけだ。 だからこそ、早急に何かしらの解決策を見出さなければならない。 そうでなければ、成長できないばかりか退化する一方だ。

(俺にできることと言ったら魔物を狩れること、か……? いや、確証があるわけでもないし、今は魔法使い連中の補助が得られないな……。 どうする……)

 そう考えるハジメの手にはレスカの手が握られている。 これを払い退けてまでやるべきことかと言えば、どうか分からない。

 レスカを守るためにここで安定を取るか、それともフエンの言葉に従って王都を目指すか。 現状のハジメの手札では前者一択なのだが、変わることを目指している彼にしてみれば今回は少し違う。

 この村に身を置かせてもらって日々を過ごすのも悪くないだろう。 それなら態々危険を冒す必要もなく、貧しいけれど安定した生活は営めるはず。

 しかしまた昨日のような非日常が舞い込んできたら?

 魔物や魔人の襲来など、謂わば災害とも言うべき出来事はどこかしこで起こり続けている。 そんなことが再び起これば、ラクラ村よりも規模の小さいクレメント村など一瞬で崩壊する。

 一応、男手の数はクレメント村の方が多いこともあって狩人などはいるようだが、それでも安心はできない。

(……くそ、答えを出すには早すぎるな。 レスカが安定するまでは下手な行動を慎むしかないか。 俺がレスカを不安にさせるのは違うし、俺がいなくなったらレスカは本当に路頭に迷うだろうしな……)

 ハジメはレスカを守ってやれるほどの力があるとは当然思っていないが、今彼女の便りは自分しかいないことも理解している。 だから短絡的な思考から下手な行動をして怪我などをしてしまった場合、それはそのままレスカの負担になってしまうのは明らかだ。

(みんな無事でいてくれ。特にリバー、お前にはエスナとフエンを守ってもらってないと困る)

 今は祈るほかない。

「レスカ、こっち」
「……? うん……」

 ハジメはレスカを抱きしめながら、必死に思考を回す。 これから二人で生き抜いていくために。

 それから三日経過したが、未だにラクラ村に関する情報に動きはない。 その間ハジメとレスカは畑作業や林業など、可能な限りクレメント村の手伝いを行った。

 流石にずっとタダ飯食らいというわけにもいかないし、今後の生活拠点としてここを利用しなければならないということもある。

 今は次の行動のための準備期間として、また行動できなかった時のための保険として、この村に居座ることができるだけの実績を積まなければならない。

 とはいえ、ハジメとレスカが本当に役立てているかは不明だ。 役に立てていると思い込んでいるのは二人だけで、クレメント村からすれば迷惑な存在だと思われているかもしれない。

 追い出されることが現状最も困る事象だ。 だからそういった不安要素を消すために、ハジメはがむしゃらに働いた。 この村に必要な存在と思われるため、ハジメは拙いながらコミュニケーションを取りつつ、与えられる以上の仕事をこなしていった。

 レスカもハジメの姿を見て何かを感じたのか、同じように仕事を頑張ってくれている。 もちろん未だ不安は拭えないだろうが、それでもハジメの前では気丈に振る舞っていて、それがハジメにとっては辛いことでもある。

 そんな二人を、村長宅からアーキアとブリタが見つめる。

「お父さん、あの二人どうかしら?」
「あれらがラクラ村を滅ぼしたにしては、やり方が杜撰すぎるな。 可能性としては低いだろう」
「ではこのまま観察しておくわね」
「レスカは魔法使いエスナの妹。 魔法使いとして成長する可能性が高く、このまま取り込むのが良いかもしれんな」
「そうね。 もう一人はどうするの?」
「あの男は正体不明だが、レスカをコントロールする役目としては必要だ。 労働力としても、十分に活用できる可能性がある」
「じゃあ、村には私から伝えておくわ」
「ああ、そうしておいてくれ」

 小さな村とはいえ、存続のためにはあらゆる手段を必要とする。

 それに関して言えば、どんな運命かクレメント村にやってきたレスカやハジメも労働力として使える道具だ。 そうならなければ村に置いてはもらえないことが分かっていて、二人は必死に働いている。

 持ちつ持たれつの関係が為されなければ成立し得ないのが下層の人間社会であり、今回は偶然お互いの利害が一致した形である。

「ハジメ、この家使って良いって!」
「……!」

 夕食時、レスカがそんなことを言ってきた。

(どういう風の吹き回しだ? なぜこんなに親切にする?)

 来訪初日の経験からハジメはこの世界の人間をあまり信用できていないので、クレメント村の真意を測れない。 少なくとも一方的な善意は存在しないと知っているし、善意があるのであればその対価も支払わなければならないわけで。

(俺たちを招き入れる理由は……労働力って線が妥当か? いや、若者の方が食費も掛かるわけで……。 何が正しい? 一番可能性として高いのは、レスカがエスナの妹だと知って、魔法使いを欲してるパターン。 他に何かあるか?)

 家屋を提供してもらえたのは僥倖だ。

 ということは、その家賃代程度には働かないとならないことも意味する。

(いずれにせよ拠点は必要だったんだよな。 それを意図せず借りられたってだけで、何でもかんでも警戒しすぎか……?)

「ハジメ、水浴びいこ?」
「うん……」

 事件以降、レスカはあまりハジメの元を離れたがらない。 トイレだって水浴びだって、ハジメが近くにいる時は同伴を希望する。 勿論、一緒になんてことはなく、ハジメは近くで待機している。

 レスカは姉のいない不安を、ハジメを伴うことで解消しているのだろう。

 夜もレスカと一緒に同じベッドで寝ている──ベッドが元々一つしかないのも関係している──が、寝言で姉の名前を口にするし、泣いてることだって多々ある。 本人は特に覚えていないようなので、ハジメと一緒にいることも無意識にやっていることなのかもしれない。

 レスカの深層心理には不安が常に渦巻き、それでもハジメが日々努力しているのを見てそれをそっと押し殺す。

「レスカ、寝る?」
「ううん、もう少し見てる」

 ハジメは今晩も特訓として木剣を振るう。 それは、慌てて詰め込んだ荷物の中に紛れ混んでいた。

 ここは借家の裏手。

 レスカはそばの丸太に腰掛けながら、その様子を見守る。

 ハジメは息を荒げながら、木剣の振り下ろしと振り上げを繰り返す。 毎日少しずつノルマを増やしてやっているこの素振りも、数ヶ月続けた現在では1日500回に達している。

 始めたての頃は1日50回振るうのに疲労困憊になっていたが、1日100回程度なら息を荒げることなく続けられる。

 元々もっと重量のある斧でやっていたこともあって、木剣はむしろ軽すぎるくらいだ。 竹刀などに比べても軽いわけだし、もっと重いもので、なおかつ足の動きも絡めた方がいいとハジメは感じている。

「フッ……フッ……フッ……」

(やはり相手がいないと、これはただの筋トレだな……。 もっと重量のある剣を自作して、動きも取り入れた方がいいな。 あとは打ち込み用の案山子と……──)

 なかなかどうして、やれることが少ないと思っていたハジメにも色々とできそうなことが見つかってきた。 それもこれも、レスカを守れるようにならなければならないという意志から生じるものだ。

 この村で生活を続けるにしても、最低限の生活力だけでなく狩りなどができる程度の肉体能力は必要だ。 外界へ発つなら、それこそ最低限ですらなくなる。

(時間は有限。 いざ前みたいなことが起こってからだと間に合わない……!)

 ハジメは木剣に込める力を強め、振り下ろしの速度を更に上げた。

「おうおう、ボウズ張り切ってるな」

 そんなハジメの様子を見て、声を掛ける人物がいる。

「……!?」
「だ、誰……?」

 暗がりから姿を見せたのは、この村の大工──ヴァンド。 レスカは話したことがあるし、ハジメも彼を見たことがある。

 村での大工の役割は、家を建てたり、壊れた家屋や水車などの修繕、はたまた農具や工具などを作成する鍛治的な側面も備えている。 謂わば村の何でも屋だ。 だからヴァンドのクレメント村における立場は強く、当然発言権も大きい。

「ヴァンドだ。 驚かせるつもりは無かった。 続けてくれていいぞ」
「要件、何だ」

 ハジメは手を止めてヴァンドの言葉に耳を傾ける。

「あの、ハジメは言葉がまだ分かんなくて、えっと……」
「ああ、聞いているぞ。 ところで、ボウズは毎晩そんなことやってるのか?」
「あたしが見ていない時もあるけど、多分そうです」
「ほう。 ボウズ、少し身体を見せてみろ」

 ヴァンドはそう言ってぐいぐい迫ると、嫌がるハジメを無視して身体中を弄り始めた。

「ちょ、やめ……」
「おじさん、何してるんですか!」
「おじ……って、そうか俺はおじさんか。 失礼レスカちゃん、ちょっとボウズの肉付きを確かめてるだけだ」

 ヴァンドは40歳に差し掛かった年齢。 だが、未だ妻子はいない。

「謝るならハジメに謝って!」
「まぁ待て。 ……ふむ、ちゃんと鍛えてるっぽいな」
「……?」
「これから一緒に暮らす人間のことを知っておきたくてな。 おい、それも貸してみろ」

 ヴァンドは好き放題にハジメを弄ったかと思うと、次はハジメの持つ木剣を取り上げた。

「こりゃあ軽いな。 こんなんじゃトレーニングにゃならねぇぞ?」

 そう言うヴァンドの肉体は筋骨隆々。 ラガーマンというよりは、ボディビルダーに近いマッチョメンだ。 腕も太く、それだけでレスカの頭部くらいの幅がある。

「武器、持ってない」
「そりゃそうだな。 命からがら逃げてきたんじゃ持ち物もねぇだろうな。 よし、そんじゃ俺が拵えてやる」
「おじさんが?」
「おじさんじゃねぇ、ヴァンドだ」
「ヴァンドさんって何してる人?」
「大工ってか、村の修理屋みたいなもんだ。 あとは色々作ったりもするぞ」
「それなら、えっと……家をちょっと直して欲しいです」
「ああ、このボロ屋か。 長年誰も使ってなかったしな。 明日にでも見ておいてやる」

 借家には所々穴が空いており、そこは木板などを立てかけて応急処置をしている。 寝室はギリギリ密室が保たれているくらいなものだ。

「ありがとうヴァンドさん!」
「おうおう、いいってことよ! んでボウズ、どんな武器が欲しい?」
「武器……剣」

 ハジメはその辺の木の枝を拾うと、先日見た騎士が腰に提げていたロングソードを描いた。

「ああ……こりゃ無理だ。 騎士様のを模したような武器は作っちゃなんねぇ。 まぁ、ボウズが欲しがってそうな武器のイメージは掴んだから、近いうちに完成品を持ってきてやる。 それまでは……ほれ、これでも使ってろ」

 ヴァンドは背中に引っ提げていた金属棒を、徐にハジメに手渡した。

 ズシリとくるそれは長さ70-80cm程の銅製角柱で、表面は荒いが筋トレに使えそうな重量感がある。

「ヴァンドさん、なんであたしたちに良くしてくれるの?」
「まぁなんだ、エスナちゃんにも世話んなってたしな。 それに、どうせ一緒の空間過ごすなら楽しい方がいいだろ?」
「お姉ちゃん……」

 ハジメは即座にレスカの変化を感じ取って、そのままその身に抱き寄せた。

「ああ、すまんすまん。 そんなつもりじゃなかったんだっての。 ボウズもそんな怒った顔すんな」
「ハジメ、大丈夫だよ……? ヴァンドさんは悪くないから」
「……分かった」
「魔法使いはそう簡単にくたばりゃしねぇ。 あんま心配しすぎんなよ」
「うん……」
「それに明日にもアイツが戻ってくるから、ラクラ村に関しては任せるといい」
「アイツ……?」
「ああ、こっちきてからまだ会ってないのか。 この村の──いや、ここから更に東のベルナルダンって街で教師をしている魔法使いのフリックってやつのことだ」
「それはえっと、お姉ちゃんの先生って人?」
「そうだ。 元々はこの村の出身なんだが、今はベルナルダンで暮らしてる。 定期的にこっちに戻ってくるんだけどな」
「その人が何かしてくれるの?」
「調査と魔物退治のための人員を集めてくれてるって話だ」
「俺、付いてく……!」

 ハジメは断片的な単語を拾ってヴァンドの話す内容を理解すると、勝手に口が動いてそう発していた。

「心配なのも分かるがな。 どうなるかはフリックの話を聞いてからだ。 それに、危ない場所にボウズが付いてきて怪我でもしたらレスカちゃんを誰が守るんだよ?」
「でも……」

 ヴァンドはハジメの特訓風景から彼の意志を汲み取っていた。 そして、こうも思う。

(あれは単に肉体を鍛えるっつうより、急いで何かを為したいやつの動きだった。 ボウズはボウズでラクラ村のことで考えることもあるんだろうさ。 だが、それはあまりにも危うい。 今こうやって突っかかってくるのも、その必死さの表れだろうな)

「恐らく、今のボウズにできることは皆無だ。 魔物退治も専門家の領分だし、お前が口を出していい分野じゃない。 それより今は、そのヒョロヒョロの身体を分厚くするところから始めろ」
「これでもハジメは筋肉質になった方なんだよ!」
「それでも足りないんだ。 そのためには、まずは肉を食え。 そんでその角柱を片手で振り回せるくらいになって、ようやく生意気な口を叩いてもいいって具合だ」

 ヴァンドからすれば誰であってもヒョロヒョロだろう。

 しかし言わんとしていることはハジメにも分かる。 今のハジメではレスカを守るどころの話ではなく、何をするにしても足りないということが。

「肉、狩る」
「そうだな、ボウズはその辺りから始める方がいい」
「これ、欲しい」

 ハジメは話の流れから、ついでに欲しいものを地面に描いてみせた。 それはトレーニングに必要な物資の数々。

「準備できないこともねぇが……これは何に使うんだ?」

 ヴァンドほどとはいかずとも、ある程度の筋肉量は欲しいところだ。 だからハジメは、記憶の中にあるトレーニングジムの筋トレ装置やグッズを描き並べてみせた。

 今のハジメの身体は引き締まっているが、元々がヒョロヒョロだったためにガリマッチョ程度の見た目にしかなっていない。 ここから更にマッチョ──もとい外界で生きていけるくらいの肉体を手に入れるには、タンパク質を摂って適切なトレーニングを続けるしかない。 そのためのノウハウは、聞き齧った程度だがハジメの中にもある。

 ここまで付けてきたのは、日々を生きるための筋肉。

 そしてここから必要なのは、レスカを守るための筋肉。 そこにはもちろん純粋な筋肉だけでなく、外界を生きるための知識や技術など付加的なものも複数含んでいる。

「全部、必要」
「ボウズがそう言うなら揃えてやる……が、それにはお前、何を支払うつもりだ?」
「あ……」
「労働力ってだけでも村には貴重だしな、代金はつけといてやるから追々考えてくれ。 じゃあ、明日の空いた時間にでも家を見に来るからよ」
「ありがとう、ヴァンドさん」
「いいってことよ。 じゃあ、これからよろしく頼むぜ」

 ヴァンドは楽しそうに去っていった。

(とにかく、いい人がいて助かった……。 だけどこれは──いや、これまでも、単に運が良いってだけだ。 結局俺は何もできず、逃げ出すしかなかったわけだしな……。 これからは俺が支えになんないと、レスカの命は守れない。 この村だって安全だとは限らないんだ。 だから──)

 ハジメは鍛錬に対し、更に身を入れて取り組み始めた。

(この世界にやってきて得られたものは多い。 だけど、掴み取れなかったものの方が遥かに多いんだよな……。 結局俺に残ったのは、他人を犠牲にして得た自分の命と、託されたレスカだけ。 今の俺には、何かを託されるほどの力は無いってのにな……)

 無力感、そして焦りを隠すように、ハジメは騙し騙し日々を生きるしかないのだった。
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