オミナス・ワールド

ひとやま あてる

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第1章 Life in Lacra Village

第7話 瘴気の発生源

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「ひぅ……っ!? ど、どちら様ですか……?」

 朝イチでやってきた巨大なピエロに、朝の食卓は冷え込んだ。 レスカは驚きで食器を取りこぼしながら泣いているし、エスナも泣く寸前でギリギリ踏みとどまって震えている。

(はいどーも! 殺しに来ました! って顔してんなぁ……)

 ハジメは一人もぐもぐと口を動かす。 すでにリバーを昨日見ていることから、恐ろしさは何割か減っている。

「私はリバー。 旅の途中でこの村に立ち寄った者です。 本日は、そこのハジメさんに用があって参った次第です」
「ハズメ、に……?」
「ハズメ? ハジメさんでは?」
「妹はずっとハズメ、と」
「ハジメさん、どうなんです?」

 ハジメは自分の名前で皆が困惑していることが分かってそれを訂正する。

「ハジメ。 言ってる」
「ですって」
「えっと、それはいいんですけど……。 ハズ……ハジメとはどういったご関係でしょうか……?」
「ハジメさんとは昨日会ったばかりでして。 言葉もわからない人には今まで会った事がなかったので、そういった生い立ちか気になったのですよ。 ぜひそれを私に教えてくださいませんかっ?」

 楽しげに語尾を跳ねさせるピエロ──リバーを横目に見ながら、ハジメは黙ってズルズルとスープを流し込む。 他人事として処理しなければ頭が追いつかない。

「初対面……の方にお教えすることなど……」
「おや、言えないのですか? 何かやましいことでも? それがあなたたち姉妹をこのような境遇に誘っているのでは?」

 訳の分からないことを捲し立てるリバーに対し、奇跡的に村人リテラシーを発動できたエスナ。 しかしリバーの発言には少々引っかかる部分が多く、エスナはどうしてもその発言に反応してしまう。

「あなたが私たちの何を知っていると……ッ」
「何も知りませんよ。 だから教えてもらえませんか? 私たちなら、あなた方の状況をどうにかできるかもしれませんよ?」

 甘言である。 その場凌ぎのデマカセということもある。 しかしエスナたち姉妹にそういった声を掛けてくれる者はこの五年間存在しなかった。 だからエスナは心が揺れる。 少しでも優しくされたら、ころっと靡いてしまう。 エスナはそんな心の弱さが嫌いで、それでも伸ばされた一本の蜘蛛の糸にも縋りたくなる思いだった。

「何が目的、ですか……?」
「目的など。 私は気になってしまったら解決したくなる性分なので」
「何をしてくれるんですか……?」
「私が何かを為すのではなく、あなた方の活動をサポートするだけです」
「どうにか、できるんでしょうか……?」
「それはお話を伺ってみないことには」
「私たちは幸せになれるんでしょうか……?」
「求めるのならば、いずれは。 現状を受け入れて心を殺せば、得られるものも得られませんからねぇ」

 今まで話を聞いてもらえる機会すらなかったからだろうか、エスナはそれだけで涙を溢した。 全身を震わせてさめざめと泣くエスナの姿を見て、ハジメは彼女の話を聞いてあげる──そんなことすらできなかったことを恥じた。 当然そこには言語習得という壁があるのだが、それでも吐口にすらなれない現状をハジメは悔いた。 言葉は分からずとも、目の前で起こっていることは解る。 ただそこに存在していただけで何もしてあげられなかったという事実は、ハジメに言語習得を急がせるのだった。

「私で良ければお話を聞かせてください」
「はい……」

 リバーは謎の話術でエスナの心に侵入して見せた。 これはリバーでなくても可能だったかもしれないが、その第一人者がリバーだったことにハジメは複雑な思いを抱いてしまう。

 ハジメは自室の扉の隙間から彼らの様子を伺っている。 レスカは未だにリバーが怖いのか、ハジメに抱きついて怯えている。 そのため身動きが取れない状況だ。 無意識に押し当てられたレスカの巨峰がハジメの下半身に熱を集める。 それを必死に押し殺そうと、ハジメは話に耳を傾ける。

「五年前、両親が亡くなったことをキッカケに不遇な扱いが始まりました……。 それまでは普通に接していたはずの人たちも、私たちの存在がとても疎ましくなったようです……」
「そのキッカケとは?」
「えっと……」

 五年前の豪雨の日。 エスナの両親は山奥の異変を訴え始めたという。 なぜ急にその日にそう言い始めたかは分からないが、あまりにも真に迫った様子に村人たちは困り果て、ついにはエスナの両親の精神的不調を疑った。 どれだけ宥めても状況は変わらず、誰も理解してくれないなら私たちだけで調査に向かうと言い続けたらしい。 なぜ天気の優れない今日なのだと聞いても、今日じゃないと駄目としか言わず、娘であるエスナすらも話についていけなかった。

 それから雨が深さを増してきてもなお症状は変わらないため、村人たちは渋々両親の調査に同行したようだ。 雨が激しいと山は土砂崩れなどの危険が多いため、入山を試みるのは正真正銘の馬鹿だ。 それでも村人が同行を敢行したのは、両親の二人ともが魔法技能を備えていたから。 村唯一の魔法使いを失うわけにはいかないということで、細心の注意を払って両親の願いを受け入れたという。

「土砂崩れに巻き込まれたので?」
「いえ、詳細は分かりません……。 それ以降で何かがあったということなのですが、その内容に関しては誰も黙して語らず、という具合で……」
「詳細は教えてくれないのに村人たちはあなた方姉妹を責め立ててた、ということですか」
「はい……。 どれだけ聞いても両親が悪いと言われる始末で……」
「その結果、こうして追いやられたのですねぇ」
「あ、いえ、すぐにそうなったわけではありません。 事件の後は、私たち姉妹に責任を取らせて処刑するという話が出ていたのです……。 でもそうなる直前で私に魔法技能が宿り、折衷案として村から離れた場所へ……」
「処刑、ですか。 なんとも物騒ですねぇ。 あなた方を殺すというメリットが見えてきませんが?」
「それは……私たちが疎ましかったのでは、と……。 事件では多くの男手が失われましたし、その原因となったのは両親の訴えですので……」

 涙ながらに語られる話は、理解できずともハジメにも刺さった。 辛い過去があり、現在に至るという彼女らの心境を、今後は理解すべきだろう。 ハジメはレスカにはあまり聞かせるべきではないという判断で、彼女の耳を塞いで抱きしめてやっていた。 すると安心したのか、今は寝息を立てている。

「とりあえず、理由も分からないままこういった扱いになるのは納得が行きませんねぇ」
「はい……」
「では、私どもで少しばかり調査をしてきましょう」
「調査、ですか……?」
「私たちは旅の流れでこちらにやってきましたが、それ以外にも目的があります。 それは、世界の異変を調査することです」
「異変……」
「その事件の際、山の異変に気づかれたのはあなたの両親だけでしたか?」
「え、はい。 他の方は何を言っているんだという様子でした。 斯く言う私もその一人で……」
「ふむふむ。 実はですね、ヒースコート領主直下の街でとある話を聞いたのですよ。 その方は以前このラクラ村の隣の、えー……クレ、ク……」
「クレメント村、ですか?」
「あーそうそう、そういう名前でした。 ──に住まれていたようで、激しい雨の日に異変を感じ取ったと仰っていたのですよ」
「え……。 ほ、本当ですか!?」
「ええ。 その方はその時何故だか言い知れない不安を感じられたようで、もしかしたら同じ日時だったのかもしれないですね」
「その方はもしかして……」
「体に魔導印が刻まれていましたね。 もしかしたらそれは、魔法使いだけが感じる何かかもしれません。 エスナさんは最近何かを感じられることは?」
「特にはありませんが……。 あ、関係あるかは分かりませんが、最近急に魔法の使い勝手が良くなっていますね。 関係はありそうでしょうか?」
「そればかりは私にも理解しかねますがね」
「そうですか……」
「とにかく私たちは山に調査へ行って参りますので、そこで何かが分かれば、その時にはハジメさんのことを教えてください」
「どうして、ハジメのことを……?」
「急に人がやってくるのも、異変と言えば異変でしょう?」
「それは、確かに……」
「とにかく、調査は時間が掛かるかもしれないのでゆるりとお待ちください。 また来させてもらっても?」
「ええ、是非」
「それでは」

 リバーは一瞬だけ視線をハジメに向けると、のっしのっしと家を出て行った。 エスナもしばらくリバーの動きを目で追うと、ハジメとレスカの様子に少しだけ笑みを浮かべ、本日の支度を整えて出ていった。 今日はエスナが外出する日だ。

 ハジメは急いでレスカを起こすと、仕事に向かう。 その日からなぜか夜が眠れないと言う理由でレスカが寝床に潜り込んでくるようになり、悶々とした毎晩を過ごすことになるハジメであった。

「──ということですので、詳細を村長氏に聞いて参りますね」
「了解したです」

 宿屋にてフエンは朝食のパンをもぐもぐしながら、リバーの言葉に頷いた。

「昨晩言った通り、フエンさんは周辺のマッピングをお願いしますよ」
「了解です。 時間がかかるからポーションを所望です」
「よくあんなに不味いものを飲みたがりますねぇ」
「慣れれば癖になるです」
「飲みすぎてジャンキーにならないでくださいよ?」
「いいから早く寄越す、です」

 魔導書に乗って空に飛び立ったフエンを見送り、リバーは目的地へ向かう。 そのどちらも村人たちには珍しく、フエンを地上から追いかける子供がいたり、リバーを遠巻きに眺める者も多い。

「なんとも危機感の無い村ですねぇ……。 あんなものが近くにあるというのに」

 フエンが向かった先、そちらにリバーも意識を向けている。 普通の人間にはこれが感じ取れないらしい。 先程のエスナも、まだ感性は育っていないようだ。 ただ彼女がそれを感じ取れた時には、再びこの村を悲劇が襲っていることだろう。

「さて、あれは私たちで対処できるものかどうか……」

 リバーの目には、山向こうから薄く立ち上る瘴気が見える。 しかしあまり気にしすぎても仕方がないので、リバーはリバーの仕事へ。

「おやリバーさん、どうされましたか?」

 ちょうど村を歩いている村長の姿があった。

「これはこれは良いところに。 少しお聞きしたいことがありまして。 私どもの商品をご覧になりながらお話でもいかがですか?」
「ええ、それは構いませんよ。 儂はどちらに向かえばよろしいですかな?」
「村長はどうやら足がすぐれないご様子。 私が荷を持って村長宅へ伺います」
「それは助かります。 では儂はお出迎えの準備をして参ります」

 リバーは一度メレドと別れ、荷馬車まで荷物を取りに向ったのちに村長宅へ。

「ようこそお越しくださいました。 大したおもてなしはできませんが、どうぞ」

 定型文を交えつつ、リバーとメレドは話を盛り上げる。 話題はこの村の状況であったり今後の交易の可能性であったり。

 ラクラ村は開拓村でありながら芳しくない成長を見せているらしい。 それは男手の不足によるものが大きく、本来この村に与えられた任務が半ば放棄されているという実情でもある。

「誘致などは進んでいないのですか?」
「なにぶん特色となる目ぼしいものがないものですから……」

 そもそもラクラ村は場所が悪い。 ここを広く開拓したとて街は遠く、特産もなければ娯楽もない。 先の領主は何を期待したかは知らないが、この村の状況は陸の上の島流しに他ならない。

 現状メレドが村からの離反を禁じているが、それが今後も続くかは分からない。 ここに生き続けても将来に希望はなく、ゆっくりと乾涸びていく未来しかないのだ。 つまるところ、ここは終末の村落だ。

「男手はやはり欲しいところですねぇ」
「ええ。 近隣の村との併合も考えているのですが、それもなかなかうまくはいきません」
「どうして男手が少ないのです?」
「それは、まぁ……色々ありまして」

 メレドはこの話を伝えることに難色を示している。 それほど知られたくないことなのだろうか。 単に事故で多くの人命を失ったというだけだろうに、とリバーは思う。

(村としては恥ずべき過去だから? それを知られることであの姉妹との関連を疑われるのを恐れている?)

 いずれも予測の範疇を出ない。 しかしそれは、その事故が未だにこの村に楔を打ち込んでいる事実も示している。 何も後ろ暗いことがないのなら、隠す必要もないのだから。

「そうですか。 ではどうでしょう。 私どもで周辺の調査を行なってもよろしいですか?」
「それはどういう……?」
「私たちは様々な場所に訪れて、特産や物流を調べたりなどもしております。 この周辺にラクラ村が推すことのできる何かがあれば活気付くキッカケを作れるかもしれません。 例えばここにしか存在しない素材などがあれば、良き交易品に仕上げることも可能でしょう」
「なぜそのようなお考えを?」
「変に勘繰らずとも、単に世界を知りたいという欲求からくる──謂わば趣味のようなものですので。 ただ、幾ばくかの利益を見込めれば、と」
「なるほど……」

 無償の善意などあり得ない。 ただし金銭が絡むのであれば、その行為はむしろ真っ当なものに昇華する。

「それでは?」
「ええ、村の再興に繋がる何かが見つかればこちらとしてもありがたい限りです」
「ありがとうございますよ。 しかし虱潰しに探すのも骨ですので、この周辺に秘境のような場所の存在可能性をお教えいただけませんか?」
「秘境、ですか?」
「ええ。 村の方が普段近づかない場所などあれば、そういった場所を中心に調査を行おうかと思います」
「そうでしたら……儂らは普段、南の山へ入るようにしています。 西の山は昔から土砂崩れなどが多く、また魔物が出やすく危険ですので、東の山へ向かってみては如何でしょうか」
「東ですか」
「ええ。東の方であれば近隣のクレメント村もあまり利用しないそうなので、何かが見つかるやもしれません」
「それはそれは。 ではそちらに赴いてみようと思います。 情報感謝しますよ」
「いえ、お互い持ちつ持たれつですから」
「そうですね。 では私はここで」
「良き報告をお待ちしています」

 リバーは村長宅を後にした。

(持ちつ持たれつ、ですか。 いつの間に互助関係になったのやら)

 リバーは一旦宿舎に戻ることにした。 フエンと昼に一旦情報を共有しようということになっているからだ。

 腹が減るからフエンは昼までに確実に帰ってくる。 リバーは室内から村の暮らしぶりを眺めつつ、フエンを待つ。

「ふぅ、戻ったです」
「お疲れ様ですね」
「お腹が減ったです」
「お昼にしましょうか」

 部屋に食事を運ばせ、それぞれの収穫を報告する。

「とにかく、村長は過去の事件を口にしたくないようでした。 また、事件が起こったであろう西の山方面には近づくなという言い回しでしたね。 やはりあの山には何かがありますね。 フエンさんはそれを確認したんですよね?」
「はいです。 西の山向こうの森の中に、ひときわ樹齢の長そうな木があったです。 悪い空気はそこから漏れていたです」
「近づきました?」
「あまりあれは浴びたくないので、全体的な地形の把握などに留めたです」
「そうですか、それは賢明な判断ですね」
「この後向かうですか?」
「そのつもりですよ。何か問題が?」
「リバーさんは重いので運ぶのが疲れるです」
「でも歩いて向かえば今日中に戻れないでしょうし、我慢してください」
「晩御飯のおかず一品で請け負う、です」

 昼食を終えると、リバーとフエンは連れ立って宿を出た。 一応東の山に向かうという話にしてあるので、東経由で入山し、そこからフエンの魔法で移動することとなった。

「あの姉妹の住居を東に設定しているのも、何か関係があるんですかねぇ?」
「知らないです。 リバーさんは考えすぎですので、もっとシンプルに動くと良いです」

 村から東に抜けて、姉妹宅を覗く。 すると、田んぼで従事するハジメとレスカの姿が見えた。

「あれが例の、です?」
「ええ。 そう言えばエスナさんが見えませんね。 ちょっと声を掛けてみますか」

 リバーが近づくと、それを具に察知したレスカがハジメに抱きついていた。 どうやらそこそこに仲が良いらしいことがリバーにも分かる。

「明らかにその顔面を恐れてるです」
「恥ずかしがっているんですよ」

 近くまで寄り、リバーが声を掛けた。

「おや、エスナさんはどちらへ?」
「エスナ、いない」
「変な言葉遣いです」
「言ったでしょう、言葉が不自由だと。 レスカさん、お姉さんは今どちらへ?」
「え、え、えっと……」
「ほら、怯えてるです。 フエンが聞いてみるです。 そこの乳でかチビ、姉はどちらに行ったです?」

 リバーの顔面にしてもフエンの第一声にしても、どちらにせよ失礼である。

「ち、乳……!? それにチビって、いきなり何よ!」

 煽られたことでレスカがやや勢いを取り戻した。 レスカは同年代の友達がいないので、こちらもやはり距離を正確に詰められない。

「フエンの方が身長は少し高いです」
「なによ、厚底の靴履いてるからでしょ! 多分あたしの方が高いもん! チビはフエンちゃんの方でしょ」
「ぬぬぬ……」
「一体何をやってるんですか」
「お前、歳はいくつです?」
「15!」
「ぬぬぬ……」
「だから一体何をやってるんですか」

 フエンは14歳である。 身長に関しては、年齢的に多少の差があるのは普通かもしれない。 ただ、あの胸。 あれだけはフエンがどう努力しても届かない域にいる。 それが腹立たしく許せず、フエンは突っかかっていた。

「うちの者が失礼を。 レスカさん、お姉さんがどこに行ったか教えてくれませんか? それだけ聞いたら帰りますので」

 レスカはリバーに声を掛けられると途端に萎縮してしまっている。 ハジメだってそうなる。 レスカが夜中にリバーに出くわしたら、一人では眠れなくなっていただろう。

「お姉ちゃんは、学校に行きました……」
「学校?」
「北東の小さな村に時々先生が来るから、そこでお勉強に……」
「そうですか、ありがとうございます。 では私たちはこれで」

 リバーはなおも何かを発そうとしているフエンを連れて、山の中に消えていった。 ハジメとレスカは訳がわからないが、どうにもリバーたちがトラブルメーカーな気がしてならなかった。

 邪魔が入ったが、二人はそれぞれ仕事に戻った。 彼らのおかげでハジメにレスカが密着する機会が増えたので、ハジメはそこに関しては感謝せねばなるまい。

「《浮遊フロート》」

 フエンが項のあたりにある魔導印にマナを込めると、その小さな体には不釣り合いな魔導書が姿を現した。 魔導書の大きさは50センチを超えるほど。 フエンはその小さな手で魔道書のとあるページを開き、呪文を唱えていた。 すると緑色の光が放たれ、フエンの体がゆっくりと宙に浮き上がった。 その動きのままフエンは魔導書を閉じ、水平に整えるとそこにちょこんと腰掛けた。 疑似的な魔法の絨毯の完成である。

「さっさと掴まるです」
「どうにもこのスタイルは不安定でなりませんねぇ」

 文句を言いつつリバーは両手を魔導書の縁へ。 急激に宙へ翔け上がる二人。 優雅に座るフエンとは対照に、リバーは懸垂の要領で魔導書にぶら下がっているだけなので、手を離せば地面に真っ逆さまだ。 しかしこれ以外にフエンの許可が出る移動様式がないために、リバーは渋々このスタイルを受け入れている。

「リバーさんも移動系魔法を取得するべきです」
「あいにくそういった系統に恵まれない属性ですからねぇ……」
「なら、それが得意な新人の募集を推奨します」
「トンプソン様の納得のいく人物が居れば、ですかね。 それまでは一生あなたが下っ端ですよ」
「早く後輩が欲しいのです」

 軽く会話をしているが、すでにかなりの速度で宙を走っている。 人の足であれば半日は掛かりそうな山越えを半刻ほどで終え、目的地を視界に入れる。

「なるほど、あれがそうですか」

 二人の視界には、悪い空気を立ち上らせる一本の樹木が見える。 が、それは樹木というよりは朽ちた老木だ。 根元に近いあたりの幹でへし折れたそれは、幹の内部空洞を見事に晒している。 老木の周囲は更地のように何もなく、一番近い場所の木々は色褪せて紫色に変色してしまっている。 そこから同心円上に緑色が少なく、距離が離れるに従って緑色を取り戻し始めている。

「周囲の生態系にも影響は大きそう、です」
「村長が魔物の出現を示唆していたのは間違いないということですか。 あれほどのものは久々ですねぇ」

 その老木を含む広大な樹林の向こうには海が見えている。 ここはエーデルグライト王国の南端であり、海に臨む広大な敷地を先の領主は利用したかったのだろう。 しかし山が邪魔して開拓は上手くいかず、あのような枯れた村落が出来上がった。

「少し離れた場所で降りましょうか。 あの場に降り立って周囲が魔物だらけとなれば目も当てられませんから」
「戦闘はお任せするです」
「フエンさんも戦うんですよ? 多対一など私の想定する戦闘様式ではありませんから」
「フエンがポーションジャンキーになってもいいというのであれば頑張るです」
「……そうはなってほしくないので、できる限りのことはしますよ」
「適材適所、です」

 人知れず問題解決に勤しむ二人。 世界の異変は、どこかしこで観測され始めている。
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