ぷにスラ

遠野

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過去編1

その20:セラくんと、空(6)

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 ちょほーんと、そんな擬音が似合いそうな一歩を踏み出してみる。
 ちいちゃな触手を目の前に広がる水たまりに恐る恐る入れてみると、うあー、つめたーい。お水つめたーい。
 昨日の雨でできあがった水たまり。青空を写し取ったそれを前にして、わたしは大こうふんよー。
 いざ、前進だお。水たまりにいきおいよく飛び込むと、沈むことなくぷかぷか浮いちゃった。わたし、ちいちゃいからね。軽いからね!
 触手を身体の下に数本はやすと、気ままにこぎだしてみる。およげてるー? はたから見たら、わたしおよげてるー? きゃほほーい。かれいなるおよぎを見よ、だお!
 水たまりにうつりこむわたしの姿は、相変わらず愛らしい赤ちゃんスライム。うむうむ、ツヤツヤぼでぃがすばらしいお。
 お日様がさんさんとして、よいお天気。晴れてるからか、今日のわたしは元気いぱーいだお。すいすいー。

「あーっ! もう! ばか空!」

 背後から突然セラくんの怒鳴り声がして、びっくーんと身体が跳び跳ねた。水たまりの水も一緒にぴちょりと跳ねる。な、なになにー? わたし、怒られちゃう? なんでー?
 扉から顔をのぞかせていたセラくんは、お家から飛び出すとすばやくわたしを掬い上げて、掌に乗せる。セラくんのおててもびしょびしょー。
 セラくんのおめめが、据わってるお。こわいお。

「だめだよ空! 水たまりで遊んだら泥だらけになっちゃうよ」

 そ、そうなの? 泥だらけだめ? わたし悪いスライム? しょぼん。

「それにどうやって外に出たのさ。ひとりで外にでたらだめだって言ってあったよね?」

 そうでしたー。わたしはひとりでお外に出ちゃだめでしたー。大きな水たまりにてんしょんがあがっちゃったんだお。
 お外に出た方法は、扉がちょっとあいてたんだよ。すきまがあれば、わたしは通れちゃうからね。身体をびよーんと伸ばせばいいからね。むふん。スライム便利だお。でも怒られたお。ちょんぼり。

「……もう。晴れたから外に出たいのはぼくにもわかるけど。空はまだ赤ちゃんなんだから、注意しなくちゃだめだよ」

 据わってたセラくんのおめめが困ったように、わたしを見る。ごめんよー。

「はじめて会ったころより、よく動くようになったから、目がはなせないなあ」

 それはおかあさんにも、よく言われるよー。わたし、そんなに動いてる? 自覚ないお。せいちょうの証? えへん。
 セラくんが深々とためいきをついた。しあわせが逃げちゃうよ?
 セラくんの掌から、水たまりにみれんがましい目を向ける。もっとおよぎたーい。水たまりはゆうわくの塊だお。
 ウズウズしているのが震動でわかったらしく、セラくんはわたしを両手でつつみこんでしまった。やーん、水たまりー。入りたいのー。

「とにかく、まだお出かけびよりとは言えないんだから、今日もお外禁止だからね」

 そんな! なんで! ひどい!
 手の中でぴょこぴょこ跳ね回ってこうぎしたけど、セラくんはきゅっと手をせばめてわたしのこうぎを封じたお。うーごーけーなーいー。
 きょうせい的に大人しくさせられたわたしを連れて、セラくんはお家にもどってしまう。お外ー! 水たまりー!
 ていこうも出来ぬまま、セラくんにタオルでごしごしされたお。身体がぶるんぶるんするー。おおお。

「空ちゃん、器用すぎて行動範囲が予測不可能なのよねえ」

 わたしの身体を拭いたタオルをおかたづけしながら、おかあさんはため息混じりに言った。
 そう? わたし、たんじゅんな赤ちゃんよー。ほんのーのままに、爆走してるだけよー。無害な空スライムだお。えっへん。

「ぼく、空がひとりで草原にいてもおどろかないよ」

 めっ! と軽く身体をこづかれた。また怒られたー。
 さすがに草原はむりだお。遠いし、ちょぼちょぼ歩みのわたしだと、どれくらい時間がかかっちゃうかわかんない。
 あ! 通りすがりの村の大人にくっつけばいけるかも! 狩人のおじさんなら毎日森にいってるし、草原を通りかかるからかんぺきだお。わたし、てんさい? ほめられる?

「……なんか、空が悪だくみしてる気がする」

 じっとりとセラくんに見つめられて、わたしはぎくりとした。ちがうよー。悪だくみじゃないよー。わたしの新たなかのうせいの話だよー。こんなにいたいけな赤ちゃんスライムが、悪どいことするわけないお。信じてセラくーん。
 視覚範囲をセラくんのおめめに固定して、必死にうったえる。
 しかし、そこはセラくん。ほだされない。真面目な顔でわたしを見おろしている。

「ひとりでお出かけ、禁止だからね」

 一字ずつはっきりと言うセラくんの迫力に、わたしはぴっと身体を伸ばした。
 あい。わかったお。これはさからっちゃだめな流れだね。赤ちゃんスライムも空気をよんだよ。
 そんなふたりのやり取りに、おかあさんは楽しそうに声を上げて笑った。おかあさん、なあにー?

「……ふふふ。セラはすっかりおとうさんねえ」
「え……っ」

 おかあさんの微笑ましげな言い方に、セラくんは顔を真っ赤にさせた。

「空ちゃんの面倒、ちゃんとみてて偉いわ」
「そ、そんなの、当たり前だよっ。ぼくがちゃんとお世話するって、約束したんだし!」

 おかあさんにほめられて、セラくんは恥ずかしそうにもじもじしてる。セラくん、ほめられてよかったねー! わたしは叱られてばかりー。反省。

「ふふ、明日はお出かけ出来そうだし、頑張ってるセラの為にも、お母さん張り切ってお弁当作るわね」
「うん!」

 ほんとう! 明日はお出かけするの? ひゃほーい!
 ぴょんこぴょんこするわたしに、セラくんは「ちゃんといい子にしてるんだよ?」と念押しした。だいじょうぶよー。わたしはやればできるスライムだからね。まかせとけだお。
 元気いっぱいで跳び跳ねるわたしに、セラくんはなぜかふあんそうな顔をした。解せぬ。



 翌日、かいせい。
 昨日の宣言どおりに、おかあさんは朝早くからおべんとうを作ってくれた。わーい。はーやーくーたーべーたーいー。
 台所でおかあさんの足下をうろちょろしていたわたしは、早々にセラくんによって回収されたお。ちぇー。
 だけど、セラくんもおかあさんのおべんとう作りをそわそわしながら見てた。セラくん、楽しみだねー。
 クッキーを焼く匂いは、どうしてだかわたしの心をくすぐったお。これがときめき? ときめきなの?

 おかあさんはおべんとうの入ったバスケットを持って、セラくんはわたしを肩に乗せていきようようと出発した。

「おかあさん! ぼくが持つよ。ぼく、男だもん」
「あら??、ありがとう。セラ」

 セラくんがおかあさんからバスケットを受け取って、両手でしっかり持つ。セラくん、おっとこまえ! ひゅー!
 わたしはするするとセラくんの肩から腕をつたって、バスケットに降りる。いい匂い! バスケットには布でふたをされていて、中は見えない。うぬぬ、うずうずするおー。

「空ー、お昼までがまんだよ?」

 わ、わかってるお。触手をびっと上げてセラくんに了解の意をしめす。おなか空いてきたけど、がまん、がまんー。うおあー、いい匂いすぎて食欲へのしげきがすごいお。さっすが、おかあさんのお料理!
 このままだと、バスケットにもぐりこんじゃいそうだったから、ちょぼちょぼとセラくんの腕から肩にもどる。がまんしたわたし、えらい!
 そもそも魔物は、食欲ととうそう本能を優先する生き物だから、食べ物を前にしてがまんするのはむずかしいお。ううー、わたし、がんばれ。
 セラくん達はずんずん進んでいく。いつも遊んでる草原を通って、森とはちがう方向に向かってる。どこいくのー?
 しばらくセラくんの肩の上をうろうろしていたけど、途中から眠くなってきたお。お日様のぽかぽか陽気に負けそう。
 今の季節は春らしいんだけど、わたし達魔物は季節を気にしたりしないから、こんな風にのんびりと季節をまんきつしてる赤ちゃんスライムはわたしくらいのものだね。ちなみに魔物は冬になっても冬眠しないのー。だからわたしも、しゅんかしゅうとう、セラくんとおかあさんと一緒にいられるよー。

「空、もうすぐだよ」

 お。うつらうつらしていたわたしは、ぴょんと跳ねてセラくんの肩から前方を見る。なになにー、どこどこー?
 セラくんの視線の先には、小高い丘があって、なにかきれいな色がうっすら見える。なにがあるのー?

「おかあさん、はやく、はやく!」
「はいはい」

 セラくんが丘に向かって駆け出した。そのしょうげきでわたしの身体がびょんっと跳ねた。おおお、おちる、おちるよセラくーん! 赤ちゃんスライムのそんざい、忘れないでー。

「ほら、空! きれいでしょ!」

 息をはずませたセラくんは、バスケットを地面に置くとわたしを掌に乗せて、その場に広がる光景を見せてくれた。
 お、おおお。きらきら、ぴかぴか、ふわふわ、からふるわんだふるーーー!
 丘には、たくさんのお花があった。赤、白、黄色、いっぱい。知らない色もいっぱい。お花があたり一面にいっぱい!
 これ、なに? なんて呼ぶの? 村にある花壇の大きいばーじょん? 大きな花壇?
 わたしの疑問がきこえたはずはないけど、たいみんぐよく、セラくんが教えてくれた。

「空ははじめて見るよね。これはね、お花畑っていうんだよ」

 おはなばたけ? お花の畑? すごい、すごい! きれいがいぱーい!
 村の畑は大人がお世話してるけど、ここも誰かがお世話してるの? そう思ったけど、セラくんがいうには、しぜんにできたものらしいお。せいめいの、しんぴ!
 セラくんはわたしを、お花畑の中にそっと近づけてくれた。いろんなお花の匂いー。わたしより大きいお花がいっぱいだお。
 遅れてやってきたおかあさんは、お花畑の近くに大きなシートをしいて、セラくんが持ってきたバスケットを置いた。
 お昼にはまだ早い時間。

「ーーさて、まずは目一杯遊んじゃいましょうか!」

 おかあさんは、いろいろおもちゃも持ってきてるんだよー! わたしのボール!

「おかあさん、こっちー!」

 おかあさんとセラくんは、都会からやってきたというぎょうしょうにんさんが持ってきた円盤型のおもちゃを投げ合いっこ。よく飛ぶお。セラくんが声を上げてはしゃいでいる。
 わたしはひとりでボール遊び。最近のお気に入りは、ボールにひらたくなってひっついて、ひたすら転がること。途中で止まったら負けだお。セラくん達に口が酸っぱくなるほど注意されたから、シートの上で転がってる。シートから出ても負けだお。ふおおお! あ、おべんとうの匂いにつられて止まっちゃったー! 負けたー!
 しばらく汗を流したところで、お昼になったお。
 お待ちかねのおべんとうー!
 三人でシートに座って、おかあさんがバスケットのふたを取り外した。

「わあ!」

 セラくんのはずんだ声。なになにー? わたしからは見えないおー。
 ぴょいぴょいとバスケットの周りを跳び跳ねる。わたしの不満が伝わったらしく、おかあさんがわたしを持ち上げて、バスケットの中を見せてくれた。
 ふおおお! 見たことない食べ物だらけー!
 基本的にわたしの食事はスープだから、スープ以外の料理は未知のりょういきなんだお。
 バスケットの中身は、ほとんどがサンドイッチで、あとはクッキーらしい。あの隅にあるちいさいのがクッキー?

「たまごのサンドイッチだー!」
「約束したでしょう」
「うん! ありがとう!」

 セラくん、にこにこー。わたし、はやく食べたーい。
 おいのりをしてから、おかあさんが取り分けてくれた。
 目の前にお皿が置かれ、その上にはひときれのサンドイッチ。わたしの何倍もの大きさのあるそれは、おかあさんにより細かく切り分けられた。ありがとう、おかあさん!
 わたしは、おっかなびっくり、サンドイッチの周りをぐるぐる回った。
 これ、パン? でもいつも食卓にある黒パンとちがって、白いよ? 固い黒パンよりやわらかそう。食べてもだいじょうぶ?

「空、おいしいから食べてみてよ」
「初めてだから、緊張しちゃったのかしら」
 
 セラくん達の気遣う声にハッとした。心配かけてごめんねー。ちょっとびっくりしただけなんだお。
 おかあさんが作った料理にもんだいがあるはずがない。わたしは、いきおいよくサンドイッチにかぶりついた。そして衝撃。
 おーいーしーいー!
 パンがふわふわ、たまごがとろとろ、ほんのり甘い。おいしいおーーー!
 スープも好きだけど、サンドイッチも好きーーー!
 いきおいよく食べるわたしに、二人は呆気にとられた後、くすくすと笑いだした。なんだお。おいしいものは、おいしいんですー。ぶぜんとした気持ちになったよー。

「やっぱり、空は空だなあ」
「喜んでもらえて嬉しい」

 うむうむ、わたしはわたしですお。わたしを貫き通しますよ。もぐもぐもぐ。おかあさんのサンドイッチサイコー!
 でも、ふしぎー。いつもの黒パンとこのパンはぜんぜんちがう気がする。わたし、黒パン食べたことないけど、セラくん達が毎日食べてるのは見てるからね。いつもスープに浸して食べてる黒パン。でも、このパンはその必要がないお。なんで、このパンがあるのに固い黒パンばかり食べてるのかなー。黒パン、実はこのパンよりおいしいの?

「毎日、サンドイッチが食べられたらいいのになあ」

 お。やっぱりセラくんもそう思う? だよね! おかあさんのサンドイッチおいしい!
 セラくんの言葉に、おかあさんは苦笑した。

「たまの贅沢だから、良いの。毎日食べていたら、慣れて美味しいと思わなくなってしまうものよ」

 ぜいたく? あれ、このサンドイッチのパンはぜいたく品なの? こうきゅうな食べ物? スープなんはい分?
 わたしのしこうに、はてなが乱舞する。頭がこんがらがるおー。 

「う、ん。おいしくなくなっちゃうのは、やだ」

 セラくんが手の中のサンドイッチをじっと見つめて、おかあさんにうなずいた。

「今を当たり前に思っては駄目よ。感謝を忘れては駄目」
「かんしゃ?」
「そう、今私達がこうやって楽しめるのも、領主様と魔術師様のおかげなの」
「まじゅつし!」

 セラくんのおめめがキラキラ輝いた。
 りょうしゅ? まじゅつし? なあに、それー。わかんない。
 そのひと達がセラくん達になにかしてくれたの? だから、今日サンドイッチが食べられたの?
 まじゅつし。なにか心にひっかかる響きー。

「あら、セラは魔術師になりたいの?」
「え、べ、べつに、そんなんじゃ、ないよ! まじゅつしの学校、遠いし、お金かかるし。それに、きぞくもいるし」

 セラくんは慌てたように、まくし立てる。
 がっこう? きぞく? セラくん、遠くにいっちゃうの? まじゅつしになりたかったら遠くにいかないとだめ? わたしも一緒にいける?

「それに、ぼく、さいのう、ないと思う」

 さいのう? さいのうって、すっごーいなにかのこと? セラくんは自分の魔力に気づいてないの? もったいないよー!
 セラくんに近づいてぴょんぴょん跳ねて、アピールしたけどなでなでされて終わったお。言葉のかべがにくいお。
 セラくんは顔を上げると、にっこり笑う。

「ぼく、この村でおかあさんと空とずっと一緒にいたいから、やっぱりまじゅつしにはなりたくない」
「セラ……」

 おかあさんの気遣わしげな声からも察するに、セラくんはうそをついてる。めずらしくわたしにも理解できた! だって、まじゅつしに反応した時のセラくん、おめめキラキラしてたからね! わたしを拾った時とおんなじ!
 セラくんがまじゅつしになるには、問題がいっぱいなのかな。にんげん社会、ふくざつかいきだお。

「ーーあ、空!」

 セラくんに呼ばれた瞬間、空気が和らいだ。セラくんの声音がみょうに明るい。

「ほら、おかあさん、空にクッキーあげよう」
「……そうね。空ちゃん、びっくりしちゃうかしら」

 あ、あれ? お話終わり? もういいの? セラくんが流れを変えたのはなんとなくわかったけど、ほんとうにいいの?
 ひとりわたわたするわたしに、セラくんが茶色く平べったい食べ物を差し出した。いい匂いのするそれ。瞬時にわたしのしこうが食欲一色に染まったお。しかたないね。わたし、魔物だから。食べるの大好きだから。
 これがクッキー!
 わたしはいそいそと触手でクッキーを受けとると、ぱくりと食べた。

 瞬間、わたしは爆発した。

 しこうがぽんってなった。見た目は静かだったと思うお。だけど、わたしの中身は大変なことになってた。
 サクサク食感。味覚をやさしくしげきする甘味。まるでわたしをやさしく抱きしめてくれるセラくんのような包容力。
 一口一口が、いとしく、とうとい。
 わたし達魔物にすら惜しみなく愛をもたらすこれは、至高のそんざいといってもかごんじゃない。

「そ、空?」
「ど、どうしたの? 合わなかった? ぶるぶる震えてるわよ」

 ふ、ふお、ふおお、ふおおおおおお!
 おーいーしーいーのーーー!
 びょんびょん跳ねながら、わたしは残りを平らげた。とまらないー!
 そしてすぐにセラくんに飛び付いて、次をさいそくする。もっとー。もっと、ちょうだいー。

「あ、クッキーがほしいの?」

 セラくんが戸惑いながら、バスケットからクッキーを取り出す。わたしは即座にクッキーに飛びかかった。うおおお、わたしのクッキー!

「空、空、おちついて」
「空ちゃん、まだたくさんあるから、慌てないで」

 セラくん達がわたしを宥めようとするけど、わたしには聞こえていなかったお。
 もう、クッキー……クッキーさんしか見えてないのだよ。
 わたしの暴走はクッキーさんがなくなるまで止まることはなかったお。反省。
 しかし、わたしにとってこの日は、お菓子ーーではなく、お菓子様との運命の出逢いの日となったのである。お菓子様すてき。セラくんの次にすてき。うっとり。


 昼食が終わればまた、お遊びの時間だお。クッキーさんの余韻にひたっていたわたしも、遊びとなれば即きりかえ完了よー。
 おなかいぱーいだから、腹ごなしにセラくんもおかあさんもわたしにかまってくれる。やほーい。

「はーい、空ちゃんー」

 わーい! ボールー!
 おかあさんが転がしたボールを追いかけてちょこちょこと移動する。おかあさんはゆっくりめに転がしてくれるから、ボールがとりやすいお。
 ボールを身体ぜんたいで受け止めて、次はセラくんに向かって転がす。ふんがー!

「わ! 空、力つよくなったね」

 いきおいよく転がったボールに、セラくんがちょっとびっくりしてる。そうよー。わたし最弱だけど、日々せいちょーしてるんだお。ほめてー、愛でてー。
 セラくんはおかあさんにボールを転がす。が、ちょーしにのっていたわたしはふたりの間に立ちはだかり、ボールをよこどりしようとした。そんな悪いこなわたしに罰が下ったお。

「あ」

 きゃいん! ボールをほそくしようとした触手がボールにぴったりくっついて、わたしの身体をまきつけたまま、ボールは転がっていったのだ。いたくないけど、はずかしー!
 そしてセラくんに怒られたお。ちょぼん。
 しばらくボール遊びに熱中したあと、おかあさんはきゅうけいに入って、わたしとセラくんはお家から持ってきた小さめのツルツルシートを手に、丘のゆるやかな斜面に向かった。ねえねえ、セラくん、なにするのー?

「空、ちゃんとつかまっててね」

 お、おおう? セラくんは斜面にシートをしくと、その上に座って、頭にわたしを乗せた。
 シートをしっかり両手で握ると、地面を両足でける。
 にょ、にょ? にょ、にょにょにょにょにょー!

「あはははははは!」

 セラくんの笑い声と風がわたしにぶつかっていく。景色が流れてく。ふおおー!
 斜面をいっきに滑り降りて、あっという間に下についたお。
 びっくりしたー! すっごくびっくりしたー!

「たのしかったー!」

 セラくんは興奮したようにいうと、すぐにシートを持って丘をのぼっちゃう。まさかのわんもあか。

「空、こんどもちゃんとつかまってて」

 わたしにきょひけんはないお。いいお、いいお。どこまでもセラくんに付き合うよ。こんなの、いくらでもどんとこいだお。セラくんが楽しいなら、それで……きゃっふーーーーー! たっのしーーー! セラくん、もう一回! もう一回ー!

「あんまり危ない事はしちゃ駄目よー」

 おかあさんから注意はいりましたー! そうだよね。ちょーしにのったらあぶないもんね。反省だお。
 それからも、わたし達は遊んだりお花を摘んだり、わたしがお花をもしゃもしゃしたりしつつ、楽しく過ごしたよー。満足ー!

 暗くなる前にひきあげた帰り道、わたしはセラくんの肩の上でうつらうつらしていた。遊びつかれちゃったのー。
 セラくんはおかあさんとおててをつないでて、バスケットはおかあさんが持ってる。セラくんも歩きながら、おめめをしぱしぱさせてるー。おねむだね、セラくーん。

「セラ、もうちょっと我慢ね」
「ふぁい……」

 あくびをかみころして、おめめをこすって、セラくんは耐えている。ごめんよー、セラくん。わたしばっかり楽しててー。
 でも、今日は楽しかったね。あと、おいしかった。
 わたしが満足げに今日をふりかえっていると、なにかふしぎな感じがした。あれ? なんだろう。身体……じゃない。核がなんか、へん? なにかに反応してる感じ? んんん?
 きょろきょろと、視覚センサーを働かせてもなにかが見えてるわけでもない。だけど、なにかひっかかった。なんだろ。わかんない。
 きょろきょろしてて気づいたけど、ここから森が見える。狩人のおじさんは、今日も森にいったのかなあ。

「セラ?」

 おかあさんのふしぎそうな声に、わたしは視覚範囲をセラくんに向ける。どうしたのー?
 見ると、ふたりは歩みを止めていて、セラくんが森の方を見ていた。その表情はさっきまでの眠たげなものじゃなくて、しんけんそのもの。おかあさんに声をかけられても、すぐには反応しない。おかあさんも訝しげだ。

「どうしたの?」

 再度の呼びかけに、セラくんはやっとおかあさんの方を向く。おめめには、戸惑いがある。

「う、うん……なんだか、ちょっと、よくわからないんだけど」
「森に何か見えた?」
「そうじゃなくて……なんだろ。ちょっと、気になっただけ、かな?」

 セラくん自身もよくわかんないみたい。わたしとおんなじー。セラくんもわたしとおんなじものを感じたのかなー。説明しにくいよね。おかあさんは、なんにも感じなかったもよう。よくわかんないね。
 セラくんは、ちょっと考え込むとゆるくかぶりをふった。

「ううん、気のせいだよ。なんでもない。早く帰ろうよおかあさん」
「そう……」

 おかあさん自身もしゃくぜんとしないものを感じつつも、もう暗くなっちゃうから、帰ることにしたみたい。夜になったらあぶないもんね。やこうせいの、獣とか出てきちゃうかもだし。
 おかあさん、早くかえろー。いっぱい遊んだからおなか空いたー。
 わたしはわかんないものはわかんないと、早々にけつろんづけてるから、さっきのことはもう気にしてなかった。おかあさんの夕食で頭がいっぱいだお。
 セラくんは、森が見えなくなるまで何度かふりかえっていた。

 
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