短編集

Rentyth

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二十六、陰影

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寒い。
今日も、訳がわからないくらい寒い。
寒いときほど星がきれいに見えると聞くが、あいにく空は重苦しい灰色で覆い尽くされている。最初は白かった吐息も今では冷え切ってしまって白くならない。
駅からの帰り道はもう通る車もなく、行儀よく並んだ街灯が空と地面を明るくしていた。

光源が複数あると起こるという現象だったか、自分の足元から色の薄い複数の陰が伸び、ぼんやりと消えていた。歩くたびにそれぞれの影が長くなったり短くなったりを繰り返し、まるで生き物のようだと思う。

と、一本だけ街灯が切れかけていた。最後の力を振り絞るように小さく雑音をこぼしながら、点いたり消えたりを繰り返している。
ちょうどその真下を通ったとき、目の端で何かが動いた。
なんの気もなしにそちらに目をやって、ギョッとする。

自分の足元から、赤ん坊の影が伸びていた。

今すぐ逃げ出したいのに、足がすくんで力が入らない。震える足で一本後ずさると、例の街灯が背中にあたった。
赤ん坊の陰は、無邪気に手を振っている。

その隣にまた陰。自分の足元から放射状に伸びた影は、一番左の赤ん坊から、徐々に成長しているようだ。それぞれの陰が思い思いにアスファルトの上で動いていた。
その中の一つを見て、心の中で、あ、と声を上げた。

左から三つ目の陰。ランドセルを背負って、嬉しそうにしている。その姿には覚えがあった。

(…自分だ…)

遠い記憶の中の自分が笑う。
赤ん坊の姿はいつの間にか消え、代わりに右端に新しい陰が現れている。
まるで、影絵の走馬灯を見ているようだった。

いつの間にか恐怖を忘れて動く影絵に魅せられていた。
跳んで、跳ねて、転けて…。
消える間際、気付いたように此方に大きく手を振るのだ。
徐々に陰が大きくなり、今の自分に近づいてくる。
最後の影は、右端から疲れたように歩いてきた。そして、真ん中で立ち止まり、こちらを向く。
ゆっくりと手が上がり、遠慮がちに振られた。ハッとして、思わず手を振り返す。
すると、陰は、同じように手を振り返した。いや、違う。戻ったのだ。
重なり合った影はすべて自分の行動を写していて、先程の走馬灯などなかったように、しんとしている。

背にした街灯からはもう音もなく、灯りは消えたままになっていた。
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