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二、見守る男たち事件
知らぬ間の弟子入り
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メヒは電話口で、
「ふふん」
と得意気に言う。
「どうしたとはご挨拶じゃないか。ボクはね、義兄さんから聞いたんだよ」
義兄さん。メヒには兄がいて、刑事だ。それも本当の兄弟ではなく、何やら訳アリの兄弟らしかった。あの凄みのある顔を思い出す。流されるままになってしまったが、あの刑事はメヒにいったいどう説明したというのだろうか。訊いてみるとしよう。
「その、なんと言っていたんだ?」
喜色を含んだ声は、まるで弾むかのように駆けめぐる。
「Kさん、きみはボクに弟子入りしたいそうじゃないか。それはね、とてもいい心がけだと思うんだよ」
どうしてそうなった。あの刑事は、メヒにどういう風に話したのだ。瞳を閉じて、ゆっくりと刑事の言葉を思い返していく。
あの日、スーパーで崩落事故を目の辺りにした後、刑事はしぶしぶながら厳重注意に留めてくれたようで、俺とメヒのやったことを見逃してくれた。俺としては稀有な体験になった。人生の中で数度あるかないか、そんな出来事だと思った。いや、そう何度もあったら困ってしまうものだった。
だが、メヒにとってはそうでもないのか。じつに平然としていた。結果に満足したのか、微笑みを浮かべつつ晴れやかな顔付きをしているようにさえ見えた。金髪翠眼の不思議な子だ。
そして俺の冒険はここまで。平穏を愛す俺は、日常に戻らなければならない。あいにくと任務もあった。そう、買い物をしに隣町まで行かなくてはならなかった。二人とはそこで別れ、そのあとはなんて事ない日々を二日、三日と過ごしていた。
そんなある日のこと。学校帰りの俺は、警察に追われていた。帰宅ルートはなぜか先回りされ、数台の車に道をふさがれる。いま思えばあれは、覆面パトカーだったのではないかと思う。
「なんだ、なんだ」
と怖くなった俺は裏道を通りひっそり、こっそりと家路についた。
家の近所まで逃げのびて、もうすぐ家だと油断したところで乱暴な運転をする車が突っ込んできた。それはどこか見覚えのある運転で、中からでてきたのはやはりメヒの兄である所のあの刑事だった。鋭い視線で俺を捉えて、ツカツカと歩み寄ってくる。一歩引いた俺の姿をみて駆けだし、そして俺は捕まった。
逮捕されたわけではない。腕を掴まれたまま路地裏へ連れて行かれ、いわゆるあれなのだろう。壁ドンとやらをされた。俺の、初壁ドンだった。刑事にされる壁ドンほど怖いものはないだろうと思う。心はときめくどころか、心臓がドギマギと誤操作をしてしまいそうだった。
「貴様、なぜ逃げる」
ぐっと顔を近付けながら問われ、
「追ってくるからですよ。刑事に追われたら逃げますよ、そりゃ」
そう言い訳するしかなかった。さすがに怖い顔で追ってくるからだとは言えない。思うところがあるのか。刑事はふんと鼻を鳴らし、掴んだ手を投げるように離した。
「まあいい。お前を探していた」
「俺を?」
なぜだろうか、それに。
「よく見つけれましたね」
と素直に感心を示した。
あのとき俺は、結局名乗ってもいなかったのに。それと同じようにして刑事の名も、メフィストの名も訊けてはいなかった。
視線は、ぎろりと険しい。
「お前は、日本警察を舐めているのか?」
そういえば、メフィストは俺のスマホで電話をしていたのだった。しかしそれは、公私混同も良いところではないかと思う。それとも俺を探したのは、公の方なのか?
あの一件は、見逃してくれたのではないのかと自然に身構える。その様子を見て取ったのかちろりと一瞥はしてくるものの、現職の刑事からすれば俺の警戒など取るに足らないのか、そっぽを向いたままで話しかけてきた。
「アレが、お前のことをえらく気に入っていてな」
アレとはなんだ。メフィストのことか。この際、訊いておこうと思い、口にする。
「あの子の名前はなんと言うんですか?」
「ふふん」
と得意気に言う。
「どうしたとはご挨拶じゃないか。ボクはね、義兄さんから聞いたんだよ」
義兄さん。メヒには兄がいて、刑事だ。それも本当の兄弟ではなく、何やら訳アリの兄弟らしかった。あの凄みのある顔を思い出す。流されるままになってしまったが、あの刑事はメヒにいったいどう説明したというのだろうか。訊いてみるとしよう。
「その、なんと言っていたんだ?」
喜色を含んだ声は、まるで弾むかのように駆けめぐる。
「Kさん、きみはボクに弟子入りしたいそうじゃないか。それはね、とてもいい心がけだと思うんだよ」
どうしてそうなった。あの刑事は、メヒにどういう風に話したのだ。瞳を閉じて、ゆっくりと刑事の言葉を思い返していく。
あの日、スーパーで崩落事故を目の辺りにした後、刑事はしぶしぶながら厳重注意に留めてくれたようで、俺とメヒのやったことを見逃してくれた。俺としては稀有な体験になった。人生の中で数度あるかないか、そんな出来事だと思った。いや、そう何度もあったら困ってしまうものだった。
だが、メヒにとってはそうでもないのか。じつに平然としていた。結果に満足したのか、微笑みを浮かべつつ晴れやかな顔付きをしているようにさえ見えた。金髪翠眼の不思議な子だ。
そして俺の冒険はここまで。平穏を愛す俺は、日常に戻らなければならない。あいにくと任務もあった。そう、買い物をしに隣町まで行かなくてはならなかった。二人とはそこで別れ、そのあとはなんて事ない日々を二日、三日と過ごしていた。
そんなある日のこと。学校帰りの俺は、警察に追われていた。帰宅ルートはなぜか先回りされ、数台の車に道をふさがれる。いま思えばあれは、覆面パトカーだったのではないかと思う。
「なんだ、なんだ」
と怖くなった俺は裏道を通りひっそり、こっそりと家路についた。
家の近所まで逃げのびて、もうすぐ家だと油断したところで乱暴な運転をする車が突っ込んできた。それはどこか見覚えのある運転で、中からでてきたのはやはりメヒの兄である所のあの刑事だった。鋭い視線で俺を捉えて、ツカツカと歩み寄ってくる。一歩引いた俺の姿をみて駆けだし、そして俺は捕まった。
逮捕されたわけではない。腕を掴まれたまま路地裏へ連れて行かれ、いわゆるあれなのだろう。壁ドンとやらをされた。俺の、初壁ドンだった。刑事にされる壁ドンほど怖いものはないだろうと思う。心はときめくどころか、心臓がドギマギと誤操作をしてしまいそうだった。
「貴様、なぜ逃げる」
ぐっと顔を近付けながら問われ、
「追ってくるからですよ。刑事に追われたら逃げますよ、そりゃ」
そう言い訳するしかなかった。さすがに怖い顔で追ってくるからだとは言えない。思うところがあるのか。刑事はふんと鼻を鳴らし、掴んだ手を投げるように離した。
「まあいい。お前を探していた」
「俺を?」
なぜだろうか、それに。
「よく見つけれましたね」
と素直に感心を示した。
あのとき俺は、結局名乗ってもいなかったのに。それと同じようにして刑事の名も、メフィストの名も訊けてはいなかった。
視線は、ぎろりと険しい。
「お前は、日本警察を舐めているのか?」
そういえば、メフィストは俺のスマホで電話をしていたのだった。しかしそれは、公私混同も良いところではないかと思う。それとも俺を探したのは、公の方なのか?
あの一件は、見逃してくれたのではないのかと自然に身構える。その様子を見て取ったのかちろりと一瞥はしてくるものの、現職の刑事からすれば俺の警戒など取るに足らないのか、そっぽを向いたままで話しかけてきた。
「アレが、お前のことをえらく気に入っていてな」
アレとはなんだ。メフィストのことか。この際、訊いておこうと思い、口にする。
「あの子の名前はなんと言うんですか?」
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