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一、サバの缶詰め落下事件
飲み込む言葉
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困惑する俺は交互にふたりを見やった。片やニコリと、ほほ笑みすら浮かべて余裕綽々のご様子で、そして片やニコリともせず眉間にしわを浮かべて怒り心頭のご様子だった。
「いったいどうなっているんだ。ふたりは知り合いなのか?」
そう問うが、刑事はむっつりとしたままでまるで反応がない。必然とメフィストが答える運びとなった。
「そのひとはね、ボクの兄さんなんだよ」
「兄弟……、なのか?」
いや、しかし。と刑事の姿を仰ぎ見る。表情は険しいままに、一切の隙をみせようとはしない。黒髪の短髪、着慣れているであろうスーツ、眉間のシワさえなければモテそうな風貌をしている。
そして眼光鋭いブラウンの瞳。俺のそれと同じ、よく見慣れた瞳の色をしていた。どこからどう見ても紛れもない日本人だ。くるりとふり返り、金髪翠眼のメフィストの姿と見比べてみる。本当に兄弟なのか、その疑問にはぶっきら坊に刑事が答えた。
「便宜上、そう名乗っているだけだ。俺とソレには血の繋がりなんてものはない」
「つれないねえ。義兄さんは」
笑みこそ見せるけれど、メフィストの瞳は柔らかいものではなく、どこか刺々しいものを感じさせた。
いったい何があり、ふたりは兄弟と名乗っているのか。待てども説明があるわけではなく、器用に訊きだすこともできそうにはない。あいにくと俺にはそれを知る術はなかった。
まるで、
「なんでもない」
と言うように、メフィストはことさらに明るい声を出している様に思えた。
「そういうわけで、Kさん。安心しておくれよ。大丈夫、ボクは逮捕されないよ。ただのジョークだったのさ」
「おお、なんだそうか。ジョークだったのか。しかしまた、なんでそんな事を」
ほっと胸を撫で下ろすと、刑事は両手を広げるメフィストを一瞥し、吐き捨てる。
「お灸をすえてやろうと思ってな。いいか、ジョークで済むと思うなよ。俺に連絡がまわって来なかったら、お前は本当に豚箱行きだったことを忘れるな」
ゾクリとすることを言う。しかし当のメフィストはどこ吹く風だと言ってのける。
「やだなあ、ボクがかけたのは交番の直通番号だよ。この時間はいつも警らに出かけてて、Gさんしか交番に残らないのをボクは知ってるよ。あのひとならね。きっときみに話を通すいう推理の上での行動なのさ」
チッ、とまた舌が鳴っては響く。
「忌々しい奴め。楽さんの事をGさんなどと呼ぶな。俺がお世話になったひとだぞ」
「ふふん、ボクだってさ。好きでそうしたわけじゃないんだよ。子どものボクの話を真剣に、迅速に聞いてもらえる機関ならね。こんな真似しやしないさ」
聞く耳を持たずに悪魔はこちらを向き、破顔する。
「でも驚いたよ、Kさん。今回きみは想いを飲み込まなかったんだね。小さくとも一歩前進だよ。うん、きみの魂。たしかに見せてもらったよ」
おお? 俺はいつの間にそんな物を見せたのだろうかと、まるで実感がない。
くすっと笑みをこぼし、
「本当はね、イジワルしただけなのにさ」
ヒソリと悪魔は囁く。
「む?」
「優しさが正義、というひとにね。優しさが原因の事故をみせたらどうなるのかと、興味が湧いたんだよね」
そう言えば、人間観察が趣味だと言っていた気がする。まったくしかたのない奴だと嘆息をつく。でも色々とまあ、助かったのも事実だった。
「ありがとうな」
礼を述べると、メフィストはキョトンと戸惑った顔をする。
「お前は腹が立たないのか?」
と刑事に訊かれたので、はにかんで返答としておく。
「変わった奴だな」
険しい視線のままピクリと眉を動かし、刑事はふっと息をついた。
「だが。お前はまだ、愚妹とは違ってまともなようだな」
それは褒めているのだろうか。どちらかわからないようなことを言われてしまう。
「む」
と俺は首をかしげた。
いま何か、すこし変ではなかったか。
「ぐまい?」
メフィストと目が合う。
「失敬だね、きみ。たしかにボクは妹ではあるけれども、愚かではないんだよ」
「いや、まてまて」
引っかかったのは、そこではない。
「メフィスト。きみは女の子だったのか。それにしてはすこし、いや、まるで男の子の──」
その言葉はかき消され、腕をふりまわしながら沸々と声を荒げられる。
「Kさん、きみって奴はさ! ホントにまったくもう、失敬な奴だよ! どうして口にしてしまうんだい! たとえ心に浮かんだとしてもさ! べつに言わないでもよかったことじゃないか!」
ぷりぷりと怒る。
「しかしメフィストよ。飲み込むなという話ではなかったのか」
「飲み込みたまえよ!」
おお、なんとわがままなと呆気に取られる。しかしそうだったのか。俺はメフィストのことを美少年だと思っていたのだが、本当は美少女の間違えだったという訳だ。
そう思ったその言葉を、今度は間違えないようにしないとなと注意深く、しっかり飲み込むことにしたのだった。
「いったいどうなっているんだ。ふたりは知り合いなのか?」
そう問うが、刑事はむっつりとしたままでまるで反応がない。必然とメフィストが答える運びとなった。
「そのひとはね、ボクの兄さんなんだよ」
「兄弟……、なのか?」
いや、しかし。と刑事の姿を仰ぎ見る。表情は険しいままに、一切の隙をみせようとはしない。黒髪の短髪、着慣れているであろうスーツ、眉間のシワさえなければモテそうな風貌をしている。
そして眼光鋭いブラウンの瞳。俺のそれと同じ、よく見慣れた瞳の色をしていた。どこからどう見ても紛れもない日本人だ。くるりとふり返り、金髪翠眼のメフィストの姿と見比べてみる。本当に兄弟なのか、その疑問にはぶっきら坊に刑事が答えた。
「便宜上、そう名乗っているだけだ。俺とソレには血の繋がりなんてものはない」
「つれないねえ。義兄さんは」
笑みこそ見せるけれど、メフィストの瞳は柔らかいものではなく、どこか刺々しいものを感じさせた。
いったい何があり、ふたりは兄弟と名乗っているのか。待てども説明があるわけではなく、器用に訊きだすこともできそうにはない。あいにくと俺にはそれを知る術はなかった。
まるで、
「なんでもない」
と言うように、メフィストはことさらに明るい声を出している様に思えた。
「そういうわけで、Kさん。安心しておくれよ。大丈夫、ボクは逮捕されないよ。ただのジョークだったのさ」
「おお、なんだそうか。ジョークだったのか。しかしまた、なんでそんな事を」
ほっと胸を撫で下ろすと、刑事は両手を広げるメフィストを一瞥し、吐き捨てる。
「お灸をすえてやろうと思ってな。いいか、ジョークで済むと思うなよ。俺に連絡がまわって来なかったら、お前は本当に豚箱行きだったことを忘れるな」
ゾクリとすることを言う。しかし当のメフィストはどこ吹く風だと言ってのける。
「やだなあ、ボクがかけたのは交番の直通番号だよ。この時間はいつも警らに出かけてて、Gさんしか交番に残らないのをボクは知ってるよ。あのひとならね。きっときみに話を通すいう推理の上での行動なのさ」
チッ、とまた舌が鳴っては響く。
「忌々しい奴め。楽さんの事をGさんなどと呼ぶな。俺がお世話になったひとだぞ」
「ふふん、ボクだってさ。好きでそうしたわけじゃないんだよ。子どものボクの話を真剣に、迅速に聞いてもらえる機関ならね。こんな真似しやしないさ」
聞く耳を持たずに悪魔はこちらを向き、破顔する。
「でも驚いたよ、Kさん。今回きみは想いを飲み込まなかったんだね。小さくとも一歩前進だよ。うん、きみの魂。たしかに見せてもらったよ」
おお? 俺はいつの間にそんな物を見せたのだろうかと、まるで実感がない。
くすっと笑みをこぼし、
「本当はね、イジワルしただけなのにさ」
ヒソリと悪魔は囁く。
「む?」
「優しさが正義、というひとにね。優しさが原因の事故をみせたらどうなるのかと、興味が湧いたんだよね」
そう言えば、人間観察が趣味だと言っていた気がする。まったくしかたのない奴だと嘆息をつく。でも色々とまあ、助かったのも事実だった。
「ありがとうな」
礼を述べると、メフィストはキョトンと戸惑った顔をする。
「お前は腹が立たないのか?」
と刑事に訊かれたので、はにかんで返答としておく。
「変わった奴だな」
険しい視線のままピクリと眉を動かし、刑事はふっと息をついた。
「だが。お前はまだ、愚妹とは違ってまともなようだな」
それは褒めているのだろうか。どちらかわからないようなことを言われてしまう。
「む」
と俺は首をかしげた。
いま何か、すこし変ではなかったか。
「ぐまい?」
メフィストと目が合う。
「失敬だね、きみ。たしかにボクは妹ではあるけれども、愚かではないんだよ」
「いや、まてまて」
引っかかったのは、そこではない。
「メフィスト。きみは女の子だったのか。それにしてはすこし、いや、まるで男の子の──」
その言葉はかき消され、腕をふりまわしながら沸々と声を荒げられる。
「Kさん、きみって奴はさ! ホントにまったくもう、失敬な奴だよ! どうして口にしてしまうんだい! たとえ心に浮かんだとしてもさ! べつに言わないでもよかったことじゃないか!」
ぷりぷりと怒る。
「しかしメフィストよ。飲み込むなという話ではなかったのか」
「飲み込みたまえよ!」
おお、なんとわがままなと呆気に取られる。しかしそうだったのか。俺はメフィストのことを美少年だと思っていたのだが、本当は美少女の間違えだったという訳だ。
そう思ったその言葉を、今度は間違えないようにしないとなと注意深く、しっかり飲み込むことにしたのだった。
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