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一、サバの缶詰め落下事件
契約成立
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覚悟を決めたと言えば多少は大げさになってしまうが、この少年の気の済むまでは付き合ってあげようかと思った。
それを言葉にする前に言われる。
「契約成立だね」
む、また読まれた。顔に出やすい性質なのだろうかと、ほほを揉みしだく。
「それで、どうするんだ」
つやつやと綺麗なブロンドヘアーがサラリと揺らぐ。
「まずはなにより、現場百遍だね。事件は現場で起きているんだよ、Kさん。もっともボクとしては、アームチェア・ディテクティブでありたいと思う所なんだけどね」
「おお、なんだそれは」
質問に喜色を浮かべている。話したくてウズウズしているようにみえる。
「安楽椅子探偵さ。現場で起きたはずの謎を外にでることなく、会議室で解決しちゃおうってわけだよ。推理に推測をかさね、思考の末に結論へとたどりつくのさ。それは至高の推理とも呼べるよね。探偵冥利に尽きると言ってもかまわないはずだよ」
が、言ってがくりと肩を落とす。
「待っていても謎が寄ってくるなんてのはね。ボクにとっては理想の夢のハッピーワールドさ。ただそれも、現場の刑事さんのたしかな捜査があってのお話なんだよね」
「そうなのか」
現場百遍は警察の言葉だったかなと思い出していると、
「Kさんは謎を飲み込んだよね」
とまた言われ、なんだか悪いことをしてしまったような気にもなってくる。
しかし、メフィストは薄くほほ笑む。
「それでもまだKさんはいい方さ。謎をみつけられる、きみのその目もまた才能だよ。多くのひとはね、謎そのものをみようともしていないんだもん」
それは褒めているのかと首を傾げた。
「予兆はあるというのにさ。些細なことすぎて、ひとは気付かないんだよ。謎がまるで火のように大きく育ちきってからかな。おおごとになっちゃってからようやく、『ああ、不思議だな』となるわけだね」
すこし陰のある笑みを浮かべていたが、
「それはそれで楽しいのかもね」
パッと明るい笑顔を作り直す。
「だからこそさ。ボクは自分の足で出向いて調べるしかないわけだよ。ひょっとしたらKさんも、すこしは探偵になれる素質があるのかもしれない。まあ、このボクには遠く及ばないのだけどね。さあ、気を取り直して現場を調べにいこうじゃないか」
さきほど缶詰めの山が崩れた場所を訪れてみると、すでに片付けは終わっていた。だが、机のあった場所にはブルーシートが敷かれていて、その周りをぐるりと囲むようにしてカラーコーンが置かれている。立ち入り禁止。ひと目見てそうとわかるように封鎖されていた。
そんなことはお構いなしに、メフィストはまっすぐシートへ向かう。禁止エリアに立ち入り、シートをめくろうと手を伸ばしたところで声がかかる。
「こらこら。危ないからね。イタズラしちゃいけないよ」
声をかけてきたのは、たしか店長の大島さんと名乗っていた人だ。間に割って入り、メフィストの代わりに謝罪する。
「すみません。それと先ほどはありがとうございました。ご迷惑をおかけして本当にすみませんでした」
「ああ、お客様。どうぞ、お気になさらず。それは構わないのですが、片付けがまだ終わっておりませんので危ないかもしれません。お連れ様もどうぞ、中にお入りになられないようにお願いします」
大島さんは物腰も柔らかく、優しく諭すように言った。その様子をきろりと翡翠の瞳が見上げる。
「ふぅん、早いね。Oさん」
と笑みを携えながら。
大島さんの名も奪われたということに気付くのに、俺はしばらく時間がかかった。大島さん本人は気が付いてもいないだろう。俺たちがその場から離れるまで大島さんは笑顔で佇んでいたので、結局しらべることは叶わなかった。
仕方がない。探偵ごっこはここいらで終わりだろうか。そう呑気に構えていた俺の背中にひっそりと、悪魔はすぐそこまで這い寄ってきていた。
それを言葉にする前に言われる。
「契約成立だね」
む、また読まれた。顔に出やすい性質なのだろうかと、ほほを揉みしだく。
「それで、どうするんだ」
つやつやと綺麗なブロンドヘアーがサラリと揺らぐ。
「まずはなにより、現場百遍だね。事件は現場で起きているんだよ、Kさん。もっともボクとしては、アームチェア・ディテクティブでありたいと思う所なんだけどね」
「おお、なんだそれは」
質問に喜色を浮かべている。話したくてウズウズしているようにみえる。
「安楽椅子探偵さ。現場で起きたはずの謎を外にでることなく、会議室で解決しちゃおうってわけだよ。推理に推測をかさね、思考の末に結論へとたどりつくのさ。それは至高の推理とも呼べるよね。探偵冥利に尽きると言ってもかまわないはずだよ」
が、言ってがくりと肩を落とす。
「待っていても謎が寄ってくるなんてのはね。ボクにとっては理想の夢のハッピーワールドさ。ただそれも、現場の刑事さんのたしかな捜査があってのお話なんだよね」
「そうなのか」
現場百遍は警察の言葉だったかなと思い出していると、
「Kさんは謎を飲み込んだよね」
とまた言われ、なんだか悪いことをしてしまったような気にもなってくる。
しかし、メフィストは薄くほほ笑む。
「それでもまだKさんはいい方さ。謎をみつけられる、きみのその目もまた才能だよ。多くのひとはね、謎そのものをみようともしていないんだもん」
それは褒めているのかと首を傾げた。
「予兆はあるというのにさ。些細なことすぎて、ひとは気付かないんだよ。謎がまるで火のように大きく育ちきってからかな。おおごとになっちゃってからようやく、『ああ、不思議だな』となるわけだね」
すこし陰のある笑みを浮かべていたが、
「それはそれで楽しいのかもね」
パッと明るい笑顔を作り直す。
「だからこそさ。ボクは自分の足で出向いて調べるしかないわけだよ。ひょっとしたらKさんも、すこしは探偵になれる素質があるのかもしれない。まあ、このボクには遠く及ばないのだけどね。さあ、気を取り直して現場を調べにいこうじゃないか」
さきほど缶詰めの山が崩れた場所を訪れてみると、すでに片付けは終わっていた。だが、机のあった場所にはブルーシートが敷かれていて、その周りをぐるりと囲むようにしてカラーコーンが置かれている。立ち入り禁止。ひと目見てそうとわかるように封鎖されていた。
そんなことはお構いなしに、メフィストはまっすぐシートへ向かう。禁止エリアに立ち入り、シートをめくろうと手を伸ばしたところで声がかかる。
「こらこら。危ないからね。イタズラしちゃいけないよ」
声をかけてきたのは、たしか店長の大島さんと名乗っていた人だ。間に割って入り、メフィストの代わりに謝罪する。
「すみません。それと先ほどはありがとうございました。ご迷惑をおかけして本当にすみませんでした」
「ああ、お客様。どうぞ、お気になさらず。それは構わないのですが、片付けがまだ終わっておりませんので危ないかもしれません。お連れ様もどうぞ、中にお入りになられないようにお願いします」
大島さんは物腰も柔らかく、優しく諭すように言った。その様子をきろりと翡翠の瞳が見上げる。
「ふぅん、早いね。Oさん」
と笑みを携えながら。
大島さんの名も奪われたということに気付くのに、俺はしばらく時間がかかった。大島さん本人は気が付いてもいないだろう。俺たちがその場から離れるまで大島さんは笑顔で佇んでいたので、結局しらべることは叶わなかった。
仕方がない。探偵ごっこはここいらで終わりだろうか。そう呑気に構えていた俺の背中にひっそりと、悪魔はすぐそこまで這い寄ってきていた。
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