おつまみ探偵、酔っといで

mogurano

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春の酒蒸しです

前編

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 今日は少し早く、お店に着いてしまいました。着替えを済まし、軽く店内の清掃をし、備品の補充も済んでいます。

 カウンター席に腰を掛け、手持ち無沙汰に辺りを見回すと、厨房にいた大将と目が合いました。

 目が合っただけですけどね。あはは。大将は特に表情も変わらず、すぐに視線を外して、下ごしらえに戻ってしまいました。

 相変わらず無口な大将ですが、手元は雄弁と、流暢に動いています。口零丁手十六丁といった所でしょうか。口もニ丁くらいあれば良いのにな。たはは。

 下ごしらえしていく中に、菜の花、木の芽、ふき等が見られます。もう春なんですねぇ。厨房で小さな春、見つけました。ふふ。

 おや?あの奥に見える、薄いバットの中身は──。



「サクちゃん。お湯割り、いただけるかい?」

 はいはい。お待ち下さいね。

 ほぅ、と息を吐き。チヨさんは小皿を眺めていました。中にはフキの煮物。春だねぇと満足気です。

 シャクシャクとした食感に、少し青さを感じる爽やかな香り。そしてほんのりとダシを感じる、優しいお味。春ならではの物ですね。何だか気持ちまで、優しくなって来るようです。

 そんな中、カラカラカラと戸が開き、タケさんがいらっしゃいました。

「サクちゃん、一本付けとくれよ。うんと熱くしておくんな」

 ドカッと、いつもの席に着くタケさん。何だかいつもと様子が違うような?

「何だいあんた。やけに元気がないじゃないか」

 横目でちらりとタケさんを見やり。チヨさんは、そう言いました。あっ、元気が無かったんですね。さすがはチヨさん。

「おぅ。来てたのか。何、ちょっと な。自分が不甲斐なくってよ」

「何かあったのかい?どれどれ、このチヨさんが1つ、話を聞いてあげようじゃないか」
 
 胸をぽんと叩きながら言うチヨさん。頼りになります。

「はは、あんがとよ。だがまぁ、身内の恥だ。人様に話すようなこっちゃねぇよ」

 お出しした熱燗を、まるで薬であるかのように、苦々しい顔で飲まれています。

「まぁ無理にとは言わないけどさ。普段なら真っ先に飛びつくのが、あんたじゃないか」

 お湯割りをコクっと飲み、フキをシャクシャクと食べる。そんなチヨさんを、見るともなく見ていたタケさん。ボソリと何かを呟き、パンっと膝を打ちました。

「そうさなぁ、俺らしくなかった。いっちょ恥を忍ぶとしようか。お二人さん、おっと大将もだな。どうぞ聞いて貰っちゃくれねぇか」

 カツンと、お猪口を置く音が響き渡りました。

 どこから話したもんだか……。まずだな。ウチの末っ子の娘が今な。帰って来てんだよ。何でも急に、どうしてもやらきゃいけない事が出来たらしくってな。子供、まぁ俺たちの孫だな。孫の面倒を今日一日、見てくれっつーのよ。

 ん?歳か?3歳だったかな。可愛い盛りよ。そうそう。やんちゃ坊主でな。じぃじの後をトトトっと、付いてきやがんだ。可愛いもんよ。

 まぁな。ガキンチョはそんなに、好きじゃあなかったんだ、元々。何だろうな。俺も丸くなっちまったって事か。久々に会ったからかもしんねぇが、妙に可愛いく思えてきちまってよ。

 おっ母も嬉しそうにしてやがったな。そうしてる時によ。一本の電話がかかってきてな。おぅよ。切り込みの依頼よ。
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