Escape from 底辺(EFT)

一条 千種

文字の大きさ
上 下
32 / 34

第32話 もとには戻れない

しおりを挟む
「アガさん、ヴィオは貴方のことも里のことも。とても大切に想っていますよ。ここにいる間は外の世界ばかりがよく見えて、ここではないどこかに旅立ちたい気持ちで羽ばたく練習ばかりをしていたかもしれません。一度飛び立ったらもう二度と戻らないように見えたかもしれない。でも人は自由に飛び回れるようになったら、それはそれで、また違った高い目線で今までいた場所を見下ろし新しい発見もすることができる。ヴィオは今そんな風に、自分の羽で羽ばたきながら世界を違った目線で見て学んでいる最中です。俺はそんなヴィオについて、一緒にいつまでも、どこまでも飛んでいきたい。そのために身を軽くする準備はもうできています」

 それはセラフィンが今までの経歴や人生を脱ぎ去って、一からヴィオと共にある人生をやり直す準備ができたという決意を表していることに他ならない。
 この中央貴族出身の青年医師は、アガにはできなかった里を出てルピナと沿うという選択肢を迷わず掴もうとしている。アガが再び口を開きかけた時、暗がりから小さな声がした。

「セラ? 父さん?」
「ヴィオ。目が醒めたんだな」

 愛らしい呼びかけにセラフィンはすぐに反応して彼を迎えに歩いていった。そして赤いショールでヴィオの上半身を包みなおすと壊れ物でも扱う様に丁寧に抱き上げて二人が座る平椅子までやってきて、抱き上げたままそこに座りなおした。

 ヴィオはまだ半覚醒なのか、とろとろとした表情のままうっとりとセラフィンの胸に抱かれ凭れている。その表情はかつてアガが若き日の妻から向けられた甘えている時の貌によく似ていた。どこまでもヴィオを溺愛し、世話をやこうとするセラフィンも同じく蕩けるような眼差しでヴィオを見つめていた。
 二人の仲睦まじい姿に、若き日のアガと妻との思い出が重なる。

『アガ、ずっと傍にいてね。ずっとよ』

 若く甘い妻の柔らかな声が脳裏に蘇り、アガはたまらず立ち上がった。

「風呂の支度をしてくる。お前たちは食事を続けていろ」

 そう言い捨てると二人に背を向けて逃げるように外に飛び出していった。セラフィンはその姿に強い男の孤独と寂しさを見て、ほろ酔いにも誘引され涙の被膜が張りそうになったが、すぐに腕の中の最愛へ意識を向きなおした。

(アガさん、なによりも誰よりもヴィオを大切にします。約束します)

 くたりと脱力し顔が胸から少しでも離れるとむずがる赤い顔、熱い身体を摺り寄せるヴィオを抱えなおして、セラフィンは燃えるように熱い額に誓う様に口づけた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

会社の後輩が諦めてくれません

碧井夢夏
恋愛
満員電車で助けた就活生が会社まで追いかけてきた。 彼女、赤堀結は恩返しをするために入社した鶴だと言った。 亀じゃなくて良かったな・・ と思ったのは、松味食品の営業部エース、茶谷吾郎。 結は吾郎が何度振っても諦めない。 むしろ、変に条件を出してくる。 誰に対しても失礼な男と、彼のことが大好きな彼女のラブコメディ。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

マッサージ

えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。 背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。 僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。

処理中です...