Escape from 底辺(EFT)

一条 千種

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第24話 スポーツ大会にて

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 10月下旬、スポーツ大会の当日に、ちょっとした事件があった。
 事件と言うには、本当に、ごくごく、ささやかな出来事だ。

 種目は、バスケやサッカー(女子はフットサル)などの球技から始まり、リレーやムカデ競走、二人三脚や大縄跳びなどの団体競技を、クラス対抗で行う。

 俺はもとが運動がからきしの、純粋培養のインドア派だったが、筋トレやジョギング、ストレッチを毎日続けていることもあって、こうしたスポーツに対しても苦手意識が薄らいできている。
 基礎体力があり、イメージ通りに体を動かせるようになってくると、スポーツも楽しい。みんなの足を引っ張らないようにしないと、というプレッシャーも、自然とチームに貢献したい、と思えるようになった。以前、例えばフットサルのプレー中も意図的にボールを避けていたのが、チーム競技でも全体の状況を見つつ、積極的に動くようになっている。

 そのスポーツ大会も大詰めになって、二人三脚。
 俺はテニス部の浦田というやつと組んで、列に待機していた。横の列が他クラス、縦の列が同じクラスで並び、各レースでどのクラスが勝者かを競っていく。

 なかなか緊張する。

 先に女子が走るのだが、俺のすぐ前がちょうど愛凛と木内さんのペアだった。

「みーちゃ、すぐ後ろにいるからって、私とあすあすのお尻じろじろ見るのは禁止だから」
「変ないちゃもんつけんなよ」
「あすあすも、みーちゃがいやらしい目で見てきたら即ビンタしていいから。みーちゃも、いじめっJKにいじめられるの好きみたいだし」
「おいおい……」
「おっとっと、これは人に知られたくないことみたいだから、あすあすも内緒でお願いね」
「二人、ほんと仲いいよね」

 ふふふ、と木内さんは相変わらずのかわいらしい笑顔で、俺と愛凛を交互に見た。
 よりによって木内さんに俺の性癖を暴露するなんて、許せない。

 そうこうするうち、彼女たちの出番だ。
 仲良く肩を組み、姿勢を低くして、ピストルの音に備える。

 ふむふむ、君たち、よき尻をしておるようだな。
 まるで、さわってくれと言わんばかりじゃないか。

 発砲音とともに、愛凛・木内ペアが前へ出た。しっかり練習を重ねてきたのだろう。
 だが中盤に差しかかって、二人の呼吸にずれが生じた。
 勢いがついていた分、立て直しがきかず、二人はぐらりと転倒した。
 しかも二人を追っていた他クラスのペアも即座によけられず、複数のペアを巻き込む転倒事故になった。

「あっ」

 と、俺だけでなく観客の多くが声を上げるほどの激しさだった。
 教師たちも手を出すべきか迷い、見守るうち、ほかのペアは立ち上がって順次レースに復帰した。

 だが、愛凛と木内さんが立てない。
 正確には立とうとしているが、動けないようだ。

 俺は迷わなかった。
 足首のゴムバンドを外し、二人のもとへ駆け寄る。
 肩を並べてしゃがみ込んだままの二人のそばにひざをつき、状態を確認する。

「右足が痛くて、動けないみたいなの。転んだ時、私をかばってくれたから……」

 木内さんがそう説明するとともに、俺はすぐバンドをほどき、渋る愛凛を背負って、救護所へ向かった。
 なぜか、俺の背中に拍手が投げかけられたが、それは俺の行動ではなく、すでに再開した競技に対してであったかもしれない。

 愛凛は俺に運ばれるあいだ、無言だった。
 どんな思いだったろう。恥ずかしかったのか、それともこの状況を茶化ちゃかすこともできないくらい、痛かったのか。

 救護所には簡易ベッドが設置されていて、俺は保健の沢井先生の指示で、愛凛をそこに寝かせた。

「みーちゃ、ありがとね。もう大丈夫だから、戻っていいよ」
「いや、ここにいるよ」
「あすあすも、ごめんね。夢中になって、ペース崩したの私だから。ケガ、ない?」
「うん、私は大丈夫。ラブリーも、私をかばうために無理な体勢で転んだでしょ」
「ま、大好きなあすあすにケガさせるわけにはいかないからね」

 意外とピンピンしていて、おどけている。

 沢井先生の見立てによれば、愛凛は軽度の捻挫ねんざらしく、アイシングで応急処置をしてから安静にしていれば、数日間で治るだろうということだった。

「二人とも、もう大丈夫だよ。ほら、戻って戻って」
「うん、じゃあ私、先に戻るね」
「はい、みーちゃももういいよ」
「俺、そばについてるよ」
「私と一緒にいたいの?」
「そう、一緒にいたいから」

 愛凛はちょっときょとんとした。

 俺も、自分がなぜそこまでするのか、よく分からなかった。ただ無性むしょうに、そうしたい、そうしなければならないと思った。俺が守らなければならないと。

 愛凛は中学の頃にバスケ、高校に入ってからフットサルと、運動部に所属してケガにはある程度慣れているのか、ベッドに横たわってじっとしている。
 ただケガは局所的なものだから、元気は元気だ。

「ね、大縄跳び、どんな感じ?」
「あぁ、今は1組から3組までがやってるから、もうすぐ始まると思うよ」
「最後の大縄跳び、楽しみにしてたんだけどな」
「せっかくだから、起きて見てみる?」
「うん」

 俺は愛凛の肩を抱くようにして、起き上がるのを手伝ってやった。
 愛凛は照れ臭いのかどうか、淡い微笑みを浮かべている。

「ありがとう。みーちゃ、ヲタクのくせに優しいじゃん」
「ヲタクのくせには余計だよ」
「そっか、そうだね。みーちゃはもともと優しいもんね」
「そういうこと」
「あすあすに、いいとこ見せられたじゃん」
「木内さんがどう思うかは関係ない。ただ、俺が助けに行かないとって思って、じっとしてられなかったんだよ」
「ふーん」

 大縄跳びは回し役も含めて、クラスから選抜された20人ほどが参加する。
 俺は待機予定だったが愛凛は選抜組で、人数合わせで彼女の代わりに遠藤さんがメンバーに加わっている。

「いーち、にーい、さーん!」

 俺たちは一緒に声を張り上げて、仲間たちの跳躍ちょうやくを見守る。

 結果。
 ウチのクラスは6クラス中、2位だった。
 総合でも学年2位で、1位とは僅差きんさだったから、二人三脚の俺と愛凛の各ペアの棄権がなければ、ひっくり返せていたかもしれない。

 もちろん、そんなことを言うクラスメイトは一人もいなかったが、愛凛は珍しく悔しがり、残念がった。

「私がケガしなければ、1位になれたのかなぁ」
「ラブリーは木内さんを守ってケガしたわけだし、後悔はしてないでしょ」
「そうだけど、もっとうまく走れたと思うから」
「みんな精一杯やった結果だし、これはこれで誇りに思っていいんじゃないかな」
「……うん、そうかもね」
「じゃあ、解散になったから、教室に戻ろう。ほら」
「みーちゃ、大げさだよ。もう普通に歩けるから」
「ギャルのくせに、俺におんぶされるのが恥ずかしいの?」
「ギャルとかイミフなんだけど!」
「とにかく乗んなよ」

 ぐずるわりに、いざおんぶされるとすぐに楽しくなってしまうらしい。

「みーちゃ、ダッシュダッシュ!」
「はぁ?」
「はぁじゃねぇよ。ほら走って。とつげき、とつげきーっ!」

 仕方なくおんぶしたまま走ると、愛凛はまるで子どものようにはしゃいだ声を上げた。
 教室に着いてもなかなか下りようとしないし、ケガがすっかりよくなってからも、しばしばおんぶをせがんだ。
 視点が高くなり、乗馬気分になれるのが楽しいらしい。

 けっこう、子どもっぽいところがある。
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