Escape from 底辺(EFT)

一条 千種

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第18話 心砕けた夜

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 ほかのメンバーと離れ、屋外施設に上がると、遊び場はたっぷりとある。

 木内さんと二人、まずバドミントンで遊んで、俺はここでさっそく全身が痛くなった。最近、筋トレやランニングを頑張っているとはいえ、実践で体を使うとなると話が違う。
 一方、木内さんはオーケストラ部だが運動も充分にできる。もちろん勉強の方もバッチリで、弱点がなくすべてが長所の、最強万能女子だ。

 バドミントンでも、木内さんはショットをコートの左右に振って俺を散々に走らせ、10分後には足腰も立たないほどに消耗しょうもうさせられてしまった。疲労困憊こんぱいのあまりコートの端に倒れ込んだ俺の姿に、木内さんは明るく華やかな笑い声を上げた。

 そのあとバッティングに移り、たまたま近くに愛凛たちがいたので、合流してフットサルやバスケで遊んだ。
 さらに、ビリヤード、それからダーツ。

 木内さんはそのすべてで、俺についてきてくれた。俺と一緒にいるのが、それなりに楽しいと感じてくれていたからだと思う。

 あとで愛凛に聞いた話では、山下とペア行動していた遠藤さんがついに限界を迎えてしまったらしく、最上・清水ペアと合流して、ようやく落ち着いたらしい。山下のコミュ障が爆発し、さらに太っているためか体臭がきつく、いつも元気で明るいムードメーカーの遠藤さんさえ扱いきれなくなったということだ。

 木内さんはずっと俺と一緒にいて、楽しそうな顔をしてくれていたから、俺も自信とともに、だんだんと勇気が出てきた。

「木内さん」

 と、ダーツの最中で俺は呼びかけた。

「あのさ、今日このあとって、なにか予定ある?」
「ううん、特に。夜も、みんなでご飯食べて帰るのかなって思ってた」
「よかったら、二人でご飯食べに行かない?」

 吐きそうなほどの緊張とともに、俺は回答を待った。
 木内さんはちょっと目を泳がせてから、口元にほんのりとした微笑みを浮かべた。

「うん、いいよ。でもラブリーに相談してからね」
「ありがとう。食べたいものがあったら、教えてね」

 (す、スマートに、誘えた。しかも、OKもらえた……!)

 木内さんと、お台場デートだ!

 時間いっぱいになって全員集合してから、木内さんは愛凛に相談しにいった。
 愛凛の隣では、オカヤンが七福神の布袋ほてい様のような満面の笑みで、俺に両手を合わせている。

 (あいつも、いい思いができたみたいだな……)

 本人が満足なら、なによりだ。でもお前とラブリーじゃ、まさに月とすっぽん、到底、釣り合わないと思うがな。

 幹事である愛凛の了承が出て、俺と木内さんは先に出て、デ〇クスにあるマクド〇ルドに入った。

「みーちゃ、今日はありがとう。なんだかんだ、ずっと一緒にいたね」
「うん、こちらこそありがとう。すごく楽しかったよ。その、木内さんと一緒で」
「うん……私も」

 対面に座った木内さんが、恥ずかしそうに微笑む。

 (この目……!)

 もしかしてこの目が、ときめきピンクハートなのか!?

 俺は勢いに乗って、まず肝試しの件に決着をつけるとともに、さらに勝負に出ることにした。

「この前、肝試しのときのこと、改めてごめんね。俺ばっかビビって、かえって木内さんに迷惑かけちゃったね」
「迷惑なんてことないよ。ただ、ちょっと戸惑っちゃった。男の子も、こんなに怖がったりするんだなって」
「……なんか、ただただ恥ずかしいよ」
「けど、前も言ったけど誰でも得意不得意あるから。気にしなくていいよ」
「ありがとう。俺は、ほんとは木内さんのこと、守りたいって思ってたんだよ」

 あまりにも核心を突いた発言に、木内さんはついに俺の気持ちをさとったのか、急に表情を暗くし、口数を少なくし、目線を俺から外した。

 (思わず言ってしまった……)

 女心は、繊細せんさいだ。俺は木内さんの心情の変化に気づきはしたが、彼女が今どのような思いでいるのか、ましてや俺はどのように声をかければいいのか、それが分からず、ただ二人、黙々と食事のために口を動かすだけだった。

 (まだ、言うべきことじゃなかったか……)

 俺は不安のため、ともすれば後悔した。
 愛凛ならこういう時、俺にどういうアドバイスをくれるだろう。

 分からぬまま、木内さんがこの気まずい時間に終わりを告げた。

「私、モノレールに乗って帰るけど……みーちゃは?」
「俺は、地下鉄に乗って……」
「じゃあ、別々だね……」

 俺は人生も恋愛も不慣れだが、木内さんのこの問いが、もう帰りたいという意思表示であることくらいは分かった。

 モノレール駅の改札まで、木内さんを送った。

「木内さん、今日はありがとう。ずっと一緒にいられて、楽しかったよ」

 俺は精一杯の誠意を込めて、想いを伝えた。

「うん、私も……」

 別れの時になっても、木内さんは目線を落としがちで、返事も短く歯切れが悪い。

 俺は困惑し、どうしていいか分からず泣きそうになった。
 彼女の気持ちを、知りたい。

 俺を動かしたのは、不安であり、戸惑いであり、そしてなによりあせりだった。
 焦りがなければ、俺がそんな無鉄砲なことをするはずが、というよりできるはずがない。

「木内さん、俺……」

 木内さんはもう、その続きについて明瞭めいりょうに予想がつくのだろう。
 細く静かな息を繰り返しながら、長いまつ毛を伏せ、俺の言葉を待ってくれている。

 俺はもうすっかり覚悟を決めていた。こうなったら俺自身にも止められない。

「俺、木内さんのことが、気になってて。その、好きだと思う、木内さんのこと」
「……ありがとう」

 緊張のため、俺の顔はよほど怖くなっていただろう。
 人生で初めての、告白だ。

 俺はひざや手や唇を震わせながら、木内さんの答えを辛抱しんぼう強く待った。
 木内さんは唇をきゅっと結びつつ、じっと、真剣に俺の気持ちを受け止め、言葉を探しているようだった。

 やがて、その答えが出た。

 彼女はゆっくりと、噛みしめるようにゆっくりと、

「気持ち、うれしいよ。前から、なんとなく私のこと、気にしてくれてるかなって思ってた。一緒にいて楽しいし、真剣に気持ちを伝えてくれて、迷いがある。でもね、その、今すぐ付き合ってくださいってことなら、ごめんなさいなの」

 木内さんの言葉には、確かに思いやりと気配りがあふれている。ただそれでも、俺の心臓はまるで鋭利な刃物に一突きにされたような痛みを覚えた。
 真っ赤な血が、あふれるようにドクドクと流れ、とめどない。

 俺は絶望に打ちひしがれつつ、これ以上、彼女を困らせてはいけないとも思った。
 彼女に、嫌われたくないから。

 ショックのためともすれば呆然となりそうになる意識を必死にコントロールし、俺は紳士的にこの話を終わらせることにした。

「うん、分かった。俺の気持ち、聞いてくれただけでうれしいよ」
「ごめんね。でも、わがままだと思うけど、私、できればみーちゃとはこれまでみたいに友達でいたい。そう、みーちゃとラブリーみたいに」
「そうだね、そうしよう。ありがとう。もう暗いから、気をつけて帰ってね」
「うん、また学校でね」

 木内さんは改札に入り、一度だけ、俺を振り返った。
 そして、彼女の姿が完全に消えてから、俺は近くの柱に寄りかかり、そのまま失意のあまり座り込んだ。

 終わった、今度こそ終わった。

 自然と、俺の手はポケットのスマホに伸びた。
 愛凛に、メッセージを送る。

『木内さんに告白した。フラれた』

 愛凛からは、即座にレスポンスがあった。

『今、どこ?』
『お台場海浜公園駅の改札』
『すぐに行くから、待ってて』

 このようなとき、自分の気持ちを吐き出したい、自分の気持ちを分かってほしい、そして自分が道に迷ったときに一定の方向づけをしてくれるだろう、それだけの信頼を寄せられる友達は、俺には彼女しか考えられなかった。

 誰よりも信じられる、ほかの誰よりも頼れる友達だ。
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