Escape from 底辺(EFT)

一条 千種

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第11話 蓼科の奇跡-俺の嫁-

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「トランプも卓球もきたからさ、今日はみんなでかくれんぼしようよ!」
 と、夕食と風呂を済ませたあとで。愛凛がそう提案した。
「かくれんぼ、面白そう。この寮広いもんね!」
「いいよー、私、絶対見つからないから!」
「それじゃ、男子か女子しか入れないとこ、関係者しか入れないとこは禁止ね。あと、建物内限定で。男子も参加してね」
 愛凛は強引だ。それはいつもクラスの中心、グループの中心にいるという自信があるからだろうし、もともとリーダーシップに恵まれてもいるのだろう。目立つこと、人を巻き込むことに抵抗も躊躇ちゅうちょもない。
 さてどうなるかと見守っていると、彼女はさらに案を出した。
「せっかくだから、みんなバラバラじゃなくてさ、男女ペアでやろうよ」
 俺だけじゃない、男子全員が、彼女のその提案にギクリと反応を示した気がした。
 この手のゲームは、思春期の童貞男子にとっては夢がありすぎる。まるでキラキラした男女が織りなす恋愛リアリティ番組みたいだ。
 俺もこの時ばかりは感心した。そんなルールを思いつけるなんて、お前は天才か、それとも神なのか?
「そしたら最初は、出席番号で並んだ順でペアになろっか。だからまず姫(遠藤さんのあだ名。水泳部→人魚姫→姫)としみけん(清水のあだ名。名前が清水健太だから。とある理由により、本人はこのあだ名をひどく嫌がっている)でしょ。それからあすあすとみーちゃ、私ともちこ(望月のあだ名。苗字みょうじのもちと、女子力が高くゲイ疑惑があったため)、それからジュンナ(最上さん。ファーストネームが純奈じゅんなだから)とやまんば(山下のあだ名。苗字をもじっているのだろうがそれ以上の由来は分からない。たぶん適当)だね!」
 ということで、俺は木内さんとペアになった。なるほど、これでペアになった者同士、親睦しんぼくを深める時間は充分にあるだろう、と愛凛は言いたいわけだ。
 えてるねぇ。
 じゃんけんで、最初の鬼は最上・山下ペアになった。3分以内に、ほかのペアは隠れ場所を探さなければならない。
 俺と木内さんはあちこちを探索しつつ相談して、洗濯室に隣接した物置に隠れた。物置のドアは非常に目立たない設計になっていて、恐らく発見は困難だ。鬼が動き始めてからタイムアップまで10分。うまくすればそのあいだ、俺は木内さんと暗く狭い密室のなか二人きりで話ができるということだ。
 この10分は、俺にとってまさに黄金時代だ。
「ここなら、きっと見つからないよ」
「うん、なんかドキドキするね」
 木内さんのその何気なにげない一言でさえ、こういうシチュエーションだと、俺と二人きりだからドキドキしている、と都合よく聞こえてくる。
 そんなわけはなかろうが。
「そういえば、今日のお昼は本当にありがとう。みんな煙がつらくて逃げちゃったけど、みーちゃはずっと頑張って火加減見ててくれたよね」
「あぁ、ううん、全然いいよ。ご飯おいしかったよね」
「うん。私、虫が嫌いだから山とか好きじゃないんだけど、今日の山登りは楽しかったし、バーベキューも飯盒炊爨はんごうすいさんもすっごくおいしかったよ!」
「山頂、ながめよくて気持ちよかったね」
「そうそう。登ってるときは疲れて足も痛くなったけど、ジュンナと手をつないで一緒に頑張ったり、みーちゃも励ましてくれたよね。いい思い出になったと思う」
「よかったよ」
 ほこりっぽいはずの物置は、先ほどから湯上がりの美少女が発する芳香が満ちている。洗濯室から漏れてくるほのかな明かりに、桜色のフットネイルで彩られた足先が浮かび上がって、幽玄ゆうげんとさえ言っていい美しさと妖しさだ。
 あぁ、なんか心臓が過労死しそう。
 そこへさらに、木内さんが500kg爆弾を投下してきた。
「みーちゃって、ラブリーのこと、どう思ってるの?」
「ラブリーのこと?」
「うん、ラブリーのこと好き?」
「えっ……?」
「二人、ほんとに仲いいから。それに、ラブリーはよくみーちゃのことめてるよ。面白いし、優しいし、信頼できるって」
 (あいつが……)
 俺はまたしても、愛凛のことを見直した。知らないところで、木内さんに俺の評判を吹き込んでくれていたのか。
「あいつは、友達だよ。大切な友達」
「そう、いいなぁ。うらやましい、男友達がいるって」
「俺なんかじゃ、友達にしてもって感じだけど」
「そんなこと、ないと思うけどな」
 振り向くと、薄暗がりの向こう、互いの肩が触れ合いそうなほどの近くで、木内さんが天使のようなやわらかい笑みを俺に向けている。
 俺はいても立ってもいられず、持ちうるすべての勇気を総動員し、震え上がりながら、唐突に話題を変えた。
「き、木内さん!」
「うん」
「あ、明日の肝試し、よかったら俺と一緒に組まない?」
 肝試し、とは蓼科たてしな生活最後の夜に行われる恒例行事のことだ。男女でペアになり、寮近くの細道を提灯ちょうちん一つを頼りに歩く。道の途中には教師や寮のスタッフがひそんでいておどかす、というごくごく古典的な肝試しになっている。
 統計はないが、毎年、このイベントをきっかけに複数のカップルが誕生すると言われている。暗い夜道を、同い年の異性とたった二人で歩くのだ。いわゆるり橋効果もあいまって、互いの距離が近くなるのも当然よりはむしろ必然と言うべきだろう。
 肝試しのペアになる。
 この蓼科生活最後の夜に想いをかける男女は、数限りない。
 そして俺の相手になるべきは、この人、木内明日香だ。
 彼女しかいない。
 木内さんは、俺の突然の誘いに一瞬、びっくりしたようにも見えたが、すぐにうなずいた。
「うん、いいよ。ウチの班、まだペア決めてなかったもんね」
「あ、ありがとう」
「楽しみにしてるね」
 俺の感動と喜びが分かるやつがいるか?
 万年三軍底辺ヲタクというとんでもない化け物が、クラスの絶対的アイドル美少女と肝試しでペアを組むんだぞ。
 分かるか。
 俺は獣のように雄叫おたけびを上げたい衝動をぐっとこらえ、ひたすら荒い鼻息を繰り返した。
 木内さんは狭く暗い物置小屋のなか、そのような異様な様子の男の隣にいて、怖くなかっただろうか。
「誰か来た」
 低く、木内さんがつぶやく。
 最上さんと、山下の声だ。
 しばらく洗濯室を見て回り、だが物置のドアに気づかなかったか、やがて気配が消えた。
 すぐに、タイムアップのアラームが鳴り、かくれんぼの第1ラウンド終了を告げる。
「ドキドキしたけど、面白かったね!」
「うん、俺もドキドキした」
 木内さんの笑顔の、なんととうといことか。
 互いにとってドキドキという言葉の意味はまったく異なるだろうが、今はそれでもいい。
 明日の肝試しで、彼女には俺を好きになってもらおう。
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