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第10話 蓼科の奇跡-高杉隊長-
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蓼科生活2日目の朝は、残念なことに俺にとっては最悪の寝覚めだった。
起床の呼びかけとともに重いまぶたをこじ開けると、枕が血だらけになっている。
鳥肌が立ち、愕然として上体を起こし確認すると、乾いてこびりついたその赤黒いシミは、まぎれもなく人血だ。
(撃たれたか、それとも刺されたか!?)
が、痛みも傷もない。ふと小鼻のあたりに違和感を覚え、こすると、カレールーのように固まった血が残っている。
どうも、俺は寝ているあいだに鼻血を噴いたらしい。
前夜は大興奮だったからな。
俺は同部屋の清水たちに笑われながら、信じられないくらい血まみれになった枕を寮長さんのもとへ持ってゆき、謝罪した。
朝食のため食堂に向かうと、すでに同じ班のメンバーが固まって食事をとり始めている。
「みーちゃ、こっちこっち」
俺は朝食を受け取り、招かれるまま、愛凛の隣に座った。
木内さんと最上さんが面白そうな視線をこちらに向け、遠藤さんはこらえきれずくすくすと笑っている。
愛凛の俺氏イジりが始まった。
「みーちゃ、今日、なにか報告することないの?」
俺は素早く清水、望月、山下へと目線を配った。全員、にやにやと笑っている。
こいつら、しゃべったな。
「なんだよ、報告って」
「同じ班なんだからさ、情報共有はちゃんとしようよ。私たち、仲間じゃん?」
「だから、なにが言いたいんだよ」
「今朝、みーちゃは起きたら血を流してたらしいじゃない」
「……まぁ、生きてればそういうこともあんでしょ」
「私たち心配してんのよ。みーちゃに生理がきたのかって」
ぶっ、と遠藤さんはついに吹き出し、椅子からずり落ちて笑い転げた。清水たちも爆笑している。上品な木内さんと最上さんは、口元を押さえ、それでもたまらず笑い声を漏らした。
俺は結局、愛凛にイジり倒されるためにこの班に加入した、雇われピエロのような存在だ。
みな笑え、笑うがいい。
「品のないことを言いやがる。出たのは鼻血だよ」
「あらやだ。寝てるあいだに鼻血を出したの? ちょっとこのひとどんな夢見てたのかしら。ねぇ木内さん」
「口調だけ上品にすんなよ」
あはは、とまたしても大きな笑いが起こった。
ほかの班の連中からしたら、よほど楽しそうに見えただろう。
朝食のあと、愛凛が俺をつかまえ、軽く立ち話をした。
「みーちゃ、ちょっと」
「なんだよ。まだイジんのかよ」
「そうじゃなくて。昨日、あすあすと話せた?」
「……いや、特に」
「あすあすのこと本気で狙うなら、もっと話さなきゃ。みーちゃと一緒にいると楽しいって思わせないと、ライバルはいっぱいいるんだから、みーちゃのこと見てくれないよ」
「いや、もともと俺のことなんて眼中にないよ。それに俺と一緒にいて楽しいなんて、あの木内さんが思うわけないじゃん」
「私は楽しいよ。みーちゃカワイイもん」
「えっ……!」
「今日の夜、またみんなで遊ぼうよ。うまく二人きりでイイ感じになれるようにするから」
「はぁ」
「はぁじゃねぇよ」
この日は朝から半日かけて登山だ。蓼科周辺にはいわゆる八ヶ岳連峰があり、このうちの蓼科山(標高2,531m。日本百名山の一つで、諏訪富士とも呼ばれる)へと登る。
山登りともなると、これは登山部の清水の独壇場といったところだ。彼は担任とともにクラスの先頭につき、全体のペースをコントロールしながら前へ前へ進んでゆく。俺たちの班はそのすぐ後ろにぴたりとついて歩くのだが、これがなかなかしんどい。フットサル部の愛凛と水泳部の遠藤さんはさすがに体力があるから苦にならないようだが、それ以外のメンバーは特に標高が高くなるにつれ、息切れし、疲労の色が濃くなった。
俺は自分自身、苦しいながらも、何度か班長として、みんなを励まし、ようやく途中の山荘までたどり着いた。
この山荘近くでバーベキューと、飯盒炊爨の体験となる。これも俺にとっては試練の時間だった。俺の班にはどういうわけか、アウトドア派の男子がいない。
家族でキャンプに行ったことがあるという遠藤さんと、班長の俺が仕方なく飯盒炊爨の準備をしたが、火力調整をミスったために、周囲にすさまじい熱風と煙が充満して、顔が焼けるように熱く、目を開けると涙がとめどない。
あまりの過酷さに全員、火の近くから逃げ出したが、俺は班長の責任があるから、終始泣きながら火のそばにしゃがみ込んで炊き上がるのを待った。
結果として米は上手に炊けて、バーベキューもよく焼き上がり、首尾は上々だった。班長などというのは慣れないし楽じゃないが、けっこう充実感があって楽しい。
そのあと、山頂まで一息に登りきると、まさに360度、絶景のパノラマだ。正面に八ヶ岳連峰、左手には浅間山、右手には雲海の上にそびえる中央アルプスが壮観で、登山にまったく興味のなかった俺でさえ、思わず感嘆の声が出たほどだ。
しばらく、この山頂で休憩となる。
「登山て、気持ちいいね。だいぶしんどかったけど、山頂まで来ると達成感ある」
「でしょ。登りきったときにご褒美があるからさ、登山はいいよ」
清水と登山の魅力について語っていると、最上さんと遠藤さんが隣に来て、わざわざ礼を言ってくれた。
「みーちゃ君、さっきはありがとう。ご飯おいしかったよ」
「私、途中で逃げちゃってごめん。案外、頼りになるんだね」
おやおや、これは夢なのか?
返事さえできず呆然としていると、横から清水が肘でこづいて目を覚ましてくれた。
「いやぁ、その、なんというか。まぁたいしたことじゃないというか、名乗るほどの者ではありませんというか。ん、これは違うな。つまりその、あれくらい当然だし、喜んでくれてうれしいよ」
「素敵。カッコいいカッコいい」
「みーちゃが班長でよかった!」
どうやら班長の責務をまっとうしたことで、俺の株は爆上がりしてしまったらしい。
いやぁまいったな。引き合いが多くて困っちゃうよ。俺は一人しかいないんだからさ。
一服ののち下山し、夕方近くになってクラス全員が無事に寮へと帰着した。
全身が痛い。それに鼻の中に煙のにおいが残り続けて、不快感がある。早く風呂に入りたい。
ところで、俺にはこの日一日、気になっていることがあった。今朝、愛凛に言われたことだ。
(木内さんと二人きりになれるようにする、って言ってたよな……)
愛凛がなにを企んでいるのかは知らないが、ここまでくればもうどうとでもしてくれとばかり、彼女の思惑に乗ってみようとも思う。
起床の呼びかけとともに重いまぶたをこじ開けると、枕が血だらけになっている。
鳥肌が立ち、愕然として上体を起こし確認すると、乾いてこびりついたその赤黒いシミは、まぎれもなく人血だ。
(撃たれたか、それとも刺されたか!?)
が、痛みも傷もない。ふと小鼻のあたりに違和感を覚え、こすると、カレールーのように固まった血が残っている。
どうも、俺は寝ているあいだに鼻血を噴いたらしい。
前夜は大興奮だったからな。
俺は同部屋の清水たちに笑われながら、信じられないくらい血まみれになった枕を寮長さんのもとへ持ってゆき、謝罪した。
朝食のため食堂に向かうと、すでに同じ班のメンバーが固まって食事をとり始めている。
「みーちゃ、こっちこっち」
俺は朝食を受け取り、招かれるまま、愛凛の隣に座った。
木内さんと最上さんが面白そうな視線をこちらに向け、遠藤さんはこらえきれずくすくすと笑っている。
愛凛の俺氏イジりが始まった。
「みーちゃ、今日、なにか報告することないの?」
俺は素早く清水、望月、山下へと目線を配った。全員、にやにやと笑っている。
こいつら、しゃべったな。
「なんだよ、報告って」
「同じ班なんだからさ、情報共有はちゃんとしようよ。私たち、仲間じゃん?」
「だから、なにが言いたいんだよ」
「今朝、みーちゃは起きたら血を流してたらしいじゃない」
「……まぁ、生きてればそういうこともあんでしょ」
「私たち心配してんのよ。みーちゃに生理がきたのかって」
ぶっ、と遠藤さんはついに吹き出し、椅子からずり落ちて笑い転げた。清水たちも爆笑している。上品な木内さんと最上さんは、口元を押さえ、それでもたまらず笑い声を漏らした。
俺は結局、愛凛にイジり倒されるためにこの班に加入した、雇われピエロのような存在だ。
みな笑え、笑うがいい。
「品のないことを言いやがる。出たのは鼻血だよ」
「あらやだ。寝てるあいだに鼻血を出したの? ちょっとこのひとどんな夢見てたのかしら。ねぇ木内さん」
「口調だけ上品にすんなよ」
あはは、とまたしても大きな笑いが起こった。
ほかの班の連中からしたら、よほど楽しそうに見えただろう。
朝食のあと、愛凛が俺をつかまえ、軽く立ち話をした。
「みーちゃ、ちょっと」
「なんだよ。まだイジんのかよ」
「そうじゃなくて。昨日、あすあすと話せた?」
「……いや、特に」
「あすあすのこと本気で狙うなら、もっと話さなきゃ。みーちゃと一緒にいると楽しいって思わせないと、ライバルはいっぱいいるんだから、みーちゃのこと見てくれないよ」
「いや、もともと俺のことなんて眼中にないよ。それに俺と一緒にいて楽しいなんて、あの木内さんが思うわけないじゃん」
「私は楽しいよ。みーちゃカワイイもん」
「えっ……!」
「今日の夜、またみんなで遊ぼうよ。うまく二人きりでイイ感じになれるようにするから」
「はぁ」
「はぁじゃねぇよ」
この日は朝から半日かけて登山だ。蓼科周辺にはいわゆる八ヶ岳連峰があり、このうちの蓼科山(標高2,531m。日本百名山の一つで、諏訪富士とも呼ばれる)へと登る。
山登りともなると、これは登山部の清水の独壇場といったところだ。彼は担任とともにクラスの先頭につき、全体のペースをコントロールしながら前へ前へ進んでゆく。俺たちの班はそのすぐ後ろにぴたりとついて歩くのだが、これがなかなかしんどい。フットサル部の愛凛と水泳部の遠藤さんはさすがに体力があるから苦にならないようだが、それ以外のメンバーは特に標高が高くなるにつれ、息切れし、疲労の色が濃くなった。
俺は自分自身、苦しいながらも、何度か班長として、みんなを励まし、ようやく途中の山荘までたどり着いた。
この山荘近くでバーベキューと、飯盒炊爨の体験となる。これも俺にとっては試練の時間だった。俺の班にはどういうわけか、アウトドア派の男子がいない。
家族でキャンプに行ったことがあるという遠藤さんと、班長の俺が仕方なく飯盒炊爨の準備をしたが、火力調整をミスったために、周囲にすさまじい熱風と煙が充満して、顔が焼けるように熱く、目を開けると涙がとめどない。
あまりの過酷さに全員、火の近くから逃げ出したが、俺は班長の責任があるから、終始泣きながら火のそばにしゃがみ込んで炊き上がるのを待った。
結果として米は上手に炊けて、バーベキューもよく焼き上がり、首尾は上々だった。班長などというのは慣れないし楽じゃないが、けっこう充実感があって楽しい。
そのあと、山頂まで一息に登りきると、まさに360度、絶景のパノラマだ。正面に八ヶ岳連峰、左手には浅間山、右手には雲海の上にそびえる中央アルプスが壮観で、登山にまったく興味のなかった俺でさえ、思わず感嘆の声が出たほどだ。
しばらく、この山頂で休憩となる。
「登山て、気持ちいいね。だいぶしんどかったけど、山頂まで来ると達成感ある」
「でしょ。登りきったときにご褒美があるからさ、登山はいいよ」
清水と登山の魅力について語っていると、最上さんと遠藤さんが隣に来て、わざわざ礼を言ってくれた。
「みーちゃ君、さっきはありがとう。ご飯おいしかったよ」
「私、途中で逃げちゃってごめん。案外、頼りになるんだね」
おやおや、これは夢なのか?
返事さえできず呆然としていると、横から清水が肘でこづいて目を覚ましてくれた。
「いやぁ、その、なんというか。まぁたいしたことじゃないというか、名乗るほどの者ではありませんというか。ん、これは違うな。つまりその、あれくらい当然だし、喜んでくれてうれしいよ」
「素敵。カッコいいカッコいい」
「みーちゃが班長でよかった!」
どうやら班長の責務をまっとうしたことで、俺の株は爆上がりしてしまったらしい。
いやぁまいったな。引き合いが多くて困っちゃうよ。俺は一人しかいないんだからさ。
一服ののち下山し、夕方近くになってクラス全員が無事に寮へと帰着した。
全身が痛い。それに鼻の中に煙のにおいが残り続けて、不快感がある。早く風呂に入りたい。
ところで、俺にはこの日一日、気になっていることがあった。今朝、愛凛に言われたことだ。
(木内さんと二人きりになれるようにする、って言ってたよな……)
愛凛がなにを企んでいるのかは知らないが、ここまでくればもうどうとでもしてくれとばかり、彼女の思惑に乗ってみようとも思う。
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