Escape from 底辺(EFT)

一条 千種

文字の大きさ
上 下
7 / 34

第7話 君はトモダチ

しおりを挟む
 6月に入ったばかりのある日、俺は4時限目の後半で居眠りをしてしまい、そのまま授業が終わった。
 脳天に不意のチョップを受け、はっとして顔を上げると、愛凛がクールな微笑を向けている。

「お昼寝、気持ちよかったー?」
「はっ、昼……!?」
「終業の礼を無視するなんて、ヲタクのくせにけっこう度胸あんだね」
「……熟睡しちまった」
「保育園かよ。もうすぐ中間考査近いから、勉強のしすぎ?」
「いや、昨日は4時までゲームしてた」
「……低すぎ君、放課後ちょっと顔貸しなよ」

 呆れたような吐息といきとともに、愛凛はそう言い捨てた。

 (なんだよ……俺、もしかして説教されんのか!?)

 そうではなかった。
 放課後になってから、愛凛は俺を振り返って、ある提案を持ち出した。

「ね、最近ずっと、私フットサル教えてあげてるよね」
「うん、そうだね」
「なにか私に言うことない?」
「あぁ……まぁ、ありがとう」
「じゃあさ、私にもゲーム教えてよ」
「はい?」
「3,000時間もやって、それでもまだ朝の4時までやるくらい楽しいんでしょ? そんなに面白いんなら、どんなのか見せてよ」

 (なんだこいつ)

 俺はそう思った。俺のことを散々ヲタクとののしっておいて、今になってゲームを見せろ?

「……ヲタクのこと、バカにしてんじゃないの?」
「イジったけど、バカにはしてないよ。第一、見たことも体験したこともなくてバカにしようもないよ。みーちゃが3,000時間もやってられるくらい、面白いんでしょ? 人がそんなに面白いと思うもんなら、興味あるよ」
「そう……」

 俺はきつねにでもつままれた気分になった。そうなのか、こいつは俺のこと、バカにしてたんじゃなかったのか。
 俺は小学校の頃にいじめられた記憶のまま、こいつを悪魔のように思っていたが、実は勘違いだったのか。
 いや、そもそも俺はほんとにいじめられていたのか?
 今になると、それすらも怪しい。

 しかし、一口にどんなゲームか見せろと言われてもな。

「Disc〇rdとかのメッセンジャーアプリの画面配信で見せることできるよ。詳しい内容送るから、その、連絡先教えてくれる?」
「いいよ。じゃあL〇NE交換しよ」

 女子に連絡先、聞いちゃった。

 ヤバい。

 しかし、愛凛の場合は幼馴染のような感覚が濃厚にあるからか、緊張はしたが、抵抗感のようなものはなかった。それに愛凛の方もサバサバしているから、妙な恥ずかしさもない。

 夜になってから、俺はアプリのインストール方法などを教え、専用のサーバーを立ち上げた。
 ポコン、という音とともに、設置したルームに「ラブリー」なる人物が入ってくる。

『もしもーし。聞こえてんのこれ』
『あっ、聞こえてるよー』
『へーけっこうクリアに聞こえんだね。みーちゃはこれからゲーム時間なの?』
『うん、いつもは友達とこんな感じでボイスつないでゲームしてる。今日は一人でやるけど』
『ぼっちもいいよね。早く見せてー』
『あ、はいはい』

 ゲームを起動しながら、俺は胸の高鳴りを自覚した。まるで、女子と電話してるみたいだ。
 まぁ、女子なんだが。

『ところで、なんか音が反響してる?』
『あぁ、今お風呂に入ってるからかな』
『お風呂……!』
『なに、想像して興奮した?』
『べ、別に……!』
『カワイイじゃん。みーちゃ分かりやすいよなぁ』
『いや、だから』
『そりゃあ私のハダカ想像しちゃったら、みーちゃには刺激が強すぎるよね』

 こいつ、自分がイイ女だというのをよく分かっている。分かった上で、それさえもひけらかして、俺を挑発している。
 たちが悪い。

 俺は咳払せきばらいをして、話の流れを切った。

『ゲーム準備できたから、配信するよ』
『はーい。で、今日はどんなゲーム?』
『無人島にパラシュートで降下して、最後の一人になれば勝ちってゲーム。あちこちに銃とか手榴弾しゅりゅうだんとか回復とか、アイテムが落ちてるからそういうのを拾って、敵を見つけたら隠れたり戦ったりして、最後の一人を目指す』
『ふーん。でもそれって、強いポジとってからみーちゃみたいにひきこもってたら、勝負つかなくない?』
『時間とともに行動可能なエリアが縮小して、安全地帯を目指してみんなが動くから、どうしても戦いが起こるんだよね』
『面白そうじゃん』

 愛凛は本来、このようなガチゲーマー向けの殺伐さつばつとしたゲームなんぞには興味を示すはずのない属性の人間だと思っていたが、俺の趣味を否定せず素直に認めてくれるのは、不思議とうれしさがあった。
 確かに俺のことはヲタク扱いしてイジってくるが、それ以上の変な先入観や偏見はないのかもしれない。あとはやはり、好奇心がとにかく強いのだろう。

『こんな感じでアイテムが落ちてるから、必要な分だけ拾い集めて、さっさと移動するのがセオリーだね』
『その右上にあるM24て銃、めちゃカッコいいね』
『これは遠距離狙撃用のスナイパーライフルだよ』
『えっ、何それ。望遠鏡のぞきながら撃てんの?』
『うん、たいていの銃は、ターゲットに当てやすくするための照準器をつけるんだけど、遠距離用にはこういう倍率のついたスコープを装備するね』
『めっちゃクールじゃん!』

 それから俺は、愛凛とあれこれとしゃべりながら、そのマッチを進めた。最後は残り4人まで生き残ったところで、側面からスナイパーライフルのヘッドショットを食らって終わった。

しかったねー! 優勝まであとちょっとだったじゃん!』
『ありがとう。まぁ世界中のツワモノが集まってるからね、なかなか最後までは生き残れないよ』
『見てただけなのに面白くて、長風呂しちゃった。いつもは15分くらいで湯船から上がるようにしてんだけど』
『そう、よかった』
『このゲームって、PC持ってれば誰でもできるの?』
『スペックの高いゲーミングPCじゃないと、カクついて動かないよ。安くても10万くらいのは必要かな』
『今度、家に遊びに行っていい?』
『は!?』

 俺は耳を疑い、割れるように大きな声を上げた。
 魂消たまげる、とは文字通りこのことだ。

 当の愛凛は、屈託くったくがない。

『私もやってみたい』
『いや、でも男の家にそんな無造作むぞうさに上がるもんでは……』
『なに男ぶってんの。友達の家に遊びに行くだけじゃん』
『トモダチ……』

 俺はその言葉の響きに一瞬、ふらふらとするような奇妙な陶酔感を覚えた。たぶん、大人になって酒を飲んだら、こんな気分になるのだろう。
 それは思っていたよりも複雑な感覚で、クラスの中心的存在と言っていい一軍女子に友達認定される喜びであり、かつて俺に悪夢を見せたいじめっ子に対する反発であり、これほどのイイ女に一人前の男として見られていないさびしさであり、そして何よりも、衝撃だった。

 一軍ギャルのくせして、俺のような万年三軍の底辺ヲタクを平気で友達と言えるこいつは、なんだ。

『今度の土日、どっちか行っていい?』
『あぁ……じゃあ』

 と、俺はとっさに日曜日の昼を指定した。

 なぜかって?
 この時間、俺の両親はともに外出の予定が入っていることを知っていたからだ。

『おっけー、そしたらチャリで勝手に行くから、住所教えてよ』
『住所は、東京都世田谷区駒沢……』

 今日は、水曜日。つまり4日後に、この部屋に初めて同級生の女子が入るということだ。

 (俺の部屋に、女子が来る。しかも、家族は不在。これはつまり……)

 そう。
 分からせる時が来た、ということだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?

おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。 『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』 ※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

【完結】【R18百合】女子寮ルームメイトに夜な夜なおっぱいを吸われています。

千鶴田ルト
恋愛
本編完結済み。細々と特別編を書いていくかもしれません。 風月学園女子寮。 私――舞鶴ミサが夜中に目を覚ますと、ルームメイトの藤咲ひなたが私の胸を…! R-18ですが、いわゆる本番行為はなく、ひたすらおっぱいばかり攻めるガールズラブ小説です。 おすすめする人 ・百合/GL/ガールズラブが好きな人 ・ひたすらおっぱいを攻める描写が好きな人 ・起きないように寝込みを襲うドキドキが好きな人 ※タイトル画像はAI生成ですが、キャラクターデザインのイメージは合っています。 ※私の小説に関しては誤字等あったら指摘してもらえると嬉しいです。(他の方の場合はわからないですが)

美少女幼馴染が火照って喘いでいる

サドラ
恋愛
高校生の主人公。ある日、風でも引いてそうな幼馴染の姿を見るがその後、彼女の家から変な喘ぎ声が聞こえてくるー

(R18) 女子水泳部の恋愛事情(水中エッチ)

花音
恋愛
この春、高校生になり水泳部に入部した1年生の岡田彩香(おかだあやか) 3年生で部長の天野佳澄(あまのかすみ) 水泳部に入部したことで出会った2人は日々濃密な時間を過ごしていくことになる。 登場人物 彩香(あやか)…おっとりした性格のゆるふわ系1年生。部活が終わった後の練習に参加し、部長の佳澄に指導してもらっている内にかっこよさに惹かれて告白して付き合い始める。 佳澄(かすみ)…3年生で水泳部の部長。長めの黒髪と凛とした佇まいが特徴。部活中は厳しいが面倒見はいい。普段からは想像できないが女の子が悶えている姿に興奮する。 絵里(えり)…彩香の幼馴染でショートカットの活発な女の子。身体能力が高く泳ぎが早くて肺活量も高い。女子にモテるが、自分と真逆の詩織のことが気になり、話しかけ続け最終的に付き合い始める。虐められるのが大好きなドM少女。 詩織(しおり)…おっとりとした性格で、水泳部内では大人しい1年生の少女。これといって特徴が無かった自分のことを好きと言ってくれた絵里に答え付き合い始める。大好きな絵里がドMだったため、それに付き合っている内にSに目覚める。

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

処理中です...