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第6話 フットサル対決
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5月も中旬に入ってから、体育の種目がハンドボールからフットサルに変わった。
ウチの高校は部活としてフットサル部が存在するように、専用のフットサルコートがある。ほかにも屋外プールが9レーン、バスケットコートが2面、テニスコートが3面、体育館に武道場、もちろん校庭もある。東京都文京区という抜群の立地にあって、これだけの施設を構えられるのは、恵まれている方だ。
フットサルというと、これは愛凛の最も得意な競技だ。フットサル部の女子チームにあって、彼女はピヴォと呼ばれる、サッカーのフォワード的なポジションをやっているらしい。
「私、もともと一番好きなのはバスケなんだけどね」
ある朝の雑談で、彼女はそう語った。この頃になると、俺は愛凛と話すことにほとんど嫌悪感もなくなっていた。
「そうなの?」
「うん。でもバスケって爪に負担がかかるから、ネイルと相性悪いんだよね。だからフットサルにした。フットサルはフットサルで、きれいな脚に傷がついちゃうけど」
「はぁ」
「はぁじゃねぇよ」
相変わらず口が悪い。
それに、俺に対するいじめもやめようとはしない。
何日間か、フットサルの基礎練習や連係練習などをして、あとは試合だ。この種目の場合、男女混合でチームをつくる。
俺はなんと、木内さんと同じチームになった。
これは大チャンスだ。しかも流れのなかで、チーム全員で円になり手を重ねて気合を入れることになった。ちょうど俺の手の甲に木内さんの掌が触れて、俺はその肌の感触に心の中で悶絶した。
なんという、圧倒的すべすべ感。
もう、手をつないだのも同然の仲だ。
ムフフ、と思わずこみ上げる笑いをどうしても隠しきれず、異様なにやけ顔で、俺は試合に臨む。
その相手チームには愛凛がいて、ゆるんだ表情の俺に冷たい微笑を送っている。
嫌な予感がした。
「試合開始!」
体育教師の号令とともに、ボールが転々と渡り、俺の足元に回ってくる。
運動神経に弱点のある陰キャ諸君、分かるだろう。こういうチームスポーツで俺たちが最も望むことは、とにかく自分のところにボールが回ってこないことだ。味方ボールのときでさえ、小気味よく動いているふりをしながら、実はボール保持者からパスを出しにくい場所に位置取りをしているし、敵ボールのときも本気で奪いに行くことはしない。奪ったら、自分のボールになってしまうからだ。それは困る。
ということで、ボールが足元に回ってきた時の俺のミッションはただ一つ、一刻も早くチームメイトにパスをすることだ。俺はまるで固定砲台のように、ゴール前でひたすらボールを前線へ供給する役割に徹した。勤勉な、と評してもいいくらいだ。チームも大いに助かるだろう。
前方では、木内さんと深澤さん、それとこのチームではエースと言っていい野球部の南が頑張ってくれている。
ただ、全体としては俺たちのチームはほとんど一方的に劣勢だった。
向こうのチーム、フットサル部の愛凛と、陸上部の大田がうまく連携して、ボールを支配しているからだ。
俺も、何度も愛凛に股抜きやフェイントを食らった。
「ウイ、ウイ、そんな腰浮いてたら追いつけないよ」
「ほらほら、ボールとれるよ、とってみな」
「男なのに、女からボールひとつ奪えないの?」
彼女は人差し指だけを立てて手招きする嫌味なジェスチャーとともに、執拗に口プを仕掛けてくる。俺がムキになって足を出すと、いとも簡単に抜かれてしまう。ときには、押されているわけでもないのに、倒されてしまうこともあった。バスケの世界では、こういうのをアンクルブレイクと言うらしい。予想外の素早い動きと切り返しで、相手の重心を崩してしまう。
まるで、奇術のようだ。
俺のディフェンスがあまりにヘタレだったからか、イラついた南が指示を飛ばし、試合の途中で俺はキーパーポジションに移された。屈辱だ。
それでも流れは変わらず、10分間のあいだで、愛凛ひとりになんと6点も取られ、8対2という大差で負けてしまった。
試合の最後も、俺は愛凛に易々と股を抜かれ、得点を献上してしまった。
散々な結果だ。
「しょうがないよ、ラブリーうまいからね」
木内さんも深澤さんも、そう言って俺をなぐさめてくれた。優しい女子っていうのは、俺みたいな人間からしたらもうそれだけで女神様みたいなものだ。
コート外の隅に体育座りで縮こまり、ぼんやりと次の試合をながめていると、愛凛が隣に座った。汗を滝のように流し、スポーツドリンクを手にしている。
「おつかれ、楽しかったねー!」
「全然楽しくないよ。俺のこと、狙って抜いてたでしょ」
「だってみーちゃ、ムキになってかかってくるから楽しいんだもん」
「おかげで俺はチームのお荷物だよ」
「もともとお荷物でしょ」
「くっそ……」
「いっちょまえに悔しがってんの? カワイイじゃん」
すると、愛凛にからかわれる俺がよほどみじめだったのか、近くでその様子を見ていた木内さんと深澤さんが近寄ってきて、こう提案した。
「ね、よかったらみんなでラブリーに教わって、練習しようよ」
「そうそう、見てるだけでも暇だし。うまくなったらきっともっと楽しいよ」
優しいなぁ。こういう言い方をされたら、俺も機嫌よく練習しようって気になるんだ。
試合に出ていないチームのメンバーは、周りで試合の様子を見守っているか、あとは校庭にはみ出て自主的に練習をする。
俺は木内さん、深澤さんとともに、愛凛の特別指導を仰ぐことになった。
「フットサルではまず、どういう蹴り方をすればどうボールが動くか、体で覚えること。蹴り方が分かれば、パスもドリブルもできるようになるから。基本はインサイドとアウトサイド、それから指先側の足裏。かかとは使わない。まずはインサイドでパス回してくよ。軸足にしっかり重心を乗っけて、バランスを安定させながら、利き足の内側を相手側へ蹴り込む。動いてるボールをダイレクトでパスするのは初心者には難しいから、まずはしっかり足裏で止めてから、パスをする。トラップして、パス。トラップして、パス。最初はゆっくりでいいから、少しずつ体が慣れてきたら、強いパスとか素早くパス移行したり、応用を入れてみよう。ほら、やってみて」
認めたくはないのだが、やはり愛凛は頭がいい。話すことに無駄がなく、要点だけを丁寧に伝えてくれる。それに木内さんや深澤さんも交えてのハーレム状態での練習だから、楽しい。たぶん、今が人生で最初のモテ期だ。
彼女の言う通り、意味を理解した上で反復練習を続けていると、だんだんと体が動きを覚えてくる感覚がある。FPSと同じだ。上達を実感できると面白い。
「みーちゃ、よくなってきたね。いい感じじゃん。あとは基礎を大切にしながら、動いてるボールを運んでドリブルうまくなれたらもっと楽しくなるよ。ディフェンスは難しいんだけど、すごく簡単に言うなら、いかに相手の動きに粘れるかだね。次、ドリブルとディフェンスの練習しようよ」
愛凛は、俺がいい動きができたタイミングで、よく俺を褒めた。しかも、それから毎回、試合に入らない時間は木内さんや深澤さんとともに、練習に付き合ってくれた。
このあたりから、俺の彼女に対する目線は微妙な変化を余儀なくされていることを実感せざるをえなかった。
あいつ、思っていたよりもずっと、いいやつなのかもしれない。
などと思う俺は、頭がおかしくなったのだろうか?
ただ、ともかくも6月の上旬に種目が水泳に切り替わるまで、俺は週に3度ある体育の授業が楽しみになったというのは事実だった。
ウチの高校は部活としてフットサル部が存在するように、専用のフットサルコートがある。ほかにも屋外プールが9レーン、バスケットコートが2面、テニスコートが3面、体育館に武道場、もちろん校庭もある。東京都文京区という抜群の立地にあって、これだけの施設を構えられるのは、恵まれている方だ。
フットサルというと、これは愛凛の最も得意な競技だ。フットサル部の女子チームにあって、彼女はピヴォと呼ばれる、サッカーのフォワード的なポジションをやっているらしい。
「私、もともと一番好きなのはバスケなんだけどね」
ある朝の雑談で、彼女はそう語った。この頃になると、俺は愛凛と話すことにほとんど嫌悪感もなくなっていた。
「そうなの?」
「うん。でもバスケって爪に負担がかかるから、ネイルと相性悪いんだよね。だからフットサルにした。フットサルはフットサルで、きれいな脚に傷がついちゃうけど」
「はぁ」
「はぁじゃねぇよ」
相変わらず口が悪い。
それに、俺に対するいじめもやめようとはしない。
何日間か、フットサルの基礎練習や連係練習などをして、あとは試合だ。この種目の場合、男女混合でチームをつくる。
俺はなんと、木内さんと同じチームになった。
これは大チャンスだ。しかも流れのなかで、チーム全員で円になり手を重ねて気合を入れることになった。ちょうど俺の手の甲に木内さんの掌が触れて、俺はその肌の感触に心の中で悶絶した。
なんという、圧倒的すべすべ感。
もう、手をつないだのも同然の仲だ。
ムフフ、と思わずこみ上げる笑いをどうしても隠しきれず、異様なにやけ顔で、俺は試合に臨む。
その相手チームには愛凛がいて、ゆるんだ表情の俺に冷たい微笑を送っている。
嫌な予感がした。
「試合開始!」
体育教師の号令とともに、ボールが転々と渡り、俺の足元に回ってくる。
運動神経に弱点のある陰キャ諸君、分かるだろう。こういうチームスポーツで俺たちが最も望むことは、とにかく自分のところにボールが回ってこないことだ。味方ボールのときでさえ、小気味よく動いているふりをしながら、実はボール保持者からパスを出しにくい場所に位置取りをしているし、敵ボールのときも本気で奪いに行くことはしない。奪ったら、自分のボールになってしまうからだ。それは困る。
ということで、ボールが足元に回ってきた時の俺のミッションはただ一つ、一刻も早くチームメイトにパスをすることだ。俺はまるで固定砲台のように、ゴール前でひたすらボールを前線へ供給する役割に徹した。勤勉な、と評してもいいくらいだ。チームも大いに助かるだろう。
前方では、木内さんと深澤さん、それとこのチームではエースと言っていい野球部の南が頑張ってくれている。
ただ、全体としては俺たちのチームはほとんど一方的に劣勢だった。
向こうのチーム、フットサル部の愛凛と、陸上部の大田がうまく連携して、ボールを支配しているからだ。
俺も、何度も愛凛に股抜きやフェイントを食らった。
「ウイ、ウイ、そんな腰浮いてたら追いつけないよ」
「ほらほら、ボールとれるよ、とってみな」
「男なのに、女からボールひとつ奪えないの?」
彼女は人差し指だけを立てて手招きする嫌味なジェスチャーとともに、執拗に口プを仕掛けてくる。俺がムキになって足を出すと、いとも簡単に抜かれてしまう。ときには、押されているわけでもないのに、倒されてしまうこともあった。バスケの世界では、こういうのをアンクルブレイクと言うらしい。予想外の素早い動きと切り返しで、相手の重心を崩してしまう。
まるで、奇術のようだ。
俺のディフェンスがあまりにヘタレだったからか、イラついた南が指示を飛ばし、試合の途中で俺はキーパーポジションに移された。屈辱だ。
それでも流れは変わらず、10分間のあいだで、愛凛ひとりになんと6点も取られ、8対2という大差で負けてしまった。
試合の最後も、俺は愛凛に易々と股を抜かれ、得点を献上してしまった。
散々な結果だ。
「しょうがないよ、ラブリーうまいからね」
木内さんも深澤さんも、そう言って俺をなぐさめてくれた。優しい女子っていうのは、俺みたいな人間からしたらもうそれだけで女神様みたいなものだ。
コート外の隅に体育座りで縮こまり、ぼんやりと次の試合をながめていると、愛凛が隣に座った。汗を滝のように流し、スポーツドリンクを手にしている。
「おつかれ、楽しかったねー!」
「全然楽しくないよ。俺のこと、狙って抜いてたでしょ」
「だってみーちゃ、ムキになってかかってくるから楽しいんだもん」
「おかげで俺はチームのお荷物だよ」
「もともとお荷物でしょ」
「くっそ……」
「いっちょまえに悔しがってんの? カワイイじゃん」
すると、愛凛にからかわれる俺がよほどみじめだったのか、近くでその様子を見ていた木内さんと深澤さんが近寄ってきて、こう提案した。
「ね、よかったらみんなでラブリーに教わって、練習しようよ」
「そうそう、見てるだけでも暇だし。うまくなったらきっともっと楽しいよ」
優しいなぁ。こういう言い方をされたら、俺も機嫌よく練習しようって気になるんだ。
試合に出ていないチームのメンバーは、周りで試合の様子を見守っているか、あとは校庭にはみ出て自主的に練習をする。
俺は木内さん、深澤さんとともに、愛凛の特別指導を仰ぐことになった。
「フットサルではまず、どういう蹴り方をすればどうボールが動くか、体で覚えること。蹴り方が分かれば、パスもドリブルもできるようになるから。基本はインサイドとアウトサイド、それから指先側の足裏。かかとは使わない。まずはインサイドでパス回してくよ。軸足にしっかり重心を乗っけて、バランスを安定させながら、利き足の内側を相手側へ蹴り込む。動いてるボールをダイレクトでパスするのは初心者には難しいから、まずはしっかり足裏で止めてから、パスをする。トラップして、パス。トラップして、パス。最初はゆっくりでいいから、少しずつ体が慣れてきたら、強いパスとか素早くパス移行したり、応用を入れてみよう。ほら、やってみて」
認めたくはないのだが、やはり愛凛は頭がいい。話すことに無駄がなく、要点だけを丁寧に伝えてくれる。それに木内さんや深澤さんも交えてのハーレム状態での練習だから、楽しい。たぶん、今が人生で最初のモテ期だ。
彼女の言う通り、意味を理解した上で反復練習を続けていると、だんだんと体が動きを覚えてくる感覚がある。FPSと同じだ。上達を実感できると面白い。
「みーちゃ、よくなってきたね。いい感じじゃん。あとは基礎を大切にしながら、動いてるボールを運んでドリブルうまくなれたらもっと楽しくなるよ。ディフェンスは難しいんだけど、すごく簡単に言うなら、いかに相手の動きに粘れるかだね。次、ドリブルとディフェンスの練習しようよ」
愛凛は、俺がいい動きができたタイミングで、よく俺を褒めた。しかも、それから毎回、試合に入らない時間は木内さんや深澤さんとともに、練習に付き合ってくれた。
このあたりから、俺の彼女に対する目線は微妙な変化を余儀なくされていることを実感せざるをえなかった。
あいつ、思っていたよりもずっと、いいやつなのかもしれない。
などと思う俺は、頭がおかしくなったのだろうか?
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