Escape from 底辺(EFT)

一条 千種

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第4話 クラスの鼻つまみ

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 入学してから約1ヶ月ほどは、新入生の部活見学と入部先選びの期間だ。

 愛凛は自己紹介タイムでの宣言通り、早々にフットサル部に入部したらしい。体育の時間の動きを見ている限り、運動神経は抜きん出ていて、初回の体力測定でも幅びや持久走は女子で一番だった。
 ピアスを開け、ネイルもしていて一見、チャラチャラしている割に運動が得意というのは意外だ。

 隣席の深澤さんはかるた部に入った。かるた部というとあまり聞き覚えがないが、この高校の競技かるた部は全国でも有数の強豪らしい。けっこう面白そうだったが、見学に行ったクラスメイトから、先輩部員の男子は2年生に1人、3年生にも1人という事実を聞いて、すっかり腰が引けてしまった。

 そして木内さんはオーケストラ部だ。俺は音楽全般にうといのだが、調べたところオーボエというのはオーケストラには欠かせない重要な楽器のようだ。なるほどお嬢様ならではの趣味だ。育ちがよくなければ、ああいう人格や品格は形成されないだろう。

 俺と清水は、TCAに入った。分かりづらく名乗っているが、要はコンピューター同好会だ。プログラミングなどの研究をするが、同好会ということもあり、メンバー同士でお菓子をつまみながらゲームをしたり雑談をしたり、時々プログラミングでなにかをつくったりとゆるくのんびりできそうなので、自分にも合っていると感じた。

 新入生は俺を含めて6人。全員が男子で、全員がメガネをかけている。
 これから3年間、こいつらと同じ釜の飯を食うことになるのかと思うと、身の引き締まる思いだ。

 学校生活がスタートして、俺にもぼつぼつと友達ができるようになった。右隣の清水や、同じTCAの同級生、ほかにも話せるクラスメイトは徐々にだが増えていった。
 そのなかでも、愛凛は何かにつけて、俺に話しかけてくる。

「そういえば、みーちゃは今でも駒沢のあたりに住んでるの?」
「うん、駒沢だよ」
「へー、いいなぁ。久しぶりに駒沢公園ジョギングしたいなぁ」
「高岡……さんは、引っ越したの?」
「うん、中学に入るときに、自由が丘に引っ越したよ」
「自由が丘……オシャレだね」
「みーちゃ、自由が丘がオシャレだって分かんの?」
「……それくらいは分かるよ」
「例えば?」
「例えば? ……いや、例えばってほどでもないけど」
「じゃあなんで自由が丘がオシャレだって分かんの?」
「……なんとなく、イメージ」
「自由が丘に行ったこともないしよく知りもしないけど、どっかでオシャレだってことだけ聞きつけたから、知ったかぶってオシャレだって言ったんだ」
「言い方」
「みーちゃにオシャレトークは100年早いみたいねー」

 (このクソ女……!)

 気にしない、気にしない。
 下手につっかかってこれ以上ややこしいことになるのは避けたい。今は席が近いためにダル絡みしてくるが、そのうち席替えになればこいつの存在はさほど大きな問題ではなくなるかもしれないのだ。

 さて、高校には食堂や売店がなく、電子レンジなどの貸し出しもないからクラスの全員が弁当、またはパンなどの持ち込みをして、教室で食べることになる。
 多くのクラスメイトは自分の椅子いすごと移動して、仲良しグループで島をつくりわいわいしゃべりながら食べるのだが、俺はあえてぼっちだ。
 というのも、自席にいると目の前に木内さんがやってきて、その美しく華やかな横顔を、しげもなく俺に見せてくれるからだ。まさか会話に入れるわけではないが、俺は彼女の近くにいられるというだけで、幸せな気持ちになれる。

 愛凛はとりわけ派手で露出の多いファッションを好むから、このクラスでは際立った存在だが、変に浮くこともなく、友達も多い。木内さんだけでなく、最上さん、遠藤さんといった一軍女子たちがいつも彼女の周りに集まってはにぎやかに盛り上がっている。

 意外だ。

 一見して、男に好かれて女に嫌われそうな愛凛だが、これは俺の先入観というものかもしれない。さっぱりした性格で、人見知りせず、話題が豊富で、話しぶりも面白く、場の雰囲気をつくるのがうまい彼女は、誰が見てもクラスの中心的な存在だった。
 もっとも、俺に対してはとことん辛辣しんらつだ。

 ある日、俺は豚キムチ弁当を家から持ち込んだ。
 弁当箱のふたを開けてわずかに十数秒、静かだが異様なざわめきが俺を中心とした円状に広がり、不審の声が教室の各所から起こった。

 最も早く反応したのが、俺の目の前、ひそかに俺が「ビッグ4」と名付けた一軍エリートグループの面々だ。
 強烈なにおいの源を求め、彼女らの視線が泳ぎ、やがて愛凛と向かい合って座っていた遠藤さんが小声で何事か伝え、ほかの3人が一斉に俺の方を振り向いた。

 途端に、愛凛が笑い交じりに大声で非難を浴びせてくる。

「おい、ヲタク! 弁当にキムチ入れてくるなんて、どういう教育受けてんだぁ!?」

 どっ、と教室がいた。くすくす、と木内さんも口元を隠すように押さえて笑っている。
 俺はムキになって言い返した。

「俺はキムチが好きなんだよ、別にいいだろ!」
「逆ギレかよ! 真後ろでキムチ弁当広げられて、私のニットににおいがつくんだよ!」
「……そんなん、気にしすぎだろ」
「なぁにぶつぶつ言ってんだこのキモヲタ! アンタみたいのを、クラスの鼻つまみって言うんだよ!」

 耳を疑うような暴言だ。家から大好きな豚キムチを持ってきただけで、クラスの鼻つまみ扱いだと?

 だが愛凛が俺を罵倒ばとうすればするほど、教室の笑いのボルテージはいよいよ上がってゆく。
 愛凛もますます調子づいて、俺の額にデコピンを食らわせた。

「こういうときは、みんなに迷惑かけてごめんなさいでしょ、キモヲタ君!」
「……くそっ、こうしてやる!」

 俺は引くに引けなくなり、弁当箱の豚キムチを一気にかき込んで、異臭の元を一瞬で消し去った。
 これなら文句はないだろう。

 ハハハハ、と教室にはキムチのにおいとともに盛大な笑いがいつまでも残った。
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