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第23話 夜景にとけた口紅
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月曜日の昼休み、幸太は美咲と話をした。
「美咲、今週の土曜日、なにか用事ある?」
「んー、どうだろ。どうして?」
「会いたい。美咲の誕生日だから」
「覚えててくれたんだね」
「好きな人の誕生日だから、忘れるはずないよ」
「ありがとう。実はね、待ってたの。コータが私の誕生日を覚えててくれて、誘ってくれるんじゃないかなって」
「そうだったんだね。待たせてごめん。誘うの、遅かったかな」
「いいの。私もコータに……会いたいよ」
そう言って片目を閉じてみせるのは、幸太への好意の表現と、そして美咲なりの照れ隠しのようだった。
愛らしく、魅惑的な仕草だ。恐らく誰がやっても、美咲のようにはできないだろう。
土曜日の午後、幸太は美咲をお台場に連れ出した。
美咲はこの日、白のシャツに下は黒のミニスカート、黒の革靴に、上はデニムのジャケットを羽織っている。
「美咲、今日も世界で一番きれいだよ!」
「あはは、言うと思った!」
「いつも、そう思ってるからさ」
「ありがと。今日はね、ママに服借りなかった。安っぽくないかなぁ……?」
「美咲はセンスいいから、全然そんな風に見えないし、何を着てても世界で一番きれいだよ!」
「うん……うれしいけど、そんな大きな声で言われたら恥ずかしいよ」
ふたりはずっと、手をつないでいる。それが自然だと思えるほどに、ふたりの気持ちと信頼は深まっていた。互いを想い、愛することに迷いも躊躇もない。
幸太が迷っているのは、プレゼントだった。実はこの日、幸太は美咲への誕生日プレゼントを用意していない。何を贈ればいいのかリサーチしきれなかったということもあるし、できれば美咲の心が揺れ動くほどの演出を合わせてプレゼントしたい。ふたりで初めて一緒に迎える、美咲の誕生日だ。今までの人生で最高に幸せな誕生日だったと思ってもらいたい。
駅からすぐ近くの公園を散歩すると、夢の広場という、草花がいっぱいに咲いているエリアがある。
美咲は、その名前の通り、花が好きだ。1年生の頃は、花屋でアルバイトもしていたらしい。
「お花屋さんのお仕事って、すっごく大変なんだよ!」
「へー、そうなの? 花が好きなら、楽しそうだけど」
「もちろんお花は大好きだけど、バケツとか鉢を運ぶから実際は肉体労働なの。暖房はお花の大敵だから、冬はどんなに寒くても我慢するしかないし、お給料も少ないの。水とか土とか樹液に触れるから、手も荒れるし。手荒れが、私は一番、悲しかったかな」
「手荒れしてたんだ。信じられないね、今はこんなにすべすべできれいなのに」
「今はちゃんと保湿して、お高いハンドクリームも塗りたくってるからね」
春ならもっと多くの花が咲いていることだろうが、それでも美咲は広場にところどころ咲いている花のいちいちに近づいてはしゃがみ込み、丹念に見て回っている。よほど花が好きなのだろう。
「美咲は、花はなにが一番好き?」
「んー、どれも大好きで決められないけど、一番を選ぶなら、バラかなぁ」
「今日の香水も、バラの香りだよね」
「そう、よく分かるね! コータがプレゼントしてくれた香水、一番のお気に入り」
公園を散策したあと、ふたりはショッピングモールに移った。美咲は特にファッションには関心が強く、服や靴、雑貨、アクセサリーなどをよく見た。そのなかでも、
「これ、すごくかわいい!」
とひときわ美咲が興味を示したのは、ピンクダイヤモンドをあしらったホワイトゴールドのペンダントだった。ト音記号をモチーフにしている。小ぶりだがその分、華奢で肌の白い美咲にはよく似合うだろう。
(14,800円か……)
高校生にとっては高額だが、幸太に払えない額ではない。こういうときに必要な投資ができるよう、インセンティブのつくバイトをしているのだし、美咲のため以外には徹底して支出を抑えていることもある。
幸太は即座に決断した。成功に必要な第一の要素は、決断力だ。
美咲がトイレに離れた隙に、幸太も行動を起こす。
彼が戻ると、美咲はベンチに座り、鏡を見ながら前髪を直している。
「美咲」
と、幸太が美咲の肩越しに鏡のなかに呼びかけると、やわらかい笑顔が返ってきた。
幸太はそのまま、美咲のあごをくぐらせるようにして、彼女の胸元をト音記号のペンダントで飾った。
もう一度、鏡をのぞき込むと、美咲は目を丸くし、呆然と口を開き、呼吸さえも忘れている。
「誕生日のプレゼント、これでいいかな」
「コータ……」
「18歳の誕生日、おめでとう。美咲のこと、大好きだよ」
「コータ……」
鏡のなかのひとは、ペンダントに触れ、触れた瞬間、たちまちに涙があふれて、あとは言葉にならなかった。
しばらく泣き、頬が赤くなるまで泣いたあとで、気持ちを伝えてくれた。
「コータ、ありがとう。私、ほんとにうれしくて」
「喜んでくれて、うれしいよ。美咲が笑ってくれるのが、俺は一番の幸せだから」
「この前、言ってくれたのはほんとだった」
「どの言葉?」
「私が想像してるよりも、何倍も、コータは私のこと好きでいてくれてる……」
「美咲……」
幸太も、美咲同様、胸がいっぱいにふくらんで、視界がにじんだ。
美咲が、彼の愛を受け取ってくれている。
そして彼女も、懸命に、その愛に応えようとしてくれている。
それが、彼にはうれしかった。
彼は、もう30年以上の人生を経験しているが、これ以上の幸せを感じたことはなかった。
美咲と愛し合う、それ以上の幸せは。
もうほかになにもいらないと、そう思えるほどの幸せは。
外に出ると、空はもう薄暮だ。手をつなぎ、ゆっくり歩いて、予約してあったイタリアンレストランへと向かう。
レインボーブリッジに面した抜群のロケーションを誇る店で、テーブルにはダミーだがキャンドルも置かれている。高校生のカップルには、このあたりが望みうる限界かもしれない。
「夜景がロマンチックで、雰囲気も素敵なお店。連れてきてくれてうれしいけど、コータお金使いすぎてない?」
「ありがとう、無理してないよ。心配してくれてありがとう。でも、それなりに貯金もしてるしバイトもしてるから、美咲は気にしなくて大丈夫!」
「うん、分かった!」
実際、高校生ということで互いに酒を飲まないから、外食でもそれほど費用はかさばらない。クレジットカードが使えないのが不便、というくらいだろう。
「コータがサラダ取り分けてくれると、立川のイタリアン連れてってくれたの思い出すよ。優しくてスマートな早川君」
「大好きな人の前だから、優しくてスマートにもなるって」
「うん、いつもいつも、ずっとずっと、優しくてスマートな、私の……恋人」
恋人、という言葉に思わず電流が走ったように震え、全身を硬直させてみせると、美咲はけらけらと明るく笑った。幸太が剽軽な真似をすればするだけ、彼女は楽しげな笑顔を浮かべてくれる。そして幸太が真剣に愛を伝えれば伝えるほど、彼女はその想いを大切に、大切に受け止めてくれる。
「夜の公園、歩いてみようよ」
デザートを楽しんだあと、幸太は美咲と、海浜公園に出た。
秋の夜風は、わずかに肌寒い。
ギリギリまで海に近づき、手すりに胸をもたれかかると、足元で波の音がする。
日はとっぷりと暮れて視界はすでに暗いが、ライトアップされたレインボーブリッジと、その奥に赤や白の都会の光がぼんやり浮かび上がって、幻想的な風景だ。
そういう眺望もあって、周りはカップルばかりが集まっている。
美咲は、いつものようにほんのりと微笑を見せながら、じっと夜景を眺めている。無意識か、あるいは意識してか、左手が胸元のペンダントを探っていた。
「初めてだね、夜にデートするの」
「そういえば、初めてだね」
「私ね、分かってるつもり。コータは、ゆっくりな私に合わせてくれてる。私の歩く速さに、いつも合わせてくれてるの」
美咲の歩く速さ、という言葉の意味を、幸太も理解しているつもりだ。それは単に一緒に歩いているときの話ではない。ふたりの関係を進めるペース、という意味合いもあるだろう。
「コータはいつも、私の気持ちを分かってくれるし、大切にしてくれる。だから、安心なの。安心だし、一歩ずつ、少しずつの勇気で歩いていける。手を握って、導いてくれる」
「俺には、美咲の気持ちより大切なものなんてないよ。ずっと、こうして君のそばにいて、君を幸せにしたい」
「私、幸せよ。これからも」
「これからも?」
「これからも、ずっと一緒にいて」
幸太は、すでにこれまで何回かそうだったように、自分の美咲に対する愛情が爆発した音を聞いた気がした。
勇気は、幸太が美咲に一方的に与えているんじゃない。幸太も、美咲を想うごとに、彼女から勇気をもらっている。
彼はややぎこちなく、それでも少しの勇気とともに、彼女を後ろから包み込むようにして抱きしめた。
美咲もそっと、自分を抱く幸太の腕を、さらに抱きかかえるように抱いた。
「うふふ、くっつくの?」
「ダメ?」
「ううん」
「じゃあ、どんな気持ち?」
「コータには、分かるでしょ?」
幸太は、彼女に何か話すべきかを考えた。
何を言おう、何を聞こう。
だが、こういうとき、言葉はかえって無駄なものだ。
幸太が後ろから顔をのぞき込むようにすると、美咲は察して、あごを彼に向けた。
バラの香りがする。
心臓が、過剰な負担に耐えかねて破裂するのではないかというくらいに、激しい鼓動を繰り返している。
美咲も、同じだろうか。
幸太が美咲の髪を優しく抱き、ふたりは同時に、まぶたを下ろした。
「美咲、今週の土曜日、なにか用事ある?」
「んー、どうだろ。どうして?」
「会いたい。美咲の誕生日だから」
「覚えててくれたんだね」
「好きな人の誕生日だから、忘れるはずないよ」
「ありがとう。実はね、待ってたの。コータが私の誕生日を覚えててくれて、誘ってくれるんじゃないかなって」
「そうだったんだね。待たせてごめん。誘うの、遅かったかな」
「いいの。私もコータに……会いたいよ」
そう言って片目を閉じてみせるのは、幸太への好意の表現と、そして美咲なりの照れ隠しのようだった。
愛らしく、魅惑的な仕草だ。恐らく誰がやっても、美咲のようにはできないだろう。
土曜日の午後、幸太は美咲をお台場に連れ出した。
美咲はこの日、白のシャツに下は黒のミニスカート、黒の革靴に、上はデニムのジャケットを羽織っている。
「美咲、今日も世界で一番きれいだよ!」
「あはは、言うと思った!」
「いつも、そう思ってるからさ」
「ありがと。今日はね、ママに服借りなかった。安っぽくないかなぁ……?」
「美咲はセンスいいから、全然そんな風に見えないし、何を着てても世界で一番きれいだよ!」
「うん……うれしいけど、そんな大きな声で言われたら恥ずかしいよ」
ふたりはずっと、手をつないでいる。それが自然だと思えるほどに、ふたりの気持ちと信頼は深まっていた。互いを想い、愛することに迷いも躊躇もない。
幸太が迷っているのは、プレゼントだった。実はこの日、幸太は美咲への誕生日プレゼントを用意していない。何を贈ればいいのかリサーチしきれなかったということもあるし、できれば美咲の心が揺れ動くほどの演出を合わせてプレゼントしたい。ふたりで初めて一緒に迎える、美咲の誕生日だ。今までの人生で最高に幸せな誕生日だったと思ってもらいたい。
駅からすぐ近くの公園を散歩すると、夢の広場という、草花がいっぱいに咲いているエリアがある。
美咲は、その名前の通り、花が好きだ。1年生の頃は、花屋でアルバイトもしていたらしい。
「お花屋さんのお仕事って、すっごく大変なんだよ!」
「へー、そうなの? 花が好きなら、楽しそうだけど」
「もちろんお花は大好きだけど、バケツとか鉢を運ぶから実際は肉体労働なの。暖房はお花の大敵だから、冬はどんなに寒くても我慢するしかないし、お給料も少ないの。水とか土とか樹液に触れるから、手も荒れるし。手荒れが、私は一番、悲しかったかな」
「手荒れしてたんだ。信じられないね、今はこんなにすべすべできれいなのに」
「今はちゃんと保湿して、お高いハンドクリームも塗りたくってるからね」
春ならもっと多くの花が咲いていることだろうが、それでも美咲は広場にところどころ咲いている花のいちいちに近づいてはしゃがみ込み、丹念に見て回っている。よほど花が好きなのだろう。
「美咲は、花はなにが一番好き?」
「んー、どれも大好きで決められないけど、一番を選ぶなら、バラかなぁ」
「今日の香水も、バラの香りだよね」
「そう、よく分かるね! コータがプレゼントしてくれた香水、一番のお気に入り」
公園を散策したあと、ふたりはショッピングモールに移った。美咲は特にファッションには関心が強く、服や靴、雑貨、アクセサリーなどをよく見た。そのなかでも、
「これ、すごくかわいい!」
とひときわ美咲が興味を示したのは、ピンクダイヤモンドをあしらったホワイトゴールドのペンダントだった。ト音記号をモチーフにしている。小ぶりだがその分、華奢で肌の白い美咲にはよく似合うだろう。
(14,800円か……)
高校生にとっては高額だが、幸太に払えない額ではない。こういうときに必要な投資ができるよう、インセンティブのつくバイトをしているのだし、美咲のため以外には徹底して支出を抑えていることもある。
幸太は即座に決断した。成功に必要な第一の要素は、決断力だ。
美咲がトイレに離れた隙に、幸太も行動を起こす。
彼が戻ると、美咲はベンチに座り、鏡を見ながら前髪を直している。
「美咲」
と、幸太が美咲の肩越しに鏡のなかに呼びかけると、やわらかい笑顔が返ってきた。
幸太はそのまま、美咲のあごをくぐらせるようにして、彼女の胸元をト音記号のペンダントで飾った。
もう一度、鏡をのぞき込むと、美咲は目を丸くし、呆然と口を開き、呼吸さえも忘れている。
「誕生日のプレゼント、これでいいかな」
「コータ……」
「18歳の誕生日、おめでとう。美咲のこと、大好きだよ」
「コータ……」
鏡のなかのひとは、ペンダントに触れ、触れた瞬間、たちまちに涙があふれて、あとは言葉にならなかった。
しばらく泣き、頬が赤くなるまで泣いたあとで、気持ちを伝えてくれた。
「コータ、ありがとう。私、ほんとにうれしくて」
「喜んでくれて、うれしいよ。美咲が笑ってくれるのが、俺は一番の幸せだから」
「この前、言ってくれたのはほんとだった」
「どの言葉?」
「私が想像してるよりも、何倍も、コータは私のこと好きでいてくれてる……」
「美咲……」
幸太も、美咲同様、胸がいっぱいにふくらんで、視界がにじんだ。
美咲が、彼の愛を受け取ってくれている。
そして彼女も、懸命に、その愛に応えようとしてくれている。
それが、彼にはうれしかった。
彼は、もう30年以上の人生を経験しているが、これ以上の幸せを感じたことはなかった。
美咲と愛し合う、それ以上の幸せは。
もうほかになにもいらないと、そう思えるほどの幸せは。
外に出ると、空はもう薄暮だ。手をつなぎ、ゆっくり歩いて、予約してあったイタリアンレストランへと向かう。
レインボーブリッジに面した抜群のロケーションを誇る店で、テーブルにはダミーだがキャンドルも置かれている。高校生のカップルには、このあたりが望みうる限界かもしれない。
「夜景がロマンチックで、雰囲気も素敵なお店。連れてきてくれてうれしいけど、コータお金使いすぎてない?」
「ありがとう、無理してないよ。心配してくれてありがとう。でも、それなりに貯金もしてるしバイトもしてるから、美咲は気にしなくて大丈夫!」
「うん、分かった!」
実際、高校生ということで互いに酒を飲まないから、外食でもそれほど費用はかさばらない。クレジットカードが使えないのが不便、というくらいだろう。
「コータがサラダ取り分けてくれると、立川のイタリアン連れてってくれたの思い出すよ。優しくてスマートな早川君」
「大好きな人の前だから、優しくてスマートにもなるって」
「うん、いつもいつも、ずっとずっと、優しくてスマートな、私の……恋人」
恋人、という言葉に思わず電流が走ったように震え、全身を硬直させてみせると、美咲はけらけらと明るく笑った。幸太が剽軽な真似をすればするだけ、彼女は楽しげな笑顔を浮かべてくれる。そして幸太が真剣に愛を伝えれば伝えるほど、彼女はその想いを大切に、大切に受け止めてくれる。
「夜の公園、歩いてみようよ」
デザートを楽しんだあと、幸太は美咲と、海浜公園に出た。
秋の夜風は、わずかに肌寒い。
ギリギリまで海に近づき、手すりに胸をもたれかかると、足元で波の音がする。
日はとっぷりと暮れて視界はすでに暗いが、ライトアップされたレインボーブリッジと、その奥に赤や白の都会の光がぼんやり浮かび上がって、幻想的な風景だ。
そういう眺望もあって、周りはカップルばかりが集まっている。
美咲は、いつものようにほんのりと微笑を見せながら、じっと夜景を眺めている。無意識か、あるいは意識してか、左手が胸元のペンダントを探っていた。
「初めてだね、夜にデートするの」
「そういえば、初めてだね」
「私ね、分かってるつもり。コータは、ゆっくりな私に合わせてくれてる。私の歩く速さに、いつも合わせてくれてるの」
美咲の歩く速さ、という言葉の意味を、幸太も理解しているつもりだ。それは単に一緒に歩いているときの話ではない。ふたりの関係を進めるペース、という意味合いもあるだろう。
「コータはいつも、私の気持ちを分かってくれるし、大切にしてくれる。だから、安心なの。安心だし、一歩ずつ、少しずつの勇気で歩いていける。手を握って、導いてくれる」
「俺には、美咲の気持ちより大切なものなんてないよ。ずっと、こうして君のそばにいて、君を幸せにしたい」
「私、幸せよ。これからも」
「これからも?」
「これからも、ずっと一緒にいて」
幸太は、すでにこれまで何回かそうだったように、自分の美咲に対する愛情が爆発した音を聞いた気がした。
勇気は、幸太が美咲に一方的に与えているんじゃない。幸太も、美咲を想うごとに、彼女から勇気をもらっている。
彼はややぎこちなく、それでも少しの勇気とともに、彼女を後ろから包み込むようにして抱きしめた。
美咲もそっと、自分を抱く幸太の腕を、さらに抱きかかえるように抱いた。
「うふふ、くっつくの?」
「ダメ?」
「ううん」
「じゃあ、どんな気持ち?」
「コータには、分かるでしょ?」
幸太は、彼女に何か話すべきかを考えた。
何を言おう、何を聞こう。
だが、こういうとき、言葉はかえって無駄なものだ。
幸太が後ろから顔をのぞき込むようにすると、美咲は察して、あごを彼に向けた。
バラの香りがする。
心臓が、過剰な負担に耐えかねて破裂するのではないかというくらいに、激しい鼓動を繰り返している。
美咲も、同じだろうか。
幸太が美咲の髪を優しく抱き、ふたりは同時に、まぶたを下ろした。
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