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第18話 席替えの必勝法
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8月下旬は、互いに忙しくした。
美咲は予備校の追い込み講習がある。
幸太も、一度は経験済みとはいえ大学受験を甘く見ることはできない。
まさか30歳になってまたも受験なんぞに挑むことになるとは思わなかったし、正直、バカバカしいとも思ったが、せっかくの二度目の人生だ。少なくとも、一度目と同じか、それよりレベルの高い大学に入って、未来の可能性を広げておきたい。
夏休みが終われば、年明け1月のセンター試験までわずかに4ヶ月強。受験生には余裕がない。
もっとも、幸太は受験そのものに対してさほど悲観視をしているわけではなかった。一度、受験をして合格しているという成功体験があるし、成績も当時より上がっている。
成績に関しては、幸太自身もよく分かってはいないが、社会人経験を通して得た要領の良さやポイントのつかみ方が活きているということ。そのわりに頭の働きや理解力は高3当時に戻っているようだった。つまり30歳の知識や経験を引き継いだ18歳の脳を持っているということになるらしい。
もしそうなら、ずいぶんとうまい話だ。
Take1ではぐうたらしつつも夏休みからようやく予備校に通ってギアを上げ始めた幸太であったが、今回は独学でやってみようと思っている。うまくやれば、独学でも充分に勝ち目がある。
邪魔が入らなければ、だが。
「コーちゃん、あーそーぼー」
「あぁっ、また邪魔しに来たのかよ。うっとうしいなぁ!」
「だって暇なんだもーん。一人でシコシコ勉強なんかしてないで、お姉ちゃんと遊んで!」
「甘ったれたメスの声を出すな。いつまで居座る気だよ」
「んー8月いっぱいは」
「冗談だろ、勘弁してくれよ」
「大学の夏休みって長いからさ。んねーお姉ちゃんとデートしよー!」
「絶対に嫌だ」
「巨乳でセクシーなお姉ちゃんとデートしたら、コーちゃんも男上がるよ」
「時間の無駄」
「バカ! ドーテー! ソチン! ホーケー! セービョー!」
「変な嘘を混ぜんな。てかなんで童貞なのに性病ってことになんだよ」
キャハハ、と幸美は甲高い笑い声を上げた。
(まったくどういうお育ちしてんだ。親の顔が見たいぜ)
あいにく幸太に暇な時間はない。
それにたとえ姉であっても、年の近い女と二人で歩くのは万が一の危険がある。誰かに見つかり、学校で噂になったら、美咲が傷つくかもしれない。
瓜田に履を納れず、李下に冠を正さず、という言葉もある。
「姉ちゃんも、在学中に資格試験通りたいんだろ。勉強しろ勉強」
「明日できることは明日やりゃあいいんだよ!」
「部屋から出てけっ!」
一番の大敵は、この姉かもしれない。
始業式の日は、偶然にも水曜日だ。
「早川君、おはよう。お久しぶりね」
と、隣に座った美咲は背筋をピンと伸ばし、あごを上げてツンケンしている。おどけているのだ。
幸太は乗ってやることにした。
「おはよう、お嬢さん。ご機嫌はいかがですか?」
「えぇ、上々よ」
と言っておいて、美咲は思わずとがらせた口を緩ませた。
(好きすぎる……)
美咲は何をしても、幸太の心をつかんでしまうらしい。
しかし、そんな二人を引き裂く出来事が、2学期の始業日には待ち受けている。
席替えだ。
少なくとも幸太にとっては絶望的な話だ。美咲の隣を独占しているというのは、つまりこのクラスで彼が最も幸福な位置を占めているということにほかならないが、席替えで離ればなれになったら、その権利も失われてしまう。
実際、Take1では2学期に遠くへ引き離されてしまって、目の前が真っ暗になる思いを味わったものだ。
美咲の隣にいたい。
この願いを実現するため、幸太は美咲と相談し、ある作戦を立てた。
(このゲームには、必勝法がある。俺たち二人でチームをつくるんだ……)
必勝法を用いて、このゲームを勝ち切る。
あいつもこいつも、美咲の隣を狙っている。美咲の隣にいられれば、それだけで天国だからだ。
そんな歌、あったよな。
美咲は人気が高い。美人で、明るく、愛嬌があり、しかもとびきり優しいときている。彼女の隣を狙う男子が幸太だけのはずがない。
始業式のあとのクラス会で、席替えの相談がある。担任の深澤の方針もあり、こういったことはすべて、学級委員の田沼を中心に生徒が自主的に話し合うことになっている。
「それじゃあ、くじ引きで2学期の席を決めます! くじを引いたら、一旦自分の席に戻ってください。あとで引いたくじ番号の席に移動してもらいます!」
がやがやとクラスメイトが騒ぎ始めるなか、美咲がいち早く手を上げた。
「あの、私、最近目が悪くなってきて、このままの席でもいいですか」
田沼はたぬきちなどという愛らしいあだ名で呼ばれているが、学級委員だけあって才女で、判断も早い。
「分かりました。それでは松永さんは……」
という田沼の発言の合間。
幸太の一世一代の勝負のときだ。
この賭けに失敗すれば、幸太の長い長い2学期はまさに暗黒期になるだろう。
絶対に、絶対に美咲の隣の席を確保する。
幸太はまるで百人一首の名人のような絶妙のタイミングとスピードで、挙手をした。
「あ、俺も目が悪くなってきたんでこのままで!」
(……勝った!)
幸太の発言に、失意と落胆の深淵に突き落とされた男子は決して少なくなかったろう。
幸太は心臓がきりきりと痛むような思いで、田沼の判断を待った。
「分かりました。では松永さんと早川君はそのままで。ほかに前を希望する方は?」
(き、キタコレ……)
幸太はどうしても口角が上がるのをおさえきれず、唇を噛み、さらに右手で口周りを覆って、ようやく笑みを隠した。
これで、少なくとも冬休みが訪れるまでのあいだ、彼は美咲の隣にいられることになる。
そんなのアリかよ、という無言の非難が背中に突き刺さった気がしたが、幸太は意に介さない。
(席替えを単なる運だと思ってたか? これは運じゃない、支配力を競うゲームだ……!)
頭を使えば、運で決まるように思える席替えさえも、支配することができるのだ。思い知ったか。
放課後、まだ午前中ということもあって、二人は少し遠出をした。
目的地の駅は、駅舎も昭和の面影を濃厚に残していて、いかにも田舎に来たという印象がする。人影も少なく、聞こえるのはセミの声ばかりで、それさえもまばらだ。
電車を一本分待つと、美咲が改札に現れた。
人がほとんど見当たらず、同じ学校の生徒に出くわす可能性が皆無に近いこともあってか、美咲は幸太の姿を見つけるなり、手を振りながら走り寄ってきた。
「お待たせ!」
この日は、多摩湖に面した公園でピクニックをすることになっている。
二人は途中駅で買い出したサンドウィッチやサラダ、フライドポテト、ドリンクなどを集めてテーブルに広げた。
ささやかな昼食だが、美咲は気分がよさそうだ。幸太はさり気なく、正面ではなく横に座る。
「ここのサンドウィッチ久しぶり。コータは食べたことある?」
「俺、初めてなんだよ。美咲のそれ、なに?」
「BLTだよ。スライスチーズ追加。あの横に動いてってカスタマイズするのが楽しいの」
「おいしそうだね」
「食べてみる?」
「いいの?」
「うん。あーんして」
幸太は厳かで神聖な気持ちで、口を開けた。生きててよかった。
「おいしい?」
「……うん、おいひぃ」
「じゃあポテトもあげる。あーん」
「あーん……」
「おいしい?」
「おいしい。ということでジュースも」
「これはダメ」
「なんで?」
「間接キスになるから」
「いやあの、いきなりたくさん食べたんで、胸が苦しくて。それないと死んじゃう」
「死なないし、欲張りは許しません!」
強く言い返されたが、目は生意気げに光り、口元は笑っている。幸太の狙いを知った上で、意地悪をしているのだ。
幸太は顔で笑い、心で泣いた。
食欲を満たしたあと、遊歩道へと歩く。ベンチに座ると、広々とした湖がまさに眼前に広がる。良好な天気もあいまって、抜群の開放感だ。
「おっきな湖、気持ちいーねっ!」
「いいとこだね。連れてきてよかったよ」
「うん、最高にいい気分! あっ、富士山見えるね!」
「ほんとだ。てっぺんに雪ないと、普通の山だね」
「えっ、そんなことないよー、富士山だってすぐ分かるよー」
幸太は、まるで子どものように、両足を交互にぶらぶらと揺らす美咲の無邪気な横顔を見つめた。
今日の手柄を、認めてほしくなる。
「そういえば、今日はうまくいったよね」
「コータの悪知恵のおかげでね」
「まぁ、でも、そのおかげでまたしばらく隣でいられるわけで」
「みんなにばれちゃうかも、私たちのこと」
そういわれると、幸太は少し不安になる。
美咲は、できれば二人の関係はまだ秘しておきたいようなのだ。卒業まで絶対に秘密にしておきたい、とまでは思っていないかもしれないが、少なくとも現時点では公にされることを望んでいないらしい。
幸太が軽率な行いをしたせいで、クラスのなかで居心地が悪くなったり、例えば以前に幸太に告白をしてくれた大野と美咲との関係が悪化したり、それによって幸太と美咲の仲にまで亀裂が入るようなことは避けたい。
反省した。
「ごめん、美咲。俺、ちょっと調子に乗って、舞い上がってたかもしれない。君とのこと、俺うれしくて、ほかのことが見えてなかった。君の気持ちを大切にできるように、俺も改めて気をつけるようにするよ」
幸太の真摯な謝罪に、美咲はかえって驚いたようであった。
「ううん、ごめんごめん。責めてるわけじゃ、全然ないの。それにね、私もずっと隠しておくのは、難しいかなって思ってる。ただちょっと、みんなどう思うかなって、不安になっただけ」
「分かるよ」
「ほんと?」
「ただ、どうなっても俺は美咲を守る。そのために、できることをするよ。一人で考えるんじゃなくて、美咲にも相談する。ふたりで、一緒に決めていこう。美咲の気持ちを一番大切にするって、もう一度約束する。信じてほしい」
「……うん、分かった」
この話の最後、美咲はこう言った。
「コータといると私、安心する。ドキがムネムネするけど、安心もするの。私のこと好きでいてくれるし、守ってくれる。ありがとう」
単に、好意を持っているだけではない。
人として、男として信頼されているというのが、幸太にはたまらなくうれしく、誇りにも思った。
そして、美咲を失望させるような振舞いだけは絶対にすまいと、そう誓った。
美咲は予備校の追い込み講習がある。
幸太も、一度は経験済みとはいえ大学受験を甘く見ることはできない。
まさか30歳になってまたも受験なんぞに挑むことになるとは思わなかったし、正直、バカバカしいとも思ったが、せっかくの二度目の人生だ。少なくとも、一度目と同じか、それよりレベルの高い大学に入って、未来の可能性を広げておきたい。
夏休みが終われば、年明け1月のセンター試験までわずかに4ヶ月強。受験生には余裕がない。
もっとも、幸太は受験そのものに対してさほど悲観視をしているわけではなかった。一度、受験をして合格しているという成功体験があるし、成績も当時より上がっている。
成績に関しては、幸太自身もよく分かってはいないが、社会人経験を通して得た要領の良さやポイントのつかみ方が活きているということ。そのわりに頭の働きや理解力は高3当時に戻っているようだった。つまり30歳の知識や経験を引き継いだ18歳の脳を持っているということになるらしい。
もしそうなら、ずいぶんとうまい話だ。
Take1ではぐうたらしつつも夏休みからようやく予備校に通ってギアを上げ始めた幸太であったが、今回は独学でやってみようと思っている。うまくやれば、独学でも充分に勝ち目がある。
邪魔が入らなければ、だが。
「コーちゃん、あーそーぼー」
「あぁっ、また邪魔しに来たのかよ。うっとうしいなぁ!」
「だって暇なんだもーん。一人でシコシコ勉強なんかしてないで、お姉ちゃんと遊んで!」
「甘ったれたメスの声を出すな。いつまで居座る気だよ」
「んー8月いっぱいは」
「冗談だろ、勘弁してくれよ」
「大学の夏休みって長いからさ。んねーお姉ちゃんとデートしよー!」
「絶対に嫌だ」
「巨乳でセクシーなお姉ちゃんとデートしたら、コーちゃんも男上がるよ」
「時間の無駄」
「バカ! ドーテー! ソチン! ホーケー! セービョー!」
「変な嘘を混ぜんな。てかなんで童貞なのに性病ってことになんだよ」
キャハハ、と幸美は甲高い笑い声を上げた。
(まったくどういうお育ちしてんだ。親の顔が見たいぜ)
あいにく幸太に暇な時間はない。
それにたとえ姉であっても、年の近い女と二人で歩くのは万が一の危険がある。誰かに見つかり、学校で噂になったら、美咲が傷つくかもしれない。
瓜田に履を納れず、李下に冠を正さず、という言葉もある。
「姉ちゃんも、在学中に資格試験通りたいんだろ。勉強しろ勉強」
「明日できることは明日やりゃあいいんだよ!」
「部屋から出てけっ!」
一番の大敵は、この姉かもしれない。
始業式の日は、偶然にも水曜日だ。
「早川君、おはよう。お久しぶりね」
と、隣に座った美咲は背筋をピンと伸ばし、あごを上げてツンケンしている。おどけているのだ。
幸太は乗ってやることにした。
「おはよう、お嬢さん。ご機嫌はいかがですか?」
「えぇ、上々よ」
と言っておいて、美咲は思わずとがらせた口を緩ませた。
(好きすぎる……)
美咲は何をしても、幸太の心をつかんでしまうらしい。
しかし、そんな二人を引き裂く出来事が、2学期の始業日には待ち受けている。
席替えだ。
少なくとも幸太にとっては絶望的な話だ。美咲の隣を独占しているというのは、つまりこのクラスで彼が最も幸福な位置を占めているということにほかならないが、席替えで離ればなれになったら、その権利も失われてしまう。
実際、Take1では2学期に遠くへ引き離されてしまって、目の前が真っ暗になる思いを味わったものだ。
美咲の隣にいたい。
この願いを実現するため、幸太は美咲と相談し、ある作戦を立てた。
(このゲームには、必勝法がある。俺たち二人でチームをつくるんだ……)
必勝法を用いて、このゲームを勝ち切る。
あいつもこいつも、美咲の隣を狙っている。美咲の隣にいられれば、それだけで天国だからだ。
そんな歌、あったよな。
美咲は人気が高い。美人で、明るく、愛嬌があり、しかもとびきり優しいときている。彼女の隣を狙う男子が幸太だけのはずがない。
始業式のあとのクラス会で、席替えの相談がある。担任の深澤の方針もあり、こういったことはすべて、学級委員の田沼を中心に生徒が自主的に話し合うことになっている。
「それじゃあ、くじ引きで2学期の席を決めます! くじを引いたら、一旦自分の席に戻ってください。あとで引いたくじ番号の席に移動してもらいます!」
がやがやとクラスメイトが騒ぎ始めるなか、美咲がいち早く手を上げた。
「あの、私、最近目が悪くなってきて、このままの席でもいいですか」
田沼はたぬきちなどという愛らしいあだ名で呼ばれているが、学級委員だけあって才女で、判断も早い。
「分かりました。それでは松永さんは……」
という田沼の発言の合間。
幸太の一世一代の勝負のときだ。
この賭けに失敗すれば、幸太の長い長い2学期はまさに暗黒期になるだろう。
絶対に、絶対に美咲の隣の席を確保する。
幸太はまるで百人一首の名人のような絶妙のタイミングとスピードで、挙手をした。
「あ、俺も目が悪くなってきたんでこのままで!」
(……勝った!)
幸太の発言に、失意と落胆の深淵に突き落とされた男子は決して少なくなかったろう。
幸太は心臓がきりきりと痛むような思いで、田沼の判断を待った。
「分かりました。では松永さんと早川君はそのままで。ほかに前を希望する方は?」
(き、キタコレ……)
幸太はどうしても口角が上がるのをおさえきれず、唇を噛み、さらに右手で口周りを覆って、ようやく笑みを隠した。
これで、少なくとも冬休みが訪れるまでのあいだ、彼は美咲の隣にいられることになる。
そんなのアリかよ、という無言の非難が背中に突き刺さった気がしたが、幸太は意に介さない。
(席替えを単なる運だと思ってたか? これは運じゃない、支配力を競うゲームだ……!)
頭を使えば、運で決まるように思える席替えさえも、支配することができるのだ。思い知ったか。
放課後、まだ午前中ということもあって、二人は少し遠出をした。
目的地の駅は、駅舎も昭和の面影を濃厚に残していて、いかにも田舎に来たという印象がする。人影も少なく、聞こえるのはセミの声ばかりで、それさえもまばらだ。
電車を一本分待つと、美咲が改札に現れた。
人がほとんど見当たらず、同じ学校の生徒に出くわす可能性が皆無に近いこともあってか、美咲は幸太の姿を見つけるなり、手を振りながら走り寄ってきた。
「お待たせ!」
この日は、多摩湖に面した公園でピクニックをすることになっている。
二人は途中駅で買い出したサンドウィッチやサラダ、フライドポテト、ドリンクなどを集めてテーブルに広げた。
ささやかな昼食だが、美咲は気分がよさそうだ。幸太はさり気なく、正面ではなく横に座る。
「ここのサンドウィッチ久しぶり。コータは食べたことある?」
「俺、初めてなんだよ。美咲のそれ、なに?」
「BLTだよ。スライスチーズ追加。あの横に動いてってカスタマイズするのが楽しいの」
「おいしそうだね」
「食べてみる?」
「いいの?」
「うん。あーんして」
幸太は厳かで神聖な気持ちで、口を開けた。生きててよかった。
「おいしい?」
「……うん、おいひぃ」
「じゃあポテトもあげる。あーん」
「あーん……」
「おいしい?」
「おいしい。ということでジュースも」
「これはダメ」
「なんで?」
「間接キスになるから」
「いやあの、いきなりたくさん食べたんで、胸が苦しくて。それないと死んじゃう」
「死なないし、欲張りは許しません!」
強く言い返されたが、目は生意気げに光り、口元は笑っている。幸太の狙いを知った上で、意地悪をしているのだ。
幸太は顔で笑い、心で泣いた。
食欲を満たしたあと、遊歩道へと歩く。ベンチに座ると、広々とした湖がまさに眼前に広がる。良好な天気もあいまって、抜群の開放感だ。
「おっきな湖、気持ちいーねっ!」
「いいとこだね。連れてきてよかったよ」
「うん、最高にいい気分! あっ、富士山見えるね!」
「ほんとだ。てっぺんに雪ないと、普通の山だね」
「えっ、そんなことないよー、富士山だってすぐ分かるよー」
幸太は、まるで子どものように、両足を交互にぶらぶらと揺らす美咲の無邪気な横顔を見つめた。
今日の手柄を、認めてほしくなる。
「そういえば、今日はうまくいったよね」
「コータの悪知恵のおかげでね」
「まぁ、でも、そのおかげでまたしばらく隣でいられるわけで」
「みんなにばれちゃうかも、私たちのこと」
そういわれると、幸太は少し不安になる。
美咲は、できれば二人の関係はまだ秘しておきたいようなのだ。卒業まで絶対に秘密にしておきたい、とまでは思っていないかもしれないが、少なくとも現時点では公にされることを望んでいないらしい。
幸太が軽率な行いをしたせいで、クラスのなかで居心地が悪くなったり、例えば以前に幸太に告白をしてくれた大野と美咲との関係が悪化したり、それによって幸太と美咲の仲にまで亀裂が入るようなことは避けたい。
反省した。
「ごめん、美咲。俺、ちょっと調子に乗って、舞い上がってたかもしれない。君とのこと、俺うれしくて、ほかのことが見えてなかった。君の気持ちを大切にできるように、俺も改めて気をつけるようにするよ」
幸太の真摯な謝罪に、美咲はかえって驚いたようであった。
「ううん、ごめんごめん。責めてるわけじゃ、全然ないの。それにね、私もずっと隠しておくのは、難しいかなって思ってる。ただちょっと、みんなどう思うかなって、不安になっただけ」
「分かるよ」
「ほんと?」
「ただ、どうなっても俺は美咲を守る。そのために、できることをするよ。一人で考えるんじゃなくて、美咲にも相談する。ふたりで、一緒に決めていこう。美咲の気持ちを一番大切にするって、もう一度約束する。信じてほしい」
「……うん、分かった」
この話の最後、美咲はこう言った。
「コータといると私、安心する。ドキがムネムネするけど、安心もするの。私のこと好きでいてくれるし、守ってくれる。ありがとう」
単に、好意を持っているだけではない。
人として、男として信頼されているというのが、幸太にはたまらなくうれしく、誇りにも思った。
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