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第4話 一歩ずつを踏み出して
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「それで、次の約束もせず、のこのこ帰ってきたんですか」
成り行きといえば成り行きだが、春生はひと月ほどしたある出社日、彼の妹分でもあるインサイドセールスの藤井に、問われるままにランチ会の詳しい経緯を話した。
藤井は、春生の気持ちをすっかり分かっていて、その不器用さにやきもきしている。
「しかも、それから連絡をとってないんですか?」
「個人的な連絡先、聞いてないんだよ」
「そこはSla〇kのDM使えばいいじゃないですか。間違っても、業務用ツールの私的利用がどうのなんて言わないでくださいよ」
「亡くなった恋人よりも、誰かを好きになることはないとも言ってた。遠回しに断ってきたんだよ」
「あぁもう、聞きたくないです!」
「……俺、もしかして怒られてる?」
「怒りますよ、当たり前です。言っときますけど、想いを伝えないで終わる恋は、恋じゃないです。そんなことであきらめるくらいなら、初めから好きにならないでください」
(あきらめるの、早かったのか……?)
そうか、そうかもしれない。
「連絡、してみる」
「そうですよ。会うの断られるまでは、脈アリなんですから、アタックを続けてください。大好きな恋人が亡くなったからってあきらめるんじゃなくて、好きにさせるんですよ」
世話の焼ける人だ、とでも言いたげに、藤井は険しい目で口をとがらせた。
言われた通りに、Sla〇kからDMを送ってみる。
『ソンさん、お久しぶりです。お元気ですか?』
我ながら芸のない言葉だ、と一人、赤面せざるをえない。
が、返事はものの数分で返ってきた。
『ハルキさん、こんにちは! わたしは元気です。ハルキさんはひきこもりニートですか?』
(すっかりひきこもりニートで定着したな……)
春生は苦笑しつつも、返事の内容を思案した。
『はい、ひきこもりニートしてます。ソンさんは、ぼっちですか?』
『はい、ぼっちですよ』
(断られるまでは、脈アリか……)
春生は震える手で返信を送った。
『よかったら、またお茶でもご一緒しませんか?』
(くそ、どうにでもなれ)
彼女からのレスポンスには、少し時間がかかった。
迷っているのかもしれない。
春生はオフィスの自席で手指を無意味に動かしながら答えを待った。仕事が、手につくはずもない。
やがて。
『わたし、ここ行ってみたいです!!』
という熱量のあふれるテキストとともに、店舗情報がURLで送られてくる。
乃木坂にあるカフェのようだ。
春生は、まるで用意していたかのように行きたい場所をこのようにして送りつけてくる彼女の無邪気さがいとおしく、またそれ以上に彼女にまた会えるとあって、飛び上がりたいほどにうれしくなった。
当日、東京ミッドタウン西交差点で待ち合わせた彼女は、黒のタートルネックのセーターに同じ色のレザーのミニスカート、白の丈長のコートを合わせて、まるでこの界隈を拠点にするモデルのような、まぶしい装いだった。
大きなサングラスを外すと、手を高く上げて、春生を呼ぶ。
「ハルキさん、こんにちは!」
「こんにちは。すみません、休みの日にわざわざ」
「どうして謝るんですか? 嫌だったら来ないですよ」
(そうか……来たいから、来てくれたんだよな)
「そうですね。来てくれてありがとうございます。会えて、うれしいです」
「えへへ、こちらこそ」
外苑東通りを数分歩いてゆくと、左手に西洋風の城を思わせる特異なビルが現れる。
豪奢な絨毯の敷かれた階段を上り、白を基調とした開放感のある店内へと入る。
通りに面したテーブル席へと案内された。
彼女はコートを脱ぎながら、少しはしゃいだ様子で、
「わたし、このお店に来てみたかったんです。とってもオシャレなお店でしょ」
「本当に、素敵なお店ですね。オシャレなソンさんに、合ってます」
「ハルキさんも、オシャレしてきてます」
彼女をプライベートな時間に呼び出すのだ。春生も、この日は一張羅を着込んでいる。
「いつもは、適当な格好してます」
「今日だけ、オシャレしたんですか?」
「そうです。その……」
一瞬、春生は黙ったが、すぐに勇を鼓して、
「今日は、特別な人と会うので」
「わたし、特別ですか?」
「えぇ、そうです。特別な人です」
「そうなんですね」
言ったきり、彼女は表情を変えず、目線を外に向けたまま口を閉ざした。
その横顔は一点の曇りなく、哀しくなるほどに美しい。
しばらく、通りの風景を眺めながら、バラの香りのする紅茶を味わう。
「ハルキさん、今日、どうして誘ってくれたんですか?」
「ソンさんに、会いたくて」
「どうして、わたしに会いたかったですか?」
「ただ、会いたくて」
答えになっていない、と気づいて、春生はあわてたように言葉を足した。
「ソンさんと、お話ししたいなと思ったんです」
「どうして、わたしですか?」
「それは……あなたが、とても素敵な人だからです。一緒に過ごしたいと思って」
訴えるような勢いで伝えると、彼女は大きな目を春生に向けてやわらかく微笑んだ。
「わたし、ハルキさんの気持ち、分かります。わたしのこと、気になってます」
「分かるんですか……?」
「ハルキさん、不器用だけど分かりやすいから」
(最悪だな、それ)
不器用で分かりやすいというのはこれ以上ないくらいの恋愛弱者だ。
しかし、彼女はそういう春生を憎からず思ってくれているらしい。
彼女は春生に問われるでもなく、自分がなぜ、彼の誘いを受けたかを話した。
「わたし、うれしいです。わたしも、ずっと後ろ向きでした。この前、ハルキさんに亡くなった恋人のこと話して、気づきました。過去にとらわれてる、過去に足を引っ張られてるって」
「過去に足を……」
「あのひとは、いつまでも素敵で優しいひとです。でも、わたしはずっと、その思い出にとらわれて、閉じこもってました。わたし、もっと今を大切にして、あのひとの分まで、幸せにならないとって思いました。ハルキさんのおかげです」
「僕のおかげ?」
春生は突然、登場人物として自分の名が挙がったことに驚き、目をぱちくりとさせた。
彼はどうやら、自分の行動を通じて彼女にある種の気づきを与えたようだったが、本人にはまるでその自覚がない。
彼女は目を細めて、うなずいた。
「そう、ハルキさんのおかげです。あのひとよりも好きになれるひと、探します」
「……僕は、あなたに僕のこと、好きになってほしいです」
「じゃあ、わたしにハルキさんのこと、もっと教えてくださいね」
「分かりました。僕も、もっとあなたのこと知りたいです」
「それなら……」
そのあと彼女は黙って、左腕を春生へと差し出した。
掌は指をそろえて、上を向いているから、握手ではない。
春生は鈍感すぎる。
戸惑っていると、彼女は小さな声で、こう言った。
「傷、見てください」
春生はようやく意味を理解して、ゆっくりと、彼女のタートルネックのセーターを少したくし上げた。
確かに、手首の内側、わずかに下がったところに、傷痕がある。
だが、それは春生が想像していたよりもよほど目立たない状態だった。
近くにいてよくよく注目すれば、それがただならぬ傷であることは分かるだろうが、ぱっと見た限りでは周辺の皮膚組織とそこまで極端な違い、違和感はない。
誘われるように、その傷痕を指でなぞってみる。
最高級のシルクのようななめらかさと、吸いつくようなみずみずしさが感じられた。
春生は、想いが胸いっぱいに広がり、さらにあふれて、とめどもなくなった。
セーターを手首まで下ろし、彼女の掌を両手で包み込む。
「ユジュさん」
「はい」
「僕が、あなたを守りたいです」
自分は何を言っているのか、とも思ったが、しかしこれが彼自身の偽らざる本心だ。
彼女はうれしそうな笑みを満面に浮かべ、もう一度、うなずいてくれた。
その後、カスタマーサクセスとしてシャトー社を担当する田中と、藤井の三人で話す機会があり、彼女とのことを報告した。
業務に直接、関係するわけではないが、担当者である田中には話を通しておくべきだし、藤井にもこれまで相談に乗ってもらった事情がある。
「じゃあ次、またデートする約束もらえたんですね?」
「うん、まぁね」
「よくやった!」
藤井は親指を上に突き出して拳を握り、田中はにこにこしながら拍手を送ってくれた。
「それで、次のデートはどこへ行くんですか?」
「とりあえず、六本木でランチとお買い物しましょうってことになった」
「相沢さん、大丈夫ですか?」
「なにが?」
「相手は超ハイグレードでハイセンスな女子ですよ。気の利いた話とか、エスコートとかできますか?」
「まぁ、なんとかなるだろ」
「なりませんよ。本気でユジュさんにアプローチしてください。デートスポットを研究して、ワインも勉強して。少なくとも、とりあえずなんていい加減な言葉、彼女の前で言わないでくださいね」
「……俺、そんなに頼りないかなぁ」
「典型的非モテです」
ギリギリ20代の男性としては、ショックな言葉だ。
ただ、藤井はもちろん、彼を罵りたくて言っているわけではない。
田中がクライアントからの電話で席を外しているあいだ、藤井は爽やかな微笑みとともにしみじみと、
「けど、よかったですね。ユジュさんとデートできるなんて、奇跡ですよ。相沢さんのこれまでの営業実績のなかでも、最高のお手柄です」
「それは、俺もそう思う」
「私も、決心がつきました。職場恋愛なんてしないで、ちゃんと素敵な人、探します」
「……ん!?」
「ほんと、職場恋愛なんてバカげてます」
「お、おぅ……」
女心は分からない。
その日、帰宅し、いつものようにYo〇Tubeを開くと、彼女のチャンネルで新しい動画がアップされている。
『楽園のDoor』という曲だ。
字幕には、歌詞とともにこうある。
これも、わたしの大好きな曲です。
とても素敵なメロディーで、歌詞もファンタジーです。
今いるのは、陽だまりの窓辺、とても居心地のいい世界。
そこから、冷たい階段を降りて、海へ、街角へと向かう。
新しい靴は慣れなくて少し痛いけど、一歩ずつ履き慣らしていく。
あなたに近づくために。
最後の新しい靴というのは、踏み出した外の世界を歩くための靴。
陽だまりのようなあなた、というワードがとても素敵ですね。
わたしも、陽だまりのようなひとと、新しい世界を歩いてみたい。
一歩ずつ、踏み出して、履き慣らしていきたいです。
彼女の前向きな言葉が、春生にはこの上なくうれしい。
(陽だまりのようなひとか……)
柄じゃない、とも思うが、いつか彼女にとって自分がそのような存在になれたら、とも思う。
彼女だけでなく、自分も一歩、さらに一歩、踏み出していこう。
慣れない靴でも。
あなたに近づけるように。
成り行きといえば成り行きだが、春生はひと月ほどしたある出社日、彼の妹分でもあるインサイドセールスの藤井に、問われるままにランチ会の詳しい経緯を話した。
藤井は、春生の気持ちをすっかり分かっていて、その不器用さにやきもきしている。
「しかも、それから連絡をとってないんですか?」
「個人的な連絡先、聞いてないんだよ」
「そこはSla〇kのDM使えばいいじゃないですか。間違っても、業務用ツールの私的利用がどうのなんて言わないでくださいよ」
「亡くなった恋人よりも、誰かを好きになることはないとも言ってた。遠回しに断ってきたんだよ」
「あぁもう、聞きたくないです!」
「……俺、もしかして怒られてる?」
「怒りますよ、当たり前です。言っときますけど、想いを伝えないで終わる恋は、恋じゃないです。そんなことであきらめるくらいなら、初めから好きにならないでください」
(あきらめるの、早かったのか……?)
そうか、そうかもしれない。
「連絡、してみる」
「そうですよ。会うの断られるまでは、脈アリなんですから、アタックを続けてください。大好きな恋人が亡くなったからってあきらめるんじゃなくて、好きにさせるんですよ」
世話の焼ける人だ、とでも言いたげに、藤井は険しい目で口をとがらせた。
言われた通りに、Sla〇kからDMを送ってみる。
『ソンさん、お久しぶりです。お元気ですか?』
我ながら芸のない言葉だ、と一人、赤面せざるをえない。
が、返事はものの数分で返ってきた。
『ハルキさん、こんにちは! わたしは元気です。ハルキさんはひきこもりニートですか?』
(すっかりひきこもりニートで定着したな……)
春生は苦笑しつつも、返事の内容を思案した。
『はい、ひきこもりニートしてます。ソンさんは、ぼっちですか?』
『はい、ぼっちですよ』
(断られるまでは、脈アリか……)
春生は震える手で返信を送った。
『よかったら、またお茶でもご一緒しませんか?』
(くそ、どうにでもなれ)
彼女からのレスポンスには、少し時間がかかった。
迷っているのかもしれない。
春生はオフィスの自席で手指を無意味に動かしながら答えを待った。仕事が、手につくはずもない。
やがて。
『わたし、ここ行ってみたいです!!』
という熱量のあふれるテキストとともに、店舗情報がURLで送られてくる。
乃木坂にあるカフェのようだ。
春生は、まるで用意していたかのように行きたい場所をこのようにして送りつけてくる彼女の無邪気さがいとおしく、またそれ以上に彼女にまた会えるとあって、飛び上がりたいほどにうれしくなった。
当日、東京ミッドタウン西交差点で待ち合わせた彼女は、黒のタートルネックのセーターに同じ色のレザーのミニスカート、白の丈長のコートを合わせて、まるでこの界隈を拠点にするモデルのような、まぶしい装いだった。
大きなサングラスを外すと、手を高く上げて、春生を呼ぶ。
「ハルキさん、こんにちは!」
「こんにちは。すみません、休みの日にわざわざ」
「どうして謝るんですか? 嫌だったら来ないですよ」
(そうか……来たいから、来てくれたんだよな)
「そうですね。来てくれてありがとうございます。会えて、うれしいです」
「えへへ、こちらこそ」
外苑東通りを数分歩いてゆくと、左手に西洋風の城を思わせる特異なビルが現れる。
豪奢な絨毯の敷かれた階段を上り、白を基調とした開放感のある店内へと入る。
通りに面したテーブル席へと案内された。
彼女はコートを脱ぎながら、少しはしゃいだ様子で、
「わたし、このお店に来てみたかったんです。とってもオシャレなお店でしょ」
「本当に、素敵なお店ですね。オシャレなソンさんに、合ってます」
「ハルキさんも、オシャレしてきてます」
彼女をプライベートな時間に呼び出すのだ。春生も、この日は一張羅を着込んでいる。
「いつもは、適当な格好してます」
「今日だけ、オシャレしたんですか?」
「そうです。その……」
一瞬、春生は黙ったが、すぐに勇を鼓して、
「今日は、特別な人と会うので」
「わたし、特別ですか?」
「えぇ、そうです。特別な人です」
「そうなんですね」
言ったきり、彼女は表情を変えず、目線を外に向けたまま口を閉ざした。
その横顔は一点の曇りなく、哀しくなるほどに美しい。
しばらく、通りの風景を眺めながら、バラの香りのする紅茶を味わう。
「ハルキさん、今日、どうして誘ってくれたんですか?」
「ソンさんに、会いたくて」
「どうして、わたしに会いたかったですか?」
「ただ、会いたくて」
答えになっていない、と気づいて、春生はあわてたように言葉を足した。
「ソンさんと、お話ししたいなと思ったんです」
「どうして、わたしですか?」
「それは……あなたが、とても素敵な人だからです。一緒に過ごしたいと思って」
訴えるような勢いで伝えると、彼女は大きな目を春生に向けてやわらかく微笑んだ。
「わたし、ハルキさんの気持ち、分かります。わたしのこと、気になってます」
「分かるんですか……?」
「ハルキさん、不器用だけど分かりやすいから」
(最悪だな、それ)
不器用で分かりやすいというのはこれ以上ないくらいの恋愛弱者だ。
しかし、彼女はそういう春生を憎からず思ってくれているらしい。
彼女は春生に問われるでもなく、自分がなぜ、彼の誘いを受けたかを話した。
「わたし、うれしいです。わたしも、ずっと後ろ向きでした。この前、ハルキさんに亡くなった恋人のこと話して、気づきました。過去にとらわれてる、過去に足を引っ張られてるって」
「過去に足を……」
「あのひとは、いつまでも素敵で優しいひとです。でも、わたしはずっと、その思い出にとらわれて、閉じこもってました。わたし、もっと今を大切にして、あのひとの分まで、幸せにならないとって思いました。ハルキさんのおかげです」
「僕のおかげ?」
春生は突然、登場人物として自分の名が挙がったことに驚き、目をぱちくりとさせた。
彼はどうやら、自分の行動を通じて彼女にある種の気づきを与えたようだったが、本人にはまるでその自覚がない。
彼女は目を細めて、うなずいた。
「そう、ハルキさんのおかげです。あのひとよりも好きになれるひと、探します」
「……僕は、あなたに僕のこと、好きになってほしいです」
「じゃあ、わたしにハルキさんのこと、もっと教えてくださいね」
「分かりました。僕も、もっとあなたのこと知りたいです」
「それなら……」
そのあと彼女は黙って、左腕を春生へと差し出した。
掌は指をそろえて、上を向いているから、握手ではない。
春生は鈍感すぎる。
戸惑っていると、彼女は小さな声で、こう言った。
「傷、見てください」
春生はようやく意味を理解して、ゆっくりと、彼女のタートルネックのセーターを少したくし上げた。
確かに、手首の内側、わずかに下がったところに、傷痕がある。
だが、それは春生が想像していたよりもよほど目立たない状態だった。
近くにいてよくよく注目すれば、それがただならぬ傷であることは分かるだろうが、ぱっと見た限りでは周辺の皮膚組織とそこまで極端な違い、違和感はない。
誘われるように、その傷痕を指でなぞってみる。
最高級のシルクのようななめらかさと、吸いつくようなみずみずしさが感じられた。
春生は、想いが胸いっぱいに広がり、さらにあふれて、とめどもなくなった。
セーターを手首まで下ろし、彼女の掌を両手で包み込む。
「ユジュさん」
「はい」
「僕が、あなたを守りたいです」
自分は何を言っているのか、とも思ったが、しかしこれが彼自身の偽らざる本心だ。
彼女はうれしそうな笑みを満面に浮かべ、もう一度、うなずいてくれた。
その後、カスタマーサクセスとしてシャトー社を担当する田中と、藤井の三人で話す機会があり、彼女とのことを報告した。
業務に直接、関係するわけではないが、担当者である田中には話を通しておくべきだし、藤井にもこれまで相談に乗ってもらった事情がある。
「じゃあ次、またデートする約束もらえたんですね?」
「うん、まぁね」
「よくやった!」
藤井は親指を上に突き出して拳を握り、田中はにこにこしながら拍手を送ってくれた。
「それで、次のデートはどこへ行くんですか?」
「とりあえず、六本木でランチとお買い物しましょうってことになった」
「相沢さん、大丈夫ですか?」
「なにが?」
「相手は超ハイグレードでハイセンスな女子ですよ。気の利いた話とか、エスコートとかできますか?」
「まぁ、なんとかなるだろ」
「なりませんよ。本気でユジュさんにアプローチしてください。デートスポットを研究して、ワインも勉強して。少なくとも、とりあえずなんていい加減な言葉、彼女の前で言わないでくださいね」
「……俺、そんなに頼りないかなぁ」
「典型的非モテです」
ギリギリ20代の男性としては、ショックな言葉だ。
ただ、藤井はもちろん、彼を罵りたくて言っているわけではない。
田中がクライアントからの電話で席を外しているあいだ、藤井は爽やかな微笑みとともにしみじみと、
「けど、よかったですね。ユジュさんとデートできるなんて、奇跡ですよ。相沢さんのこれまでの営業実績のなかでも、最高のお手柄です」
「それは、俺もそう思う」
「私も、決心がつきました。職場恋愛なんてしないで、ちゃんと素敵な人、探します」
「……ん!?」
「ほんと、職場恋愛なんてバカげてます」
「お、おぅ……」
女心は分からない。
その日、帰宅し、いつものようにYo〇Tubeを開くと、彼女のチャンネルで新しい動画がアップされている。
『楽園のDoor』という曲だ。
字幕には、歌詞とともにこうある。
これも、わたしの大好きな曲です。
とても素敵なメロディーで、歌詞もファンタジーです。
今いるのは、陽だまりの窓辺、とても居心地のいい世界。
そこから、冷たい階段を降りて、海へ、街角へと向かう。
新しい靴は慣れなくて少し痛いけど、一歩ずつ履き慣らしていく。
あなたに近づくために。
最後の新しい靴というのは、踏み出した外の世界を歩くための靴。
陽だまりのようなあなた、というワードがとても素敵ですね。
わたしも、陽だまりのようなひとと、新しい世界を歩いてみたい。
一歩ずつ、踏み出して、履き慣らしていきたいです。
彼女の前向きな言葉が、春生にはこの上なくうれしい。
(陽だまりのようなひとか……)
柄じゃない、とも思うが、いつか彼女にとって自分がそのような存在になれたら、とも思う。
彼女だけでなく、自分も一歩、さらに一歩、踏み出していこう。
慣れない靴でも。
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