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第43話 勘違い
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第二王子殿下が邸に訪れた夜、アストル様は自信なさ気に肩を落としながら夫婦の寝室へとやって来た。
夕食を摂った後、「一人で考えたい」と言って部屋に引き籠られたから、今日はもしかしたら此方へはいらっしゃらないかもしれないと思っていたけれど、そんな私の予想に反して逃げずにちゃんとやって来られた。
「アストル様、どうぞ」
空いているベッドの隣を示し、そこへ来るよう促せば、少しばかり躊躇った後素直に従ってくれる。
こんなにも落ち込んだアストル様を見たのは初めてだわ。
それほどまでに、『爵位目当て』と言われたことがショックだったのね。
愛妾の方に愛はなくても、アストル様にはあったんだから、当たり前よね……。
私も結婚初夜でほぼ同じことをアストル様に言われたわけだけど、あの時は本当にショックで悲しかったし、一時的な感情で結婚を取りやめようかと思ってしまうほどに傷付いた。
だから今のアストル様はあの時の私と同じ気持ちで、愛妾の方がいてこそ私との結婚が成り立っていたという事実からすると、最悪私達は離婚すらも視野に入れなくてはならないのかもしれない。
できれば私はアストル様と離れたくないし、純潔を奪った責任だって取ってほしいけれど。
だけどそれは私の我が儘だと分かっているし、純潔だって無理矢理奪わせたと言えなくもないから、あまり強く言うこともできないのよね。
といって、アストル様も今すぐ私と別れて一人になるのはお辛いだろうし、昼間には「捨てないで」と縋っておられたから、ある程度の準備期間はいただけるかもしれない。
今は愛妾の方と別れたばかりで混乱なさっているだろうから、もう少しアストル様の気持ちが落ち着いたら話してみよう。
私としても、気持ちの整理をする時間が欲しいし。
「クロディーヌ……」
「アストル様?」
不意に頬へと伸びてきたアストル様の手に自分の手を重ね、無言で頬を擦り寄せる。
ずっと、彼とこんな風に過ごしたいと思っていた。
アストル様と結婚して、子供をもうけて、ずっとずっと愛のある暮らしをしていくんだと思っていた。
そう願っていたのが私だけだったなんて思いもせずに。
私のその願望は、初夜で見事木っ端微塵に打ち砕かれてしまったけれど。
「クロディーヌ、君は本当にあんな男の所へ行きたいのか?」
「え?」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
不可解な言葉が突如としてアストル様の口から飛び出し、私は首を傾げる。
「アストル様、今なんと仰いました?」
「だから、クロディーヌは本当に、妃よりも先に妾を迎えるような、あんな男が好きなのか? って……」
えええええええええええ!?
なんなのそれ、なんなのそれ、なんなのそれ!?
「なんですの、それは! その男というのは第二王子殿下のことですわよね? どうして私があのような不埒な男を好きなことになっていますの!?」
冗談じゃない。
どうしてそんな酷い勘違いをされているの?
あんな端ない格好で外を平気で出歩くような無神経男を、この私が好き!?
そんなこと天地がひっくり返ってもありえないのに、アストル様はどうしてそんな勘違いを?
「だ、だってさ、俺は君と殿下が王宮内の庭園で楽しそうに散歩している姿を何度か見たことがあるし、それにほら、俺達の結婚式の前日だって殿下と会っていたんだろう? だから──」
「結婚式の前日になんて会っていませんわ!」
なんで、どうして、どこからそんな作り話が出てきたの?
「王宮庭園には……確かに何度か呼び出されて行ったことがありますけれど、私は一度だって『楽しそうに』散歩したことなど御座いません。しかも、毎回毎回殿下に脅され、仕方なく行っていただけで……」
そう、憎きあの男は『僕の言う通りにしなければ、使用人を一人ずつ処刑する』と言って私を脅したのだ。
嫌そうな顔をしても、抱擁を拒んでも、とにかく第二王子の気に入らないことをした時点で、侯爵家の使用人に報復をすると。
「じゃあ君は、殿下と恋仲だったわけではない……?」
ゾゾッ。
一気に全身鳥肌がたったわ。
「気持ち悪いことを言わないで下さいませ! 私は殿下なんて大嫌いです。話をするのはもちろん、顔を見るのも嫌ですわ。アストル様と離婚した後、どうしても殿下と結婚しなければならないのなら、廃籍して平民になることさえ辞さないほどに。勘違いも程々にして下さいませ!」
「そんな……」
私の叫びを聞いて、何故か顔色をなくすアストル様。
一体どうしたのかしら?
私が殿下を好いていないことで、アストル様が衝撃を受ける理由が分からない。
「もしかして俺はエイミーに騙されていた? いや、彼女だって知らなかったのかもしれない。実際に見かけた俺だって……いやでも、だったら結婚式前日の話は……」
一人でぶつぶつ呟き続けるアストル様を、私は遠い目をして見つめる。
内容からして、アストル様はどうやら私と殿下の仲を疑っていたらしい。
王宮庭園で見かけた私達の様子から関係性を誤解し、そこに愛妾の方からの嘘が加わったことで事実として思い込んだ、というところかしら。
恐らく愛妾の方は、私と殿下の仲を疑うことでできたアストル様の心の隙間に入り込み、そこから彼を籠絡することで愛妾として収まろうと思ったのでしょうね。
実際はそんな面倒なことをしなくても、あの魅力的な身体を殿下に見せつければ、それだけで『第二王子の愛妾』の地位を手に入れられたわけだけど。
本当に余計なことばかりして、迷惑な方だわ。
夕食を摂った後、「一人で考えたい」と言って部屋に引き籠られたから、今日はもしかしたら此方へはいらっしゃらないかもしれないと思っていたけれど、そんな私の予想に反して逃げずにちゃんとやって来られた。
「アストル様、どうぞ」
空いているベッドの隣を示し、そこへ来るよう促せば、少しばかり躊躇った後素直に従ってくれる。
こんなにも落ち込んだアストル様を見たのは初めてだわ。
それほどまでに、『爵位目当て』と言われたことがショックだったのね。
愛妾の方に愛はなくても、アストル様にはあったんだから、当たり前よね……。
私も結婚初夜でほぼ同じことをアストル様に言われたわけだけど、あの時は本当にショックで悲しかったし、一時的な感情で結婚を取りやめようかと思ってしまうほどに傷付いた。
だから今のアストル様はあの時の私と同じ気持ちで、愛妾の方がいてこそ私との結婚が成り立っていたという事実からすると、最悪私達は離婚すらも視野に入れなくてはならないのかもしれない。
できれば私はアストル様と離れたくないし、純潔を奪った責任だって取ってほしいけれど。
だけどそれは私の我が儘だと分かっているし、純潔だって無理矢理奪わせたと言えなくもないから、あまり強く言うこともできないのよね。
といって、アストル様も今すぐ私と別れて一人になるのはお辛いだろうし、昼間には「捨てないで」と縋っておられたから、ある程度の準備期間はいただけるかもしれない。
今は愛妾の方と別れたばかりで混乱なさっているだろうから、もう少しアストル様の気持ちが落ち着いたら話してみよう。
私としても、気持ちの整理をする時間が欲しいし。
「クロディーヌ……」
「アストル様?」
不意に頬へと伸びてきたアストル様の手に自分の手を重ね、無言で頬を擦り寄せる。
ずっと、彼とこんな風に過ごしたいと思っていた。
アストル様と結婚して、子供をもうけて、ずっとずっと愛のある暮らしをしていくんだと思っていた。
そう願っていたのが私だけだったなんて思いもせずに。
私のその願望は、初夜で見事木っ端微塵に打ち砕かれてしまったけれど。
「クロディーヌ、君は本当にあんな男の所へ行きたいのか?」
「え?」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
不可解な言葉が突如としてアストル様の口から飛び出し、私は首を傾げる。
「アストル様、今なんと仰いました?」
「だから、クロディーヌは本当に、妃よりも先に妾を迎えるような、あんな男が好きなのか? って……」
えええええええええええ!?
なんなのそれ、なんなのそれ、なんなのそれ!?
「なんですの、それは! その男というのは第二王子殿下のことですわよね? どうして私があのような不埒な男を好きなことになっていますの!?」
冗談じゃない。
どうしてそんな酷い勘違いをされているの?
あんな端ない格好で外を平気で出歩くような無神経男を、この私が好き!?
そんなこと天地がひっくり返ってもありえないのに、アストル様はどうしてそんな勘違いを?
「だ、だってさ、俺は君と殿下が王宮内の庭園で楽しそうに散歩している姿を何度か見たことがあるし、それにほら、俺達の結婚式の前日だって殿下と会っていたんだろう? だから──」
「結婚式の前日になんて会っていませんわ!」
なんで、どうして、どこからそんな作り話が出てきたの?
「王宮庭園には……確かに何度か呼び出されて行ったことがありますけれど、私は一度だって『楽しそうに』散歩したことなど御座いません。しかも、毎回毎回殿下に脅され、仕方なく行っていただけで……」
そう、憎きあの男は『僕の言う通りにしなければ、使用人を一人ずつ処刑する』と言って私を脅したのだ。
嫌そうな顔をしても、抱擁を拒んでも、とにかく第二王子の気に入らないことをした時点で、侯爵家の使用人に報復をすると。
「じゃあ君は、殿下と恋仲だったわけではない……?」
ゾゾッ。
一気に全身鳥肌がたったわ。
「気持ち悪いことを言わないで下さいませ! 私は殿下なんて大嫌いです。話をするのはもちろん、顔を見るのも嫌ですわ。アストル様と離婚した後、どうしても殿下と結婚しなければならないのなら、廃籍して平民になることさえ辞さないほどに。勘違いも程々にして下さいませ!」
「そんな……」
私の叫びを聞いて、何故か顔色をなくすアストル様。
一体どうしたのかしら?
私が殿下を好いていないことで、アストル様が衝撃を受ける理由が分からない。
「もしかして俺はエイミーに騙されていた? いや、彼女だって知らなかったのかもしれない。実際に見かけた俺だって……いやでも、だったら結婚式前日の話は……」
一人でぶつぶつ呟き続けるアストル様を、私は遠い目をして見つめる。
内容からして、アストル様はどうやら私と殿下の仲を疑っていたらしい。
王宮庭園で見かけた私達の様子から関係性を誤解し、そこに愛妾の方からの嘘が加わったことで事実として思い込んだ、というところかしら。
恐らく愛妾の方は、私と殿下の仲を疑うことでできたアストル様の心の隙間に入り込み、そこから彼を籠絡することで愛妾として収まろうと思ったのでしょうね。
実際はそんな面倒なことをしなくても、あの魅力的な身体を殿下に見せつければ、それだけで『第二王子の愛妾』の地位を手に入れられたわけだけど。
本当に余計なことばかりして、迷惑な方だわ。
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