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第39話 謝罪
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いつでもどこでもやらかす人だと思ってはいたけれど、まさか他人の恋人を奪い取るような真似までするなんて、さすがの私でも予想外だった。
いくら傍若無人に振る舞っていようとも、どんなに傲慢であろうとも、王族である以上最低限の常識は弁えていると思っていたのに。
アストル様の愛妾を、殿下の妾として娶るですって?
どうして急にそんなことになってしまったの?
二人に繋がりがあることは知っていたけれど、展開が急すぎて理解が追い付かない。
アストル様と彼女は愛し合っていた筈。
しかも、彼女がこの邸に乗り込んできてから、まだ一週間も経っていないわよね?
私が寝込んでいる間に、一体何があったというの?
「……エイミーは、それで納得しているんですか?」
アストル様が、喉から声を絞り出すようにして殿下に問い質す。
その表情はとても悲痛だ。見ているだけで胸が痛くなってしまうほどに。
辛いでしょうね、愛する人を他の男に奪われるだなんて……。
「納得するも何も、本人の希望だからな。彼女は最初から爵位目当てで貴様に近付いたと言っていた。ならば僕のものになれと言ったら、二つ返事で頷いただけのこと。それ以外には何もない」
「爵位目当て……」
真っ青な顔をするアストル様。
こう言ってはなんですが、あなたも爵位目当てで私と結婚したと仰っていましたよね?
それならその言葉に関しては、あなたに傷付く権利はないと思うのですが、どうなんでしょう?
例え自分はそうでも、他人に同じことをされたら傷付くというのは、些か都合が良すぎるような気がしますけれど。
「だ、だけどエイミーは俺とクロディーヌの結婚を後押ししてくれて──」
「そんなことは当たり前だろう。彼女は平民だ。愛妾以外に貴族と繋がりを持つ手段はない」
殿下にキッパリと言い切られ、アストル様は言葉を失くす。
貴族と平民では身分が違うから、結婚するならお互いが平民となるか、平民の方が貴族籍を手に入れなければいけない。
どちらも無理な場合は、貴族である方が形ばかりの結婚をして、平民である恋人を愛妾として迎え入れるといった方法が取られるから、アストル様の場合はまさにこのパターン。
けれど、迎え入れる寸前になってアストル様が受け入れ拒否をしたことと、殿下からの申し入れが重なったことにより、恐らく彼女は嫁ぎ先を殿下へと変更したのだ。
爵位狙いであるなら今現在王族である殿下の方がアストル様より爵位は高いし、加えて愛妾契約を反故にされたことを考えれば、それ以外の選択肢はなかったともいえる。
私とアストル様との結婚を後押ししてくれたのも、アストル様が結婚しない限り愛妾になれなかったからだと思えば、彼女の行動全てに説明がつく。
そして、そこから導き出される答えは、実は彼女がアストル様を愛してなどいなかったという非情な事実で。
「アストル様……」
「クロディーヌ! そいつを見限りたくなったら、いつでも僕に連絡しろ。わけあって先に妾を娶ることになってしまったが、僕の隣は君だけのものだからな」
言うだけ言うと、殿下は私の返答も待たずにサッサと邸から出て行ってしまった。
あの様子から察するに、手に入れたばかりの愛妾と二人きりの濃密な時間を過ごすために帰ったのだろう。
あんな破廉恥な格好でやって来たのも、アストル様に二人は既に身体の関係があるということを暗に知らしめるためだったのかもしれない。
どちらにしても、あのような格好で平気な顔して出歩く神経を疑うが。
「もう臣籍降下なんてやめて、二人で仲良く王宮で暮らしてなさいよ……」
聞こえるか聞こえないか程度の小さな声で悪態を吐く。
爵位目当てと身体目当て。
利害が一致しているのなら、私まで巻き込むのはやめてほしい。
できれば私はアストル様と添い遂げたいと思っているのだから。
「……クロディーヌ」
「なあに?」
弱々しい声で名を呼ばれ、首を傾げて答えると、突然アストル様が平伏し、床に額を擦り付けた。
「えっ、ちょ、アストル様?」
「すまない! すまなかった! 爵位目当てと言われることが、これほどまでにショックを感じるものだとは思わなかったんだ! 安易な言葉で君を傷付けて……本当にすまなかった!」
ああ、そういうこと。
自分が同じ科白を吐かれて、初めてその言葉の無神経さに気が付いたというわけね。
謝られても今更だけど、分かってくれただけでも御の字かしら。
これで今後は同じ科白を言わない筈だし。というか、言えないわよね。
愛妾にする予定の彼女は、まさにそれが理由で殿下の元へ行ってしまったのだから。
「すまない! すまないクロディーヌ!」
別に私は怒ってなどいないのに、アストル様は何度も何度も頭を下げてくれる。
絨毯に擦れて額が赤くなっているけれど、それにも構わず必死に謝ってくれる姿に胸が打たれてしまうのは、惚れた弱みなのかしら。
「アストル様、もう良いですわ……」
そっとアストル様の頬に手を添え、顔を上げさせる。
このままにしておくと、明日の朝まで謝っていそうだ。
至近距離で潤んだ瞳を覗き込めば、縋り付くように抱きしめられた。
「ごめん、クロディーヌ。本当にごめん! お願いだから俺を捨てないで……」
「アストル様、大丈夫ですよ。私はあなたを捨てたりなど致しませんわ」
子供のようにひたすら謝り続けるアストル様の背を優しく摩り、大丈夫と繰り返す。
彼は私より年上の筈なのに、まるで子供のようだと思いながら、暫くの間私はアストル様を慰め続けていたのだった。
いくら傍若無人に振る舞っていようとも、どんなに傲慢であろうとも、王族である以上最低限の常識は弁えていると思っていたのに。
アストル様の愛妾を、殿下の妾として娶るですって?
どうして急にそんなことになってしまったの?
二人に繋がりがあることは知っていたけれど、展開が急すぎて理解が追い付かない。
アストル様と彼女は愛し合っていた筈。
しかも、彼女がこの邸に乗り込んできてから、まだ一週間も経っていないわよね?
私が寝込んでいる間に、一体何があったというの?
「……エイミーは、それで納得しているんですか?」
アストル様が、喉から声を絞り出すようにして殿下に問い質す。
その表情はとても悲痛だ。見ているだけで胸が痛くなってしまうほどに。
辛いでしょうね、愛する人を他の男に奪われるだなんて……。
「納得するも何も、本人の希望だからな。彼女は最初から爵位目当てで貴様に近付いたと言っていた。ならば僕のものになれと言ったら、二つ返事で頷いただけのこと。それ以外には何もない」
「爵位目当て……」
真っ青な顔をするアストル様。
こう言ってはなんですが、あなたも爵位目当てで私と結婚したと仰っていましたよね?
それならその言葉に関しては、あなたに傷付く権利はないと思うのですが、どうなんでしょう?
例え自分はそうでも、他人に同じことをされたら傷付くというのは、些か都合が良すぎるような気がしますけれど。
「だ、だけどエイミーは俺とクロディーヌの結婚を後押ししてくれて──」
「そんなことは当たり前だろう。彼女は平民だ。愛妾以外に貴族と繋がりを持つ手段はない」
殿下にキッパリと言い切られ、アストル様は言葉を失くす。
貴族と平民では身分が違うから、結婚するならお互いが平民となるか、平民の方が貴族籍を手に入れなければいけない。
どちらも無理な場合は、貴族である方が形ばかりの結婚をして、平民である恋人を愛妾として迎え入れるといった方法が取られるから、アストル様の場合はまさにこのパターン。
けれど、迎え入れる寸前になってアストル様が受け入れ拒否をしたことと、殿下からの申し入れが重なったことにより、恐らく彼女は嫁ぎ先を殿下へと変更したのだ。
爵位狙いであるなら今現在王族である殿下の方がアストル様より爵位は高いし、加えて愛妾契約を反故にされたことを考えれば、それ以外の選択肢はなかったともいえる。
私とアストル様との結婚を後押ししてくれたのも、アストル様が結婚しない限り愛妾になれなかったからだと思えば、彼女の行動全てに説明がつく。
そして、そこから導き出される答えは、実は彼女がアストル様を愛してなどいなかったという非情な事実で。
「アストル様……」
「クロディーヌ! そいつを見限りたくなったら、いつでも僕に連絡しろ。わけあって先に妾を娶ることになってしまったが、僕の隣は君だけのものだからな」
言うだけ言うと、殿下は私の返答も待たずにサッサと邸から出て行ってしまった。
あの様子から察するに、手に入れたばかりの愛妾と二人きりの濃密な時間を過ごすために帰ったのだろう。
あんな破廉恥な格好でやって来たのも、アストル様に二人は既に身体の関係があるということを暗に知らしめるためだったのかもしれない。
どちらにしても、あのような格好で平気な顔して出歩く神経を疑うが。
「もう臣籍降下なんてやめて、二人で仲良く王宮で暮らしてなさいよ……」
聞こえるか聞こえないか程度の小さな声で悪態を吐く。
爵位目当てと身体目当て。
利害が一致しているのなら、私まで巻き込むのはやめてほしい。
できれば私はアストル様と添い遂げたいと思っているのだから。
「……クロディーヌ」
「なあに?」
弱々しい声で名を呼ばれ、首を傾げて答えると、突然アストル様が平伏し、床に額を擦り付けた。
「えっ、ちょ、アストル様?」
「すまない! すまなかった! 爵位目当てと言われることが、これほどまでにショックを感じるものだとは思わなかったんだ! 安易な言葉で君を傷付けて……本当にすまなかった!」
ああ、そういうこと。
自分が同じ科白を吐かれて、初めてその言葉の無神経さに気が付いたというわけね。
謝られても今更だけど、分かってくれただけでも御の字かしら。
これで今後は同じ科白を言わない筈だし。というか、言えないわよね。
愛妾にする予定の彼女は、まさにそれが理由で殿下の元へ行ってしまったのだから。
「すまない! すまないクロディーヌ!」
別に私は怒ってなどいないのに、アストル様は何度も何度も頭を下げてくれる。
絨毯に擦れて額が赤くなっているけれど、それにも構わず必死に謝ってくれる姿に胸が打たれてしまうのは、惚れた弱みなのかしら。
「アストル様、もう良いですわ……」
そっとアストル様の頬に手を添え、顔を上げさせる。
このままにしておくと、明日の朝まで謝っていそうだ。
至近距離で潤んだ瞳を覗き込めば、縋り付くように抱きしめられた。
「ごめん、クロディーヌ。本当にごめん! お願いだから俺を捨てないで……」
「アストル様、大丈夫ですよ。私はあなたを捨てたりなど致しませんわ」
子供のようにひたすら謝り続けるアストル様の背を優しく摩り、大丈夫と繰り返す。
彼は私より年上の筈なのに、まるで子供のようだと思いながら、暫くの間私はアストル様を慰め続けていたのだった。
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