上 下
40 / 46

第39話 謝罪

しおりを挟む
 いつでもどこでもやらかす人だと思ってはいたけれど、まさか他人の恋人を奪い取るような真似までするなんて、さすがの私でも予想外だった。

 いくら傍若無人に振る舞っていようとも、どんなに傲慢であろうとも、王族である以上最低限の常識は弁えていると思っていたのに。

 アストル様の愛妾を、殿下の妾として娶るですって?

 どうして急にそんなことになってしまったの?

 二人に繋がりがあることは知っていたけれど、展開が急すぎて理解が追い付かない。

 アストル様と彼女は愛し合っていた筈。

 しかも、彼女がこの邸に乗り込んできてから、まだ一週間も経っていないわよね?

 私が寝込んでいる間に、一体何があったというの?

「……エイミーは、それで納得しているんですか?」

 アストル様が、喉から声を絞り出すようにして殿下に問い質す。

 その表情はとても悲痛だ。見ているだけで胸が痛くなってしまうほどに。

 辛いでしょうね、愛する人を他の男に奪われるだなんて……。

「納得するも何も、本人の希望だからな。彼女は最初から爵位目当てで貴様に近付いたと言っていた。ならば僕のものになれと言ったら、二つ返事で頷いただけのこと。それ以外には何もない」
「爵位目当て……」

 真っ青な顔をするアストル様。

 こう言ってはなんですが、あなたも爵位目当てで私と結婚したと仰っていましたよね?

 それならその言葉に関しては、あなたに傷付く権利はないと思うのですが、どうなんでしょう?

 例え自分はそうでも、他人に同じことをされたら傷付くというのは、些か都合が良すぎるような気がしますけれど。

「だ、だけどエイミーは俺とクロディーヌの結婚を後押ししてくれて──」
「そんなことは当たり前だろう。彼女は平民だ。愛妾以外に貴族と繋がりを持つ手段はない」

 殿下にキッパリと言い切られ、アストル様は言葉を失くす。

 貴族と平民では身分が違うから、結婚するならお互いが平民となるか、平民の方が貴族籍を手に入れなければいけない。

 どちらも無理な場合は、貴族である方が形ばかりの結婚をして、平民である恋人を愛妾として迎え入れるといった方法が取られるから、アストル様の場合はまさにこのパターン。

 けれど、迎え入れる寸前になってアストル様が受け入れ拒否をしたことと、殿下からの申し入れが重なったことにより、恐らく彼女は嫁ぎ先を殿下へと変更したのだ。

 爵位狙いであるなら今現在王族である殿下の方がアストル様より爵位は高いし、加えて愛妾契約を反故にされたことを考えれば、それ以外の選択肢はなかったともいえる。

 私とアストル様との結婚を後押ししてくれたのも、アストル様が結婚しない限り愛妾になれなかったからだと思えば、彼女の行動全てに説明がつく。

 そして、そこから導き出される答えは、実は彼女がアストル様を愛してなどいなかったという非情な事実で。

「アストル様……」
「クロディーヌ! そいつを見限りたくなったら、いつでも僕に連絡しろ。わけあって先に妾を娶ることになってしまったが、僕の隣は君だけのものだからな」

 言うだけ言うと、殿下は私の返答も待たずにサッサと邸から出て行ってしまった。

 あの様子から察するに、手に入れたばかりの愛妾と二人きりの濃密な時間を過ごすために帰ったのだろう。

 あんな破廉恥な格好でやって来たのも、アストル様に二人は既に身体の関係があるということを暗に知らしめるためだったのかもしれない。

 どちらにしても、あのような格好で平気な顔して出歩く神経を疑うが。

「もう臣籍降下なんてやめて、二人で仲良く王宮で暮らしてなさいよ……」

 聞こえるか聞こえないか程度の小さな声で悪態を吐く。

 爵位目当てと身体目当て。

 利害が一致しているのなら、私まで巻き込むのはやめてほしい。

 できれば私はアストル様と添い遂げたいと思っているのだから。

「……クロディーヌ」
「なあに?」

 弱々しい声で名を呼ばれ、首を傾げて答えると、突然アストル様が平伏し、床に額を擦り付けた。

「えっ、ちょ、アストル様?」
「すまない! すまなかった! 爵位目当てと言われることが、これほどまでにショックを感じるものだとは思わなかったんだ! 安易な言葉で君を傷付けて……本当にすまなかった!」

 ああ、そういうこと。

 自分が同じ科白を吐かれて、初めてその言葉の無神経さに気が付いたというわけね。

 謝られても今更だけど、分かってくれただけでも御の字かしら。

 これで今後は同じ科白を言わない筈だし。というか、言えないわよね。

 愛妾にする予定の彼女は、まさにそれが理由で殿下の元へ行ってしまったのだから。

「すまない! すまないクロディーヌ!」

 別に私は怒ってなどいないのに、アストル様は何度も何度も頭を下げてくれる。

 絨毯に擦れて額が赤くなっているけれど、それにも構わず必死に謝ってくれる姿に胸が打たれてしまうのは、惚れた弱みなのかしら。

「アストル様、もう良いですわ……」

 そっとアストル様の頬に手を添え、顔を上げさせる。

 このままにしておくと、明日の朝まで謝っていそうだ。

 至近距離で潤んだ瞳を覗き込めば、縋り付くように抱きしめられた。

「ごめん、クロディーヌ。本当にごめん! お願いだから俺を捨てないで……」
「アストル様、大丈夫ですよ。私はあなたを捨てたりなど致しませんわ」

 子供のようにひたすら謝り続けるアストル様の背を優しく摩り、大丈夫と繰り返す。

 彼は私より年上の筈なのに、まるで子供のようだと思いながら、暫くの間私はアストル様を慰め続けていたのだった。

 





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?

詩海猫
恋愛
私の家は子爵家だった。 高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。 泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。 私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。 八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。 *文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*

離婚したらどうなるのか理解していない夫に、笑顔で離婚を告げました。

Mayoi
恋愛
実家の財政事情が悪化したことでマティルダは夫のクレイグに相談を持ち掛けた。 ところがクレイグは過剰に反応し、利用価値がなくなったからと離婚すると言い出した。 なぜ財政事情が悪化していたのか、マティルダの実家を失うことが何を意味するのか、クレイグは何も知らなかった。

悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。

三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。

本日はお日柄も良く、白い結婚おめでとうございます。

待鳥園子
恋愛
とある誤解から、白い結婚を二年続け別れてしまうはずだった夫婦。 しかし、別れる直前だったある日、夫の態度が豹変してしまう出来事が起こった。 ※両片思い夫婦の誤解が解けるさまを、にやにやしながら読むだけの短編です。

【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った

Mimi
恋愛
 声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。  わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。    今日まで身近だったふたりは。  今日から一番遠いふたりになった。    *****  伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。  徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。  シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。  お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……  * 無自覚の上から目線  * 幼馴染みという特別感  * 失くしてからの後悔   幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。 中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。 本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。 ご了承下さいませ。 他サイトにも公開中です

アリシアの恋は終わったのです【完結】

ことりちゃん
恋愛
昼休みの廊下で、アリシアはずっとずっと大好きだったマークから、いきなり頬を引っ叩かれた。 その瞬間、アリシアの恋は終わりを迎えた。 そこから長年の虚しい片想いに別れを告げ、新しい道へと歩き出すアリシア。 反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。 案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。 ーーーーー 12話で完結します。 よろしくお願いします(´∀`)

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...