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第38話 襲来 2
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それから二日後。
満を持して第二王子殿下が再び邸へとやって来た。
正直もの凄く迷惑。
王族でさえなければ出禁にしてやるのに。
イライラする気持ちを抑えながら、応接室へと案内されて来た殿下を出迎える。
「第二王子殿下、本日はようこそいらっしゃいまし──」
カーテシーをして、挨拶しながら顔を上げた私は──彼の姿を一目見るなり、驚愕に目を見張った。
だってこれ、これ……ええ!?
私の様子に気付くことなく、殿下は大きな花束を差し出してくる。
「やぁクロディーヌ。体調を崩したと聞いたが、無事に回復したようで何よりだ。これも僕が見舞い代わりに送った花のお陰かな? 何しろあれは僕が手ずから手折った花で──」
上気した顔でなにやら延々と話しているけれど、私の耳にはまったく何も入ってこない。
何故って殿下のしているお姿が、あまりにも衝撃的すぎるから。
どうしてそんなに服をはだけているの? どうしてちょっと息が荒いの?
胸元についた歯形みたいなものはなに──?
「……クロディーヌ?」
私が返事をしないことを疑問に思ったのか、殿下が此方に手を伸ばしてくる。
「……っ!」
辛うじて拒否の言葉を口にはしなかったものの、触れられたくなくて思わず身体を強張らせると、アストル様がさり気なく私と殿下の間に入ってくれた。
「殿下、申し訳ございません。妻はまだ体調があまり良くなく、加えて喉を痛めているようなので……」
本当は嘘だけど、それっぽい理由でもってアストル様が私を殿下から遠ざけてくれる。
なんて素敵なの、アストル様。
正直助かったわ。あんな状態の殿下に近寄られたら、気持ち悪くて吐いてしまったかもしれないもの。
そうなったら不敬どころか即処刑されかねないものね。
「なんだ、そうか。せっかく来たのにクロディーヌはまだ、あまり話ができないのか……」
アストル様に言われたことを繰り返しながら、殿下が名残惜しそうな視線を向けてくる。
そんな目で見られても、私はあなたと話などしませんからね。というか、胸元のボタンを早く留めてほしいわ。
気持ち悪くて直視できない。
この方、どうしてこんな状態で外を歩けるのかしら。
羞恥心をどこかに捨ててきてしまったとか?
王宮内ですれ違った方達は、殿下に何も言わなかったの?
……ああ、いえ。言わなかったのではなく言えなかったのね。
第二王子殿下に余計なことを言えば、処刑されるかもしれないから……。
こんな見るからに『致した』後の状態で王宮内を歩く王子に対し何も言うことができないのは、さぞやストレスが溜まることだろう。
しかも王宮に勤める方達は、王宮勤めとして採用されるために様々な試験を突破し、狭き門を潜り抜けた優秀な方ばかりだと聞く。
そのような方々が仕える主人がこれじゃあ、彼らはきっと報われない思いを抱えていらっしゃるでしょうね。
爵位などは関係なく、基本的に仕事のできる人間を採用するという国王陛下のやり方は素晴らしいと思うけれど、それだけに、優秀な者ばかりいる王宮の使用人達の目に、この第二王子の姿はどう映っているのかしら。
とっとと臣籍降下していなくなれ、と思われていたりして。
もしそうだとしたら、私まで彼らに恨まれている可能性があるわね。
第二王子の唯一の降下先であった私が結婚してしまったせいで、彼の臣籍降下はほぼ絶望的となってしまったんだもの。
王宮にお勤めの方々ごめんなさい。でも私だって幸せになりたいから許して欲しい。
一生をこんな顔だけの我が儘傲慢男に捧げるなんて御免だわ。
「……殿下、どうぞお掛けください」
アストル様が、若干私を殿下から隠すようにしながら、ソファへと誘導する。
けれど殿下は何故か首を振ってそれを断ると、アストル様の真正面に立ち、こう言った。
「クロディーヌが話せないのなら、長居しても仕方がない。だが、これだけは伝えておこう。此方の邸に愛妾として迎え入れられる筈だったエイミーだが、彼女は急遽僕の愛妾として娶ることとなった。横から掻っ攫う形になって申し訳ないが、彼女がどうしても僕の方が良いと言うものでな」
「「は!?」」
驚く私とアストル様の声が重なった──。
満を持して第二王子殿下が再び邸へとやって来た。
正直もの凄く迷惑。
王族でさえなければ出禁にしてやるのに。
イライラする気持ちを抑えながら、応接室へと案内されて来た殿下を出迎える。
「第二王子殿下、本日はようこそいらっしゃいまし──」
カーテシーをして、挨拶しながら顔を上げた私は──彼の姿を一目見るなり、驚愕に目を見張った。
だってこれ、これ……ええ!?
私の様子に気付くことなく、殿下は大きな花束を差し出してくる。
「やぁクロディーヌ。体調を崩したと聞いたが、無事に回復したようで何よりだ。これも僕が見舞い代わりに送った花のお陰かな? 何しろあれは僕が手ずから手折った花で──」
上気した顔でなにやら延々と話しているけれど、私の耳にはまったく何も入ってこない。
何故って殿下のしているお姿が、あまりにも衝撃的すぎるから。
どうしてそんなに服をはだけているの? どうしてちょっと息が荒いの?
胸元についた歯形みたいなものはなに──?
「……クロディーヌ?」
私が返事をしないことを疑問に思ったのか、殿下が此方に手を伸ばしてくる。
「……っ!」
辛うじて拒否の言葉を口にはしなかったものの、触れられたくなくて思わず身体を強張らせると、アストル様がさり気なく私と殿下の間に入ってくれた。
「殿下、申し訳ございません。妻はまだ体調があまり良くなく、加えて喉を痛めているようなので……」
本当は嘘だけど、それっぽい理由でもってアストル様が私を殿下から遠ざけてくれる。
なんて素敵なの、アストル様。
正直助かったわ。あんな状態の殿下に近寄られたら、気持ち悪くて吐いてしまったかもしれないもの。
そうなったら不敬どころか即処刑されかねないものね。
「なんだ、そうか。せっかく来たのにクロディーヌはまだ、あまり話ができないのか……」
アストル様に言われたことを繰り返しながら、殿下が名残惜しそうな視線を向けてくる。
そんな目で見られても、私はあなたと話などしませんからね。というか、胸元のボタンを早く留めてほしいわ。
気持ち悪くて直視できない。
この方、どうしてこんな状態で外を歩けるのかしら。
羞恥心をどこかに捨ててきてしまったとか?
王宮内ですれ違った方達は、殿下に何も言わなかったの?
……ああ、いえ。言わなかったのではなく言えなかったのね。
第二王子殿下に余計なことを言えば、処刑されるかもしれないから……。
こんな見るからに『致した』後の状態で王宮内を歩く王子に対し何も言うことができないのは、さぞやストレスが溜まることだろう。
しかも王宮に勤める方達は、王宮勤めとして採用されるために様々な試験を突破し、狭き門を潜り抜けた優秀な方ばかりだと聞く。
そのような方々が仕える主人がこれじゃあ、彼らはきっと報われない思いを抱えていらっしゃるでしょうね。
爵位などは関係なく、基本的に仕事のできる人間を採用するという国王陛下のやり方は素晴らしいと思うけれど、それだけに、優秀な者ばかりいる王宮の使用人達の目に、この第二王子の姿はどう映っているのかしら。
とっとと臣籍降下していなくなれ、と思われていたりして。
もしそうだとしたら、私まで彼らに恨まれている可能性があるわね。
第二王子の唯一の降下先であった私が結婚してしまったせいで、彼の臣籍降下はほぼ絶望的となってしまったんだもの。
王宮にお勤めの方々ごめんなさい。でも私だって幸せになりたいから許して欲しい。
一生をこんな顔だけの我が儘傲慢男に捧げるなんて御免だわ。
「……殿下、どうぞお掛けください」
アストル様が、若干私を殿下から隠すようにしながら、ソファへと誘導する。
けれど殿下は何故か首を振ってそれを断ると、アストル様の真正面に立ち、こう言った。
「クロディーヌが話せないのなら、長居しても仕方がない。だが、これだけは伝えておこう。此方の邸に愛妾として迎え入れられる筈だったエイミーだが、彼女は急遽僕の愛妾として娶ることとなった。横から掻っ攫う形になって申し訳ないが、彼女がどうしても僕の方が良いと言うものでな」
「「は!?」」
驚く私とアストル様の声が重なった──。
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