上 下
35 / 46

第34話 第二王子の企み

しおりを挟む
「──というわけで、そなたの娘エイミーは僕が貰い受ける。代わりと言ってはなんだが、貴家には王家御用達の看板を掲げることを許可しよう」
「は、はいっ! ありがとうございます。光栄の極みです!」

 ヒースメイル侯爵家の入り婿であるアストルの愛妾候補であったエイミーを自分の物とした次の日、僕は早速彼女の父親を王宮へと呼び出し、エイミーを自分の妾として娶ることを了承させた。

 最初のうちこそ父親は「はて? エイミーは公爵家三男様の愛妾となるのでは……?」と首を傾げていたが、「この僕と運命的な出逢いをし、此方へ鞍替えすることになった」と告げれば、驚愕の表情となった後、満面の笑みでもって頷いた。

 エイミーにとって僕とアストル、どちらの妾になるのがより幸せなのかは分からないが、彼女の父親にとっては『王家御用達』の看板を掲げることができる分、第二王子である僕との繋がりを持つ方が絶対に得だからな。

 商売を生業とする者として、その辺りの計算が早いのは流石だ。

「とはいえ、僕はまだ正妃を迎える前ということもある。このことは僕とお前だけの秘密にして欲しい」

 もしこれが僕の父親である国王にバレたら「正妃を娶る前に妾を迎えるなど、どういうつもりだ!」と拳が飛んできてもおかしくはない。

 父上も兄上も頭は良いのだが、すぐに手が出るのが玉に瑕なんだよな。

 まぁ誰しも欠点というものはあるし、僕も甘んじて殴られる気はないので、三回のうち二回ぐらいは躱しているが。

「それでですね、あのぅ……大変申し上げにくいのですが、持参金の用意がなく……」

 エイミーの父親が、恐る恐るといった態でそんなことを口にしてくる。

 ああ、そうか。

 相手が平民だったから、アストルは持参金を免除していたんだな。

 入り婿のくせに持参金なしで愛妾を迎えるなど、どこまでクロディーヌを馬鹿にするつもりなんだと憤るが、最終的に迎え入れを拒否したとなると……最初からそうするつもりだったのか? とも思う。

 結婚してから愛妾として迎え入れることを約束し、持参金まで用意させたとなると──いくら相手が平民とはいえ、拒否した時の外聞が悪すぎるからな。

 最悪、弄んだと騒がれかねない。

 だが持参金の用意をしていなかったのなら、結婚前の火遊びとしてギリギリ言い逃れもできる。

 だとしたら、何故あいつは初夜の前に愛妾宣言などをしたのか。

 最初から愛妾を迎える気がなかったのならば、わざわざ余計なことを言って初夜を遠ざけなくとも良かったような気もするが。

「こればっかりは、本人でないとハッキリしないな……」

 エイミーも、次期侯爵邸に潜ませた影も同じことを言っていたから、アストルがクロディーヌに愛妾宣言をしたことは間違いない。

 そして、それにより二人の間には、今までに一番深いといっても過言ではないほどの溝ができていることも知っている。

 付け入るなら、今が絶好の機会だ。

「……よし!」

 気合いを入れ、僕は立ち上がった。

 そのまま応接室を出ようとすると、何者かに足元へと縋り付かれた。

「お、お待ち下さい! 持参金の話がまだ……」

 縋り付いて来たものを振り払おうとした僕の視線の先にいたのは、エイミーの父親だった。

 そうだ、エイミーの父親の存在をすっかり忘れていた。

 一つの考えに集中しだすと、つい周りが見えなくなるのが僕の悪い癖だな。

「持参金は必要ない。お前は速やかに家へと帰り、後日御用達の看板が届くのを楽しみに待て」

 臣籍降下のことを考えると、金は有るに越したことはないが、今は極力怪しまれるような行動は慎まなければならない。

 故に、この話は一旦保留だ。

「ありがとうございます! そうさせていただきます!」

 嬉しそうに言うと、エイミーの父親はさっと僕の足から離れ、足早に部屋から出て行く。

 勝手に娘の嫁ぎ先をすり替えてしまったが、王家御用達の看板一つで頷いてくれて良かった。

 此方としても事を荒立てたくはないし、もう既に処女を奪ってしまった後だから、返せと言われて返せるものでもないし。

 今までに味見をした何人かの令嬢は、事を為した後魔術師の元へ連れて行き、処女の証を修復させて家に帰らせたが、エイミーの身体は僕の見立て通り過去最高だったから、自分の腕の中へ囲い込むことに決めたのだ。

 あとはクロディーヌさえアストルと別れさせ、ヒースメイル次期侯爵家にエイミーを連れて臣籍降下すれば、一先ず僕の目的は達成される。

 チラ、と部屋に備え付けられた時計に目をやり時間を確認すると、僕は行き先を次期侯爵邸ではなく、自らの自室へと変更した。

 女を抱いた後は男の色気が滲み出るというから、エイミーを存分に可愛がってからクロディーヌのところへ行った方が良いかもしれない。

 僕が醸し出す男の色気にクロディーヌがメロメロになれば儲けものだ。

 そんなことを考えながらエイミーの待つ私室へと向かう僕の足取りは、羽根のように軽かった。

 

 

 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

この契約結婚は依頼につき〜依頼された悪役令嬢なのに、なぜか潔癖公爵様に溺愛されています!〜

海空里和
恋愛
まるで物語に出てくる「悪役令嬢」のようだと悪評のあるアリアは、魔法省局長で公爵の爵位を継いだフレディ・ローレンと契約結婚をした。フレディは潔癖で女嫌いと有名。煩わしい社交シーズン中の虫除けとしてアリアが彼の義兄でもある宰相に依頼されたのだ。 噂を知っていたフレディは、アリアを軽蔑しながらも違和感を抱く。そして初夜のベッドの上で待っていたのは、「悪役令嬢」のアリアではなく、フレディの初恋の人だった。 「私は悪役令嬢「役」を依頼されて来ました」 「「役」?! 役って何だ?!」  悪役令嬢になることでしか自分の価値を見出だせないアリアと、彼女にしか触れることの出来ない潔癖なフレディ。 溺愛したいフレディとそれをお仕事だと勘違いするアリアのすれ違いラブ!

かりそめの侯爵夫妻の恋愛事情

きのと
恋愛
自分を捨て、兄の妻になった元婚約者のミーシャを今もなお愛し続けているカルヴィンに舞い込んだ縁談。見合い相手のエリーゼは、既婚者の肩書さえあれば夫の愛など要らないという。 利害が一致した、かりそめの夫婦の結婚生活が始まった。世間体を繕うためだけの婚姻だったはずが、「新妻」との暮らしはことのほか快適で、エリーゼとの生活に居心地の良さを感じるようになっていく。 元婚約者=義姉への思慕を募らせて苦しむカルヴィンに、エリーゼは「私をお義姉様だと思って抱いてください」とミーシャの代わりになると申し出る。何度も肌を合わせるうちに、報われないミーシャへの恋から解放されていった。エリーゼへの愛情を感じ始めたカルヴィン。 しかし、過去の恋を忘れられないのはエリーゼも同じで……? 2024/09/08 一部加筆修正しました

【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~

瀬里
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)  ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。  3歳年下のティーノ様だ。  本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。  行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。  なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。  もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。  そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。  全7話の短編です 完結確約です。

ずっと好きだった獣人のあなたに別れを告げて

木佐木りの
恋愛
女性騎士イヴリンは、騎士団団長で黒豹の獣人アーサーに密かに想いを寄せてきた。しかし獣人には番という運命の相手がいることを知る彼女は想いを伝えることなく、自身の除隊と実家から届いた縁談の話をきっかけに、アーサーとの別れを決意する。 前半は回想多めです。恋愛っぽい話が出てくるのは後半の方です。よくある話&書きたいことだけ詰まっているので設定も話もゆるゆるです(-人-)

誰にも言えないあなたへ

天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。 マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。 年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

「好き」の距離

饕餮
恋愛
ずっと貴方に片思いしていた。ただ単に笑ってほしかっただけなのに……。 伯爵令嬢と公爵子息の、勘違いとすれ違い(微妙にすれ違ってない)の恋のお話。 以前、某サイトに載せていたものを大幅に改稿・加筆したお話です。

夫が十歳の姿で帰ってきた

真咲
恋愛
「これが、俺の未来の妻だって?」 そう言って帰って来た夫は、十歳の姿をしていた。 両片想いの伯爵夫婦が三日間で自分の気持ちに気づく、或いは幼少期の自分にしてやられるお話。 他サイトにも掲載しています。全4話。一万字ちょっとの短いお話です。

処理中です...