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第33話 エイミーの誤算
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王宮の馬車止めで馬車が止まると、私は勢い良く馬車から飛び降りた。
初めて王宮を訪れた時は第二王子に会わせてもらうのに苦労したけど、今回は彼に教えてもらった秘密の入り口があるから余裕だ。
私は誰に咎められることもなく、王宮の中へと忍び込む。
「確か、これに触れば良かったんだったわよね?」
第二王子から言われた通りに水晶のような物に触ると、私の身体は一瞬の浮遊感の後、見知らぬ場所へと転移していた。
「ここは……どこ?」
先程の部屋とは打って変わって煌びやかになった部屋の中で、私はキョロキョロと周囲を見回す。
どこもかしこも、見るとこ全てが輝いてる部屋なんて見たことない。
あっちのソファも、こっちの調度品も、何から何まで高級そうで、まるで本に出てくるお城の中みたい──ん? お城?
そこでハッとして後ろを振り向くと、大きな天蓋付きのベッドの上で、笑いを堪える第二王子の姿が目に入った。
「ちょっと! なに笑ってるの!? 悪趣味よ!」
声を荒げると、第二王子は「悪い、悪い」と全く悪いと思っていない声で言ってくる。
そんな表面上の言葉だけで騙されると思ったら大間違いよ。
そっちが私を馬鹿にしてることなんて、とっくに気付いてるんだから。
第二王子の評判は、平民の中でも悪い。最早最悪と言っても差し支えないほどに。
何故そんなに評判が悪いかというと、彼は平民を自分と同じ人間だと思っていないから。
私達平民なんて、貴族と違っていくらでも替えのきく、どうでも良い存在としか思ってないから。
第二王子の普段の態度から、言動から、それが如実に感じ取れるため、平民からは蛇蝎の如く嫌われているのだ。
まあ、私達平民に嫌われたところで、第二王子は痛くも痒くもないんだろうけど。
「……それで? 今日は何の用事があってここに来たんだ? 確か一昨日会って話したばかりだと思うのだが」
なによ。頻繁に来ちゃいけないっていうの!?
私達はアストルとクロディーヌさん夫婦を別れさせるため、協力し合う同志なのに!
彼の言い方が気に入らず、私は不機嫌そのままに乱暴な言葉を吐いた。
「もちろん言いたいことがあるから来たに決まってるでしょ。でなきゃ好き好んであんたなんかに会いに来ないわよ」
「へぇ? だったら一つ聞かせてもらえるかな? 君はアストルのどこが好きなんだい?」
「へっ?」
突然意味不明なことを聞かれ、私は一瞬固まった。
何となくだけど、第二王子から怒っているような雰囲気を感じる。
もしかして私、何かやらかした?
内心で冷や汗を垂らしながら、とにかく聞かれたことに答えなければ、と言葉を紡ぐ。
「アストルには……一目惚れをしたの。それから爵位ね。公爵家の人なんて、中々繋がりが持てるものではないから……」
あまりに馬鹿正直に話してしまい、ここまで言わなくても良かったかな? と思ったけど、第二王子が取り敢えず頷いてくれたので、私は胸を撫で下ろす。
危ない、危ない。権力者を怒らせるのは危険だわ。
「……で、こっちが本題なんだけど、君は今日何を言いに此処へ来たんだ? まさかと思うが、僕に文句をつけに来たわけではないよね?」
足早に近付いてきた第二王子に腕を引かれ、乱暴にベッドの上へと投げ出される。
包み込まれるような弾力が気持ち良い……と感触に浸っていたら、第二王子の腕が私の両脇に衝かれ、上から覗き込むように見下ろされた。
「あ……の……ご、ごめんなさい……?」
「何故謝るんだい? 僕はただ質問に答えてもらいたいだけだよ。君は僕に何を言いに此処へ来た? クロディーヌ達に何かあったのかい?」
体勢には恐怖を覚えるものの、声には優しさを感じられて、私はほっと一息吐く。
そのままアストルに愛妾の話を断られたことを告げると、第二王子は何事かを考えるかのように眉間へと皺を寄せた。
「そうか……。じゃあ酷な言い方をすると、君はアストルに振られたということなんだね?」
う……。そんなハッキリ言わなくても。
言わせてもらえば最初っから望みなんてなかったけどね。
元々アストルの振られ待ちをしてたわけだし、アストルが私に好意なんて一ミリも持ってないことは分かってたから、せめて第二王子に頑張って欲しかったのに。
「ま、まだ振られたと決まったわけじゃないわ! 大体あんたがもっと頑張ってくれてたら、こんな風になることはなかったのよ! なのにあんたがグズグズしてるせいで──」
「まだ、手はある」
唇に人差し指を当てられ、そんな動作一つで私は言葉を継げなくなってしまう。
そのままの状態で私が第二王子を見つめていると、彼はふっと酷薄な笑みを浮かべた。
「いくら平民とはいえ、君はもう少し相手を見て言葉を選んだ方が良いな。第二王子たる僕にそのような物言いをしては、不敬罪で処刑されても文句は言えないよ?」
処刑……。
恐ろしい言葉に、血の気が引いていく。
そういえばこの人は、なんの躊躇いもなく人を殺せる人だったということに思い至り、私の全身が戦慄いた。
「怖い? でも大丈夫。君は処刑しない。私の欲を満たしてくれそうだからね」
なに……どういうこと?
言われたことの意味が分からない。
理解できるのは、抵抗したら命がないということだけ。
嫌だ、怖い、助けてアストル。
今すぐ此処へ私のことを助けに来てよ。
今までいっぱい助けてあげたじゃない。私に恩を返しに来てよ。
「…………っ!」
初めて経験する痛みに、私は声にならない悲鳴をあげる。
「思った通り、君は最高だ……」
愉悦に浸る第二王子の声が、どこか遠くの方で聞こえたような気がした。
私はその日彼に純潔を奪われ、第二王子のお手付きとして、今後の自由すらも奪われたのだ──。
初めて王宮を訪れた時は第二王子に会わせてもらうのに苦労したけど、今回は彼に教えてもらった秘密の入り口があるから余裕だ。
私は誰に咎められることもなく、王宮の中へと忍び込む。
「確か、これに触れば良かったんだったわよね?」
第二王子から言われた通りに水晶のような物に触ると、私の身体は一瞬の浮遊感の後、見知らぬ場所へと転移していた。
「ここは……どこ?」
先程の部屋とは打って変わって煌びやかになった部屋の中で、私はキョロキョロと周囲を見回す。
どこもかしこも、見るとこ全てが輝いてる部屋なんて見たことない。
あっちのソファも、こっちの調度品も、何から何まで高級そうで、まるで本に出てくるお城の中みたい──ん? お城?
そこでハッとして後ろを振り向くと、大きな天蓋付きのベッドの上で、笑いを堪える第二王子の姿が目に入った。
「ちょっと! なに笑ってるの!? 悪趣味よ!」
声を荒げると、第二王子は「悪い、悪い」と全く悪いと思っていない声で言ってくる。
そんな表面上の言葉だけで騙されると思ったら大間違いよ。
そっちが私を馬鹿にしてることなんて、とっくに気付いてるんだから。
第二王子の評判は、平民の中でも悪い。最早最悪と言っても差し支えないほどに。
何故そんなに評判が悪いかというと、彼は平民を自分と同じ人間だと思っていないから。
私達平民なんて、貴族と違っていくらでも替えのきく、どうでも良い存在としか思ってないから。
第二王子の普段の態度から、言動から、それが如実に感じ取れるため、平民からは蛇蝎の如く嫌われているのだ。
まあ、私達平民に嫌われたところで、第二王子は痛くも痒くもないんだろうけど。
「……それで? 今日は何の用事があってここに来たんだ? 確か一昨日会って話したばかりだと思うのだが」
なによ。頻繁に来ちゃいけないっていうの!?
私達はアストルとクロディーヌさん夫婦を別れさせるため、協力し合う同志なのに!
彼の言い方が気に入らず、私は不機嫌そのままに乱暴な言葉を吐いた。
「もちろん言いたいことがあるから来たに決まってるでしょ。でなきゃ好き好んであんたなんかに会いに来ないわよ」
「へぇ? だったら一つ聞かせてもらえるかな? 君はアストルのどこが好きなんだい?」
「へっ?」
突然意味不明なことを聞かれ、私は一瞬固まった。
何となくだけど、第二王子から怒っているような雰囲気を感じる。
もしかして私、何かやらかした?
内心で冷や汗を垂らしながら、とにかく聞かれたことに答えなければ、と言葉を紡ぐ。
「アストルには……一目惚れをしたの。それから爵位ね。公爵家の人なんて、中々繋がりが持てるものではないから……」
あまりに馬鹿正直に話してしまい、ここまで言わなくても良かったかな? と思ったけど、第二王子が取り敢えず頷いてくれたので、私は胸を撫で下ろす。
危ない、危ない。権力者を怒らせるのは危険だわ。
「……で、こっちが本題なんだけど、君は今日何を言いに此処へ来たんだ? まさかと思うが、僕に文句をつけに来たわけではないよね?」
足早に近付いてきた第二王子に腕を引かれ、乱暴にベッドの上へと投げ出される。
包み込まれるような弾力が気持ち良い……と感触に浸っていたら、第二王子の腕が私の両脇に衝かれ、上から覗き込むように見下ろされた。
「あ……の……ご、ごめんなさい……?」
「何故謝るんだい? 僕はただ質問に答えてもらいたいだけだよ。君は僕に何を言いに此処へ来た? クロディーヌ達に何かあったのかい?」
体勢には恐怖を覚えるものの、声には優しさを感じられて、私はほっと一息吐く。
そのままアストルに愛妾の話を断られたことを告げると、第二王子は何事かを考えるかのように眉間へと皺を寄せた。
「そうか……。じゃあ酷な言い方をすると、君はアストルに振られたということなんだね?」
う……。そんなハッキリ言わなくても。
言わせてもらえば最初っから望みなんてなかったけどね。
元々アストルの振られ待ちをしてたわけだし、アストルが私に好意なんて一ミリも持ってないことは分かってたから、せめて第二王子に頑張って欲しかったのに。
「ま、まだ振られたと決まったわけじゃないわ! 大体あんたがもっと頑張ってくれてたら、こんな風になることはなかったのよ! なのにあんたがグズグズしてるせいで──」
「まだ、手はある」
唇に人差し指を当てられ、そんな動作一つで私は言葉を継げなくなってしまう。
そのままの状態で私が第二王子を見つめていると、彼はふっと酷薄な笑みを浮かべた。
「いくら平民とはいえ、君はもう少し相手を見て言葉を選んだ方が良いな。第二王子たる僕にそのような物言いをしては、不敬罪で処刑されても文句は言えないよ?」
処刑……。
恐ろしい言葉に、血の気が引いていく。
そういえばこの人は、なんの躊躇いもなく人を殺せる人だったということに思い至り、私の全身が戦慄いた。
「怖い? でも大丈夫。君は処刑しない。私の欲を満たしてくれそうだからね」
なに……どういうこと?
言われたことの意味が分からない。
理解できるのは、抵抗したら命がないということだけ。
嫌だ、怖い、助けてアストル。
今すぐ此処へ私のことを助けに来てよ。
今までいっぱい助けてあげたじゃない。私に恩を返しに来てよ。
「…………っ!」
初めて経験する痛みに、私は声にならない悲鳴をあげる。
「思った通り、君は最高だ……」
愉悦に浸る第二王子の声が、どこか遠くの方で聞こえたような気がした。
私はその日彼に純潔を奪われ、第二王子のお手付きとして、今後の自由すらも奪われたのだ──。
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