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第31話 覚悟
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ああ……そうなのね。
アストル様は愛妾の方への対応を有耶無耶にしていらしたんだ……。
だから私に愛妾の方について問い詰められても答えられなかったのだと納得がいく。
だけど、初夜の時にあれほどハッキリ『愛妾を迎える』宣言をしていたにも関わらず、無計画ってどういうことなの!?
いつ愛妾の方が邸にやってくるかが分からず、不安になっていた私が馬鹿みたいじゃない。
まさかここまで口だけ男だったなんて……失望を通り越して呆れてしまう。
口にしたことを実行する行動力がないのであれば、適当なことを口にするべきではないのに。
「あ、あの、奥様。愛妾というのは一体どういうことなのでしょうか?」
恐る恐るといった態で、メイサが私に尋ねてくる。
そういえば、アストル様が愛妾を迎えるといった話は使用人達には伝えていなかったわね。
お迎えする日取りなどが決まってから話そうと思っていたから、すっかり失念していたわ。
「実はね、これは初夜の時に初めて聞いた話なのだけれど──」
と、私が愛妾の方を迎える経緯を説明し始めた時。
「アストルが好きなのは私なの! 私のお陰であなた達は結婚できたのよ! 私がいなければ──」
愛妾の方が再び喚き出した。
「だ、黙れエイミー!」
アストル様が声だけで黙らせようとするも、当然そんなことで彼女が黙る筈はなく。
彼女はアストル様には一瞥をくれただけで、すぐに私へと視線を向けた。
「あなたはアストルに聞いてるでしょう? 私のお陰であなた達は結婚できたと。彼が愛するのは私だけだって聞いてるわよね?」
その言葉にズキン、と胸が痛む。
アストル様が慌てたように何か言っているけれど、私の耳には入ってこない。
そうだ、私は彼にとって愛されない妻だったんだ……。
忘れかけていたその事実が、ストンと落ちてくる。
どうしてそのことを忘れていたんだろう。
最初から、彼にそう言われていたのに。
思いの外アストル様が優しかったから、つい勘違いしてしまった。
『妻として大切にする』と言った彼の言葉を都合よく解釈してしまった。
大切にされることと、愛されることは違うのに……。
「ねぇちょっと、何か言ったらどうなの? 私のお陰で結婚できたんだから、当然私を愛妾として迎え入れてくれるのよね?」
愛妾の方からの問い掛けに、私は力なく頷く。
「ええ、そうね……」
約束したのなら、守らなければいけないものね。
「クロディーヌ!?」
戸惑ったようにアストル様が私の名を呼んだけれど、聞こえない振りをした。
確かアストル様は、私達が無事に結婚できたお礼として、恩人である彼女を愛妾として迎え入れると言っていた。
私は彼女が恩人だなんて知らなかったし、他の女性に癒してもらわねばならないほど辛かったのなら、無理に私と結婚などしないでほしかった。
……でも、そうか。侯爵家の婿としての立場が欲しかったと言っていたわね。
そのためにアストル様は、是が非でも私と結婚する必要があったんだ。
結婚して初夜を済ませてしまえば、容易に離婚できないと知っていたから。
「その割りに……初夜を迎える直前で爆弾を投げてきたけど」
当時のことを思い出し、ふふっと微笑う。可笑しいような、悲しいような何とも言えない気持ちで。
あれで私に初夜を拒否されたら、どうするつもりだったのかしら。
本当に考えなしよね、と私は独りごちる。
取り敢えず……腰も痛いし、後は二人で話し合ってもらうのが良いでしょうね。
いくら気にして嫉妬したところで、アストル様の気持ちは私にはないんだもの。
彼の気持ちが自分に向いていないことを分かっていながら、二人を気にし続けるのは辛い。
そんな思いをするぐらいなら、無関心を装って無視する方がよっぽど楽だ。
私は覚悟を決めると、アストル様と愛妾の方、二人の顔がよく見える場所へと移動した。
追い詰められたような顔をしたアストル様と、反対に満面の笑みを浮かべた愛妾の方、交互に見つめてから口を開く。
「この邸の主人として一つだけ言わせていただきます。愛妾の方をお迎えするのは自由ですが、本邸には決して立ち入らないようお願い致します。生活はあくまでも離れで……よろしいですわね?」
二人に等しく言い聞かせるようにして、聞き逃すことのないよう比較的ゆっくりと告げる。
離れはまだ建てている最中で、完成まで後一週間ほどとなっているけど、特に用途は決めていなかったから丁度良かった。
私の目につく場所でいちゃつかれるのだけは勘弁してほしいものね。
「待ってくれ、クロディーヌ! 俺は──」
すかさずアストル様が反論しようとしたけれど、それを愛妾の方が遮った。
「やったね、アストル! 奥様公認になれたのね、私達!」
「エイミー! だから俺は──」
二人の声を後目に、私は私室へと戻るべく歩き出す。
一歩足を踏み出すたびに腰が痛みを訴えて姿勢が崩れそうになったけれど、そこは意地で耐えた。
少しでも姿勢を崩したら、気持ちまで一緒に崩れ落ちてしまいそうだったから。
堪え切れずに涙が頬を伝ったけれど、部屋に着くまで誰にも会わなかったから、気付かれることはなかった。
精一杯の虚勢を張り続け、私はなんとか部屋まで辿り着く。
その後扉に鍵を掛け、部屋に閉じこもった私は──なんとその後熱を出し、三日間寝込む羽目になったのだった。
アストル様は愛妾の方への対応を有耶無耶にしていらしたんだ……。
だから私に愛妾の方について問い詰められても答えられなかったのだと納得がいく。
だけど、初夜の時にあれほどハッキリ『愛妾を迎える』宣言をしていたにも関わらず、無計画ってどういうことなの!?
いつ愛妾の方が邸にやってくるかが分からず、不安になっていた私が馬鹿みたいじゃない。
まさかここまで口だけ男だったなんて……失望を通り越して呆れてしまう。
口にしたことを実行する行動力がないのであれば、適当なことを口にするべきではないのに。
「あ、あの、奥様。愛妾というのは一体どういうことなのでしょうか?」
恐る恐るといった態で、メイサが私に尋ねてくる。
そういえば、アストル様が愛妾を迎えるといった話は使用人達には伝えていなかったわね。
お迎えする日取りなどが決まってから話そうと思っていたから、すっかり失念していたわ。
「実はね、これは初夜の時に初めて聞いた話なのだけれど──」
と、私が愛妾の方を迎える経緯を説明し始めた時。
「アストルが好きなのは私なの! 私のお陰であなた達は結婚できたのよ! 私がいなければ──」
愛妾の方が再び喚き出した。
「だ、黙れエイミー!」
アストル様が声だけで黙らせようとするも、当然そんなことで彼女が黙る筈はなく。
彼女はアストル様には一瞥をくれただけで、すぐに私へと視線を向けた。
「あなたはアストルに聞いてるでしょう? 私のお陰であなた達は結婚できたと。彼が愛するのは私だけだって聞いてるわよね?」
その言葉にズキン、と胸が痛む。
アストル様が慌てたように何か言っているけれど、私の耳には入ってこない。
そうだ、私は彼にとって愛されない妻だったんだ……。
忘れかけていたその事実が、ストンと落ちてくる。
どうしてそのことを忘れていたんだろう。
最初から、彼にそう言われていたのに。
思いの外アストル様が優しかったから、つい勘違いしてしまった。
『妻として大切にする』と言った彼の言葉を都合よく解釈してしまった。
大切にされることと、愛されることは違うのに……。
「ねぇちょっと、何か言ったらどうなの? 私のお陰で結婚できたんだから、当然私を愛妾として迎え入れてくれるのよね?」
愛妾の方からの問い掛けに、私は力なく頷く。
「ええ、そうね……」
約束したのなら、守らなければいけないものね。
「クロディーヌ!?」
戸惑ったようにアストル様が私の名を呼んだけれど、聞こえない振りをした。
確かアストル様は、私達が無事に結婚できたお礼として、恩人である彼女を愛妾として迎え入れると言っていた。
私は彼女が恩人だなんて知らなかったし、他の女性に癒してもらわねばならないほど辛かったのなら、無理に私と結婚などしないでほしかった。
……でも、そうか。侯爵家の婿としての立場が欲しかったと言っていたわね。
そのためにアストル様は、是が非でも私と結婚する必要があったんだ。
結婚して初夜を済ませてしまえば、容易に離婚できないと知っていたから。
「その割りに……初夜を迎える直前で爆弾を投げてきたけど」
当時のことを思い出し、ふふっと微笑う。可笑しいような、悲しいような何とも言えない気持ちで。
あれで私に初夜を拒否されたら、どうするつもりだったのかしら。
本当に考えなしよね、と私は独りごちる。
取り敢えず……腰も痛いし、後は二人で話し合ってもらうのが良いでしょうね。
いくら気にして嫉妬したところで、アストル様の気持ちは私にはないんだもの。
彼の気持ちが自分に向いていないことを分かっていながら、二人を気にし続けるのは辛い。
そんな思いをするぐらいなら、無関心を装って無視する方がよっぽど楽だ。
私は覚悟を決めると、アストル様と愛妾の方、二人の顔がよく見える場所へと移動した。
追い詰められたような顔をしたアストル様と、反対に満面の笑みを浮かべた愛妾の方、交互に見つめてから口を開く。
「この邸の主人として一つだけ言わせていただきます。愛妾の方をお迎えするのは自由ですが、本邸には決して立ち入らないようお願い致します。生活はあくまでも離れで……よろしいですわね?」
二人に等しく言い聞かせるようにして、聞き逃すことのないよう比較的ゆっくりと告げる。
離れはまだ建てている最中で、完成まで後一週間ほどとなっているけど、特に用途は決めていなかったから丁度良かった。
私の目につく場所でいちゃつかれるのだけは勘弁してほしいものね。
「待ってくれ、クロディーヌ! 俺は──」
すかさずアストル様が反論しようとしたけれど、それを愛妾の方が遮った。
「やったね、アストル! 奥様公認になれたのね、私達!」
「エイミー! だから俺は──」
二人の声を後目に、私は私室へと戻るべく歩き出す。
一歩足を踏み出すたびに腰が痛みを訴えて姿勢が崩れそうになったけれど、そこは意地で耐えた。
少しでも姿勢を崩したら、気持ちまで一緒に崩れ落ちてしまいそうだったから。
堪え切れずに涙が頬を伝ったけれど、部屋に着くまで誰にも会わなかったから、気付かれることはなかった。
精一杯の虚勢を張り続け、私はなんとか部屋まで辿り着く。
その後扉に鍵を掛け、部屋に閉じこもった私は──なんとその後熱を出し、三日間寝込む羽目になったのだった。
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