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第30話 へし折れた扇子
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「ア、アストル様っ!? 今はこんなことをしている場合では……!」
すぐさま我に返った私は、アストル様の腕の中で抵抗を試みる。
けれど、何故かアストル様は私を離してはくれない。
前方──アストル様にとっては背後──から騒がしい声と足音がどんどん近付いて来ているというのに、それが彼に聞こえていない筈はないのに、どうして?
「アストル!? あなた何をしてるの!?」
ああ、ほら。
とうとう愛妾の方が私達のすぐ側まで来てしまった。
そこで私を抱きしめるアストル様の姿を見て、驚愕に顔を引き攣らせている。
そんな彼女の顔を見ても私は「ざまあみろ」とは思えず、自分が彼女と同じ立ち位置になった時、同じように表情を引き攣らせるのだろうな、と冷静に考えてしまう。
だって私もアストル様のことが好きだから。
できれば彼には、私だけを見ていて欲しいと願っているから。
「ちょっと! 離れなさいよ!」
だから彼女が突然近付いて来て、私の背中に回されたアストル様の腕を引き剥がしにかかっても、何ら不敬だとは思わなかった。
私が彼女と同じ立場でも、きっとそうする。
自分の大好きな人が目の前で他の女を抱きしめているなんて、どう考えても耐えられないわよね。
私なんて、彼と他の女性が話している姿を見るだけで、嫉妬の炎を燃え上がらせているのに。
アストル様の背中越しに周囲へ視線をやると、使用人達はどうしたら良いのか分からないようで、両手を上げた状態でオロオロしている。
いくら平民とはいえ、彼女は女性だものね。下手に手を出して傷を付けてはいけないと思っているのでしょう。
それには私も同意だけれど、だったらこの場合どうするのが一番良いのか……。
チラリとアストル様を見上げるも、彼は表情を歪ませながら私のことを抱きしめ続けている。
いや、この場合あなたがどうにかするべきですよね?
さっさと私の身体を離して、愛妾の方と向き合うべきでは?
と思うも、やっぱりこの場に及んでも逃げてるんだろうなぁ……などと理解できてしまう悲しい私。
ここで『愛妾より私のことを選んでくれるのね……!』なんて恋愛小説ばりのお花畑思考ができれば幸せだったのだろうけれど。
次期侯爵として勉強漬けの日々を送って来た私の脳内は、もの凄く冷静に状況を分析してしまっている。
このままの状態でいた所で何も解決しないだろうし、すぐに物事から逃避しようとするアストル様の性根を、少しだけでも叩き直すチャンス!
私は今のこの状況を、前向きにそう捉えることにした。
手始めに、未だぎゅうぎゅうと私を抱きしめ続けるアストル様の耳へ、小さな声で囁きかける。
「アストル様……苦しいです。少し腕の力を緩めてはいただけませんか?」
「あっ……! す、すまない」
ビクリとしてアストル様が腕から力を抜いた瞬間、間髪入れず私は彼の身体を突き飛ばした!
「うわぁっ!?」
「きゃあっ!」
と同時に、彼の腕にしがみ付くようにしていた愛妾の方も反動で体勢を崩したようで、背後からもドサっと倒れるような音が聞こえる。けれど、私はそちらには目もくれず、尻餅をついたアストル様の後ろに素早く回り込んだ。
お二人の間に私がいては、お話がしにくいでしょうからね。これは私からの気遣いです。
「ク、クロディーヌ……?」
それなのにアストル様は、戸惑ったように私の顔を見上げて来る。
いやいや、今は私のことなんて気にせず、愛妾の方とお話をしていただきたいのですが──。
「アストル! どういうことなのっ!?」
「うわっ!」
おっと……愛妾の方は動きが俊敏ですのね。
尻餅を付いた状態のままでいるアストル様の膝の上に……乗らないで下さいませ!
クワッと目を見開いて家令へと視線を向ければ、彼はすぐさま指示を出し、護衛騎士達が愛妾の方をアストル様から引き離す。
分かっている……分かってはいますのよ。
愛妾に迎えるということは……お二人は愛し合っているのですものね。だから、こんなことはきっと日常茶飯事……。
これぐらいのことで目鯨をたてていては、この先上手くやっていくことなど不可能。
だと分かっていても、嫌なものは嫌! 目の前で見せつけられるのは耐えられない!
音もなく近付いて来たメイサから扇子を手渡され、怒りのままに握力で扇子をへし折る。
バキッ! という音にアストル様含め使用人達が驚きの目を向けて来たような気がするけれど……構っている場合ではないわ。
アストル様と愛妾の方が一緒にいるところなんて見たくないけれど、ここで逃げたら二人の話の顛末が迷宮入りになってしまう。
もちろん後から使用人に話を聞くという方法も有りだろうけれど、人伝てだと間違って伝わることが多いから、そんなことで誤解してしまうのも嫌だし、どちらにしろ逃げ出した所で意識は離れないのだから……意味ないわよね。
へし折れた扇子をそのまま力任せにギリギリと握り続けていると、メイサがそっと折れた扇子を鉄扇と替えてくれた。
さすが私付きの侍女。最高に気が利くわね。
これなら力一杯握りしめられる──と再び手に力を込めた時、アストル様に近付けないよう護衛騎士に両腕を拘束された愛妾の方が、大声で喚いた。
「アストル! ちゃんと説明してよ! 今のはどういうことなの? 奥様といちゃつくなんて聞いてない! 私の愛妾の話はどうなってるのよっ!?」
すぐさま我に返った私は、アストル様の腕の中で抵抗を試みる。
けれど、何故かアストル様は私を離してはくれない。
前方──アストル様にとっては背後──から騒がしい声と足音がどんどん近付いて来ているというのに、それが彼に聞こえていない筈はないのに、どうして?
「アストル!? あなた何をしてるの!?」
ああ、ほら。
とうとう愛妾の方が私達のすぐ側まで来てしまった。
そこで私を抱きしめるアストル様の姿を見て、驚愕に顔を引き攣らせている。
そんな彼女の顔を見ても私は「ざまあみろ」とは思えず、自分が彼女と同じ立ち位置になった時、同じように表情を引き攣らせるのだろうな、と冷静に考えてしまう。
だって私もアストル様のことが好きだから。
できれば彼には、私だけを見ていて欲しいと願っているから。
「ちょっと! 離れなさいよ!」
だから彼女が突然近付いて来て、私の背中に回されたアストル様の腕を引き剥がしにかかっても、何ら不敬だとは思わなかった。
私が彼女と同じ立場でも、きっとそうする。
自分の大好きな人が目の前で他の女を抱きしめているなんて、どう考えても耐えられないわよね。
私なんて、彼と他の女性が話している姿を見るだけで、嫉妬の炎を燃え上がらせているのに。
アストル様の背中越しに周囲へ視線をやると、使用人達はどうしたら良いのか分からないようで、両手を上げた状態でオロオロしている。
いくら平民とはいえ、彼女は女性だものね。下手に手を出して傷を付けてはいけないと思っているのでしょう。
それには私も同意だけれど、だったらこの場合どうするのが一番良いのか……。
チラリとアストル様を見上げるも、彼は表情を歪ませながら私のことを抱きしめ続けている。
いや、この場合あなたがどうにかするべきですよね?
さっさと私の身体を離して、愛妾の方と向き合うべきでは?
と思うも、やっぱりこの場に及んでも逃げてるんだろうなぁ……などと理解できてしまう悲しい私。
ここで『愛妾より私のことを選んでくれるのね……!』なんて恋愛小説ばりのお花畑思考ができれば幸せだったのだろうけれど。
次期侯爵として勉強漬けの日々を送って来た私の脳内は、もの凄く冷静に状況を分析してしまっている。
このままの状態でいた所で何も解決しないだろうし、すぐに物事から逃避しようとするアストル様の性根を、少しだけでも叩き直すチャンス!
私は今のこの状況を、前向きにそう捉えることにした。
手始めに、未だぎゅうぎゅうと私を抱きしめ続けるアストル様の耳へ、小さな声で囁きかける。
「アストル様……苦しいです。少し腕の力を緩めてはいただけませんか?」
「あっ……! す、すまない」
ビクリとしてアストル様が腕から力を抜いた瞬間、間髪入れず私は彼の身体を突き飛ばした!
「うわぁっ!?」
「きゃあっ!」
と同時に、彼の腕にしがみ付くようにしていた愛妾の方も反動で体勢を崩したようで、背後からもドサっと倒れるような音が聞こえる。けれど、私はそちらには目もくれず、尻餅をついたアストル様の後ろに素早く回り込んだ。
お二人の間に私がいては、お話がしにくいでしょうからね。これは私からの気遣いです。
「ク、クロディーヌ……?」
それなのにアストル様は、戸惑ったように私の顔を見上げて来る。
いやいや、今は私のことなんて気にせず、愛妾の方とお話をしていただきたいのですが──。
「アストル! どういうことなのっ!?」
「うわっ!」
おっと……愛妾の方は動きが俊敏ですのね。
尻餅を付いた状態のままでいるアストル様の膝の上に……乗らないで下さいませ!
クワッと目を見開いて家令へと視線を向ければ、彼はすぐさま指示を出し、護衛騎士達が愛妾の方をアストル様から引き離す。
分かっている……分かってはいますのよ。
愛妾に迎えるということは……お二人は愛し合っているのですものね。だから、こんなことはきっと日常茶飯事……。
これぐらいのことで目鯨をたてていては、この先上手くやっていくことなど不可能。
だと分かっていても、嫌なものは嫌! 目の前で見せつけられるのは耐えられない!
音もなく近付いて来たメイサから扇子を手渡され、怒りのままに握力で扇子をへし折る。
バキッ! という音にアストル様含め使用人達が驚きの目を向けて来たような気がするけれど……構っている場合ではないわ。
アストル様と愛妾の方が一緒にいるところなんて見たくないけれど、ここで逃げたら二人の話の顛末が迷宮入りになってしまう。
もちろん後から使用人に話を聞くという方法も有りだろうけれど、人伝てだと間違って伝わることが多いから、そんなことで誤解してしまうのも嫌だし、どちらにしろ逃げ出した所で意識は離れないのだから……意味ないわよね。
へし折れた扇子をそのまま力任せにギリギリと握り続けていると、メイサがそっと折れた扇子を鉄扇と替えてくれた。
さすが私付きの侍女。最高に気が利くわね。
これなら力一杯握りしめられる──と再び手に力を込めた時、アストル様に近付けないよう護衛騎士に両腕を拘束された愛妾の方が、大声で喚いた。
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