上 下
30 / 46

第二十九話 押しかけて来た愛妾

しおりを挟む
 あり得ない、あり得ない、あり得ない……何でこんなことに。

 目の前には、アストル様の蕩けるような優しい笑顔。

 そして私の頭の下には、アストル様の逞しい腕。

 私は、私は『夫婦の会話』をする為に今日は早起きしたのであって、朝っぱらからこんな破廉恥なことをする為に早起きしたわけではありません!

 と声を大にして言いたいのに、幸せそうなアストル様の表情と、最中喘ぎまくってしまった自分の痴態を思い出すと、なんにも言えず。

「まさかクロディーヌの方から誘ってくれるなんて思ってもいなかったけど……嬉しかった、ありがとう」

 などと言われてしまえば「お礼を言われるようなことでは……」と返すだけで精一杯。

 一体私の何がいけなかったの?

 朝食を一緒に摂る流れから、何がどうしてこうなってしまったの!?

 身体の痛みは──二回目だからか、余計なことを考える余裕がなかったからか、痛みに怯えていたのが嘘みたいに大丈夫だったけれど。

 代わりに腰が……腰が砕けるかと思うほどの激痛を訴えている。

 因みに今は、多分お昼過ぎ。

 多分というのは、カーテンの隙間から差し込む光の加減で判断しているからで、きちんと時計を見たわけではないから。

 というかお昼過ぎって……私は何時に此処へ来たのだったかしら? 

 それなりに早い時間だったと思うのだけれど……思い出せない。思い出したら何時間此処にいたかも否応なく分かってしまうから、そう思うと思い出したくもない。

「あの、アストル様……」
「ん?」

 声を掛けると、もの凄く素敵な笑顔で返事をしてくれるアストル様。

 ダメだ、言えない。

 初志貫徹で愛妾の方のことを尋ねようとしたけれど、折しも夫婦の営みをした直後、しかもこんなに素敵な笑顔を向けてくる夫に振っていい話題じゃない。

 今日はアストル様にその話をするつもりで早起きしたのに、私は何をやっているのか。

 アストル様も、愛妾を迎えると言っていたくせに、私のことは妻として大切にするだけだと仰っていたのに、どうしてこんなにも積極的に夫婦の営みをしようとするの?

 私も嫌なら断れば良いと分かってはいるのだけれど……本音を言うと嫌じゃないというか、結局はアストル様のことが好きだから拒みきれないのよね。

 変に拒んで二度と手を出してもらえなかったら、それこそ子を孕むこともできなくなってしまうし。

 ましてや自分からアストル様を誘うだなんて、天地がひっくり返ってもできる気がしない。恥ずかし過ぎる!

 とにかく話……何としてもアストル様と普通に話をしなくては!

 取り敢えず閨事から離れよう……と私が気持ちを切り替えていると、不意に玄関の方から、誰かの叫ぶような声が聞こえてきた。

「……様! アストル様ぁ! 出て来てください、アストル様ぁ!」
「なっ……こ、この声は! エイミー!?」

 当然ながら私の隣にいるアストル様にも声は聞こえたようで、彼は焦ったように身体を起こす。

「エイミー?」

 もしかしてそれがアストル様の愛妾の方の名前なのかしら?

 初めて耳にした名前を私が思わず口にのせると、彼は面白いぐらいに顔色を変化させた。

「違うんだ! エイミーっていうのは、公爵家によく出入りしてた商人の娘のことで──」
「あなたの愛妾となられる方ですか?」

 真っ青な顔で説明しようとする彼の言葉をぶった切る。

 何が違うのか分からないけれど、あの声の主がアストル様の愛妾の方だというのは間違いないだろう。

 何故なら、今も聞こえてくる甘ったるい響きを持つ可愛らしい声は、この前門の前で見かけた女性の姿にピッタリと一致するから。

 見た目可愛く体型は魅惑的で、その上声まで可愛いなんて、天は二物どころか三物まで与えちゃってるじゃない。

 一人の人に与え過ぎでは?

 とつい恨めしく思ってしまうのは、彼女が私の恋敵というか、アストル様の愛妾になる方だからだろうか。

「いや、だから、その……」

 私に愛妾のことを尋ねられ、ベッドの上で視線を彷徨わせ出すアストル様。

 彼の動きを止めてしまった私が言うべきことではないかもしれないけれど、動き……止まってますよ?

 邸に押しかけて来た愛妾の方を止めに行かなければいけないのでは?

 玄関からは相変わらず騒がしい声が聞こえてくるけれど、使用人達が頑張っているようで、邸内にはまだ侵入されていないようだ。

 とはいえ、このまま放っておいても使用人達が可哀想だから、対応しなければいけないわよね。

 私が直接赴いても良いけれど、ここは次期侯爵の婿として、きちんとアストル様に始末をつけてもらいましょうか。

「ク、クロディーヌ、あの、俺は……」

 未だ言い訳を懸命に考えているであろうアストル様の身支度を簡単に済ませ、私は彼をベッドから押し出す。

 アストル様のせいで私は死にそうなほど腰が痛いのに、どうしてこんなことまでやってあげなきゃいけないの? 私はあなたのお母様じゃないんですからね!

 本当にしっかりして欲しい。

「さぁアストル様、玄関に来ている方を愛妾として迎え入れるも入れないも、あなたの采配次第です。私としては……お子さえできれば文句は御座いませんので、後はお好きなようになさって下さいまし」 

 そんな心にもない言葉を言い放ち、寝室の扉を開くと、彼を廊下へと送り出す。

「クロディーヌ! 俺は……」

 寝室の扉を閉めようとした瞬間、振り返って何かを言いかけたアストル様に無言で首を横に振ると、私は精一杯の微笑みを浮かべた。

 彼が愛妾を迎えることに、罪悪感を抱くことがないように。

 私が彼を好きな気持ちを悟られないように。

 これ以上、彼が何も負担に感じることのないように。

 微笑んで──そして、今度こそ扉を閉めようとしたのだけれど。

「やっぱり嫌だ……!」

 そう言ったアストル様の言葉が耳に届くと共に、私は彼の腕の中にいたのだった──。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

タイトルの話数を漢字表記にするのが辛くなって来たので……次回から数字にします(^^;;

お気に入り登録や『いいね』、ありがとうございます!

毎日書き続けられるのは、一重に読者様の応援のおかげです!!

最終話までもう暫くお付き合いいただければと思いますm(_ _)m
 
 






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

この契約結婚は依頼につき〜依頼された悪役令嬢なのに、なぜか潔癖公爵様に溺愛されています!〜

海空里和
恋愛
まるで物語に出てくる「悪役令嬢」のようだと悪評のあるアリアは、魔法省局長で公爵の爵位を継いだフレディ・ローレンと契約結婚をした。フレディは潔癖で女嫌いと有名。煩わしい社交シーズン中の虫除けとしてアリアが彼の義兄でもある宰相に依頼されたのだ。 噂を知っていたフレディは、アリアを軽蔑しながらも違和感を抱く。そして初夜のベッドの上で待っていたのは、「悪役令嬢」のアリアではなく、フレディの初恋の人だった。 「私は悪役令嬢「役」を依頼されて来ました」 「「役」?! 役って何だ?!」  悪役令嬢になることでしか自分の価値を見出だせないアリアと、彼女にしか触れることの出来ない潔癖なフレディ。 溺愛したいフレディとそれをお仕事だと勘違いするアリアのすれ違いラブ!

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~

瀬里
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)  ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。  3歳年下のティーノ様だ。  本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。  行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。  なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。  もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。  そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。  全7話の短編です 完結確約です。

かりそめの侯爵夫妻の恋愛事情

きのと
恋愛
自分を捨て、兄の妻になった元婚約者のミーシャを今もなお愛し続けているカルヴィンに舞い込んだ縁談。見合い相手のエリーゼは、既婚者の肩書さえあれば夫の愛など要らないという。 利害が一致した、かりそめの夫婦の結婚生活が始まった。世間体を繕うためだけの婚姻だったはずが、「新妻」との暮らしはことのほか快適で、エリーゼとの生活に居心地の良さを感じるようになっていく。 元婚約者=義姉への思慕を募らせて苦しむカルヴィンに、エリーゼは「私をお義姉様だと思って抱いてください」とミーシャの代わりになると申し出る。何度も肌を合わせるうちに、報われないミーシャへの恋から解放されていった。エリーゼへの愛情を感じ始めたカルヴィン。 しかし、過去の恋を忘れられないのはエリーゼも同じで……? 2024/09/08 一部加筆修正しました

誰にも言えないあなたへ

天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。 マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。 年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

ずっと好きだった獣人のあなたに別れを告げて

木佐木りの
恋愛
女性騎士イヴリンは、騎士団団長で黒豹の獣人アーサーに密かに想いを寄せてきた。しかし獣人には番という運命の相手がいることを知る彼女は想いを伝えることなく、自身の除隊と実家から届いた縁談の話をきっかけに、アーサーとの別れを決意する。 前半は回想多めです。恋愛っぽい話が出てくるのは後半の方です。よくある話&書きたいことだけ詰まっているので設定も話もゆるゆるです(-人-)

婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。

松ノ木るな
恋愛
 純真無垢な心の侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気と見なして疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。  伴侶と寄り添う心穏やかな人生を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。  あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。  どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。  たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。

おかえりなさい。どうぞ、お幸せに。さようなら。

石河 翠
恋愛
主人公は神託により災厄と呼ばれ、蔑まれてきた。家族もなく、神殿で罪人のように暮らしている。 ある時彼女のもとに、見目麗しい騎士がやってくる。警戒する彼女だったが、彼は傷つき怯えた彼女に救いの手を差し伸べた。 騎士のもとで、子ども時代をやり直すように穏やかに過ごす彼女。やがて彼女は騎士に恋心を抱くようになる。騎士に想いが伝わらなくても、彼女はこの生活に満足していた。 ところが神殿から疎まれた騎士は、戦場の最前線に送られることになる。無事を祈る彼女だったが、騎士の訃報が届いたことにより彼女は絶望する。 力を手に入れた彼女は世界を滅ぼすことを望むが……。 騎士の幸せを願ったヒロインと、ヒロインを心から愛していたヒーローの恋物語。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:25824590)をお借りしています。

処理中です...