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第二十六話 閨事をしない愛妾

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 その日の夜、私が自室で寝る支度をしていると、不意に扉がノックされた。

 誰だろう? と思い扉を開けると、そこに立っていらしたのはアストル様で。

「どうなされたんですか?」

 と聞けば、何故か言いにくそうに目を伏せ、口元に手をやる。

 それでは余計に聞こえないのに、と首を傾げると、彼はチラリと室内に目をやった。

 部屋の中に、何か気になる物でもあるのかしら?

 釣られて私も振り返れば、綺麗に整えられたベッドがあるぐらいで、他には特にこれといった物はない。

 アストル様は何に目を向けたんだろう?……と視線を戻せば、彼の小さな声が耳に入った。

「今日は……一緒に寝ないのか?」

 言われて私は、何故アストル様が私の部屋を尋ねて来られたのか、という理由に遅ればせながら気が付いた。

 彼は恐らく、今日も私と一緒に寝るつもりで夫婦の寝室で待っていたのだ。

 なのに私が待てど暮らせど姿を現さないものだから、不思議に思って部屋まで迎えに来たのだろう。

 そんなことにすら気が付かず、随分と間抜けな反応をしてしまったものだ。

 アストル様にとても申し訳ない気持ちになりつつも昨日の今日で未だ身体が痛む私は、迎えに来られて嬉しい気持ちとは裏腹に、閨事に前向きにはなれなくて。

 それを誤魔化そうと焦ったら、思わず余計なことを聞いてしまった。

「あの……アストル様、愛妾の方はいつ此方にいらっしゃるのでしょうか?」

 本当はそんなこと聞きたくもないのに。

 できれば一生来なければ良い、とすら思っているのに。

 だけれども、いつ来るか、今日来るか、はたまた明日か、と毎日不安な気持ちでいるよりは、いっそハッキリさせてしまいたいという気持ちもある。

 どちらにしろ今日はアストル様と閨事をする気にはなれないのだ。

 だったらどうにかして彼の気持ちを逸らさなければならない。

 アストル様の気持ちを逸らせて、且つ私の不安も解消される。よって、この話題で誤魔化すのが一番だと、最終的に私はそう判断した。

「あ、愛妾か……うん、そうだな……」

 愛妾を迎えると宣言したのはアストル様なのに、何故だか私の質問にしどろもどろになり、狼狽えたように目を白黒させる。

 初夜の時はあんなにもキッパリと愛妾を迎える宣言をしていたのに、この態度はどうしたことだろう?

 昨日は邸の門の前で愛妾の方と仲良くお話をされていたようだったけれど、まさかあれは私の思い違いで、実は喧嘩をされていたとか?

 ここに来て愛妾の方と仲違いをして、邸に迎えるつもりが暗礁に乗り上げてしまったとか……。

 どんどん自分にとって都合の良いように、私の頭の中のみで話が進んでいく。

 愛妾の方が来られないのであれば、アストル様は私だけのものになるのだし。

 私としてはそれが一番で、最も望ましい形となる。

 無論アストル様にとっては残念なことだろうけれど、私にとっては喜ばしいことこの上ない。

 そんな風に考えた時、ふと私の中に疑問が浮かんだ。

「そういえば……愛妾ということは当然、閨事もなさるおつもりなんですよね? その場合私との閨事は……子を孕みやすい日だけにするとか、そういった感じになるのでしょうか?」

 確か昨日は、閨事そういったことは私以外とはしないと仰られていたような気がするけれど、それなら何故愛妾が必要なの? と思ってしまう。

 愛妾として迎える以上、身体の関係がないなどというのはあり得ないし、相手だって納得しないに違いない。

 アストル様は侯爵家の後継ではなく単なる婿養子でしかないから、たとえ彼と愛妾の方との間に子供ができても庶子となってしまう。

 それでも子供ができれば、子供がいない場合より愛妾としての立場は盤石なものになる筈だから。

 その為にも愛妾の方はアストル様とのお子を絶対に授かりたいと思っていそうだけれど、当のアストル様は……如何なんだろう?

『愛妾を迎える!』と堂々と宣言した割には、いまいち行動が伴ってないというか、気持ちが追い付いていないというか、本人から感じる違和感がもの凄いのよね。

 もしかして……愛妾の方のお陰で無事に私と結婚することができたから、そのお礼代わりに邸に住まわせてあげるだけ……とか思ってたりして?

 愛するのは愛妾の方で、私のことは妻として大事にする。でも、閨事は妻である私としかしない……。

 何かこれ、おかしくない?

 愛があるなら普通閨事はするわよね?

 閨事をしない愛妾って一体なに?






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