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第十六話 幸福ではなく苦行
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アストル様の腕の中で泣き疲れて眠ってしまったその日、なんと私は次の日の朝まで目を覚まさなかった。
寝付く時は夕方だったのに、目を開けたら室内が明るくなっていて、もの凄く驚いた。
「えっ!?」
思わず飛び起きて隣を見ると、既にアストル様の姿はなくて。
それはそうよね、彼は外出から帰ったままの格好でベッドへ横になっていたんだもの。
部屋着であった私はともかく、アストル様は着替えなければ眠れなかった筈だ。
でもそれだったら、アストル様がベッドを抜け出すタイミングで、私を起こしてくれたら良かったのに……。
そのまま誰にも起こされず、朝まで寝続けてしまった私は当然夕食を食べそびれ、今現在とてもお腹が空いている。
そのことに気づいた途端、お腹からなんとも情けない音がして、私はサイドテーブルの呼び鈴を鳴らした。
「おはようございます、奥様。昨夜は旦那様に奥様を起こさないよう仰せつかりましたが、お身体の調子は如何でしょうか?」
心の底から私への気遣いが感じ取れるような声音で、侍女のメイサが私へと尋ねてくる。
彼女は私が幼い頃から侍女として付き従ってくれている、私の姉とでもいえるような存在だ。尤も、本人に以前そのようなことを言ったら「畏れ多いのでやめて下さい」と言われてしまったが。
「身体はもう大丈夫。昨日はかなりキツかったけれど、今日は大分マシになったわ」
それでも、まだ一部分だけ痛みを感じる箇所はある。女性として大事な部分だけに。
けれどさすがに恥ずかしくて言えないから、私は何ともない振りをした。
日常生活を送るうえでは、然程問題ないだろうし。
それにしても、世の中の女性は皆これほどの痛みを初夜で乗り越えているのね……。
今ある痛みがなくなったとしても、また閨事をした時点で同じことになるのではないかしら? と思うと恐怖を感じ、アストル様との閨を拒否したくなってしまう。
愛する男性と閨を共にするのは、これ以上ない幸福感に包まれるものと聞いていた。
こんな風に次の閨に恐怖を感じるだなんて、聞いたことがなかったわ……。
やはり何事も、経験が一番だということだろうか。
本来なら幸福感に包まれる筈であったアストル様との閨は、痛いばかりで幸福感もなにもあったものではなかった。
寧ろ、ひたすら耐える苦行の時間かしら? と思ってしまったほどだ。
「こんな状態で、子供なんてできるのかしら……」
思わずため息が漏れてしまう。
昨日の初夜で奇跡が起きて、既に孕んでいたりしないだろうか?
新婚初夜で授かったという話も聞いたことがないわけではないから、それに期待して、次の閨は月のものがきた後にしてもらおうか。
アストル様も昨日の閨は本意ではなかったようだし、月に一度とかでも反対されないかもしれない。
それは夫婦としてはとても寂しいことではあるけれど、お互いに望まないなら、そうするのが一番なのだろう。
「それにアストル様だって、書類上の妻より愛妾を抱きたいわよね……」
そこでふと、昨日見かけた門の前での光景が、またも私の脳裏を過ぎった。
アストル様は口付けなどしていないと頑なに仰っていらしたけれど、本当なのかしら?
だったら、あんなに顔を近付けて何をしていたの?
あの時それを問い詰めれば良かったと、今更思う。
昨日はあまりに動揺しすぎて、そんなこと思い付きもしなかった。問い詰めるなら、あの時が絶好の機会だったのに。
「ああ……本当に失敗したわ……」
絶望から、両手で顔を覆って呻く。
今日になって改めて質問するなんて、到底できない。
そもそも昨日で終わったと思われる話をまた持ち出したりしたら、しつこい女と思われそうだ。
そうしたら、更にアストル様に嫌われてしまうかも……。
アストル様に冷たくあしらわれる様を、なんとなく想像してしまう。
嫌だ。それだけは絶対に嫌。
「……奥様? 大丈夫ですか?」
私が顔を覆ってぶつぶつ言っていたからだろう。
侍女のメイサが横からそっと声を掛けてくる。
「まだお辛いようなら、朝食は此方へお持ちしますが、如何致しましょうか」
「そうね……とにかく今はお腹が空いて、一刻も早く食べたいから、部屋へ持ってきてもらえる?」
「かしこまりました」
丁寧にお辞儀をして部屋から出て行くメイサを見送る。
「お腹が空いていると思考も後ろ向きになるというし……まずは朝食を食べて元気を出すところからよね!」
自分に言い聞かせるかのようにそう言うと、私は両手に握り拳を作り、「よし!」と気合を入れたのだった。
寝付く時は夕方だったのに、目を開けたら室内が明るくなっていて、もの凄く驚いた。
「えっ!?」
思わず飛び起きて隣を見ると、既にアストル様の姿はなくて。
それはそうよね、彼は外出から帰ったままの格好でベッドへ横になっていたんだもの。
部屋着であった私はともかく、アストル様は着替えなければ眠れなかった筈だ。
でもそれだったら、アストル様がベッドを抜け出すタイミングで、私を起こしてくれたら良かったのに……。
そのまま誰にも起こされず、朝まで寝続けてしまった私は当然夕食を食べそびれ、今現在とてもお腹が空いている。
そのことに気づいた途端、お腹からなんとも情けない音がして、私はサイドテーブルの呼び鈴を鳴らした。
「おはようございます、奥様。昨夜は旦那様に奥様を起こさないよう仰せつかりましたが、お身体の調子は如何でしょうか?」
心の底から私への気遣いが感じ取れるような声音で、侍女のメイサが私へと尋ねてくる。
彼女は私が幼い頃から侍女として付き従ってくれている、私の姉とでもいえるような存在だ。尤も、本人に以前そのようなことを言ったら「畏れ多いのでやめて下さい」と言われてしまったが。
「身体はもう大丈夫。昨日はかなりキツかったけれど、今日は大分マシになったわ」
それでも、まだ一部分だけ痛みを感じる箇所はある。女性として大事な部分だけに。
けれどさすがに恥ずかしくて言えないから、私は何ともない振りをした。
日常生活を送るうえでは、然程問題ないだろうし。
それにしても、世の中の女性は皆これほどの痛みを初夜で乗り越えているのね……。
今ある痛みがなくなったとしても、また閨事をした時点で同じことになるのではないかしら? と思うと恐怖を感じ、アストル様との閨を拒否したくなってしまう。
愛する男性と閨を共にするのは、これ以上ない幸福感に包まれるものと聞いていた。
こんな風に次の閨に恐怖を感じるだなんて、聞いたことがなかったわ……。
やはり何事も、経験が一番だということだろうか。
本来なら幸福感に包まれる筈であったアストル様との閨は、痛いばかりで幸福感もなにもあったものではなかった。
寧ろ、ひたすら耐える苦行の時間かしら? と思ってしまったほどだ。
「こんな状態で、子供なんてできるのかしら……」
思わずため息が漏れてしまう。
昨日の初夜で奇跡が起きて、既に孕んでいたりしないだろうか?
新婚初夜で授かったという話も聞いたことがないわけではないから、それに期待して、次の閨は月のものがきた後にしてもらおうか。
アストル様も昨日の閨は本意ではなかったようだし、月に一度とかでも反対されないかもしれない。
それは夫婦としてはとても寂しいことではあるけれど、お互いに望まないなら、そうするのが一番なのだろう。
「それにアストル様だって、書類上の妻より愛妾を抱きたいわよね……」
そこでふと、昨日見かけた門の前での光景が、またも私の脳裏を過ぎった。
アストル様は口付けなどしていないと頑なに仰っていらしたけれど、本当なのかしら?
だったら、あんなに顔を近付けて何をしていたの?
あの時それを問い詰めれば良かったと、今更思う。
昨日はあまりに動揺しすぎて、そんなこと思い付きもしなかった。問い詰めるなら、あの時が絶好の機会だったのに。
「ああ……本当に失敗したわ……」
絶望から、両手で顔を覆って呻く。
今日になって改めて質問するなんて、到底できない。
そもそも昨日で終わったと思われる話をまた持ち出したりしたら、しつこい女と思われそうだ。
そうしたら、更にアストル様に嫌われてしまうかも……。
アストル様に冷たくあしらわれる様を、なんとなく想像してしまう。
嫌だ。それだけは絶対に嫌。
「……奥様? 大丈夫ですか?」
私が顔を覆ってぶつぶつ言っていたからだろう。
侍女のメイサが横からそっと声を掛けてくる。
「まだお辛いようなら、朝食は此方へお持ちしますが、如何致しましょうか」
「そうね……とにかく今はお腹が空いて、一刻も早く食べたいから、部屋へ持ってきてもらえる?」
「かしこまりました」
丁寧にお辞儀をして部屋から出て行くメイサを見送る。
「お腹が空いていると思考も後ろ向きになるというし……まずは朝食を食べて元気を出すところからよね!」
自分に言い聞かせるかのようにそう言うと、私は両手に握り拳を作り、「よし!」と気合を入れたのだった。
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