16 / 46
第十五話 エイミーの計画
しおりを挟む
最初こそ苦労したものの、アストルを懐柔するのは思いの外簡単だった。
仮にも公爵家の令息なのだから、もっとお堅い感じかと思っていたのに、三男ということもあってか、アストルは他の貴族の令息達より考え方が柔軟で、且つ、とても心が広かった。
冗談混じりに名前を呼び捨てにしてみても怒らない。
ここぞとばかりに追加で「これからはアストルって呼んでも良い?」と可愛らしく小首を傾げて聞いてみたら、あっさりと頷いた。
他の貴族令息には、名前を呼び捨てにした途端、頬を引っ叩かれそうになったのに。
私の王子様は、やっぱりアストルしかいないんだわ……。
いつしかそんな風に考えるようになり、それと共に私はなんとかしてアストルを手に入れられないものかと画策するようになった。
だけどアストルがクロディーヌさんのことを心の底から愛していることは疑いようのない事実だったから、私はまず外堀から埋めていくことにした。
外堀を埋めてアストルが私から逃げられないようにしてから、気持ちを徐々に此方へ向ければ良いと。
そう考えた私は、人目を気にしてわざと人のいない場所へとアストルが私を連れて行くのを利用し、公爵家の使用人達にさり気なく私達の逢瀬の情報を流した。
「この前アストル様と四阿の裏でお話しさせていただいたんですけど、裏側って面白いぐらいに人が来ないんですね」とか、「魚に餌をやりたいと行ったら、池の端に連れて行っていただいたのですが、餌はいつもあんな端からあげているんですか?」などなど。
アストルがどうしてそこまで人目を気にするのかは分からなかったけど、私にとってそれはチャンスでしかなくて。だから有り難く、そのことを最大限に利用させてもらうことにしたのだ。
自分の婚約者が、たかが平民と人目を忍んでこそこそ会っていたら、お貴族様のご令嬢としては許せないだろう。
だからこそ、私とアストルのことが上手く婚約者の耳に入って、婚約破棄──若しくは喧嘩でもしてくれれば儲けもの。
そんな期待をしながら、無邪気な平民の娘を装って使用人達に逢瀬の話をすれば、彼女らは皆一様に「まあ!」と驚いた顔をした後、値踏みするかのように私のことを上から下まで舐めるように見、「いかがわしいことなどは……されておりませんよね?」と確認するかのように聞いてきた。
そこで嘘を吐くこともできたけど、平民が貴族に嘘を吐いたことがバレたら、どんな罰を与えられるか分からない。
だからそこは「えっ! えぇと……はい……」と恥ずかしそうに言って、使用人達の猜疑心を煽っておいた。
そもそもクロディーヌ命のアストルがそんなことする筈もないのに、使用人達に疑われるほど彼の気持ちは公爵家の人達に理解されていないのだと思うと楽しくて堪らず、私は密やかにほくそ笑んだ。
これならきっと、彼らはアストルが私に懸想した……若しくは人気のない場所で不貞行為に勤しんでいる……と誤解してくれる。そしてそれが上手くクロディーヌさんの耳に入ったなら、婚約破棄だってあり得るかもしれない。
そうなった時は私が傷心のアストルを慰めて、上手いこと彼と結婚を──と計画していたのに、流石の公爵家。使用人達は自分達が勤める家の醜聞を外には決して漏らさなかった。結果、私の頑張りも虚しく、アストルの不貞の噂はクロディーヌさんに知られることのないまま、二人は結婚してしまったのだ。
いつもアストルから聞いていた話の内容から、もしかして私達のことはクロディーヌさんの耳に入っていないかも? と疑っていたら、まさか本当になんにも知らされていなかったなんて!
その話を聞いた時、私は目の前が真っ暗になるほどの衝撃を受けた。
結婚してしまえば離婚させるのは難しいから、なんとか婚約破棄させたかったのに!
アストルに健気な良い子と思ってもらうために、したくもない二人の恋の応援をして、クロディーヌさんを褒めたりもしたのに全部台無し。また一から計画を練り直さなくちゃいけなくなった。
その後に思いついた最善ともいえる一手が、アストルの愛妾にしてもらうことだったわけだけど。
一度は頷いて、アストルはクロディーヌさんとの初夜でそのことを告げたらしいのに、その次の日の今日になって突然意見を翻してくるなんて、ほんと信じられない。
まさか、昨日の初夜は拒否したものの、今日は受け入れる気じゃないでしょうね?
そんなことになったら白い結婚を貫けなくなるし、万が一にでも子供を孕んだりしたら……それこそ離縁させられなくなってしまう。
そんなのは絶対に嫌!
私は勢いよく立ち上がると、ある場所へ向かって全速力で駆け出した──。
仮にも公爵家の令息なのだから、もっとお堅い感じかと思っていたのに、三男ということもあってか、アストルは他の貴族の令息達より考え方が柔軟で、且つ、とても心が広かった。
冗談混じりに名前を呼び捨てにしてみても怒らない。
ここぞとばかりに追加で「これからはアストルって呼んでも良い?」と可愛らしく小首を傾げて聞いてみたら、あっさりと頷いた。
他の貴族令息には、名前を呼び捨てにした途端、頬を引っ叩かれそうになったのに。
私の王子様は、やっぱりアストルしかいないんだわ……。
いつしかそんな風に考えるようになり、それと共に私はなんとかしてアストルを手に入れられないものかと画策するようになった。
だけどアストルがクロディーヌさんのことを心の底から愛していることは疑いようのない事実だったから、私はまず外堀から埋めていくことにした。
外堀を埋めてアストルが私から逃げられないようにしてから、気持ちを徐々に此方へ向ければ良いと。
そう考えた私は、人目を気にしてわざと人のいない場所へとアストルが私を連れて行くのを利用し、公爵家の使用人達にさり気なく私達の逢瀬の情報を流した。
「この前アストル様と四阿の裏でお話しさせていただいたんですけど、裏側って面白いぐらいに人が来ないんですね」とか、「魚に餌をやりたいと行ったら、池の端に連れて行っていただいたのですが、餌はいつもあんな端からあげているんですか?」などなど。
アストルがどうしてそこまで人目を気にするのかは分からなかったけど、私にとってそれはチャンスでしかなくて。だから有り難く、そのことを最大限に利用させてもらうことにしたのだ。
自分の婚約者が、たかが平民と人目を忍んでこそこそ会っていたら、お貴族様のご令嬢としては許せないだろう。
だからこそ、私とアストルのことが上手く婚約者の耳に入って、婚約破棄──若しくは喧嘩でもしてくれれば儲けもの。
そんな期待をしながら、無邪気な平民の娘を装って使用人達に逢瀬の話をすれば、彼女らは皆一様に「まあ!」と驚いた顔をした後、値踏みするかのように私のことを上から下まで舐めるように見、「いかがわしいことなどは……されておりませんよね?」と確認するかのように聞いてきた。
そこで嘘を吐くこともできたけど、平民が貴族に嘘を吐いたことがバレたら、どんな罰を与えられるか分からない。
だからそこは「えっ! えぇと……はい……」と恥ずかしそうに言って、使用人達の猜疑心を煽っておいた。
そもそもクロディーヌ命のアストルがそんなことする筈もないのに、使用人達に疑われるほど彼の気持ちは公爵家の人達に理解されていないのだと思うと楽しくて堪らず、私は密やかにほくそ笑んだ。
これならきっと、彼らはアストルが私に懸想した……若しくは人気のない場所で不貞行為に勤しんでいる……と誤解してくれる。そしてそれが上手くクロディーヌさんの耳に入ったなら、婚約破棄だってあり得るかもしれない。
そうなった時は私が傷心のアストルを慰めて、上手いこと彼と結婚を──と計画していたのに、流石の公爵家。使用人達は自分達が勤める家の醜聞を外には決して漏らさなかった。結果、私の頑張りも虚しく、アストルの不貞の噂はクロディーヌさんに知られることのないまま、二人は結婚してしまったのだ。
いつもアストルから聞いていた話の内容から、もしかして私達のことはクロディーヌさんの耳に入っていないかも? と疑っていたら、まさか本当になんにも知らされていなかったなんて!
その話を聞いた時、私は目の前が真っ暗になるほどの衝撃を受けた。
結婚してしまえば離婚させるのは難しいから、なんとか婚約破棄させたかったのに!
アストルに健気な良い子と思ってもらうために、したくもない二人の恋の応援をして、クロディーヌさんを褒めたりもしたのに全部台無し。また一から計画を練り直さなくちゃいけなくなった。
その後に思いついた最善ともいえる一手が、アストルの愛妾にしてもらうことだったわけだけど。
一度は頷いて、アストルはクロディーヌさんとの初夜でそのことを告げたらしいのに、その次の日の今日になって突然意見を翻してくるなんて、ほんと信じられない。
まさか、昨日の初夜は拒否したものの、今日は受け入れる気じゃないでしょうね?
そんなことになったら白い結婚を貫けなくなるし、万が一にでも子供を孕んだりしたら……それこそ離縁させられなくなってしまう。
そんなのは絶対に嫌!
私は勢いよく立ち上がると、ある場所へ向かって全速力で駆け出した──。
322
お気に入りに追加
827
あなたにおすすめの小説

〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?
詩海猫
恋愛
私の家は子爵家だった。
高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。
泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。
私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。
八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。
*文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。

【完結】伯爵令嬢は婚約を終わりにしたい〜次期公爵の幸せのために婚約破棄されることを目指して悪女になったら、なぜか溺愛されてしまったようです〜
よどら文鳥
恋愛
伯爵令嬢のミリアナは、次期公爵レインハルトと婚約関係である。
二人は特に問題もなく、順調に親睦を深めていった。
だがある日。
王女のシャーリャはミリアナに対して、「二人の婚約を解消してほしい、レインハルトは本当は私を愛しているの」と促した。
ミリアナは最初こそ信じなかったが王女が帰った後、レインハルトとの会話で王女のことを愛していることが判明した。
レインハルトの幸せをなによりも優先して考えているミリアナは、自分自身が嫌われて婚約破棄を宣告してもらえばいいという決断をする。
ミリアナはレインハルトの前では悪女になりきることを決意。
もともとミリアナは破天荒で活発な性格である。
そのため、悪女になりきるとはいっても、むしろあまり変わっていないことにもミリアナは気がついていない。
だが、悪女になって様々な作戦でレインハルトから嫌われるような行動をするが、なぜか全て感謝されてしまう。
それどころか、レインハルトからの愛情がどんどんと深くなっていき……?
※前回の作品同様、投稿前日に思いついて書いてみた作品なので、先のプロットや展開は未定です。今作も、完結までは書くつもりです。
※第一話のキャラがざまぁされそうな感じはありますが、今回はざまぁがメインの作品ではありません。もしかしたら、このキャラも更生していい子になっちゃったりする可能性もあります。(このあたり、現時点ではどうするか展開考えていないです)

忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。
君のためだと言われても、少しも嬉しくありません
みみぢあん
恋愛
子爵家の令嬢マリオンの婚約者、アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は…… 暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

夫に相手にされない侯爵夫人ですが、記憶を失ったので人生やり直します。
MIRICO
恋愛
第二章【記憶を失った侯爵夫人ですが、夫と人生やり直します。】完結です。
記憶を失った私は侯爵夫人だった。しかし、旦那様とは不仲でほとんど話すこともなく、パーティに連れて行かれたのは結婚して数回ほど。それを聞いても何も思い出せないので、とりあえず記憶を失ったことは旦那様に内緒にしておいた。
旦那様は美形で凛とした顔の見目の良い方。けれどお城に泊まってばかりで、お屋敷にいてもほとんど顔を合わせない。いいんですよ、その間私は自由にできますから。
屋敷の生活は楽しく旦那様がいなくても何の問題もなかったけれど、ある日突然パーティに同伴することに。
旦那様が「わたし」をどう思っているのか、記憶を失った私にはどうでもいい。けれど、旦那様のお相手たちがやけに私に噛み付いてくる。
記憶がないのだから、私は旦那様のことはどうでもいいのよ?
それなのに、旦那様までもが私にかまってくる。旦那様は一体何がしたいのかしら…?
小説家になろう様に掲載済みです。

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*
音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。
塩対応より下があるなんて……。
この婚約は間違っている?
*2021年7月完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる