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第十一話 抱きしめる腕
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「え……」
驚きに見開く私の瞳に、愕然としたアストル様の姿が映る。
なんで? どうしてアストル様が?
混乱する私は、そこで漸くアストル様に入室の受け答えをしていなかったことに気が付いた。
考えごとに没頭していて、忘れていたわ……!
でもまさか、彼が了承も得ずに扉を開けるような人だなんて、思ってもいなかったから。返事をしなければ大丈夫、と思っていた節がある。それでも限度があるとは思うけれど。
アストル様が扉を開けたことに驚きを覚えつつ、唐突に今の自分の顔の酷さを思い出した私は、彼に顔を見られないよう慌てて俯いた──が、遅かった。
「クロディーヌ!」
大股で近寄ってきた彼が、私の顔を自分へと向け、真正面から見つめてくる。
こうなっては、もう逃げられない。
咄嗟に涙は拭いたものの、私の顔は今、鼻や目の周りが真っ赤になって、如何にも『さっきまで泣いていました』という風になっているだろうから。
「なんで泣いてるんだ? 一体何があった?」
「あ……えっと、その……」
どうしよう。上手い言い訳が思い付かない。
悲しい本を読んで──と言おうにも、手元にはハンカチしかないし、そもそも号泣するような本なんて持ってない。
じゃあ、正直に言う?
無理無理。それこそ絶対無理。
寧ろ私の日頃からの行い的に、正直に言っても信じてもらえない可能性が高い。悲しいことに。
「クロディーヌ?」
あ、少しだけどアストル様の声が低くなったわ。
早く言え、ということね。
でもとにかく、先ずは頬に添えた手を離してくれないかしら。不細工な泣き顔をまじまじと見つめられるのは辛い。
「あ、あの、アストル様……」
彼の手に上から手を重ね、そっと俯く。けれど、彼は手を離してはくれなかった。
「どうしたんだ、クロディーヌ。俺には言えないようなことなのか?」
俯いた私の顔を上げさせ、アストル様が至近距離から見つめてくる。
大好きな人の顔が目の前にあり、私の胸の鼓動は早鐘のように打ち始めるも──刹那、門で見た光景を再び思い出してしまい、私は思わずアストル様の手を振り払った。
「いやっ!」
振り払った反動で、私の身体はベッドへと倒れ込む。
「ク、クロディーヌ!」
私を助け起こそうとアストル様が手を伸ばしてくる気配がして、私は触れられる前に顔だけを彼へと向けて口を開いた。
「実は先程、門の前でアストル様と見知らぬ女性が仲睦まじくされている姿をお見かけしました。とても可愛らしい見た目の方でしたが、もしかしてあの方が愛妾になられるお方なのですか?」
つい早口になってしまった。
本当はこんなこと言うつもりなかったのに。できることなら愛妾を邸に招き入れたくなどないから、自分からは決して言いたくなかったのに、つい勢いで言ってしまった。
これをきっかけに彼女が迎え入れられることになったら、絶対私は後悔するのに。
「……もしかして、俺が彼女と話しているところを見たのか? まさかそれで泣いていたとか?」
なんだろう? 呆然としながらも、どこか嬉しそうにも見えるアストル様の様子に、違和感を覚える。
私がこんなに悲しんでいるというのに、この人は何故嬉しそうにしているの? 理解に苦しむ。
腹が立った私は、再び私へと伸ばされたアストル様の腕を叩いて払うと、彼の碧色の瞳を睨みつけた。
「私は口付けを交わすあなた方を見て、自分の不幸を嘆いていたのです。爵位目当ての結婚……それは仕方ないでしょう。愛妾を持つことも……私との夫婦関係を続けていくうえで必要ならば致し方ないでしょう。ですがあんな……あんな人目につくような場所で、あのような……っ!」
話しているうちに、また思い出して気持ちが昂り、私の目から涙が溢れる。
「自覚がっ、足りないのです! あなたはもう私の夫になったのですよ? それなのに、他の女と堂々と……っ、もっとちゃんと自覚を……持って下さい!」
「っ、ごめん!」
瞬間、ふわりと優しく抱きしめられた。
私の鼻を擽るのは、昨夜ベッドの中でこれ以上ないほどに嗅いだアストル様の香りだ。
「ごめん、クロディーヌごめん。あのような場所で彼女と会っていたのは謝るよ。あれは確かに軽率だった。だが俺は彼女と口付けなどしていない。それだけは信じてほしい」
「嘘! そんなの信じられるわけないでしょう? だって私は自分の目で見たのだし、だから──」
それ以上は言えなかった。
アストル様によって強引に唇を塞がれ、そのまま上へと伸し掛られたからだ。
「んっ……いや、アストル様っ……!」
嫌がって抵抗すると、アストル様は私をぎゅっと抱きしめたまま、ゴロンとベッドに寝転がった。
「これ以上は何もしないよ。だからそんなに嫌がらないで……。俺は本当に彼女と口付けなどしていない。口付けも、それ以上も、俺がするのは君だけだ……」
縋り付くように抱き込まれ、私の肩口に顔を埋めたアストル様は、そのまま動かなくなってしまう。
「あの、アストル様、お着替えは……?」
そっと声を掛けてみるも、返事はなく。
困ったわ……。
どうしようかと思いながら、なんとか彼の腕の中から抜け出そうとするも、抱きしめられている力が強くて抜け出せず。
そんな状態でやれることも、喋ることもない私は、諦めて目を閉じた。
すると、久し振りに大泣きしたせいか、全身の筋肉痛のせいか、ほどなく私は意識を手放したのだった。
驚きに見開く私の瞳に、愕然としたアストル様の姿が映る。
なんで? どうしてアストル様が?
混乱する私は、そこで漸くアストル様に入室の受け答えをしていなかったことに気が付いた。
考えごとに没頭していて、忘れていたわ……!
でもまさか、彼が了承も得ずに扉を開けるような人だなんて、思ってもいなかったから。返事をしなければ大丈夫、と思っていた節がある。それでも限度があるとは思うけれど。
アストル様が扉を開けたことに驚きを覚えつつ、唐突に今の自分の顔の酷さを思い出した私は、彼に顔を見られないよう慌てて俯いた──が、遅かった。
「クロディーヌ!」
大股で近寄ってきた彼が、私の顔を自分へと向け、真正面から見つめてくる。
こうなっては、もう逃げられない。
咄嗟に涙は拭いたものの、私の顔は今、鼻や目の周りが真っ赤になって、如何にも『さっきまで泣いていました』という風になっているだろうから。
「なんで泣いてるんだ? 一体何があった?」
「あ……えっと、その……」
どうしよう。上手い言い訳が思い付かない。
悲しい本を読んで──と言おうにも、手元にはハンカチしかないし、そもそも号泣するような本なんて持ってない。
じゃあ、正直に言う?
無理無理。それこそ絶対無理。
寧ろ私の日頃からの行い的に、正直に言っても信じてもらえない可能性が高い。悲しいことに。
「クロディーヌ?」
あ、少しだけどアストル様の声が低くなったわ。
早く言え、ということね。
でもとにかく、先ずは頬に添えた手を離してくれないかしら。不細工な泣き顔をまじまじと見つめられるのは辛い。
「あ、あの、アストル様……」
彼の手に上から手を重ね、そっと俯く。けれど、彼は手を離してはくれなかった。
「どうしたんだ、クロディーヌ。俺には言えないようなことなのか?」
俯いた私の顔を上げさせ、アストル様が至近距離から見つめてくる。
大好きな人の顔が目の前にあり、私の胸の鼓動は早鐘のように打ち始めるも──刹那、門で見た光景を再び思い出してしまい、私は思わずアストル様の手を振り払った。
「いやっ!」
振り払った反動で、私の身体はベッドへと倒れ込む。
「ク、クロディーヌ!」
私を助け起こそうとアストル様が手を伸ばしてくる気配がして、私は触れられる前に顔だけを彼へと向けて口を開いた。
「実は先程、門の前でアストル様と見知らぬ女性が仲睦まじくされている姿をお見かけしました。とても可愛らしい見た目の方でしたが、もしかしてあの方が愛妾になられるお方なのですか?」
つい早口になってしまった。
本当はこんなこと言うつもりなかったのに。できることなら愛妾を邸に招き入れたくなどないから、自分からは決して言いたくなかったのに、つい勢いで言ってしまった。
これをきっかけに彼女が迎え入れられることになったら、絶対私は後悔するのに。
「……もしかして、俺が彼女と話しているところを見たのか? まさかそれで泣いていたとか?」
なんだろう? 呆然としながらも、どこか嬉しそうにも見えるアストル様の様子に、違和感を覚える。
私がこんなに悲しんでいるというのに、この人は何故嬉しそうにしているの? 理解に苦しむ。
腹が立った私は、再び私へと伸ばされたアストル様の腕を叩いて払うと、彼の碧色の瞳を睨みつけた。
「私は口付けを交わすあなた方を見て、自分の不幸を嘆いていたのです。爵位目当ての結婚……それは仕方ないでしょう。愛妾を持つことも……私との夫婦関係を続けていくうえで必要ならば致し方ないでしょう。ですがあんな……あんな人目につくような場所で、あのような……っ!」
話しているうちに、また思い出して気持ちが昂り、私の目から涙が溢れる。
「自覚がっ、足りないのです! あなたはもう私の夫になったのですよ? それなのに、他の女と堂々と……っ、もっとちゃんと自覚を……持って下さい!」
「っ、ごめん!」
瞬間、ふわりと優しく抱きしめられた。
私の鼻を擽るのは、昨夜ベッドの中でこれ以上ないほどに嗅いだアストル様の香りだ。
「ごめん、クロディーヌごめん。あのような場所で彼女と会っていたのは謝るよ。あれは確かに軽率だった。だが俺は彼女と口付けなどしていない。それだけは信じてほしい」
「嘘! そんなの信じられるわけないでしょう? だって私は自分の目で見たのだし、だから──」
それ以上は言えなかった。
アストル様によって強引に唇を塞がれ、そのまま上へと伸し掛られたからだ。
「んっ……いや、アストル様っ……!」
嫌がって抵抗すると、アストル様は私をぎゅっと抱きしめたまま、ゴロンとベッドに寝転がった。
「これ以上は何もしないよ。だからそんなに嫌がらないで……。俺は本当に彼女と口付けなどしていない。口付けも、それ以上も、俺がするのは君だけだ……」
縋り付くように抱き込まれ、私の肩口に顔を埋めたアストル様は、そのまま動かなくなってしまう。
「あの、アストル様、お着替えは……?」
そっと声を掛けてみるも、返事はなく。
困ったわ……。
どうしようかと思いながら、なんとか彼の腕の中から抜け出そうとするも、抱きしめられている力が強くて抜け出せず。
そんな状態でやれることも、喋ることもない私は、諦めて目を閉じた。
すると、久し振りに大泣きしたせいか、全身の筋肉痛のせいか、ほどなく私は意識を手放したのだった。
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