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第八話 初恋
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夕方になり、漸く動くことができるようになった私は、運動がてら庭園を散歩していた。
未だに身体中がギシギシと痛みを訴え、歩く姿もぎこちないものとなってしまう。
こんなことなら、初夜を迎える前に準備体操でもしておけば良かった。と思うものの、もう既に後の祭り。今更言ったところで、どうしようもない。
それにしても気になるのは、昨夜わざわざあのタイミングで最悪な発言をしたアストル様のことだ。
初夜を迎えるベッドの上で、堂々と愛妾を迎える発言などするものだから、てっきり既にその相手と経験済みだと思っていたのに……。
「あれは、間違いなく初めてだったわよね……?」
つい口に出して言ってしまい、途端に羞恥で顔が火照るのを感じた私は、両手で顔を覆う。
昨晩のあれやこれやの際、アストル様が閨事初体験らしいと思える部分を、それはもういろんな場面で実感してしまった。
しかも、身体を繋げる時に「は、はじ……う、上手くできなかったら、ごめん」などと言っていたし。
あれは恐らく『初めてだから』上手くできなかったら──と言いたかったのではないだろうか?
もしかしたら違うかもしれないけれど、でもきっとそうだと思いたい。寧ろそうであって欲しい。
「というか、アストル様も初めてって……」
その事実をじんわりと噛みしめ、つい顔がにやけてしまう。
嬉しい、嬉しい、嬉しいっ!
今も尚私を苛むこの身体の痛みは、私も彼も共に初体験であるからこそのものだと思うと、なんだかそれすらも愛おしく感じてしまうのだから、私はかなり単純だと思う。だからといって、今日も子作りを……と言われたら、流石に全力で拒否したいけれど。
アストル様も閨事が初体験だったという事実は、思いの外私に喜びを与えた。
だって、そうでしょう?
誰だって、自分の好きな人が自分以外の女と関わりを持っていたら、嫌な気持ちになるのは当然だ。
しかも、自分に対しては愛情なんて持っていないのに、他の相手には愛情を持って接しているなんて……。
その事を考えると、胸の中にどろどろとした黒いものが溜まっていくような気がする。
まさか私が、こんな気持ちになる日が来るなんて。
それ程までにアストル様には今まで私以外の女性の影を感じなかったし、仲睦まじくしていた彼とは、結婚後もそのまま幸せに暮らしていけると信じて疑っていなかった。
でも実際には私の婚約者として生活していく中で、疲弊した彼の心を癒す秘密の恋人が存在していたのだ。
彼女の存在がなければ、私達の結婚は成立することがなかったかもしれない程に重要で、大切な人が。そんな人がいると知っていたなら、私はアストル様と結婚なんてしなかっただろう。
結婚後も永遠にその存在を隠し続けてくれるのならまだしも、堂々と愛妾に迎えると知っていたなら、私はアストル様と、アストル様と……それでも結婚したかもしれない。
大好きな夫に自分以外の愛する女がいるなんて嫌だし、そんなの絶対許せないし許したくないけれど、アストル様が初恋で、何年もずっと彼しか見てこなかった私は、今更別の人を好きになれと言われても、絶対に無理だと断言できるから。
そんな簡単に心変わりができるなら、愛妾の話をされた時点で離婚してる。
結婚後すぐに離婚なんてしたら当然醜聞塗れになるだろうし、次の相手もすぐには見つからなかったかもしれないけれど。
それでも、侯爵家跡取りという魅力的な餌をぶら下げている私なら、たとえ離婚歴があったとしても、ある程度の相手とやり直すことができた筈なのだ。
でも私はそうせず、アストル様との婚姻を継続させる道を選んだ。
自分で選んだ道だとはいえ、辛く悲しい茨の道であることは間違いないだろう。
この道を選んだことを、この先後悔するかもしれない。
だけど、それでも。
ヒースメイル侯爵家跡取りの名に懸けて、逃げることはしたくなかった。
たとえそれが男女の恋愛などという、人によってはくだらないものであったとしても──。
未だに身体中がギシギシと痛みを訴え、歩く姿もぎこちないものとなってしまう。
こんなことなら、初夜を迎える前に準備体操でもしておけば良かった。と思うものの、もう既に後の祭り。今更言ったところで、どうしようもない。
それにしても気になるのは、昨夜わざわざあのタイミングで最悪な発言をしたアストル様のことだ。
初夜を迎えるベッドの上で、堂々と愛妾を迎える発言などするものだから、てっきり既にその相手と経験済みだと思っていたのに……。
「あれは、間違いなく初めてだったわよね……?」
つい口に出して言ってしまい、途端に羞恥で顔が火照るのを感じた私は、両手で顔を覆う。
昨晩のあれやこれやの際、アストル様が閨事初体験らしいと思える部分を、それはもういろんな場面で実感してしまった。
しかも、身体を繋げる時に「は、はじ……う、上手くできなかったら、ごめん」などと言っていたし。
あれは恐らく『初めてだから』上手くできなかったら──と言いたかったのではないだろうか?
もしかしたら違うかもしれないけれど、でもきっとそうだと思いたい。寧ろそうであって欲しい。
「というか、アストル様も初めてって……」
その事実をじんわりと噛みしめ、つい顔がにやけてしまう。
嬉しい、嬉しい、嬉しいっ!
今も尚私を苛むこの身体の痛みは、私も彼も共に初体験であるからこそのものだと思うと、なんだかそれすらも愛おしく感じてしまうのだから、私はかなり単純だと思う。だからといって、今日も子作りを……と言われたら、流石に全力で拒否したいけれど。
アストル様も閨事が初体験だったという事実は、思いの外私に喜びを与えた。
だって、そうでしょう?
誰だって、自分の好きな人が自分以外の女と関わりを持っていたら、嫌な気持ちになるのは当然だ。
しかも、自分に対しては愛情なんて持っていないのに、他の相手には愛情を持って接しているなんて……。
その事を考えると、胸の中にどろどろとした黒いものが溜まっていくような気がする。
まさか私が、こんな気持ちになる日が来るなんて。
それ程までにアストル様には今まで私以外の女性の影を感じなかったし、仲睦まじくしていた彼とは、結婚後もそのまま幸せに暮らしていけると信じて疑っていなかった。
でも実際には私の婚約者として生活していく中で、疲弊した彼の心を癒す秘密の恋人が存在していたのだ。
彼女の存在がなければ、私達の結婚は成立することがなかったかもしれない程に重要で、大切な人が。そんな人がいると知っていたなら、私はアストル様と結婚なんてしなかっただろう。
結婚後も永遠にその存在を隠し続けてくれるのならまだしも、堂々と愛妾に迎えると知っていたなら、私はアストル様と、アストル様と……それでも結婚したかもしれない。
大好きな夫に自分以外の愛する女がいるなんて嫌だし、そんなの絶対許せないし許したくないけれど、アストル様が初恋で、何年もずっと彼しか見てこなかった私は、今更別の人を好きになれと言われても、絶対に無理だと断言できるから。
そんな簡単に心変わりができるなら、愛妾の話をされた時点で離婚してる。
結婚後すぐに離婚なんてしたら当然醜聞塗れになるだろうし、次の相手もすぐには見つからなかったかもしれないけれど。
それでも、侯爵家跡取りという魅力的な餌をぶら下げている私なら、たとえ離婚歴があったとしても、ある程度の相手とやり直すことができた筈なのだ。
でも私はそうせず、アストル様との婚姻を継続させる道を選んだ。
自分で選んだ道だとはいえ、辛く悲しい茨の道であることは間違いないだろう。
この道を選んだことを、この先後悔するかもしれない。
だけど、それでも。
ヒースメイル侯爵家跡取りの名に懸けて、逃げることはしたくなかった。
たとえそれが男女の恋愛などという、人によってはくだらないものであったとしても──。
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