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第六話 裏切り
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「……で、白い結婚を貫いてどうするんだ? その目的は?」
エイミーの考えていることが分からず、俺は首を傾げる。
正直俺は白い結婚なぞに興味はない。侯爵家に婿入りしたからには後継を作るのが義務であるし、せっかく想いを寄せた女性と夫婦になれたのだ。手を出さないなどという選択肢はないに等しい。
だが、そんな俺の気持ちを知りもしないエイミーは、よくぞ聞いてくれました! とばかりに瞳を輝かせた。
「それは勿論、あの二人の気持ちを盛り下げるためよ!」
「気持ちを盛り下げる?」
ちょっと意味が分からない。
あの二人というのはクロディーヌと第二王子で間違いないと思うが、俺達が白い結婚を貫くことで、どうして二人の気持ちが盛り下がるのか。
この一年エイミーと色々話して、かなり仲良くなったと思っていたが、やはり貴族と平民とでは理解し合うことなど不可能だったのか? などと、つい考えてしまうぐらいに、彼女の言いたいことが理解できない。
しかしエイミーは、眉間に皺を寄せる俺に構うことなく、次の言葉を紡いだ。
「多分だけどね、あの二人はきっと今、『悲劇の恋人同士』っていうお互いの立ち位置に酔ってる状態だと思うのよ。結婚式の夜に、身体は愛してもいない旦那様のものになってしまうけど、心ではあなたを愛しています……っていうような」
「ふうん……?」
いまいち理解が追い付かず、俺の返事は適当なものになってしまう。
何処ぞの恋愛小説や劇場の演目などにありそうな内容ではあるが、そういったものに興味のない俺にとっては、ちんぷんかんぷんだ。
だってそうだろう?
愛してもいない旦那に抱かれることによって、愛し合う二人の気持ちが盛り上がる──だなんて、まったくもって意味不明としか言いようがない。
自分の愛する人が嫌々他の誰かに抱かれるなんて、悲劇以外のなにものでもないだろうが。そんなの気持ちが盛り上がるどころか、どん底に突き落とされること間違いなしだ。本当に意味が分からない。
だが取り敢えず、そういった悲劇をスパイスにしてクロディーヌと第二王子の気持ちが盛り上がってしまうから、今日の初夜だけは絶対に突っぱねた方が良いと言うエミリーに、俺は押される形で頷いた。
ちなみに拒否るのは今日だけで良いのか? と尋ねたかったが、そこで人の声が聞こえてきたため、その場は解散となり、それ以上は話せなかった。
しかし、初夜を突っぱねるなんてことが果たしてできるだろうか?
子作りを義務と知りつつ初夜を突っぱねるなんて、婿入りした身としては契約違反とも取られかねず、最悪離縁の危険さえある。
せっかくクロディーヌと結婚できたのに、そんなことで離婚されたらたまらない。
だが、俺がクロディーヌを抱くことで、エイミーの言ったようにあの二人が盛り上がるのは面白くないし……。
どうするべきかと考えながら、俺は会場へと戻る。
すると、思いの外時間が経過してしまっていて、クロディーヌの纏う空気が氷のように冷たくなっていたから、俺はその後彼女のご機嫌を取るために全精神を傾けなければならなくなり、披露宴を楽しむどころではなくなってしまった。
あそこでエイミーに出会わなければ……。
少しだけそう思ったが、話し込んでしまった自分にも責任がないとは言えない。
それに、エイミーと話したおかげで、結婚式前にクロディーヌと第二王子が会っていたという事実を知ることができたのだ。
この話を聞いていなかったら、俺は喜び浮かれてクロディーヌとの初夜を迎えていただろう。俺達が初夜を済ませることにより、クロディーヌと第二王子の気持ちが盛り上がってしまうことなど、知る由もなく。
クロディーヌはやはり、俺よりも第二王子を……。
そう考えると、胸が締め付けられる。
これまでずっと、誠心誠意クロディーヌの為に尽くしてきた。
沢山の婚約者候補達の中から自分が選ばれた喜びと幸運に感謝し、その栄光を自分に与えてくれたクロディーヌに、少しでも報いられたらと全力で頑張ってきた。
なのに、その結果がこれなのか?
彼女は第二王子を選び、道ならぬ恋に身を堕としながらも、表面上は自分との婚姻を選んだという。
何故? こんなギリギリになっての婚約破棄など、醜聞にしかならないからか?
相手が第二王子であるが故に、たとえ王位を継ぐ立場でなくとも、社交界に悪評を流さぬ為か?
どちらにせよ、二人は自分達の為に俺を犠牲にしたということだ。
何も知らない俺とクロディーヌは結婚し、その裏で彼女は第二王子と密やかに逢瀬を重ね、愛を育む。
目の前に困難が立ち塞がれば立ち塞がるほど、困難な愛は盛り上がるものなのだとエミリーが言っていたから、もしかしたらそういう狙いもあるのかもしれない。
どちらにせよ、俺が犠牲となるのは変わらないんだ。
クロディーヌと婚約してからの十年間、ずっと彼女の為に、彼女のことだけを想い、過ごしてきたのに。
「それなのに……」
まさか、こんな酷い裏切りを受けるとは思わなかった。
彼女が俺を無理矢理犠牲にするのなら、もうこれ以上好きにはさせたくない。
長かった婚約期間の間に、彼女への恩は十分に返せたと思うから。
あまり酷いことはしたくないが、少しぐらいは意趣返しをしても許されるだろう。
「取り敢えず、初夜だけは拒否してみるか……」
その後の行動方針については、折を見てエミリーに聞けばいい。
俺は密やかに、そう独りごちた。
エイミーの考えていることが分からず、俺は首を傾げる。
正直俺は白い結婚なぞに興味はない。侯爵家に婿入りしたからには後継を作るのが義務であるし、せっかく想いを寄せた女性と夫婦になれたのだ。手を出さないなどという選択肢はないに等しい。
だが、そんな俺の気持ちを知りもしないエイミーは、よくぞ聞いてくれました! とばかりに瞳を輝かせた。
「それは勿論、あの二人の気持ちを盛り下げるためよ!」
「気持ちを盛り下げる?」
ちょっと意味が分からない。
あの二人というのはクロディーヌと第二王子で間違いないと思うが、俺達が白い結婚を貫くことで、どうして二人の気持ちが盛り下がるのか。
この一年エイミーと色々話して、かなり仲良くなったと思っていたが、やはり貴族と平民とでは理解し合うことなど不可能だったのか? などと、つい考えてしまうぐらいに、彼女の言いたいことが理解できない。
しかしエイミーは、眉間に皺を寄せる俺に構うことなく、次の言葉を紡いだ。
「多分だけどね、あの二人はきっと今、『悲劇の恋人同士』っていうお互いの立ち位置に酔ってる状態だと思うのよ。結婚式の夜に、身体は愛してもいない旦那様のものになってしまうけど、心ではあなたを愛しています……っていうような」
「ふうん……?」
いまいち理解が追い付かず、俺の返事は適当なものになってしまう。
何処ぞの恋愛小説や劇場の演目などにありそうな内容ではあるが、そういったものに興味のない俺にとっては、ちんぷんかんぷんだ。
だってそうだろう?
愛してもいない旦那に抱かれることによって、愛し合う二人の気持ちが盛り上がる──だなんて、まったくもって意味不明としか言いようがない。
自分の愛する人が嫌々他の誰かに抱かれるなんて、悲劇以外のなにものでもないだろうが。そんなの気持ちが盛り上がるどころか、どん底に突き落とされること間違いなしだ。本当に意味が分からない。
だが取り敢えず、そういった悲劇をスパイスにしてクロディーヌと第二王子の気持ちが盛り上がってしまうから、今日の初夜だけは絶対に突っぱねた方が良いと言うエミリーに、俺は押される形で頷いた。
ちなみに拒否るのは今日だけで良いのか? と尋ねたかったが、そこで人の声が聞こえてきたため、その場は解散となり、それ以上は話せなかった。
しかし、初夜を突っぱねるなんてことが果たしてできるだろうか?
子作りを義務と知りつつ初夜を突っぱねるなんて、婿入りした身としては契約違反とも取られかねず、最悪離縁の危険さえある。
せっかくクロディーヌと結婚できたのに、そんなことで離婚されたらたまらない。
だが、俺がクロディーヌを抱くことで、エイミーの言ったようにあの二人が盛り上がるのは面白くないし……。
どうするべきかと考えながら、俺は会場へと戻る。
すると、思いの外時間が経過してしまっていて、クロディーヌの纏う空気が氷のように冷たくなっていたから、俺はその後彼女のご機嫌を取るために全精神を傾けなければならなくなり、披露宴を楽しむどころではなくなってしまった。
あそこでエイミーに出会わなければ……。
少しだけそう思ったが、話し込んでしまった自分にも責任がないとは言えない。
それに、エイミーと話したおかげで、結婚式前にクロディーヌと第二王子が会っていたという事実を知ることができたのだ。
この話を聞いていなかったら、俺は喜び浮かれてクロディーヌとの初夜を迎えていただろう。俺達が初夜を済ませることにより、クロディーヌと第二王子の気持ちが盛り上がってしまうことなど、知る由もなく。
クロディーヌはやはり、俺よりも第二王子を……。
そう考えると、胸が締め付けられる。
これまでずっと、誠心誠意クロディーヌの為に尽くしてきた。
沢山の婚約者候補達の中から自分が選ばれた喜びと幸運に感謝し、その栄光を自分に与えてくれたクロディーヌに、少しでも報いられたらと全力で頑張ってきた。
なのに、その結果がこれなのか?
彼女は第二王子を選び、道ならぬ恋に身を堕としながらも、表面上は自分との婚姻を選んだという。
何故? こんなギリギリになっての婚約破棄など、醜聞にしかならないからか?
相手が第二王子であるが故に、たとえ王位を継ぐ立場でなくとも、社交界に悪評を流さぬ為か?
どちらにせよ、二人は自分達の為に俺を犠牲にしたということだ。
何も知らない俺とクロディーヌは結婚し、その裏で彼女は第二王子と密やかに逢瀬を重ね、愛を育む。
目の前に困難が立ち塞がれば立ち塞がるほど、困難な愛は盛り上がるものなのだとエミリーが言っていたから、もしかしたらそういう狙いもあるのかもしれない。
どちらにせよ、俺が犠牲となるのは変わらないんだ。
クロディーヌと婚約してからの十年間、ずっと彼女の為に、彼女のことだけを想い、過ごしてきたのに。
「それなのに……」
まさか、こんな酷い裏切りを受けるとは思わなかった。
彼女が俺を無理矢理犠牲にするのなら、もうこれ以上好きにはさせたくない。
長かった婚約期間の間に、彼女への恩は十分に返せたと思うから。
あまり酷いことはしたくないが、少しぐらいは意趣返しをしても許されるだろう。
「取り敢えず、初夜だけは拒否してみるか……」
その後の行動方針については、折を見てエミリーに聞けばいい。
俺は密やかに、そう独りごちた。
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