【完結】初夜寸前で「君を愛するつもりはない」と言われました。つもりってなんですか?

迦陵 れん

文字の大きさ
上 下
4 / 46

第四話 絶望

しおりを挟む
「あぁ……完全にやらかした……」

 新妻と暮らす新居から、ヒースメイル侯爵家へと向かう道すがら、俺は内心で頭を抱えていた。

 結婚初夜で「君を愛するつもりはない」というお決まりの科白を吐いたのは、俺が密かに友人として付き合っている平民──エイミーから入れ知恵されたからだ。

 そこそこ美人でスタイルも良く、お嬢様然としたクロディーヌは、侯爵家の跡取りという立場を抜きにしても評判が良く、昔から多くの男達にチヤホヤされていた。

 それでも彼女は決して驕ることなく貴族令嬢として正しく彼らに接し、婚約者である俺のことを決して蔑ろにはしなかった。寧ろ様々な場面で優遇してくれて、他の貴族令息達から嫉妬混じりのやっかみを受けたほどだ。

 そんな彼女だったから、婚姻後に得られる立場はもちろんのこと、婚約者として自分も恥じることのないようにと、精一杯理想とされる婚約者を目指して振る舞ってきた。

 その甲斐あって、結婚まであと一年となった頃には、他のどの婚約者達より自分達は仲睦まじかったと思う。

 だが、しかし。

 結婚まであと一年となったところで、俺は衝撃的な場面に出会してしまったのだ。

 それは、仕事の都合で王宮に缶詰めとなった父親に、着替えを持って行った時のこと。

 三階の廊下の窓から、なんとはなしに庭園を見下ろすと、そこに一組の男女がいるのが目に入った。

「あれは……」

 どちらの姿にも見覚えがあるような気がして、俺は目を凝らして食い入るように二人を見つめた。

 違う……よな? クロディーヌがこんな所にいる筈はない。俺の思い違いだ……。

 どう見ても自分の婚約者に見える女性の姿に動揺し、縋るような思いで見つめていたのだが、そんな俺に対して現実は残酷だった。
 
 仲良さ気に話しながら庭園を歩いていた男女は、不意に男性が女性を引き寄せたと思ったら、その身体を包み込むかのように抱きしめたのだ。

「まさか、そんな……」

 女が男の身体に腕を回すことはなかったが、それでも嫌がっているようには見えなかった。

 ただ、男の好きなようにさせている──そのような雰囲気を感じ取ることができた。

 けれど、抱きしめられても嫌がらない時点で、女にも少しは気持ちがあるのではないか? 人目を気にして腕を回さないだけで、本当は抱きしめ合いたいのでは?

 そんな風にも思えてしまって。

 もう、帰ろう──。

 男女の正体を知りたかった筈なのに、その時の俺は二人が誰なのかを確かめることが怖くなってしまっていて。

 踵を返し、窓から離れる際に俺はもう一度だけ庭園へと目を向けた。今思えば、何故そんなことをしたんだと、馬鹿な自分を殴り付けたくなる。

 目を向けた先には、此方へと近づいて来ているクロディーヌの姿があった。そしてその後ろを、戯れているかのように、わざとゆっくり追いかけてくる第二王子の姿。

 無論、その時俺がいたのは三階の廊下であるから、クロディーヌが俺に気付いたわけではない。単に俺がいる方角にある王宮の入り口へと、偶然向かっていただけだ。

 クロディーヌが此方へ走って来なければ、気が付かずにいられたのに。

 俺が最後にもう一度振り向いたりしなければ、何も知らずにいられたのに。

 俺はどうして、振り向いてしまったんだ?

「振り向かなければ良かった……。いや、そもそも王宮などに来なければ……っ!」

 いくら後悔しても、時間が巻き戻ることはない。

 信じたくない、信じられないという気持ちが、胸の中で渦巻いていく。

 あれはどう見てもクロディーヌだった。

 婚約者として頻繁に会っていたのだ。見間違える筈がない。 
 
「どうして? どうしてなんだっ……」

 第二王子がクロディーヌに、今もしつこく言い寄っているという話は聞いていた。

 それでも、クロディーヌは婚約者である俺を大事にしてくれるからと、想っていてくれるからと、心配も何もしていなかった。

「だけど本当は、そうじゃなかった?」

 俺達は所謂政略結婚だ。

 けれど折角だから形だけの夫婦であるより、気持ちの伴った夫婦になろうとお互いに望み、その為に努力してきた。交流も密にし、信頼関係を地道にだが着実に築き上げてきた筈だった。

 なのにそれが、こうも簡単に裏切られるなんて。

「もしかしたら、今までにも……」

 嫌な考えが、俺の頭を過ぎる。

 二人が王宮内の庭園で会うのは、今日が初めてではないかもしれない。

 今までにも何度か逢瀬を重ねているのかもしれない。

 本当は婚約者を俺から王子へと替えたいのに、今更婚約を解消したいと言い出せず、こっそりと二人で会っているのでは……。

 そんな考えに、頭の中が支配される。

「違う……。クロディーヌはそんな女じゃない……」 

 そう自分に言い聞かせようとするも、一度疑いだしてしまえば、もうダメだった。

 それまで幸せに満ちていた俺の心は疑心暗鬼に陥り、以前のようにクロディーヌを信じることができなくなってしまったのだ。

「クロディーヌ……俺の、俺のものだったのに……」
 
 その日から、俺の心は深い深い絶望の底に沈んでいった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?

詩海猫
恋愛
私の家は子爵家だった。 高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。 泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。 私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。 八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。 *文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

家族に裏切られて辺境で幸せを掴む?

しゃーりん
恋愛
婚約者を妹に取られる。 そんな小説みたいなことが本当に起こった。 婚約者が姉から妹に代わるだけ?しかし私はそれを許さず、慰謝料を請求した。 婚約破棄と共に跡継ぎでもなくなったから。 仕事だけをさせようと思っていた父に失望し、伯父のいる辺境に行くことにする。 これからは辺境で仕事に生きよう。そう決めて王都を旅立った。 辺境で新たな出会いがあり、付き合い始めたけど?というお話です。

【完結】伯爵令嬢は婚約を終わりにしたい〜次期公爵の幸せのために婚約破棄されることを目指して悪女になったら、なぜか溺愛されてしまったようです〜

よどら文鳥
恋愛
 伯爵令嬢のミリアナは、次期公爵レインハルトと婚約関係である。  二人は特に問題もなく、順調に親睦を深めていった。  だがある日。  王女のシャーリャはミリアナに対して、「二人の婚約を解消してほしい、レインハルトは本当は私を愛しているの」と促した。  ミリアナは最初こそ信じなかったが王女が帰った後、レインハルトとの会話で王女のことを愛していることが判明した。  レインハルトの幸せをなによりも優先して考えているミリアナは、自分自身が嫌われて婚約破棄を宣告してもらえばいいという決断をする。  ミリアナはレインハルトの前では悪女になりきることを決意。  もともとミリアナは破天荒で活発な性格である。  そのため、悪女になりきるとはいっても、むしろあまり変わっていないことにもミリアナは気がついていない。  だが、悪女になって様々な作戦でレインハルトから嫌われるような行動をするが、なぜか全て感謝されてしまう。  それどころか、レインハルトからの愛情がどんどんと深くなっていき……? ※前回の作品同様、投稿前日に思いついて書いてみた作品なので、先のプロットや展開は未定です。今作も、完結までは書くつもりです。 ※第一話のキャラがざまぁされそうな感じはありますが、今回はざまぁがメインの作品ではありません。もしかしたら、このキャラも更生していい子になっちゃったりする可能性もあります。(このあたり、現時点ではどうするか展開考えていないです)

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。 塩対応より下があるなんて……。 この婚約は間違っている? *2021年7月完結

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

君のためだと言われても、少しも嬉しくありません

みみぢあん
恋愛
子爵家の令嬢マリオンの婚約者、アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は……    暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓

処理中です...