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68 自分勝手
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「僕がいない間にユリアが他の奴と婚約するかもしれないのなら、僕は他国へなんて行かない」
あまりにも身勝手な言葉に、私は思わず耳を疑った。
レスターの他国行きは、フェルをはじめ多くの人間が関わっていることなのに、それを個人の勝手な意見で行かないなどと言い出すなんて。
「レスター! そんなことは許されないわ。貴方一体何を言ってるの⁉︎ せっかくみんなが貴方のためにって他国行きを準備してくれたのに、それを台無しにするつもり⁉︎」
他国行きを台無しにするというか、それに関わる多くの人達の親切を踏みにじるつもりなのか。
そんなことをしたら、如何にレスターに同情的なフェルといえども、さすがに許せないと思うに違いない。
一生動かないと診断された足が、再び動くようになるかもしれない唯一の機会。それだって、オリエル公爵家の伝手を使ったからこそ得られた話であるというのに、レスターはそれすら棒に振ろうというのか。単に私がレスター以外の誰かと婚約してしまうかもしれないというだけで。
「でも私達は、もう婚約者同士でもなんでもないのよ? もしもレスターが他国へ行かないとしても、私は他の人と婚約するかもしれな──」
「させない! 僕が傍にいたら、ユリアに僕以外と婚約なんて絶対にさせない!」
だったら婚約解消した意味は?
と頭に浮かんだものの、レスターのあまりの剣幕に、私は椅子に座りながらもたじろいでしまう。
「そんなことを言っても、お父様が婚約をすすめてきたら……」
「なんとかするさ。そもそも僕の父だって、君との婚約解消には反対だったんだ。それを、治療に何年かかるか分からないからと君の父親にゴリ押しされて、無理矢理婚約解消させられたようなものだからね。結局足が不自由になった僕を、サイダース侯爵が見限ったってことなんだろうけど。……君の父親は、何を考えているか昔から本当に分かりやすいから、うちに話をしに来た時に、顔を見てすぐに分かったよ」
言われた瞬間、私は恥ずかしくなって俯いた。
お父様は普段から自分の気持ちや考えていることが顔に出やすく、内心を隠さなければいけない貴族としては、失格の部類に入る。それでも大きなやらかしはないため未だ侯爵ではいられているが、何かをやらかした時点で降爵させられそうなギリギリのラインにいることは確かだ。
「ユリア……僕はただ、君を失いたくないだけなんだ。ユリアは僕に裏切られたと言ったけど、それは僕だって同じだ。君との将来のためにと懸命に努力してきたつもりだったのに、君を守るためだと自分の心を律してきたのに、ある日突然婚約破棄を言い渡された。それは裏切りじゃないのか?」
私を見つめるレスターの瞳が、辛そうに歪められる。
裏切られたのは、私だけだと思っていた。
でもまさか、彼も自分が裏切られたと思っていたなんて、考えもしていなかった。
婚約破棄の話し合いをした後も、大怪我をして毎日お見舞いに通うようになってからも、レスターはそのことについて何も言ってはこなかったから。
「……意外だった? 凄く驚いた顔をしてる。でも当たり前だろう? 僕は君との将来のために殿下の側近を目指し、これまでの理不尽な扱いにも耐えてきた。おまけに足まで動かなくなって……それでも負傷してからは毎日ユリアがお見舞いに来てくれたから、これで僕達はやり直せるって思った。これからまた少しずつでも、元の関係に戻って行ければって……」
そうだ、私も同じようなことを思った。
レスターと婚約者としてやり直そうとは思わなかったけれど、昔の幼馴染の関係に戻れたらって。
本物の家族になることはできなくとも、お互いの家族同士、以前のように仲良くできたら、って。
「……僕は君とやり直せると思っていたのに、ある日を境に君は一人では邸に来てくれなくなった。そして、僕が治療のために他国へ行くことが決まった途端、婚約解消って……まるで待ってましたと言わんばかりのタイミングじゃないか。これで裏切られたと思わない方がどうかしてる」
「レスター……」
悔し気に歪められた彼の表情を見て、私は何も言えなくなってしまう。
私はまた、レスターの気持ちを無視していたんだ。彼が私と婚約者としてやり直そうと思っていただなんて、考えたことすらなかった。私はただ、足が動かなくなって落ち込むレスターを、励ますことに精一杯で──。
「少しでもユリアに良い暮らしをさせてあげたいと思ってた。今まで傷付けてしまった分、ユリアを幸せにしてあげたいとも思った。だから僕は、たとえ少しの間ユリアと離れることになっても、他国へ行って治療を受けようと思ったんだ。だけど、その間にユリアが別の男のものになるなら話は別だ」
レスターの纏う空気が、不穏なものへと変わる。
このままではいけない──と思うのに、何を言えば良いのか分からなくて。
「レ、レスター待って……」
なんとかそれだけを口にして、彼の気持ちを少しでも落ち着けようと、懸命に頭を働かせたのだけれど──。
「ユリア、僕は決めたよ。僕は他国へは行かない。このまま国に残って、今度こそずっと君の傍にいる。もう絶対に君から離れたりしない」
そう言った彼の瞳は、揺るぎない決意に煌めいていた。
あまりにも身勝手な言葉に、私は思わず耳を疑った。
レスターの他国行きは、フェルをはじめ多くの人間が関わっていることなのに、それを個人の勝手な意見で行かないなどと言い出すなんて。
「レスター! そんなことは許されないわ。貴方一体何を言ってるの⁉︎ せっかくみんなが貴方のためにって他国行きを準備してくれたのに、それを台無しにするつもり⁉︎」
他国行きを台無しにするというか、それに関わる多くの人達の親切を踏みにじるつもりなのか。
そんなことをしたら、如何にレスターに同情的なフェルといえども、さすがに許せないと思うに違いない。
一生動かないと診断された足が、再び動くようになるかもしれない唯一の機会。それだって、オリエル公爵家の伝手を使ったからこそ得られた話であるというのに、レスターはそれすら棒に振ろうというのか。単に私がレスター以外の誰かと婚約してしまうかもしれないというだけで。
「でも私達は、もう婚約者同士でもなんでもないのよ? もしもレスターが他国へ行かないとしても、私は他の人と婚約するかもしれな──」
「させない! 僕が傍にいたら、ユリアに僕以外と婚約なんて絶対にさせない!」
だったら婚約解消した意味は?
と頭に浮かんだものの、レスターのあまりの剣幕に、私は椅子に座りながらもたじろいでしまう。
「そんなことを言っても、お父様が婚約をすすめてきたら……」
「なんとかするさ。そもそも僕の父だって、君との婚約解消には反対だったんだ。それを、治療に何年かかるか分からないからと君の父親にゴリ押しされて、無理矢理婚約解消させられたようなものだからね。結局足が不自由になった僕を、サイダース侯爵が見限ったってことなんだろうけど。……君の父親は、何を考えているか昔から本当に分かりやすいから、うちに話をしに来た時に、顔を見てすぐに分かったよ」
言われた瞬間、私は恥ずかしくなって俯いた。
お父様は普段から自分の気持ちや考えていることが顔に出やすく、内心を隠さなければいけない貴族としては、失格の部類に入る。それでも大きなやらかしはないため未だ侯爵ではいられているが、何かをやらかした時点で降爵させられそうなギリギリのラインにいることは確かだ。
「ユリア……僕はただ、君を失いたくないだけなんだ。ユリアは僕に裏切られたと言ったけど、それは僕だって同じだ。君との将来のためにと懸命に努力してきたつもりだったのに、君を守るためだと自分の心を律してきたのに、ある日突然婚約破棄を言い渡された。それは裏切りじゃないのか?」
私を見つめるレスターの瞳が、辛そうに歪められる。
裏切られたのは、私だけだと思っていた。
でもまさか、彼も自分が裏切られたと思っていたなんて、考えもしていなかった。
婚約破棄の話し合いをした後も、大怪我をして毎日お見舞いに通うようになってからも、レスターはそのことについて何も言ってはこなかったから。
「……意外だった? 凄く驚いた顔をしてる。でも当たり前だろう? 僕は君との将来のために殿下の側近を目指し、これまでの理不尽な扱いにも耐えてきた。おまけに足まで動かなくなって……それでも負傷してからは毎日ユリアがお見舞いに来てくれたから、これで僕達はやり直せるって思った。これからまた少しずつでも、元の関係に戻って行ければって……」
そうだ、私も同じようなことを思った。
レスターと婚約者としてやり直そうとは思わなかったけれど、昔の幼馴染の関係に戻れたらって。
本物の家族になることはできなくとも、お互いの家族同士、以前のように仲良くできたら、って。
「……僕は君とやり直せると思っていたのに、ある日を境に君は一人では邸に来てくれなくなった。そして、僕が治療のために他国へ行くことが決まった途端、婚約解消って……まるで待ってましたと言わんばかりのタイミングじゃないか。これで裏切られたと思わない方がどうかしてる」
「レスター……」
悔し気に歪められた彼の表情を見て、私は何も言えなくなってしまう。
私はまた、レスターの気持ちを無視していたんだ。彼が私と婚約者としてやり直そうと思っていただなんて、考えたことすらなかった。私はただ、足が動かなくなって落ち込むレスターを、励ますことに精一杯で──。
「少しでもユリアに良い暮らしをさせてあげたいと思ってた。今まで傷付けてしまった分、ユリアを幸せにしてあげたいとも思った。だから僕は、たとえ少しの間ユリアと離れることになっても、他国へ行って治療を受けようと思ったんだ。だけど、その間にユリアが別の男のものになるなら話は別だ」
レスターの纏う空気が、不穏なものへと変わる。
このままではいけない──と思うのに、何を言えば良いのか分からなくて。
「レ、レスター待って……」
なんとかそれだけを口にして、彼の気持ちを少しでも落ち着けようと、懸命に頭を働かせたのだけれど──。
「ユリア、僕は決めたよ。僕は他国へは行かない。このまま国に残って、今度こそずっと君の傍にいる。もう絶対に君から離れたりしない」
そう言った彼の瞳は、揺るぎない決意に煌めいていた。
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