【完】愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた

迦陵 れん

文字の大きさ
16 / 90

16 自問自答

しおりを挟む
「待ってユリア! 行かないで!」

 後ろから、ミーティアが追いかけてくる。

 けれど私は足を止めない、止まりたくない。今足を止めたら、その場に座り込んで泣いてしまいそうだから。

 まさかレスターが、あんな酷いことを言ってくるとは思わなかった。

 フェルに好意があるって何? 友達として──距離が──相応しくないって?

 学園で私がどう過ごしているのかも知らないくせに、どうしてあんな勝手なことが言えるのだろう?

 さっきは確かに距離が近かったかもしれない。だけどフェルと二人だけでいたのは偶々で、普段はミーティアも一緒にいるのに。しかも、フェルが私に近付いたのだって、落ち込んだ私のことを心配してくれたからだ。

「何にも知らないくせに……酷いよ……」

 フェルの両腕を拘束してまで、咎めるようなことではなかったと思う。

 私達が婚約者同士であると知られているならば、ああしても良かったのかもしれないけれど、私達は普段から他人の振りをしているせいで、周囲からは無関係だと思われている。だったら、あの場は無視するのが正解であった筈なのに、レスターはどうしてあそこに姿を現し、フェルの腕を掴んだりしたのだろうか。

 レスターはフェルの家名を知らない可能性があるけれど、だからといって許される行為ではない。王太子殿下の側近候補にまで選ばれた彼が、オリエル公爵家の令息の顔を『知らない』では済まされないのだから。

 それに私との関係だって、勘繰る人が出てくるかもしれない。見ず知らずの令嬢と令息との距離感なんて、普通は見て見ぬ振りをするものなのに、今回レスターは手を出してまで咎めてしまった。これでは勘繰るな、と言う方が無理な気がする。

 もし私との関係を疑われでもしたら、彼はどうするつもりなんだろう?

 今更になって実は婚約してました──なんて言えるわけがないし、あんなことをした後で誤魔化しても、誤魔化し切るのは不可能なように思える。

「もう……どうしたら良いのか分からないよ……」

 校舎の陰に隠れ、私は膝を抱えて座り込んだ。

 泣きたくもないのに、次から次へと涙が溢れて頬を伝っていく。

 どうしてこんな事になったんだろう。

 学園に入学してからの二ヶ月間、レスターの言い付け通りに私は他人の振りを続けてきた。

 その間も彼をお茶会に招待する手紙は何度となく送ったし、両家の食事会を催して欲しいと、お父様に何度もお願いをした。けれど私の願いは一度も叶えられることはなく、毎回「側近になるための勉強で忙しいため、時間は取れない」という返答がレスターから送られてくるのみだった。

 なのに彼は学園で毎日たくさんの令嬢達に囲まれ、微笑んでいた。親し気にしてくる令嬢には、逃げるためとはいえ、特別な微笑みまで向けて──。

 遠くなってしまった彼との距離が辛くて、作りものの笑顔でも良いから、私にも一度ぐらい笑顔を向けてもらおうと、偶然を装って学園でレスターに近付いたこともあった。彼を取り巻く令嬢達に混ざり、久し振りに間近で彼の笑顔を見られると、期待を込めてレスターの顔を見上げて──刹那、私と目が合った彼の表情が凍り付いたのを覚えている。

 まるで、見てはいけないものを見てしまったかのような、目が合ったことを後悔するような、そんな表情だった。

 それを見た時、私は悟ったのだ。

 やはり私は、学園では彼に近付いてはいけない。私がレスターの視界に入ると、彼は表情を凍り付かせてしまうのだと。

「私はもう、レスターに近付くことすらできないんだ……」 

 彼のために婚約破棄すると言いながら、ずっと行動に移せなかったのは、それでも私が彼を諦めることができなかったからだ。

 小さい頃から大好きだったレスターと、夫婦になるという夢を捨て去ることができなかった。だから、レスターの心が既に自分にはないと気付いていても、本格的に婚約破棄するための行動を起こすことができなかったのだ。

 そんなことは、ただの時間稼ぎでしかないと分かっていたのに。分かっていても、どうすることもできなかった。

 このまま卒業まで何も知らない振りをして過ごしていけば、私はレスターと結婚できるかもしれない。たとえ彼が私以外の婚約者にしたい令嬢を見つけたとしても、私が彼からの婚約破棄を受け入れない限り、彼にはどうしようもないのだから。

 私が婚約破棄などしたくない、受け入れないと言い続ければ、優しい彼はきっと、それを受け入れてくれるだろう。家同士の約束だからと諦めて、私と結婚してくれるに違いない。

 だけど、それで良いの? という思いが、この時初めて私の頭に浮かんだ。

 たった二ヶ月間レスターと話をしなかっただけで、一方的に彼から距離を取られたことで、胸が引き裂かれるような辛い気持ちを味わっているのに。

 実際には二ヶ月──けれど私には、既に半年以上も経過しているかのような、胸の痛みが続いているのに。

 このままずっと、卒業まで耐え続けるの? 私はそれに耐え切れるの?

 分からない……。自問自答したところで、答えは出ない。

「もう……諦めた方が良いの……?」

 そう呟くも、そんなに簡単に諦めることができるなら、ここまで辛い思いはしていない。

 けれど、酷く辛いこの胸の痛みを無くすためには、そうするしかないような気がした。

 きっとレスターを諦めても、暫く胸は痛むだろうけれど、いつかきっとこの選択は間違いじゃなかったと思える時が来るはず。

「よし……決めた」

 涙を拭い、立ち上がる。

 一頻り泣いたせいか、若干気持ちがスッキリしていた。

 とはいえ、泣きすぎて酷い顔をしているだろうから、午後の授業は休んだ方が良いかもしれない。こんな顔で教室に戻ったら、何があったのかと注目を浴びてしまいそうだ。

「こんなに泣くつもりじゃ、なかったのにな……」

 なんとなく空を見上げながら呟くと、「そんなお嬢さんに、濡れタオルを用意したよ」と、聞き覚えのない声が答えた。











 

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

彼を追いかける事に疲れたので、諦める事にしました

Karamimi
恋愛
貴族学院2年、伯爵令嬢のアンリには、大好きな人がいる。それは1学年上の侯爵令息、エディソン様だ。そんな彼に振り向いて欲しくて、必死に努力してきたけれど、一向に振り向いてくれない。 どれどころか、最近では迷惑そうにあしらわれる始末。さらに同じ侯爵令嬢、ネリア様との婚約も、近々結ぶとの噂も… これはもうダメね、ここらが潮時なのかもしれない… そんな思いから彼を諦める事を決意したのだが… 5万文字ちょっとの短めのお話で、テンポも早めです。 よろしくお願いしますm(__)m

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

【完結】本日、私の妹のことが好きな婚約者と結婚いたしました

音芽 心
恋愛
私は今日、幼い頃から大好きだった人と結婚式を挙げる。 ____私の妹のことが昔から好きな婚約者と、だ。 だから私は決めている。 この白い結婚を一年で終わらせて、彼を解放してあげることを。 彼の気持ちを直接聞いたことはないけれど……きっとその方が、彼も喜ぶだろうから。 ……これは、恋を諦めていた令嬢が、本当の幸せを掴むまでの物語。

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

【完結】私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜

くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。 味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。 ――けれど、彼らは知らなかった。 彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。 すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、 復讐ではなく「関わらない」という選択。 だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。

白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません

鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。 「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」 そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。 ——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。 「最近、おまえが気になるんだ」 「もっと夫婦としての時間を持たないか?」 今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。 愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。 わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。 政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ “白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。

真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。 親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。 そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。 (しかも私にだけ!!) 社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。 最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。 (((こんな仕打ち、あんまりよーー!!))) 旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。

処理中です...