13 / 90
13 近過ぎる距離
しおりを挟む
「ねぇフェル、貴方はどうして、そんなにも私の婚約破棄の話を聞きたがるの?」
自分史上、最大限に異性との距離を詰めた状態──といっても、拳三つ分ほどは空いている──で、私はフェルに質問をした。
恥ずかしながらも距離を詰めたのは、少しでも彼の動揺を誘い、口を滑りやすくさせるためだ。
腐っても彼は公爵令息。そう簡単に自身の思惑は口にしないだろうと考えて、ハニートラップを狙ってみたのだけれど──この距離では効果が薄いのだろうか?
いまいち、フェルから思ったような反応が得られない。
私としては、かなりの勇気が必要だった行為なのに、こうも無反応だとガッカリしてしまう。
やっぱり私には、女としての魅力がないんだ……。
だからフェルも、近付かれたところで何も感じないのねと思い、ため息を吐いて肩を落とす。
そんな私の仕草をどう思ったのか。
彼がいきなり私の肩に手を置いたと思ったら、俯く私の顔を、下から覗き込んできた。
「おい、どうしたんだよ。人に質問しておいて、なんで急に落ち込むんだ? 俺がすぐに返事をしなかったからか? だとしたら悪かった」
彼の瞳は心配そうに歪められていて、罪悪感と共に羞恥の感情が芽生えた私は、すぐさま目を逸らしてしまう。
だって、こんなの恥ずかし過ぎる。まだ社交界に一度も出たことがなく、家に籠もってばかりの私は、お父様以外の男性とは触れ合ったことすらないのだから。
無論レスターとて例外ではない。
婚姻前に何かあってはいけないからと、二人きりになったことはなかったし、エスコートの真似事だって、学園に入ってから折を見て──ということになっていた。
なのに、なのに……レスター以外の男性と、こうも接近してしまうだなんて!
なんだかレスターを裏切ってしまったような気持ちにもなり、恥ずかしさと相まって震え出してしまった私の両肩を、鷲掴むようにしてフェルがガッチリと包み込んでくる。そうすることで私の身体の震えを少しでも止めようとしているのかもしれないけれど──はっきり言って逆効果だ。そして彼は、当然そのことに気付いていないだろう。
だからだろうか?
フェルは震え続ける私に、躊躇いながらこう言ってきた。
「あのさ……最初は俺、婚約破棄のこと……面白がって聞いただけだったけど、今は違うから。今は、その……君が恋愛結婚のために政略結婚から逃げ出そうとしたんだってこと、ちゃんと理解してる。それで、素直に応援したいと思ってて……だから、その、そんなに俺のこと、嫌がらないで欲しい……」
…………は?
内心で、ついそんな声が出た。
辛うじて口からは出さなかったので、淑女としての体裁は保てたと思いたい。
だけど──この人、今なんて言ったの?
恋愛結婚のために政略結婚から逃げ出す? 素直に応援したいから、俺のことを嫌がるな?
待って待って。意味が分からない。
まず、大好きなレスターと婚姻予定の私は間違いなく恋愛結婚確定であって、婚約破棄をしようと思っているのは、あくまでもレスターのため。
淑女とは到底言い難い私との政略結婚からレスターを逃がし、彼に恋愛結婚をさせてあげるために婚約破棄をしようと──ん? そう考えると、フェルの言ったことは強ち間違いではないということ?
私とレスターの立ち位置が逆という勘違いはあるものの、大筋としては間違ったことを言っていない。
けれどどうして、フェルは私がレスターのために、政略結婚をやめようとしていることが分かったんだろう?
彼が公爵令息だから? いや、さすがにそれは違う気がする。
じゃあ、どうして──。
私が考え込みそうになった時、まるでそれを察知したかのように、フェルが再び口を開いた。
「あれだけ毎日コーラル侯爵令息のこと見てたんだから、結婚に夢を見るのは当たり前だよな。まぁ……コーラル侯爵令息の場合ライバルも多いから、婚約破棄してフリーになったところで、上手く婚約者の地位を手に入れられるかどうかってのは微妙なとこだろうけど──」
それで分かった。フェルが妙な勘違いをした理由は、私自身の過去の行動のせいであったのだと。
学園に入学してからというもの、私がずっとレスターを追いかけていたことで、フェルは私がレスターのことを好きなんだと思い込んだ。そして、婚約者のいない──という設定の──レスターとの結婚を夢見て、私が政略結婚をする相手との婚約破棄を企てている──そう思ったに違いない。
だけど違う。そうじゃない。
私はもうレスターに近付く気は全くないのだ。
今のまま、お茶会も食事会も二人での外出もせず、それらを理由に婚約破棄しようと思っている。
嘘じゃない。本当にそう思っていた。なのに──。
心の奥底を、暴かれたような気がした。必死の思いで蓋をして、どんなことがあっても見つからぬよう、心の奥の奥の、一番深い場所へと隠した自分の想いを。
そんな私の気持ちをよそに、フェルの言葉はまだ続いている。
「あれ? でも待てよ。確かユリアって婚約者いないんじゃなかっ──」
そこで不意に、彼の声が不自然に途切れた。
不審に思って顔を上げれば、目の前でフェルが高く両手を上げていて。
「え……どうし──」
「いくら学園内だとはいえ、この距離は近過ぎるのではないか?」
疑問を口にしかけた私の声を遮ったのは、切なくも愛しい人の声だった──。
自分史上、最大限に異性との距離を詰めた状態──といっても、拳三つ分ほどは空いている──で、私はフェルに質問をした。
恥ずかしながらも距離を詰めたのは、少しでも彼の動揺を誘い、口を滑りやすくさせるためだ。
腐っても彼は公爵令息。そう簡単に自身の思惑は口にしないだろうと考えて、ハニートラップを狙ってみたのだけれど──この距離では効果が薄いのだろうか?
いまいち、フェルから思ったような反応が得られない。
私としては、かなりの勇気が必要だった行為なのに、こうも無反応だとガッカリしてしまう。
やっぱり私には、女としての魅力がないんだ……。
だからフェルも、近付かれたところで何も感じないのねと思い、ため息を吐いて肩を落とす。
そんな私の仕草をどう思ったのか。
彼がいきなり私の肩に手を置いたと思ったら、俯く私の顔を、下から覗き込んできた。
「おい、どうしたんだよ。人に質問しておいて、なんで急に落ち込むんだ? 俺がすぐに返事をしなかったからか? だとしたら悪かった」
彼の瞳は心配そうに歪められていて、罪悪感と共に羞恥の感情が芽生えた私は、すぐさま目を逸らしてしまう。
だって、こんなの恥ずかし過ぎる。まだ社交界に一度も出たことがなく、家に籠もってばかりの私は、お父様以外の男性とは触れ合ったことすらないのだから。
無論レスターとて例外ではない。
婚姻前に何かあってはいけないからと、二人きりになったことはなかったし、エスコートの真似事だって、学園に入ってから折を見て──ということになっていた。
なのに、なのに……レスター以外の男性と、こうも接近してしまうだなんて!
なんだかレスターを裏切ってしまったような気持ちにもなり、恥ずかしさと相まって震え出してしまった私の両肩を、鷲掴むようにしてフェルがガッチリと包み込んでくる。そうすることで私の身体の震えを少しでも止めようとしているのかもしれないけれど──はっきり言って逆効果だ。そして彼は、当然そのことに気付いていないだろう。
だからだろうか?
フェルは震え続ける私に、躊躇いながらこう言ってきた。
「あのさ……最初は俺、婚約破棄のこと……面白がって聞いただけだったけど、今は違うから。今は、その……君が恋愛結婚のために政略結婚から逃げ出そうとしたんだってこと、ちゃんと理解してる。それで、素直に応援したいと思ってて……だから、その、そんなに俺のこと、嫌がらないで欲しい……」
…………は?
内心で、ついそんな声が出た。
辛うじて口からは出さなかったので、淑女としての体裁は保てたと思いたい。
だけど──この人、今なんて言ったの?
恋愛結婚のために政略結婚から逃げ出す? 素直に応援したいから、俺のことを嫌がるな?
待って待って。意味が分からない。
まず、大好きなレスターと婚姻予定の私は間違いなく恋愛結婚確定であって、婚約破棄をしようと思っているのは、あくまでもレスターのため。
淑女とは到底言い難い私との政略結婚からレスターを逃がし、彼に恋愛結婚をさせてあげるために婚約破棄をしようと──ん? そう考えると、フェルの言ったことは強ち間違いではないということ?
私とレスターの立ち位置が逆という勘違いはあるものの、大筋としては間違ったことを言っていない。
けれどどうして、フェルは私がレスターのために、政略結婚をやめようとしていることが分かったんだろう?
彼が公爵令息だから? いや、さすがにそれは違う気がする。
じゃあ、どうして──。
私が考え込みそうになった時、まるでそれを察知したかのように、フェルが再び口を開いた。
「あれだけ毎日コーラル侯爵令息のこと見てたんだから、結婚に夢を見るのは当たり前だよな。まぁ……コーラル侯爵令息の場合ライバルも多いから、婚約破棄してフリーになったところで、上手く婚約者の地位を手に入れられるかどうかってのは微妙なとこだろうけど──」
それで分かった。フェルが妙な勘違いをした理由は、私自身の過去の行動のせいであったのだと。
学園に入学してからというもの、私がずっとレスターを追いかけていたことで、フェルは私がレスターのことを好きなんだと思い込んだ。そして、婚約者のいない──という設定の──レスターとの結婚を夢見て、私が政略結婚をする相手との婚約破棄を企てている──そう思ったに違いない。
だけど違う。そうじゃない。
私はもうレスターに近付く気は全くないのだ。
今のまま、お茶会も食事会も二人での外出もせず、それらを理由に婚約破棄しようと思っている。
嘘じゃない。本当にそう思っていた。なのに──。
心の奥底を、暴かれたような気がした。必死の思いで蓋をして、どんなことがあっても見つからぬよう、心の奥の奥の、一番深い場所へと隠した自分の想いを。
そんな私の気持ちをよそに、フェルの言葉はまだ続いている。
「あれ? でも待てよ。確かユリアって婚約者いないんじゃなかっ──」
そこで不意に、彼の声が不自然に途切れた。
不審に思って顔を上げれば、目の前でフェルが高く両手を上げていて。
「え……どうし──」
「いくら学園内だとはいえ、この距離は近過ぎるのではないか?」
疑問を口にしかけた私の声を遮ったのは、切なくも愛しい人の声だった──。
2,974
あなたにおすすめの小説
彼を追いかける事に疲れたので、諦める事にしました
Karamimi
恋愛
貴族学院2年、伯爵令嬢のアンリには、大好きな人がいる。それは1学年上の侯爵令息、エディソン様だ。そんな彼に振り向いて欲しくて、必死に努力してきたけれど、一向に振り向いてくれない。
どれどころか、最近では迷惑そうにあしらわれる始末。さらに同じ侯爵令嬢、ネリア様との婚約も、近々結ぶとの噂も…
これはもうダメね、ここらが潮時なのかもしれない…
そんな思いから彼を諦める事を決意したのだが…
5万文字ちょっとの短めのお話で、テンポも早めです。
よろしくお願いしますm(__)m
白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』
鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
【完結】本日、私の妹のことが好きな婚約者と結婚いたしました
音芽 心
恋愛
私は今日、幼い頃から大好きだった人と結婚式を挙げる。
____私の妹のことが昔から好きな婚約者と、だ。
だから私は決めている。
この白い結婚を一年で終わらせて、彼を解放してあげることを。
彼の気持ちを直接聞いたことはないけれど……きっとその方が、彼も喜ぶだろうから。
……これは、恋を諦めていた令嬢が、本当の幸せを掴むまでの物語。
【完結】私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜
くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。
味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。
――けれど、彼らは知らなかった。
彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。
すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、
復讐ではなく「関わらない」という選択。
だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。
婚約者の私を見捨てたあなた、もう二度と関わらないので安心して下さい
神崎 ルナ
恋愛
第三王女ロクサーヌには婚約者がいた。騎士団でも有望株のナイシス・ガラット侯爵令息。その美貌もあって人気がある彼との婚約が決められたのは幼いとき。彼には他に優先する幼なじみがいたが、政略結婚だからある程度は仕方ない、と思っていた。だが、王宮が魔導師に襲われ、魔術により天井の一部がロクサーヌへ落ちてきたとき、彼が真っ先に助けに行ったのは幼馴染だという女性だった。その後もロクサーヌのことは見えていないのか、完全にスルーして彼女を抱きかかえて去って行くナイシス。
嘘でしょう。
その後ロクサーヌは一月、目が覚めなかった。
そして目覚めたとき、おとなしやかと言われていたロクサーヌの姿はどこにもなかった。
「ガラット侯爵令息とは婚約破棄? 当然でしょう。それとね私、力が欲しいの」
もう誰かが護ってくれるなんて思わない。
ロクサーヌは力をつけてひとりで生きていこうと誓った。
だがそこへクスコ辺境伯がロクサーヌへ求婚する。
「ぜひ辺境へ来て欲しい」
※時代考証がゆるゆるですm(__)m ご注意くださいm(__)m
総合・恋愛ランキング1位(2025.8.4)hotランキング1位(2025.8.5)になりましたΣ(・ω・ノ)ノ ありがとうございます<(_ _)>
結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。
真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。
親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。
そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。
(しかも私にだけ!!)
社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。
最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。
(((こんな仕打ち、あんまりよーー!!)))
旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。
【完結】貴方をお慕いしておりました。婚約を解消してください。
暮田呉子
恋愛
公爵家の次男であるエルドは、伯爵家の次女リアーナと婚約していた。
リアーナは何かとエルドを苛立たせ、ある日「二度と顔を見せるな」と言ってしまった。
その翌日、二人の婚約は解消されることになった。
急な展開に困惑したエルドはリアーナに会おうとするが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる