【完結】私の初恋の人に屈辱と絶望を与えたのは、大好きなお姉様でした

迦陵 れん

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第七章 旦那様の幸せ

愛しているのは

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「は……え……何? 何だって……?」

 私の言葉を聞いたリーゲル様は、動きを止めた。

 まさか、私から別れを切り出されるなんて思ってもみなかったのだろう。大きく目を見開き、訳が分からないといった顔をしている。

「ま……って。グラディス、君は今なんと言った?」

 尋ねられるも、私は無言で微笑むだけ。

 せっかく泣かずに言い終えたのに、これ以上口を開いたら台無しになってしまう。今もなお、懸命に涙を堪えているというのに。

 そんな私を見て、リーゲル様は何を思ったのだろうか。

 いきなり私を抱き上げると、無言でベッドまで行き、そこに優しく私を下ろした。

「リーゲル様?」

 不思議に思って見上げると、彼はとても悲しそうな顔をしていて。そんな顔をさせる為に別れを切り出したわけではないのに、見ていると私まで悲しくなって、涙を堪え切れなくなってしまった。

 ツウ──と、一筋の涙が頬を伝う。

 一度流れ出した涙は止められず、次から次へと頬を伝って流れ落ちていく。

「……っ、うっ……」
「グラディス……」

 とうとう嗚咽まで漏らし始めた私を抱きしめ、リーゲル様が優しい声で名前を呼んでくれる。

 でも、優しくされればされる程、私は悲しくなってしまって。

 どうしてそんな風に抱きしめるの? どうして優しく名前を呼ぶの? 私達はもう、離縁してしまうのに……。

 離れたくない、と思ってしまう。このまま抱きしめていて欲しい、ずっと傍にいて欲しい──。

「リ……ゲル……さまっ……」
「うん、うん……グラディスごめん。私の言い方が悪かったせいだ。何の前触れもなく、突然離縁などと言われたから、何と言えば良いのか分からなくなってしまった。だから咄嗟に政略が……なんて言ってしまったが、それは私の本心では無い。最低な言い訳だった。そんなのとっくに関係なくなっていたというのに」

 私を抱きしめる力を強め、リーゲル様は尚も言い募る。
 
「グラディスお願いだ。私を置いて行かないでくれ。私は君が好きだ。本当に本当に君が好きなんだ。だから私を捨てないでくれ。出て行くなんて言わないでほしい。お願いだ……」

 リーゲル様の声に震えが混じり、懇願するかのように頭を私の肩口へと擦り付けてくる。

 私はこれを、信じて良いの? 今言って下さったその言葉を、真実だと思って良いの?

 不安に思いながらも、私は恐る恐るリーゲル様の背中に手を伸ばす。

 すると、そこで念を押すかのように彼が言葉を重ねた。

「愛してる。君がいなければ、私はもう生きていけない。君と離縁するぐらいなら、公爵でなくなっても構わない。それ程までに君が好きなんだ。私は一人の人間として、君を愛し、必要としている。信じてくれ、グラディス……」
「……っ、リーゲル様!」

 もう、ダメだった。

 大好きな人にそこまで言われて、抗うことなんてできる筈がない。

 私はリーゲル様に強く抱き付くと、その胸に顔を埋めて大泣きした。

「グラディスッ……すまない、すまなかった」

 全力で私を抱きしめ返してくれたリーゲル様が、何度も何度も優しく頭を撫でてくれる。

 そんな事をされたのは幼い時以来で、私は余計に涙が溢れた。

「グラディス……私の妻は君だけだ。絶対に離縁などしない。私は君だけを愛している……」

 涙でグシャグシャの私の顔を、リーゲル様が覗き込んでくる。

 彼に酷い顔を見られたくなくて、横を向いて逸らそうとしたら、両手でがっしりと両頬を包み込まれた。

「グラディス……逃げないで」

 リーゲル様の美しい顔が近付いてくる。

 大泣きしたことによる恥ずかしさも相俟ってギュッと強く目を瞑ると、クスリと笑う声がして、唇が重なった。




※     ※     ※      ※




その頃、部屋の外では──。

「なによこれ。妹を心配して色々と動いたわたくしが馬鹿みたいじゃない」
「だから言ったじゃないですか。旦那様と奥様は愛し合っているんですって」

 部屋の中の二人に聞こえないよう、小声で言い合いをしているのは、アンジェラとポルテだ。

 グラディスを連れ帰ろうと部屋の前までやって来たアンジェラはリーゲルに先を越された事を知り、慌てて部屋の中に入ろうとしたもののポルテに止められ、室内の会話に仲良く二人で耳をすませていた。

「でも考えてもみなさいよ。自分の愛する妻が身代わり呼ばわりされているのを訂正もしなければ、離縁しろと言われた時に『政略の意味が……』などと言ったのよ? そんなの愛がないと思われても当然ではなくて?」

 正論ともいえる言葉を振り翳すアンジェラ。言われたポルテは言い返すことができず、黙り込むしかない。

 けれど、長年ヘマタイト公爵家に仕えてきた自分が、ここで負けるわけにはいかない! と、ポルテは両手の拳をぐっと握りしめた。

「旦那様は、色々と残念なお方なのです。幼少の頃は次期公爵としての勉強ばかりをさせられ、人間関係について学ぶ時間はなかったと聞いております。貴族学院に通っていた時も、醜聞に巻き込まれぬよう人付き合いは最低限にされていたとか……。そんな状態で大人になってしまったのに、奥様の悪い噂を訂正して回ったり、離縁を突然突きつけられて上手い言い訳を考えたりなど、できるわけがないじゃないですか!」

 そんな……普通の人なら出来て当たり前のような事が、旦那様には出来ないんです……。

 瞳を潤ませて言うが、それを聞いたアンジェラは、なんとも言えない気持ちになってしまう。

 これは、同情する場面なの? それとも、笑い飛ばせば……いえ、笑うのはまずいわね。どうするのが正解なのかしら?

 言われてみれば学院時代、アンジェラはリーゲルと婚約者として仲良くはしていたが、実際問題『仲が良い』とは思っていなかった。

 他の人には見せない笑顔でもって話をしてくれるものの、リーゲルはどこか嘘くさいというか、一線を引かれているような気がして。この人とは結婚しても、義務としての家族にしかなれないだろう。子供には愛を注げるかもしれないが、子供を作る行為すらも義務としか感じないだろうと思っていた。

 だから、熱心に想いを伝えてくれる騎士に惹かれたのかもしれない、と。

 どんなに冷たくあしらっても、めげる事なく何度も声を掛け、しつこく愛を囁いてきたあの男に──。

 まさか、実際に手に入れたら畏れ多くて手が出せない、などと言われるとは思わなかったけれど。

「あの二人は……上手くいきそうね」

 可愛い妹の甘い声が聞こえ出し、アンジェラは扉から耳を離す。

「当たり前です! 旦那様と奥様は、私が心からお仕えする方々なんですから!」

 言いながら、未だ興味津々で扉にくっ付いているポルテを引きはがすと、「これ以上はプライバシーの侵害よ」とアンジェラは片目を瞑った。

「まぁ……子供ができれば、身代わりだのなんだの言われなくなるでしょう」

 この感じだと、そう遠い未来でもなさそうだし?
 
 綺麗な笑みを浮かべると、アンジェラは潔く邸から出て行った。

 次グラディスを泣かせたら、絶対に離縁させるから忘れないで。とリーゲルに伝言を残して──。

「必ずや伝えます」

 と請け負ったのは、「旦那様と奥様のイチャイチャが気になる~」と騒ぐポルテの首根っこを掴んだ、家令のマーシャルだった。



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