【完結】私の初恋の人に屈辱と絶望を与えたのは、大好きなお姉様でした

迦陵 れん

文字の大きさ
上 下
81 / 84
第七章 旦那様の幸せ

アンジェラの暴走

しおりを挟む
「は……はああああっ!?」

 握り潰された離縁届を凝視し、アンジェラは大声を上げて立ち上がった。

 この男、正気なのっ!?

 一体何の為に、自分がこんな茶番を始めたと思っているのか。可愛い妹を救う為、筆頭公爵家の体裁を保つ為、色々と考えた結果だというのに。

「どうして貴方は、何もかもぶち壊そうとなさいますの? それにサインさえいただければ、貴方とグラディスは円満に離縁出来るのですよ? そうしてわたくしと婚姻しなおせば、貴方の望む公爵家としての体裁は完璧なものになるのです。なのにどうして、離縁届を握り潰してしまいますの!?」

 本当に、訳が分からない。この男は、何を考えているのだろう?

 探るように見つめるが、目の前の男は離縁届をグシャグシャに丸める事だけに集中しているようで、一言も発しない。

 何故──? 

 自分は何ら間違った事は言っていない。自分の提案こそが最善で、最良のものである筈なのだ。なのに何故、彼はそれを拒むのか。

「理由……理由をご説明いただかなければ納得できませんわ。グラディスを公爵家の為に体よく利用しておきながら、離縁しない理由とは何なのです? 妹は既に十分過ぎるほど公爵家に尽くしてきました。ですからもう解放して下さっても宜しいではありませんか!」

 その為に、自分はこうしてこの国へと戻って来たのだから!

 けれど、彼は答えない。

 限界まで小さく丸めた離縁届を握りしめ、俯いている。

 このままでは埒が開かないわ──。

 グラディスとの事に関し、全く口を開こうとしないリーゲルに業を煮やし、アンジェラは鞄を持って出口へと向かう。

「何処へ行く?」

 退出しようとした寸前、背後から声を掛けられ、内心で舌打ちした。

「答える義理はありませんわ」

 此方の質問や言葉には一向に答える気がないくせに、其方からは質問をしてくるなど、どれだけ人を馬鹿にしたら気が済むのだろうか。

 学院にいた頃は、まだもう少し人の心が分かる人だと思っていた。だが、それは恐らく思い違いであったのだろう。自分には人を見る目がなかったのだなと、アンジェラは冷静に分析した。

 取り敢えず、グラディスを連れ帰らなければ。

 出来るなら離縁させてから連れて行きたかったが、こうなってしまっては仕方がない。向こうに離縁する気がないのなら、強制的に引き離すまでだ。

 今は離縁を渋っていても、グラディスを連れ出し、二度と公爵家へ近寄らせないようにすれば、リーゲルとて諦めるしかない筈。それでも国内にいれば見つかる可能性が高いことは分かっているから、国外へと逃す算段もつけてある。

「もうこれ以上、妹を好きにさせるものですか」

 幼い頃から、弱い妹をずっと自分が守ってきた。当然一人では守り切れずに、幾度も悪意に晒された妹を、どうにかして幸せにしてあげたい、どうしたら幸せにしてあげられるのかと考え続けた。

 そして、もしも自分がいなくなれば──自分の影としてしか扱われていなかったグラディスが、陽の目を見る事があるかもしれない。そんな馬鹿な考えをした結果、不幸のどん底に叩き込んでしまうだなんて、思いもしていなかったが。

「グラディスごめんね……」

 謝っても許されることでないのは分かっている。だからこそ、今からでも出来る精一杯の事をしてあげようと思い、此処へやって来たのだ。

 しかしここで、アンジェラは大切な事が頭から抜け落ちていた事に気が付いた。

 それは、可愛い妹を助け出しに行くうえで、最も大切な事。

「……そういえば、グラディスの部屋って何処なのかしら?」

 国内屈指の大きさと広さを誇るヘマタイト公爵邸。当然ながらその部屋数は、数えきれない程にある。

 通常であれば、邸の当主と当主夫人の部屋は最上階、若しくは邸の中心にあるのだが、形だけの夫婦であったグラディスの私室が、当主夫人の部屋であるとは限らないわけで。加えてリーゲルの私室の在処も、アンジェラはハッキリとは知らない。

 これではグラディスを迎えに行きたくとも、右へいけば良いのか、左へ行けば良いのかも分からず、もっと言えば、上と下、どちらへ行けば良いのかさえも分からないのだ。

 邸の主人であるリーゲルを無視して部屋を出てきてしまった為、邸内を案内してくれる使用人すらも付けてもらっていない。

 完全に自業自得ではあるが、アンジェラは決断早く、応接室へと戻るべく踵を返した。

 ここで変な意地を張って、むやみやたらに探したところで、グラディスの部屋を見つけられる保証はない。だったら、頭と口の固い男は無視して、適当な使用人を懐柔し、案内させた方が格段に効率的と踏んだのだ。

「あの男に気付かれないよう、上手く言って連れ出さないと……」

 応接室に使用人は数多くいたが、自分の目的を知られたら、リーゲルに阻止される可能性がある。

 何よりも体裁を重んじる筈のあの男が、何故グラディスとの離縁を拒むのかは分からないけれど、理由を言わないのなら、此方だって従ってなどやらない。

 グラディスを幸せにしてあげられそうな相手は、もう既に自分の方で見繕ってあるのだから。

「可愛い妹は、必ずわたくしが幸せへと導いてみせるわ」

 絶対に、邪魔はさせない。

 そう独りごちるアンジェラは、自分こそがグラディスの幸せを粉々に打ち砕こうとしていることに、全く気付いてはいなかった。






 
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【忘れるな、憎い君と結婚するのは亡き妻の遺言だということを】 男爵家令嬢、ジェニファーは薄幸な少女だった。両親を早くに亡くし、意地悪な叔母と叔父に育てられた彼女には忘れられない初恋があった。それは少女時代、病弱な従姉妹の話し相手として滞在した避暑地で偶然出会った少年。年が近かった2人は頻繁に会っては楽しい日々を過ごしているうちに、ジェニファーは少年に好意を抱くようになっていった。 少年に恋したジェニファーは今の生活が長く続くことを祈った。 けれど従姉妹の体調が悪化し、遠くの病院に入院することになり、ジェニファーの役目は終わった。 少年に別れを告げる事もできずに、元の生活に戻ることになってしまったのだ。 それから十数年の時が流れ、音信不通になっていた従姉妹が自分の初恋の男性と結婚したことを知る。その事実にショックを受けたものの、ジェニファーは2人の結婚を心から祝うことにした。 その2年後、従姉妹は病で亡くなってしまう。それから1年の歳月が流れ、突然彼から求婚状が届けられた。ずっと彼のことが忘れられなかったジェニファーは、喜んで後妻に入ることにしたのだが……。 そこには残酷な現実が待っていた―― *他サイトでも投稿中

公爵夫人アリアの華麗なるダブルワーク〜秘密の隠し部屋からお届けいたします〜

白猫
恋愛
主人公アリアとディカルト公爵家の当主であるルドルフは、政略結婚により結ばれた典型的な貴族の夫婦だった。 がしかし、5年ぶりに戦地から戻ったルドルフは敗戦国である隣国の平民イザベラを連れ帰る。城に戻ったルドルフからは目すら合わせてもらえないまま、本邸と別邸にわかれた別居生活が始まる。愛人なのかすら教えてもらえない女性の存在、そのイザベラから無駄に意識されるうちに、アリアは面倒臭さに頭を抱えるようになる。ある日、侍女から語られたイザベラに関する「推測」をきっかけに物語は大きく動き出す。 暗闇しかないトンネルのような現状から抜け出すには、ルドルフと離婚し公爵令嬢に戻るしかないと思っていたアリアだが、その「推測」にひと握りの可能性を見出したのだ。そして公爵邸にいながら自分を磨き、リスキリングに挑戦する。とにかく今あるものを使って、できるだけ抵抗しよう!そんなアリアを待っていたのは、思わぬ新しい人生と想像を上回る幸福であった。公爵夫人の反撃と挑戦の狼煙、いまここに高く打ち上げます! ➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!

高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。 7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。 だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。 成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。 そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る 【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

処理中です...