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第六章 旦那様の傍にいたい
音にならない声
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「え、待ってそれ……え?」
リーゲル様の肩越しに見えたジュジュの姿と、彼女が手に持っているものに、私の視線は釘付けになる。
「はい、これ。ちゃんと捕まえて来ましたよ。迷惑な暴れ馬」
ドンッ、と思い切りよくジュジュが王女殿下の背中を押す。
いやいや、それって馬じゃなくて王女殿下だよね? 本人の前で堂々と言っちゃっていいの?
王女殿下は私同様手首を縛られているようで、ジュジュに押された勢いで二、三歩前へ出たかと思うと、そのまま顔から倒れ込む。
ビタン! という、なんとも痛そうな音が辺りに響いた。
顔面を打つのは辛うじて避けられたみたいだけど、代わりに右頬を打ちつけたみたいで、王女殿下は痛い痛いと言いながら足をジタバタさせている。
どうしてジュジュは王女殿下をここへ連れて来たのかしら? というより、王女殿下を拘束するなんて不敬では? 下手したら、極刑に処せられてしまうかもしれない。
「ねえ、ジュジュ──」
「その荷物は、僕が貰おうか」
ジュジュに王女殿下を縛った理由を問いただそうとしたら、エルンスト様によって遮られてしまった。そのまま、何処から出したか分からないロープでもって、暴れる王女殿下の足を器用に縛り付けていく。
エルンスト様まで殿下のことを荷物って……王族の扱いがこんなんで大丈夫なの?
そんな風に思ったけれど、両手両足を縛り付けて拘束してる時点で、もう既に大丈夫じゃないか、と思い直す。
「正直助かったよ。捕まえようにも、なかなか城の外へ出てこないもんだから、どうしようかと考えあぐねていたんだ。……で、漸く機会がきたと思ったら、身代わりをたてて逃げようとするし」
王女殿下を縛り終えたエルンスト様がやれやれと肩を竦め、グラディス嬢も災難だったね、と私に笑いかけてくる。
「その身代わりが、私だったということなんですか?」
そのせいで私は破落戸に捕まったと?
そう尋ねれば、ジュジュが答えを返してくれた。
「まったく有り得ませんよね! 王女殿下は破落戸に捕まった時、自分と奥様を交換してくれたら、王家から十分な褒美を出す、と仰ったそうですよ。何の罪もない奥様を捕まえたところで、褒美など出るわけがないでしょうに」
「どうしてよ! グラディスが捕まればわたくしは助かるのだから、それに対する褒美が出るのは当たり前でしょう?」
顔の痛みから回復したらしい王女殿下が、元気よく口を挟んでくる。
確かに殿下の言う通り、私と王女殿下、どちらが国にとって大切かと聞かれたら、それは間違いなく王女殿下なのだろうけれど。
「ハッ。笑わせるな。王女を捕まえるよう僕に指示したのは国王なんだぞ? グラディス嬢を身代わりに王女を逃したとあっては、褒美どころか僕の首が飛ぶ」
「なっ……お父様がわたくしを!? う、嘘おっしゃい! そんなことある筈ないわ!」
明らかに動揺する王女殿下に、エルンスト様は意地の悪い笑みを向け、言葉を続けた。
「どんなに息子や娘が可愛くてもさ、貴族であれば政略に利用するのは当たり前だろ? しかもそれが国王ともなると余計にね……。結婚もせず、いつ迄も遊び呆けてる子供なんて必要ないと思わないか?」
言われて、王女殿下も納得できる部分があったんだろう。僅かに顔を青褪めさせる。
けれど、彼女はそこで諦めなかった。
「ね、ねぇリーゲル! お願いだからそこの女と別れてわたくしと結婚してちょうだい! わたくしと貴方なら、お兄様以上に国を繁栄させられると思うの。だから……!」
「うん、そうだね」
王女殿下の言葉に微笑みながら頷き、私から離れるリーゲル様。
「まぢか……」
エルンスト様が、信じられないといった顔で呟く。
嘘よね? 私より王女殿下を選ぶなんて……そんな事ないわよね?
王女殿下のことを嫌いだと言っていたリーゲル様の姿が脳裏に浮かぶ。
でも、それでも、もしかしたらあれは嘘だったんじゃないかと、本当は王女殿下のことが好きなのに、私を騙すための嘘だったんじゃないかと疑ってしまう気持ちもある。
リーゲル様を信じたい。でも、夜会で王女殿下と楽しそうにしていた時の記憶が、頭から消えてくれない。
やっぱりリーゲル様は、王女殿下のことが好きだったの?
ゆっくりと王女殿下に近付いていくリーゲル様。
(いや……)
声にならない声が、私の口から漏れた。
いや、行かないで……王女殿下の元へ行かないで、リーゲル様!
心はそう叫んでいるのに、私の口は言葉を紡いではくれない。
いやよ、いや。私と一緒にいて。そんな女に近付かないで。
切ない程そう思うのに、私の声は音にならなくて。
動かない口。音にならない声。
リーゲル様を見つめるしかない私の瞳は、音もなく涙を溢れさせた。
リーゲル様の肩越しに見えたジュジュの姿と、彼女が手に持っているものに、私の視線は釘付けになる。
「はい、これ。ちゃんと捕まえて来ましたよ。迷惑な暴れ馬」
ドンッ、と思い切りよくジュジュが王女殿下の背中を押す。
いやいや、それって馬じゃなくて王女殿下だよね? 本人の前で堂々と言っちゃっていいの?
王女殿下は私同様手首を縛られているようで、ジュジュに押された勢いで二、三歩前へ出たかと思うと、そのまま顔から倒れ込む。
ビタン! という、なんとも痛そうな音が辺りに響いた。
顔面を打つのは辛うじて避けられたみたいだけど、代わりに右頬を打ちつけたみたいで、王女殿下は痛い痛いと言いながら足をジタバタさせている。
どうしてジュジュは王女殿下をここへ連れて来たのかしら? というより、王女殿下を拘束するなんて不敬では? 下手したら、極刑に処せられてしまうかもしれない。
「ねえ、ジュジュ──」
「その荷物は、僕が貰おうか」
ジュジュに王女殿下を縛った理由を問いただそうとしたら、エルンスト様によって遮られてしまった。そのまま、何処から出したか分からないロープでもって、暴れる王女殿下の足を器用に縛り付けていく。
エルンスト様まで殿下のことを荷物って……王族の扱いがこんなんで大丈夫なの?
そんな風に思ったけれど、両手両足を縛り付けて拘束してる時点で、もう既に大丈夫じゃないか、と思い直す。
「正直助かったよ。捕まえようにも、なかなか城の外へ出てこないもんだから、どうしようかと考えあぐねていたんだ。……で、漸く機会がきたと思ったら、身代わりをたてて逃げようとするし」
王女殿下を縛り終えたエルンスト様がやれやれと肩を竦め、グラディス嬢も災難だったね、と私に笑いかけてくる。
「その身代わりが、私だったということなんですか?」
そのせいで私は破落戸に捕まったと?
そう尋ねれば、ジュジュが答えを返してくれた。
「まったく有り得ませんよね! 王女殿下は破落戸に捕まった時、自分と奥様を交換してくれたら、王家から十分な褒美を出す、と仰ったそうですよ。何の罪もない奥様を捕まえたところで、褒美など出るわけがないでしょうに」
「どうしてよ! グラディスが捕まればわたくしは助かるのだから、それに対する褒美が出るのは当たり前でしょう?」
顔の痛みから回復したらしい王女殿下が、元気よく口を挟んでくる。
確かに殿下の言う通り、私と王女殿下、どちらが国にとって大切かと聞かれたら、それは間違いなく王女殿下なのだろうけれど。
「ハッ。笑わせるな。王女を捕まえるよう僕に指示したのは国王なんだぞ? グラディス嬢を身代わりに王女を逃したとあっては、褒美どころか僕の首が飛ぶ」
「なっ……お父様がわたくしを!? う、嘘おっしゃい! そんなことある筈ないわ!」
明らかに動揺する王女殿下に、エルンスト様は意地の悪い笑みを向け、言葉を続けた。
「どんなに息子や娘が可愛くてもさ、貴族であれば政略に利用するのは当たり前だろ? しかもそれが国王ともなると余計にね……。結婚もせず、いつ迄も遊び呆けてる子供なんて必要ないと思わないか?」
言われて、王女殿下も納得できる部分があったんだろう。僅かに顔を青褪めさせる。
けれど、彼女はそこで諦めなかった。
「ね、ねぇリーゲル! お願いだからそこの女と別れてわたくしと結婚してちょうだい! わたくしと貴方なら、お兄様以上に国を繁栄させられると思うの。だから……!」
「うん、そうだね」
王女殿下の言葉に微笑みながら頷き、私から離れるリーゲル様。
「まぢか……」
エルンスト様が、信じられないといった顔で呟く。
嘘よね? 私より王女殿下を選ぶなんて……そんな事ないわよね?
王女殿下のことを嫌いだと言っていたリーゲル様の姿が脳裏に浮かぶ。
でも、それでも、もしかしたらあれは嘘だったんじゃないかと、本当は王女殿下のことが好きなのに、私を騙すための嘘だったんじゃないかと疑ってしまう気持ちもある。
リーゲル様を信じたい。でも、夜会で王女殿下と楽しそうにしていた時の記憶が、頭から消えてくれない。
やっぱりリーゲル様は、王女殿下のことが好きだったの?
ゆっくりと王女殿下に近付いていくリーゲル様。
(いや……)
声にならない声が、私の口から漏れた。
いや、行かないで……王女殿下の元へ行かないで、リーゲル様!
心はそう叫んでいるのに、私の口は言葉を紡いではくれない。
いやよ、いや。私と一緒にいて。そんな女に近付かないで。
切ない程そう思うのに、私の声は音にならなくて。
動かない口。音にならない声。
リーゲル様を見つめるしかない私の瞳は、音もなく涙を溢れさせた。
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