【完結】私の初恋の人に屈辱と絶望を与えたのは、大好きなお姉様でした

迦陵 れん

文字の大きさ
上 下
55 / 84
第六章 旦那様の傍にいたい

逃走

しおりを挟む
 突然私の手を掴み、早足で歩き出したリーゲル様。

 リーゲル様自身はお店を出ても何ら問題はないけれど、私は食事を注文してしまったうえ、既に提供もされてしまっている。幾ら手を付けていないとはいえ、このまま店を出てしまったら、私が頼んだものの代金を店に残されたシーヴァイス様達に支払わせることになってしまう。

 そんなことをすれば不敬にあたるとリーゲル様を止めようとするのに、彼は全然止まってくれる様子がない。それどころか、何故だか切羽詰まっているようにも見えて、止めなければと思うのに邪魔をしていいものかという躊躇いもあり、強くは抵抗できず、結局私は手を引かれるまま店を出てしまう。

「あのっ、リーゲル様……!」

 それでも一度話をしたくて、大声で彼の名を呼ぶ。呼ばれて此方を振り返ったリーゲル様は、眉尻を下げ、早口でこう仰った。

「すまない、腹が減っているよな。すぐに他の店へ連れて行くから」

 いや、そうじゃない。と瞬時に内心で言い返したけれど、申し訳なさそうにしている彼の様子に、言葉を呑み込む。

 そのまま何も言えずに暫く歩いて行くと、ふと背後からリーゲル様を呼ぶ声が聞こえたような気がして、私は後ろを振り返った。

 かなり遠くの方に、護衛を引き連れて私達を追ってくる殿下方二人のお姿が見える。

 アルテミシア様はともかく、シーヴァイス様は息が切れているようで、彼女の足を引っ張っているようだ。

 剣の鍛錬は今も欠かさず行なっていると聞いていたけれど、普段からご公務に忙しくしていらっしゃるのなら、体力をつける余裕まではないわよね……。

 刺客に襲われた時のため、剣の鍛錬を行なっているとはいっても、それで疲れて公務に支障がでるのでは本末転倒。だから、王太子の鍛錬は専ら剣で急所を的確に突くことのみに特化して行われると、ジュジュに聞いたことがあった。

 どうしてジュジュがそんなことを知っているのかは、思った通り教えてもらえなかったけれど。

 なんだかもう、ジュジュは『そういう人』なんだって納得しちゃってるのよね。そもそもメイドと騎士を兼任してる時点でおかしいし。

 ジュジュの奇行? については、考えるだけ無駄だとポルテに言われ、尋ねてもどうせ教えてくれないのだから、素直に受け入れるのが精神的に一番良いと助言をもらった。

 それ以来、私はジュジュの言動や行動について、深く考えることをやめたのだ。

「リーゲル! 待ちなさい!」

 とうとうアルテミシア様がシーヴァイス様を見捨てて、一人で此方へと向かって来る。

 一人で先んじるのはダメだと護衛に止められ、足止めされているようだが、アルテミシア様が本気を出したら、すぐに追いつかれてしまうだろう。

「リーゲル様、お二人が……!」

 私の無銭飲食代を立て替えてくれたであろうお二人から逃げるのは気が引けるけれど、今はリーゲル様の気持ちを優先したい。

 何故なら私はリーゲル様の妻であり、彼は明らかにお二人から逃げていて、捕まりたくないと思っているのが全身から伝わってくるのだもの。

 この国の民として、王族である二人から逃げるなんて不敬極まりないけれど、私にとって最も優先すべきは、リーゲル様ただ一人。

 彼以上に優先しなければいけない人、優先したい人なんて、一人もいないのだから。

「やはり、逃げ切れないか……」
 
 見る間に近付いてくるアルテミシア様のお姿を認め、諦めたように呟くリーゲル様。

 そんなに悲しい声を出さないで下さいませ。ここは私が何とか致しますから!

 強い決意を胸に抱き、私はリーゲル様に掴まれていない方の手で拳を握ると、小さい声で呟いた。

「ジュジュ、頼んだわよ」

 今日の外出に、ジュジュはついて来ていない。

 部屋付きメイドであるジュジュは、基本的に私の外出には付き合えない──だけど。

 神出鬼没で何処にでも現れるジュジュなら、きっと助けに来てくれるような気がして。

「リーゲル様、どうか私についてきて下さいませ」
 
 私は私でリーゲル様の手を強く握ると、一度大きく息を吸い込み、意を決して人混みの中へと飛び込んだ!

 木を隠すなら、森の中。つまり、人を隠すなら人混みの中というわけで。

 この時ばかりは淑女の仮面を脱ぎ捨て、私はリーゲル様と逸れないよう気を遣いながらも、全速力で人混みの中を駆けた。

 
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【忘れるな、憎い君と結婚するのは亡き妻の遺言だということを】 男爵家令嬢、ジェニファーは薄幸な少女だった。両親を早くに亡くし、意地悪な叔母と叔父に育てられた彼女には忘れられない初恋があった。それは少女時代、病弱な従姉妹の話し相手として滞在した避暑地で偶然出会った少年。年が近かった2人は頻繁に会っては楽しい日々を過ごしているうちに、ジェニファーは少年に好意を抱くようになっていった。 少年に恋したジェニファーは今の生活が長く続くことを祈った。 けれど従姉妹の体調が悪化し、遠くの病院に入院することになり、ジェニファーの役目は終わった。 少年に別れを告げる事もできずに、元の生活に戻ることになってしまったのだ。 それから十数年の時が流れ、音信不通になっていた従姉妹が自分の初恋の男性と結婚したことを知る。その事実にショックを受けたものの、ジェニファーは2人の結婚を心から祝うことにした。 その2年後、従姉妹は病で亡くなってしまう。それから1年の歳月が流れ、突然彼から求婚状が届けられた。ずっと彼のことが忘れられなかったジェニファーは、喜んで後妻に入ることにしたのだが……。 そこには残酷な現実が待っていた―― *他サイトでも投稿中

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!

高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。 7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。 だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。 成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。 そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る 【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

処理中です...