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第五章 旦那様を守りたい
後悔先に立たず
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馬車に揺られること数十分。
漸く街へと着いた私達は、道行く人達の注目を集めまくっていた。
「ねぁあれって、王太子殿下と王女殿下じゃない?」
「ヘマタイト公爵様もいるわっ!」
「王太子様は公務が忙し過ぎて外出する暇はないと聞いていたが……あの顔触れから察するに、ご公務の一環なのか?」
「こんな所に何の公務があるって言うんだ?」
様々な憶測が飛び交い、目の保養とばかりに多くの人達が足を止め、三人に熱い視線を送っている。
しかし当然ながら、私はそれに含まれていない。
まるで輝きを発しているかのように美しすぎる三人と、その光の影にすっかり隠れてしまっている私。
おそらく私の存在は、街の人達に気付かれてさえいないだろう。そう確信を持ててしまうほど、人々の視線は一緒にいる三人だけに注がれていた。
ならば、今のうちに三人から離れようと、私はそっと距離をとる。
一緒にいても、私に対しては妬みや僻みの言葉が飛んでくるだけで、絶対に良いことはない。だったら最初から他人の振りをしようと思ったのだ。
王太子殿下が居てくれればリーゲル様と王女殿下が二人だけになることはないし、何なら私は途中で辻馬車に乗って帰宅しても良い。
そもそも、幼少の頃から仲良くしていた三人の関係に、縁もゆかりもない私が混ざること自体がおかしいのだ。
馬車内でも妙な沈黙があったし、もしかしたら私がいることで気不味い雰囲気を作り出してしまっているのかもしれない。
幸いなことに、今日の外出に王太子殿下から交換条件的に提示された私との顔合わせも、一緒に街へ来る事で簡単に済ませられたから、ここからは仲の良い三人だけで楽しんでもらおう。
そう思い、帰る前にもう一度だけリーゲル様のお姿を拝見しようと、人混みの中、三人のいる方角を振り返った私は──。
「グラディス」
「わっ」
振り返ったすぐ目の前には人がいたようで、ぶつかりこそしなかったものの、突然現れた壁に驚いて声をあげてしまった。
でも待って。この服なんだか見覚えが……?
どこで見たんだっけ? と考えながら、それを着ている人物を確認しようと顔を上げて──固まった。
「グラディス、一人で先に行っては駄目じゃないか。君がいなくなったら、見つかるまで探さなければならなくなる。殿下方は只でさえお忙しいのだから、そんな無駄なことをさせてはいけないよ」
リーゲル様が迫力満点の笑顔で微笑む。
それは暗に『いなくなったら承知しない』ということを言ってますよね?
「で、ですが、私一人いなくなったところで──」
「何を言ってるんだ? 君はヘマタイト公爵夫人なんだよ? 突然いなくなったら大問題じゃないか」
言われて、私はハッとした。
そういえば私は今、公爵夫人なんだった。あまり自覚がないから考えが及ばなかったけど、立場的に言えば街中で忽然といなくなったりしたら、よからぬ方向へ捉えられてもおかしくない身分なのよね。
しかも、殿下方お二人と一緒にいての拐かしとなれば、王家の方達にもご迷惑をお掛けしてしまうかもしれない。いえ、確実に迷惑をかけてしまうわ。
「考えが足りず、申し訳ありませんでした……」
自分の浅はかさが申し訳なくて、鼻の奥がつーんとしてくる。
「分かってくれれば良いんだ。君は自己評価が低すぎるから、それが原因なんだろうが、夫としてはとても心配だよ」
よしよしと優しく頭を撫でられ、私は益々目が潤んだ。
「リーゲル様っ……!」
感極まって抱きつこうとしたけれど、横から割り込んできた何者かに遮られ、私はその人物にがっしりと抱き留められた。
「……え?」
なんだか、思っていた感触と違う……?
抱きついたリーゲル様は、思っていたより柔らかいというか、小さいというか。今までに抱きついたことはないから硬さは想像でしかないけれど、でも、小さい……?
抱きついたままの姿勢で私が混乱していると、耳元で鈴のような声が発せられた。
「無駄な見世物をしている時間はありませんの。今日はせっかく兄上も一緒に来てくださったのですから、迅速にお店をまわりましてよ!」
サッと私から離れると、王女殿下は私の手首を掴み、強引に歩き出す。しかも、かなりの早足で。
「えっ、えっ、リ、リーゲル様……っ」
腕を引かれ、無理矢理歩かされながら助けを求めて後ろを振り向くと、両腕を僅かに広げて固まるリーゲル様と、その隣で笑う王太子殿下の姿があって。
「お、王女殿下、待って下さい! このままでは逸れてしまいます!」
焦って声をかけるも、殿下の足は止まらない。
「あの二人なら足が速いから大丈夫よ。逸れるのは貴女だけ。街へ来た以上一分一秒が惜しいのだから、余計な時間を取らせないで頂戴!」
「も、申し訳ござ──」
「まあっ! あんな所に出店があるわっ! 朝早くに出て来たから、お腹が空いていたのよね。まずはあれを頂きましょう」
私のことなんてお構いなしで、王女殿下は目的に向かい、まっしぐら。
今日は確か、王女殿下とリーゲル様のデートのはずでは……?
本音ではデートなんてしてほしくなかったから、今の状況は願ったり叶ったりのような気もするけれど。でも、私が相手させられてる時点で、願ったり叶ったりではないわね……。
どうせなら、私と王太子殿下の立ち位置を変えて欲しい。
王女殿下に王太子殿下が付き添ってくれれば、私はリーゲル様と街をまわれる。
期待を込めて、意味あり気な視線を王太子殿下に送ってみても、彼は「いってらっしゃい」と言わんばかりに、微笑んで手を振ってくるだけ。
こんなことなら、最初から逃げようとするんじゃなかった……。
後悔先に立たずという言葉が、私の脳裏を過ぎった。
漸く街へと着いた私達は、道行く人達の注目を集めまくっていた。
「ねぁあれって、王太子殿下と王女殿下じゃない?」
「ヘマタイト公爵様もいるわっ!」
「王太子様は公務が忙し過ぎて外出する暇はないと聞いていたが……あの顔触れから察するに、ご公務の一環なのか?」
「こんな所に何の公務があるって言うんだ?」
様々な憶測が飛び交い、目の保養とばかりに多くの人達が足を止め、三人に熱い視線を送っている。
しかし当然ながら、私はそれに含まれていない。
まるで輝きを発しているかのように美しすぎる三人と、その光の影にすっかり隠れてしまっている私。
おそらく私の存在は、街の人達に気付かれてさえいないだろう。そう確信を持ててしまうほど、人々の視線は一緒にいる三人だけに注がれていた。
ならば、今のうちに三人から離れようと、私はそっと距離をとる。
一緒にいても、私に対しては妬みや僻みの言葉が飛んでくるだけで、絶対に良いことはない。だったら最初から他人の振りをしようと思ったのだ。
王太子殿下が居てくれればリーゲル様と王女殿下が二人だけになることはないし、何なら私は途中で辻馬車に乗って帰宅しても良い。
そもそも、幼少の頃から仲良くしていた三人の関係に、縁もゆかりもない私が混ざること自体がおかしいのだ。
馬車内でも妙な沈黙があったし、もしかしたら私がいることで気不味い雰囲気を作り出してしまっているのかもしれない。
幸いなことに、今日の外出に王太子殿下から交換条件的に提示された私との顔合わせも、一緒に街へ来る事で簡単に済ませられたから、ここからは仲の良い三人だけで楽しんでもらおう。
そう思い、帰る前にもう一度だけリーゲル様のお姿を拝見しようと、人混みの中、三人のいる方角を振り返った私は──。
「グラディス」
「わっ」
振り返ったすぐ目の前には人がいたようで、ぶつかりこそしなかったものの、突然現れた壁に驚いて声をあげてしまった。
でも待って。この服なんだか見覚えが……?
どこで見たんだっけ? と考えながら、それを着ている人物を確認しようと顔を上げて──固まった。
「グラディス、一人で先に行っては駄目じゃないか。君がいなくなったら、見つかるまで探さなければならなくなる。殿下方は只でさえお忙しいのだから、そんな無駄なことをさせてはいけないよ」
リーゲル様が迫力満点の笑顔で微笑む。
それは暗に『いなくなったら承知しない』ということを言ってますよね?
「で、ですが、私一人いなくなったところで──」
「何を言ってるんだ? 君はヘマタイト公爵夫人なんだよ? 突然いなくなったら大問題じゃないか」
言われて、私はハッとした。
そういえば私は今、公爵夫人なんだった。あまり自覚がないから考えが及ばなかったけど、立場的に言えば街中で忽然といなくなったりしたら、よからぬ方向へ捉えられてもおかしくない身分なのよね。
しかも、殿下方お二人と一緒にいての拐かしとなれば、王家の方達にもご迷惑をお掛けしてしまうかもしれない。いえ、確実に迷惑をかけてしまうわ。
「考えが足りず、申し訳ありませんでした……」
自分の浅はかさが申し訳なくて、鼻の奥がつーんとしてくる。
「分かってくれれば良いんだ。君は自己評価が低すぎるから、それが原因なんだろうが、夫としてはとても心配だよ」
よしよしと優しく頭を撫でられ、私は益々目が潤んだ。
「リーゲル様っ……!」
感極まって抱きつこうとしたけれど、横から割り込んできた何者かに遮られ、私はその人物にがっしりと抱き留められた。
「……え?」
なんだか、思っていた感触と違う……?
抱きついたリーゲル様は、思っていたより柔らかいというか、小さいというか。今までに抱きついたことはないから硬さは想像でしかないけれど、でも、小さい……?
抱きついたままの姿勢で私が混乱していると、耳元で鈴のような声が発せられた。
「無駄な見世物をしている時間はありませんの。今日はせっかく兄上も一緒に来てくださったのですから、迅速にお店をまわりましてよ!」
サッと私から離れると、王女殿下は私の手首を掴み、強引に歩き出す。しかも、かなりの早足で。
「えっ、えっ、リ、リーゲル様……っ」
腕を引かれ、無理矢理歩かされながら助けを求めて後ろを振り向くと、両腕を僅かに広げて固まるリーゲル様と、その隣で笑う王太子殿下の姿があって。
「お、王女殿下、待って下さい! このままでは逸れてしまいます!」
焦って声をかけるも、殿下の足は止まらない。
「あの二人なら足が速いから大丈夫よ。逸れるのは貴女だけ。街へ来た以上一分一秒が惜しいのだから、余計な時間を取らせないで頂戴!」
「も、申し訳ござ──」
「まあっ! あんな所に出店があるわっ! 朝早くに出て来たから、お腹が空いていたのよね。まずはあれを頂きましょう」
私のことなんてお構いなしで、王女殿下は目的に向かい、まっしぐら。
今日は確か、王女殿下とリーゲル様のデートのはずでは……?
本音ではデートなんてしてほしくなかったから、今の状況は願ったり叶ったりのような気もするけれど。でも、私が相手させられてる時点で、願ったり叶ったりではないわね……。
どうせなら、私と王太子殿下の立ち位置を変えて欲しい。
王女殿下に王太子殿下が付き添ってくれれば、私はリーゲル様と街をまわれる。
期待を込めて、意味あり気な視線を王太子殿下に送ってみても、彼は「いってらっしゃい」と言わんばかりに、微笑んで手を振ってくるだけ。
こんなことなら、最初から逃げようとするんじゃなかった……。
後悔先に立たずという言葉が、私の脳裏を過ぎった。
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