30 / 84
第四章 旦那様がグイグイ来ます
まずは採寸から
しおりを挟む
洋装店に初めて訪れた私は、店内の品数の多さに圧倒されていた。
然程広くない店内に、所狭しと見本のドレスや生地、髪飾りなどが置いてある。
これだけ数があると、一着のドレスを仕立てるのに必要な物を選ぶだけでも、気の遠くなるような労力が必要そうだわ。
今までの私のドレスは全て、伯爵家に呼び付けた商人に、『出来るだけ地味な生地で地味なドレスを』という注文をするのみで、他は全部お任せで仕立ててもらっていたから、何もする必要がなくて楽だった。
なのに、自分で店に足を運んでドレスを仕立てる場合は、こんなに大量にある物の中から全てを選ばないといけないなんて。
ドレスの形や生地、色、デザインは勿論のこと、それに付随するアレやこれやまで……?
無理無理! 私には絶対無理!
この前の夜会でエルンスト様に言われたことが気になって、地味ではないドレスを試しに仕立ててみようと思ったから、ここまで来たのだけれど。まさかドレス一着を仕立てるのに、材料選びからしなくてはいけないなんて思ってもみなかった。
実は私はもっと軽く考えていて、店に行けば完成されたドレスが何着か棚に並んでおり、その中から適当に自分の気に入った物を買えば済むと思っていた。
もちろん、今までに着たことのないようなドレスを買いに来たのだから、色やデザインに悩むだろうということは分かっていたけれど、そこはポルテや店主に助言をもらえば良いと、問題にしていなかった。だけど、それはどうやら考えが甘かったらしい。
「これは、どうしたら……」
生地から選ぶか、色から選ぶか。
それすら分からず、眉間に皺を寄せる。
困って思わずポルテの方を見ると、ようやく店主との話が一区切りついたのか、彼女はちょうど私の元へとやってくるところだった。
「奥様、今日はどういったものを買おうと思って来たんですか?」
「あのね、具体的に『これ』といったものがあるわけではないのだけど……」
そこで私は、自分がドレスを買おうと思うきっかけになったエルンスト様とのやり取りを、ポルテに話して聞かせる。
「多分だけど、エルンスト様は彼なりに地味な装いの私を褒めてくれたんだと思うのよ? でも、別の視点から考えると、私一人だけが地味で目立つという風にも捉えられるなって思って……」
私の装いが普段から地味なのは、不幸そうな自分の顔に派手な装いは似合わないということと、一緒にいるリーゲル様を、自らが影になることで更に輝き目立たせようという二つの理由からだ。
だけど、予想だにしていなかったエルンスト様のお言葉により、煌びやかな人達ばかりがいるパーティー会場で、一人だけ地味な装いの自分は悪目立ちしている可能性もあるということに思い至った。
所詮身代わりでしかない私が目立つことは好ましくない。
エルンスト様のように、地味な私を好意的に見てくれる方なら良いけれど、そうでない場合、わざと一人だけ他の人達と違う装いをして目立とうとしている──などと、悪い方向へ捉えられることもあるだろうから。
「お姉様のような美しい令嬢達と違って、私じゃ煌びやかなドレスなんて着こなせないって分かっているんだけど、それでも──」
「そんなことありません!」
ポルテの力強い声が、店内に響く。
「奥様はお綺麗です。今お持ちの沢山のドレスより、煌びやかな物の方が絶対に似合います。私が保証致しますので、どうか自信をお持ちになって下さい!」
「あ……ありがとう、ポルテ」
侍女からの圧が凄くて、思わず一歩後ずさる。
嬉しいんだけど、この熱量は何処からくるのかしら。
「よし! じゃあまずは──」
「採寸でございますね!」
ポルテが口に出す前に、店員と思われる女性がメジャーを持って唐突に現れた。
え、何処から現れたの!?
さっきまで店内にいなかったよね?
「では、此方へどうぞ」
「えっ、ちょ、ちょっと……!」
私の心の中の問いは口にされることなく、店員に腕を掴まれ、問答無用で店の奥へと連れて行かれる。
「デザイン選びは私とジュジュにお任せ下さい。奥様ごゆっくり~」
大きく手を振り、私を見送るポルテの隣に、いつの間にやらジュジュの姿もあって。
なんなの?
この店は色んな所から人が突然現れるの?
っていうかジュジュはいつからいたの?
色んな疑問が頭に浮かんだけれど、女性店員に奥の部屋へと連れ込まれた私は、あっという間に服を脱がされてしまう。
「あ、あのっ、何も全部脱がなくても──」
ジャッ!!
抗議とともに脱がされた服を取り戻そうとするも、素早くメジャーを引き出す音によって遮られた。
「正しい寸法を測るためには、服を脱いでいただく必要があるんです。此方と致しましても、中途半端な仕事はしたくありませんので」
にっこり微笑って言われるも、彼女の瞳は全く笑っていない。
これは絶対に逆らったらいけないやつだ。
私は瞬時にそう理解して、
「わ、分かりました……」
と、大人しく従うことにした。
然程広くない店内に、所狭しと見本のドレスや生地、髪飾りなどが置いてある。
これだけ数があると、一着のドレスを仕立てるのに必要な物を選ぶだけでも、気の遠くなるような労力が必要そうだわ。
今までの私のドレスは全て、伯爵家に呼び付けた商人に、『出来るだけ地味な生地で地味なドレスを』という注文をするのみで、他は全部お任せで仕立ててもらっていたから、何もする必要がなくて楽だった。
なのに、自分で店に足を運んでドレスを仕立てる場合は、こんなに大量にある物の中から全てを選ばないといけないなんて。
ドレスの形や生地、色、デザインは勿論のこと、それに付随するアレやこれやまで……?
無理無理! 私には絶対無理!
この前の夜会でエルンスト様に言われたことが気になって、地味ではないドレスを試しに仕立ててみようと思ったから、ここまで来たのだけれど。まさかドレス一着を仕立てるのに、材料選びからしなくてはいけないなんて思ってもみなかった。
実は私はもっと軽く考えていて、店に行けば完成されたドレスが何着か棚に並んでおり、その中から適当に自分の気に入った物を買えば済むと思っていた。
もちろん、今までに着たことのないようなドレスを買いに来たのだから、色やデザインに悩むだろうということは分かっていたけれど、そこはポルテや店主に助言をもらえば良いと、問題にしていなかった。だけど、それはどうやら考えが甘かったらしい。
「これは、どうしたら……」
生地から選ぶか、色から選ぶか。
それすら分からず、眉間に皺を寄せる。
困って思わずポルテの方を見ると、ようやく店主との話が一区切りついたのか、彼女はちょうど私の元へとやってくるところだった。
「奥様、今日はどういったものを買おうと思って来たんですか?」
「あのね、具体的に『これ』といったものがあるわけではないのだけど……」
そこで私は、自分がドレスを買おうと思うきっかけになったエルンスト様とのやり取りを、ポルテに話して聞かせる。
「多分だけど、エルンスト様は彼なりに地味な装いの私を褒めてくれたんだと思うのよ? でも、別の視点から考えると、私一人だけが地味で目立つという風にも捉えられるなって思って……」
私の装いが普段から地味なのは、不幸そうな自分の顔に派手な装いは似合わないということと、一緒にいるリーゲル様を、自らが影になることで更に輝き目立たせようという二つの理由からだ。
だけど、予想だにしていなかったエルンスト様のお言葉により、煌びやかな人達ばかりがいるパーティー会場で、一人だけ地味な装いの自分は悪目立ちしている可能性もあるということに思い至った。
所詮身代わりでしかない私が目立つことは好ましくない。
エルンスト様のように、地味な私を好意的に見てくれる方なら良いけれど、そうでない場合、わざと一人だけ他の人達と違う装いをして目立とうとしている──などと、悪い方向へ捉えられることもあるだろうから。
「お姉様のような美しい令嬢達と違って、私じゃ煌びやかなドレスなんて着こなせないって分かっているんだけど、それでも──」
「そんなことありません!」
ポルテの力強い声が、店内に響く。
「奥様はお綺麗です。今お持ちの沢山のドレスより、煌びやかな物の方が絶対に似合います。私が保証致しますので、どうか自信をお持ちになって下さい!」
「あ……ありがとう、ポルテ」
侍女からの圧が凄くて、思わず一歩後ずさる。
嬉しいんだけど、この熱量は何処からくるのかしら。
「よし! じゃあまずは──」
「採寸でございますね!」
ポルテが口に出す前に、店員と思われる女性がメジャーを持って唐突に現れた。
え、何処から現れたの!?
さっきまで店内にいなかったよね?
「では、此方へどうぞ」
「えっ、ちょ、ちょっと……!」
私の心の中の問いは口にされることなく、店員に腕を掴まれ、問答無用で店の奥へと連れて行かれる。
「デザイン選びは私とジュジュにお任せ下さい。奥様ごゆっくり~」
大きく手を振り、私を見送るポルテの隣に、いつの間にやらジュジュの姿もあって。
なんなの?
この店は色んな所から人が突然現れるの?
っていうかジュジュはいつからいたの?
色んな疑問が頭に浮かんだけれど、女性店員に奥の部屋へと連れ込まれた私は、あっという間に服を脱がされてしまう。
「あ、あのっ、何も全部脱がなくても──」
ジャッ!!
抗議とともに脱がされた服を取り戻そうとするも、素早くメジャーを引き出す音によって遮られた。
「正しい寸法を測るためには、服を脱いでいただく必要があるんです。此方と致しましても、中途半端な仕事はしたくありませんので」
にっこり微笑って言われるも、彼女の瞳は全く笑っていない。
これは絶対に逆らったらいけないやつだ。
私は瞬時にそう理解して、
「わ、分かりました……」
と、大人しく従うことにした。
106
お気に入りに追加
508
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~
湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。
「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」
夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。
公爵である夫とから啖呵を切られたが。
翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。
地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。
「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。
一度、言った言葉を撤回するのは難しい。
そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。
徐々に距離を詰めていきましょう。
全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。
第二章から口説きまくり。
第四章で完結です。
第五章に番外編を追加しました。
望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【忘れるな、憎い君と結婚するのは亡き妻の遺言だということを】
男爵家令嬢、ジェニファーは薄幸な少女だった。両親を早くに亡くし、意地悪な叔母と叔父に育てられた彼女には忘れられない初恋があった。それは少女時代、病弱な従姉妹の話し相手として滞在した避暑地で偶然出会った少年。年が近かった2人は頻繁に会っては楽しい日々を過ごしているうちに、ジェニファーは少年に好意を抱くようになっていった。
少年に恋したジェニファーは今の生活が長く続くことを祈った。
けれど従姉妹の体調が悪化し、遠くの病院に入院することになり、ジェニファーの役目は終わった。
少年に別れを告げる事もできずに、元の生活に戻ることになってしまったのだ。
それから十数年の時が流れ、音信不通になっていた従姉妹が自分の初恋の男性と結婚したことを知る。その事実にショックを受けたものの、ジェニファーは2人の結婚を心から祝うことにした。
その2年後、従姉妹は病で亡くなってしまう。それから1年の歳月が流れ、突然彼から求婚状が届けられた。ずっと彼のことが忘れられなかったジェニファーは、喜んで後妻に入ることにしたのだが……。
そこには残酷な現実が待っていた――
*他サイトでも投稿中
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜
みおな
恋愛
伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。
そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。
その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。
そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。
ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。
堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!
高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。
7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。
だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。
成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。
そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る
【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる