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第三章 旦那様はモテモテです
邪魔な存在
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「お待たせ致しました」
王女殿下をお待たせしている食堂へ、リーゲル様が挨拶をしつつ先に入り、後から私が着席する。
本当は仲良し夫婦をアピールして、手でも繋いで入りたかったんだけど、そんな恥ずかしいことを私ができるはずもなく。
実際は特に会話もないまま、夫婦二人無言で食堂に行って着席するという普段通りの行動となってしまった。
できれば先手を打って王女殿下を牽制しておきたかったのに、恥ずかしさが先に立ったせいで行動に移せなかった自分が悔しくてたまらない。
こういう時こそ、恥ずかしさを我慢して仲睦まじさをアピールするべきなのに、どうしてもどうしても恥ずかしさが拭えなくて。
あと、突然手を繋いだらリーゲル様に嫌がられるかも……という心配もあり。
結局何もできなかった私は、歯噛みしながら──勿論表情には出していないわ──ナプキンを広げる。
そつなく膝上に置いたところで、それを待っていたかのようにリーゲル様が口を開いた。
「殿下、お待たせしてしまい申し訳ございませんでした」
なるほど。まずは謝罪から入るということね。
事前に何も示し合わせていなかったけれど、そういうことなら、とリーゲル様と共に私も頭を下げる。
座席の配置的に、リーゲル様と私が長方形のテーブルの長い方の端と端に着席しており、王女殿下がその真ん中辺りに着席されているから、殿下がリーゲル様の方を向いていると、私の姿は目に入らない。だけど、こういうのは気持ちが大事だから、一応殿下が私の方を向いた時のために、私も頭を下げておく。
元々リーゲル様の着席が遅れたのは、私に声をかけに来てくれていたからだし、一緒に謝罪した方が夫婦らしい──きゃっ。恥ずかしい──と思ったからだ。
言われなくとも旦那様と同じ行動をとるなんて、私って妻の鑑ね……。
自分で自分に酔いしれ、頭を下げたまま、少しだけ口の端を上げる。
とはいえ、いつ頭を上げるのが正解なのか考えあぐねていると、可愛らしい女性の声が食堂内に響いた。
「リーゲル、奥様の前だからって改まることないわ。前触れもなく突然伺ったのはわたくしなのだから、非はこちらにあるのだし、貴方が謝ることはなくてよ」
「しかし──」
「わたくしが気にするなと言っているのだから、言う通りにしたら良いのよ。わたくしと貴方の仲じゃない。……ね?」
そこで私は見てしまった。
私の愛する旦那様であるリーゲル様に向かって、可愛らしくウィンクする殿下のお姿を──。
なあああああああーーーーーーっ!!
これ、これは絶対、殿下はリーゲル様に気があるわ!
兄妹なんてとんでもない! 異性として狙いまくってる!
これは何としても阻止しなければ!
内心発狂しそうになりながらも、表面上は無表情を貫く私。
淑女教育の最上級を学んでおいて本当に良かった。まさか、こんな場面で役に立つとは思ってもいなかったけれど。
もし今の私の気持ちが、ほんの僅かでも顔に出ていようものなら、二人には確実にドン引きされていただろう。
正直、リーゲル様の妻である私の前で堂々とウィンクした殿下には、私の方がドン引きしたけどね!
夜会の時のアレはやっぱり、見間違いじゃなかったのだわ。
とても親し気に、リーゲル様の腕に触れていた殿下の姿を思い出す。
兄妹のような関係であるなら……と思っていたのに、殿下のアレは異性の気を引くためのものだったのだ。
でも、リーゲル様はどうなのかしら?
チラ、とリーゲル様の様子を窺うも、特に表情の変化は見られない。
殿下の前だから無表情ではないけれど、そこまで愛想が良いとはいえない微妙なお顔。
う~ん……よく分からないわね。
もしやリーゲル様も殿下のことをそういう目で見ていたり……いえ、相手はリーゲル様よ? そんなこと、あるわけないわっ。
でも、王女殿下って……可愛いらしいわよね……。
ポルテも同じく可愛いけれど、なんというか殿下は可愛らしいだけでなく、王族としての気品までも備わっている。
可愛いんだけど美人っていうか、声だって鈴の音のように可憐だし……。
見栄えだけの問題でいうなら、お姉様以上にリーゲル様とお似合いかもしれない。
そんな考えが、ふと頭を過ぎり。
家格と勢力バランスの問題で、私はリーゲル様と結婚することができたけれど、それさえなければリーゲル様は引くて数多。選り取り見取りでお好きな令嬢を選ぶことが出来たはずなのだ。
それなのに……貴族という柵のせいで、私なんかと結婚しなければならなかった。
そういった問題さえなかったら、二人がご結婚する未来もあったかもしれないのに。
楽し気に話をされるお二人の姿を見ながら、私は無言で朝食を口へと運ぶ。
絵画のような光景を見ながらご飯を食べられるなんて、私は幸せ者だわ……。
無論、仲の良い二人の姿に、胸が痛まないわけではない。
けれど、政略のためだけにリーゲル様の妻に収まった私が、嫉妬をする権利など、最初から持ち合わせていないのだ。
政略結婚の相手として、ただただリーゲル様の側にいて、尽くし続ける存在、それが私。
最近は、彼の態度が以前と違って軟化してきていたから、もしかしてお飾りの妻でなくても良いのでは? なんて思ったりもしていた。
だから領地経営の勉強も始めたし、使用人達とも積極的に関わりを持とうと、自分なりに動き始めたのだけれど、何もかも手をつけ始めたばかりで色々と追いついていない。
でも、お飾りの妻脱却を目指し始めてから、気付いたことがある。
それは、お飾りの妻であるなら見た目は大事だということ。でも悲しいかな、私の見た目はよろしくない。
だったら、表に出るのは最低限にして、見えないところでリーゲル様を支える妻である方が有用な気がすると。
あれやこれやと彼の役に立って、私がいないと困るような、公爵家の仕事が円滑に回らなくなるような存在になる。
そうしたらきっと、ずっと側に置いてもらえるし、もし今後離縁されるようなことがあったとして──絶対に嫌だけど──も、家からは追い出されなくて済むかもしれない。
勿論新しく公爵夫人になられる方は嫌がるだろうけれど、リーゲル様のお仕事に私が必要不可欠な存在なのだとご理解いただければ、渋々ながらも納得はしてくれるだろう。
お飾りの妻は、いつか別の方にお譲りするとしても、私はずっとリーゲル様のお側に──。
「奥様は、とても物静かな方なのね」
そこで唐突に殿下の声が聞こえて、私の思考は一時停止を余儀なくされた。
王女殿下が私に話しかけている……?
「貴女、お名前はなんと仰るの? できれば教えていただけないかしら」
間違いない! 殿下が私などに話しかけて下さっている!
その事実に驚きつつ、つい興奮しそうになる気持ちを必死に押さえ、言葉を紡ぐ。
「わ、私はグラディスと申します。ヘマタイト公爵夫人として、不束者で──」
「そこまでは聞いていないわ」
ピシャリと言葉を撥ね付けられた。
「貴女は所詮身代わりなのでしょう? 噂を聞いてどんな人かと思っていたけれど、本当に噂通りの人ね。ずっと黙っていて、存在感がなくて……幽霊みたい。本当は昨日挨拶しようと思っていたのだけれど、ダンスを踊るだけ踊ってサッサと帰られてしまったから、わざわざわたくしがここまで足を運んであげたのよ。感謝なさいな」
「ありがとう……ございます」
別に挨拶なんていらなかったけど。
内心で呟き、頭を下げる。
恐らくリーゲル様には、私達の会話は聞こえていないだろう。
殿下が私に話しかける姿を見て、柔らかに微笑んでいるから。
恐らく彼は、殿下と私が仲良くなるのは喜ばしいとか考えているに違いない。
でもそれは勘違いですよ、リーゲル様。
殿下は私を身代わりの花嫁として品定めに来ただけ。
如何に私があなたと釣り合わない女であるかということを、再確認させるためだけにいらっしゃったようですよ。
心の中だけでそう伝え、ぎゅっと唇を引き結ぶ。
美味しかったはずの朝食が、途端に味気ないものに感じられた。
思わずフォークを置こうとすると、
「席を外すことは許さないわ。リーゲルにいらぬ心配をさせてしまうじゃない。貴女にはわたくし達が二人揃って席を立つまで、ずうっとここに居てもらうわよ」
殿下にそう言われ、留まることを強制された。
この方は、私とリーゲル様の結婚を祝福していない。私を邪魔な存在としてしか見ていないのだと、分かりすぎるほどに分かる一言だった。
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登場人物が増えてまいりました!
もう少し続きますので、お付き合いよろしくお願いします。
いいねもありがとうございます!
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ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
王女殿下をお待たせしている食堂へ、リーゲル様が挨拶をしつつ先に入り、後から私が着席する。
本当は仲良し夫婦をアピールして、手でも繋いで入りたかったんだけど、そんな恥ずかしいことを私ができるはずもなく。
実際は特に会話もないまま、夫婦二人無言で食堂に行って着席するという普段通りの行動となってしまった。
できれば先手を打って王女殿下を牽制しておきたかったのに、恥ずかしさが先に立ったせいで行動に移せなかった自分が悔しくてたまらない。
こういう時こそ、恥ずかしさを我慢して仲睦まじさをアピールするべきなのに、どうしてもどうしても恥ずかしさが拭えなくて。
あと、突然手を繋いだらリーゲル様に嫌がられるかも……という心配もあり。
結局何もできなかった私は、歯噛みしながら──勿論表情には出していないわ──ナプキンを広げる。
そつなく膝上に置いたところで、それを待っていたかのようにリーゲル様が口を開いた。
「殿下、お待たせしてしまい申し訳ございませんでした」
なるほど。まずは謝罪から入るということね。
事前に何も示し合わせていなかったけれど、そういうことなら、とリーゲル様と共に私も頭を下げる。
座席の配置的に、リーゲル様と私が長方形のテーブルの長い方の端と端に着席しており、王女殿下がその真ん中辺りに着席されているから、殿下がリーゲル様の方を向いていると、私の姿は目に入らない。だけど、こういうのは気持ちが大事だから、一応殿下が私の方を向いた時のために、私も頭を下げておく。
元々リーゲル様の着席が遅れたのは、私に声をかけに来てくれていたからだし、一緒に謝罪した方が夫婦らしい──きゃっ。恥ずかしい──と思ったからだ。
言われなくとも旦那様と同じ行動をとるなんて、私って妻の鑑ね……。
自分で自分に酔いしれ、頭を下げたまま、少しだけ口の端を上げる。
とはいえ、いつ頭を上げるのが正解なのか考えあぐねていると、可愛らしい女性の声が食堂内に響いた。
「リーゲル、奥様の前だからって改まることないわ。前触れもなく突然伺ったのはわたくしなのだから、非はこちらにあるのだし、貴方が謝ることはなくてよ」
「しかし──」
「わたくしが気にするなと言っているのだから、言う通りにしたら良いのよ。わたくしと貴方の仲じゃない。……ね?」
そこで私は見てしまった。
私の愛する旦那様であるリーゲル様に向かって、可愛らしくウィンクする殿下のお姿を──。
なあああああああーーーーーーっ!!
これ、これは絶対、殿下はリーゲル様に気があるわ!
兄妹なんてとんでもない! 異性として狙いまくってる!
これは何としても阻止しなければ!
内心発狂しそうになりながらも、表面上は無表情を貫く私。
淑女教育の最上級を学んでおいて本当に良かった。まさか、こんな場面で役に立つとは思ってもいなかったけれど。
もし今の私の気持ちが、ほんの僅かでも顔に出ていようものなら、二人には確実にドン引きされていただろう。
正直、リーゲル様の妻である私の前で堂々とウィンクした殿下には、私の方がドン引きしたけどね!
夜会の時のアレはやっぱり、見間違いじゃなかったのだわ。
とても親し気に、リーゲル様の腕に触れていた殿下の姿を思い出す。
兄妹のような関係であるなら……と思っていたのに、殿下のアレは異性の気を引くためのものだったのだ。
でも、リーゲル様はどうなのかしら?
チラ、とリーゲル様の様子を窺うも、特に表情の変化は見られない。
殿下の前だから無表情ではないけれど、そこまで愛想が良いとはいえない微妙なお顔。
う~ん……よく分からないわね。
もしやリーゲル様も殿下のことをそういう目で見ていたり……いえ、相手はリーゲル様よ? そんなこと、あるわけないわっ。
でも、王女殿下って……可愛いらしいわよね……。
ポルテも同じく可愛いけれど、なんというか殿下は可愛らしいだけでなく、王族としての気品までも備わっている。
可愛いんだけど美人っていうか、声だって鈴の音のように可憐だし……。
見栄えだけの問題でいうなら、お姉様以上にリーゲル様とお似合いかもしれない。
そんな考えが、ふと頭を過ぎり。
家格と勢力バランスの問題で、私はリーゲル様と結婚することができたけれど、それさえなければリーゲル様は引くて数多。選り取り見取りでお好きな令嬢を選ぶことが出来たはずなのだ。
それなのに……貴族という柵のせいで、私なんかと結婚しなければならなかった。
そういった問題さえなかったら、二人がご結婚する未来もあったかもしれないのに。
楽し気に話をされるお二人の姿を見ながら、私は無言で朝食を口へと運ぶ。
絵画のような光景を見ながらご飯を食べられるなんて、私は幸せ者だわ……。
無論、仲の良い二人の姿に、胸が痛まないわけではない。
けれど、政略のためだけにリーゲル様の妻に収まった私が、嫉妬をする権利など、最初から持ち合わせていないのだ。
政略結婚の相手として、ただただリーゲル様の側にいて、尽くし続ける存在、それが私。
最近は、彼の態度が以前と違って軟化してきていたから、もしかしてお飾りの妻でなくても良いのでは? なんて思ったりもしていた。
だから領地経営の勉強も始めたし、使用人達とも積極的に関わりを持とうと、自分なりに動き始めたのだけれど、何もかも手をつけ始めたばかりで色々と追いついていない。
でも、お飾りの妻脱却を目指し始めてから、気付いたことがある。
それは、お飾りの妻であるなら見た目は大事だということ。でも悲しいかな、私の見た目はよろしくない。
だったら、表に出るのは最低限にして、見えないところでリーゲル様を支える妻である方が有用な気がすると。
あれやこれやと彼の役に立って、私がいないと困るような、公爵家の仕事が円滑に回らなくなるような存在になる。
そうしたらきっと、ずっと側に置いてもらえるし、もし今後離縁されるようなことがあったとして──絶対に嫌だけど──も、家からは追い出されなくて済むかもしれない。
勿論新しく公爵夫人になられる方は嫌がるだろうけれど、リーゲル様のお仕事に私が必要不可欠な存在なのだとご理解いただければ、渋々ながらも納得はしてくれるだろう。
お飾りの妻は、いつか別の方にお譲りするとしても、私はずっとリーゲル様のお側に──。
「奥様は、とても物静かな方なのね」
そこで唐突に殿下の声が聞こえて、私の思考は一時停止を余儀なくされた。
王女殿下が私に話しかけている……?
「貴女、お名前はなんと仰るの? できれば教えていただけないかしら」
間違いない! 殿下が私などに話しかけて下さっている!
その事実に驚きつつ、つい興奮しそうになる気持ちを必死に押さえ、言葉を紡ぐ。
「わ、私はグラディスと申します。ヘマタイト公爵夫人として、不束者で──」
「そこまでは聞いていないわ」
ピシャリと言葉を撥ね付けられた。
「貴女は所詮身代わりなのでしょう? 噂を聞いてどんな人かと思っていたけれど、本当に噂通りの人ね。ずっと黙っていて、存在感がなくて……幽霊みたい。本当は昨日挨拶しようと思っていたのだけれど、ダンスを踊るだけ踊ってサッサと帰られてしまったから、わざわざわたくしがここまで足を運んであげたのよ。感謝なさいな」
「ありがとう……ございます」
別に挨拶なんていらなかったけど。
内心で呟き、頭を下げる。
恐らくリーゲル様には、私達の会話は聞こえていないだろう。
殿下が私に話しかける姿を見て、柔らかに微笑んでいるから。
恐らく彼は、殿下と私が仲良くなるのは喜ばしいとか考えているに違いない。
でもそれは勘違いですよ、リーゲル様。
殿下は私を身代わりの花嫁として品定めに来ただけ。
如何に私があなたと釣り合わない女であるかということを、再確認させるためだけにいらっしゃったようですよ。
心の中だけでそう伝え、ぎゅっと唇を引き結ぶ。
美味しかったはずの朝食が、途端に味気ないものに感じられた。
思わずフォークを置こうとすると、
「席を外すことは許さないわ。リーゲルにいらぬ心配をさせてしまうじゃない。貴女にはわたくし達が二人揃って席を立つまで、ずうっとここに居てもらうわよ」
殿下にそう言われ、留まることを強制された。
この方は、私とリーゲル様の結婚を祝福していない。私を邪魔な存在としてしか見ていないのだと、分かりすぎるほどに分かる一言だった。
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