【完結】私の初恋の人に屈辱と絶望を与えたのは、大好きなお姉様でした

迦陵 れん

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第三章 旦那様はモテモテです

ダンスを連続で

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 一曲目のダンスが終わり、私はほっと息を吐く。

 初めは考え事に没頭しすぎてどうなることかと思ったけれど、なんとか無事に踊り終えることができて良かった。

 エルンスト様のリードが上手かったから、とても踊りやすくて楽しかったし。

 こんなことなら、考え事なんてしないで最初からダンスを楽しめば良かったな。社交界の爪弾き者を自負する私としては、こんな風にダンスを踊れることなんて、早々ないだろうから。

 勿体無いことしちゃった……という気持ちとともに、エルンスト様から体を離す──離そうとしたのだけれど、彼は何故か、繋いだ手と私の腰に回した手を緩めてはくれなくて。

「あの、エルンスト様……?」
「なんだい?」

 顔を見上げて名前を呼べば、優しい顔で微笑まれた。

 うっ、顔が良い……! じゃなくて! なんとしても二曲目を断らなければ。

 このまま彼と連続で踊るのは、さすがに拙い。

「エルンスト様、このままでは二曲目が始まってしまいますわ。同じ方と続けてダンスを踊るのは、恋人同士かそれに近しい関係の者のみと決められております。私達はそもそも初対面なのですから──」
「あれ? 今更そういうこと言っちゃうんだ?」

 その時突然、エルンスト様の纏う空気が変わったような気がした。

 え? どうして急に?

 今まではただ優しい良い人だったのに、何だかちょっと怒っているような……?

 思わず身を引いた私に顔を近づけると、彼は満面の笑みを浮かべ、こう言った。

「もうファーストダンスを一緒に踊った仲なんだし、この際二曲連続で踊っても良いんじゃないかと思うんだけど?」
「ええっ!? 流石にそういうわけには……」
「え~……どうせ旦那様には放っておかれてるんでしょ? だったら僕と踊ってた方が楽しいと思うけどなぁ」

 曲もかかっていないのに、エルンスト様が私の体をくるりと回してターンさせる。

「ね? 僕達のダンスの相性は最高みたいだし」

 キラキラした笑顔で言われるも、私は頷かない。頷けるはずがない。

 だって、彼はリーゲル様ではないし、このままもう一曲踊ろうものなら、周囲の人達に確実に浮気と断定されてしまう。

 たとえお互いにその気がなくても、ダンスのルールを知っていてやったとなれば、それは立派な浮気行為に他ならないのだ。

 エルンスト様がどういうつもりで私と二曲連続で踊るつもりなのかは分からないけれど、私はそれにのるわけにはいかない。

 以前一度、馬鹿な行いをしたせいでリーゲル様に浮気を疑われたのだ。

 二度とそんなことしたくなかった。

「……何か目的があるのでしょうか?」

 これ以上踊るつもりはないという意思表示のため足を揃え、腰に回されたエルンスト様の腕に抵抗するように、僅かながら体を離す。

 その上で、探るような目を向ければ、彼は驚いたように目を大きく見開き、それから慌てて頭をぶんぶんと横に振った。

「ないない! 目的なんて何もないよ。ただ僕は純粋に君のことが気に入ったから──」
「悪いが、私の妻だ」

 突如現れたリーゲル様が、エルンスト様の言葉を遮り、やや強引に私の体を引き寄せる。

 直前の会話でダンスから気が逸れていたせいか、思いも寄らずあっさりエルンスト様の腕から逃れられ、私は少しだけ拍子抜けした。

 あら、意外と簡単だったわね……。

「で?」

 私を両腕に閉じ込めたリーゲル様が、エルンスト様を鋭い目で睨みつつ、冷えた声を発する。

「グラディスはヘマタイト公爵である私の妻なのだが、君はそれを知った上で彼女を口説いていたのか?」

 それに慌てたのはエルンスト様だ。

「いえ! 僕は先日外国から戻ったばかりのため、彼女の身分については存じ上げませんでした。お気に触りましたら申し訳ございません!」

 あれ?

 その言葉を聞いた瞬間、私の頭に疑問符が浮かんだ。

 エルンスト様、確か私の身分をご存知だった筈だけれど……。

「自分の知らないところで妻を口説かれて、気に障らない男などいないと思うが……まぁいい。君は誰だ?」

 問われて、エルンスト様はすぐに直立不動の姿勢をとった。

 どうやらリーゲル様の迫力に、押されているみたい。

「僕はアダマン侯爵家嫡男のエルンストと申します。侯爵家嫡男として様々なことを外国で学び、帰国したばかりで、国内の情勢については色々と知識不足です。今後はヘマタイト公爵のお力になるべく心血を注いで参りますので、何卒今回のことはお許し頂きたくお願い申し上げます」

 ほぼ直角に腰を曲げ、エルンスト様は頭を下げる。

 大勢の貴族がいるこんな場所で、こうも正々堂々謝罪するなんて、中々できることじゃない。

 このことが、後日悪意を持って広まらなければいいのだけれど。

「謝罪は受け取った。妻の身分を知らなかったのであれば仕方がない。今後は気をつけるように」

 手で下がれと合図し、リーゲル様がエルンスト様をダンスの輪の外に下がらせる。

 これといったお咎めがなかったのは、多分エルンスト様が私の身分を知らなかったと偽ったからだろう。

 知っていてファーストダンスを申し込み、二曲続けて踊ろうとしていたとバレようものなら、何らかの処罰を下されていたに違いない。

 もし私がそのことをリーゲル様に告げ口したら、かなり不味いことになるだろうに、それを心配する様子もなく、ああもハッキリ嘘を突き通すなんて。

 エルンスト様……かなり肝が据わった人なのかも。

 そう思いつつ、つい彼を見ていると、リーゲル様にいきなり腰を引かれた。

「どうした? あの男のことが気になるのか?」
「そんなことありません」

 すぐさま否定したものの、私を見つめるリーゲル様の瞳は冷たい。

「どうだかな。拒否しようと思えば身分を詳らかにしていくらでも拒否できたのに、君はそれをしなかったんだろう? 本当は彼と浮気をするつもりだったんじゃないのか?」

 やばいわ。リーゲル様が完全に心を入れ替える前の状態に戻ってしまっている。

 せっかく偽物とはいえ笑顔で接してくれるようになったのに、こんなことで台無しにしたくない。

 浮気をする気なんて露ほどにもなくて、私は本当にリーゲル様だけを思っているのに、どうして毎回こんなことになるのだろうか。

 前回は確かに私が悪かった。でも今回は……。

「いい加減にして下さい! 元はといえば、リーゲル様が私を一人にしたからいけないんでしょう? 今日はあなたとダンスができると楽しみにしておりましたのに、リーゲル様は王太子殿下に呼ばれたきり、ちっとも戻っていらっしゃらなくて、だから私は……」

 ただ戻ってこないだけではなくて、王女殿下と楽し気にお話をされていた。

 私はそれが悲しくて寂しくて──。

「そ……それは仕方がないだろう。王太子殿下に失礼な態度をとるわけにはいかないのだし──」
「そんなことは分かっています。ですが、ですが……」

 違う。本当はこんなことを言いたいんじゃない。

 たとえリーゲル様が殿下達としていた話が政務のことでなかったとしても、私のために彼等との話を切り上げるなど、不敬もいいところだ。

 だから、リーゲル様は悪くない。彼を責めるつもりはなかったのに。

「申し訳……ございません……」

 俯き、リーゲル様から離れようと胸を押す。

 こんな私では嫌われてしまう。

 政略結婚の妻として、公爵夫人として、凛とした態度でいなければならないのに。

「私……やっぱり、無理です……」
「無理? 何がだ?」

 立派な公爵夫人として振る舞うことが。

 何でもない振りをして、笑顔を貼り付けリーゲル様といることが。

「私には……できない……」

 二曲目の曲が流れ出したタイミングでリーゲル様から離れ、駆け出そうとする。

 けれど、すぐにリーゲル様によって腕を掴まれ、引き戻された。

「行くなグラディス。私とダンスがしたかったのだろう? 踊るぞ。三曲連続で……な」

 彼の唇が、意味あり気に笑みを模る。

「リ、リーゲル様、それは、あの……」
「すまなかった。私にも非はあったのに、君だけを責める発言をした。君がファーストダンスを別の男と踊ったと報告があり、頭に血が上ったのかもしれない」
「え……」

 予想外のリーゲル様の言葉に、胸が高鳴る。

 彼は照れたように一度輪の外側へ視線を向けると、苦々し気に呟いた。

「……あいつ、君のことが余程気に入ったようだな」

 あいつ?

 少しだけ考えて、すぐにエルンスト様のことだと気付く。

「気のせいですよ。私のような者が気に入られるなんてあり得ません。エルンスト様に失礼です」
「そうか? だったらまぁ……そういうことにしておくか」

 リーゲル様だって、王女殿下に気に入られてると思いますけど?

 と思ったけれど、それは言わずに黙っておいた。

 もし違ったら、不敬罪で訴えられるかもしれない。

 王女殿下はもしかしたら、リーゲル様を兄と同じようなものだと思っている可能性もあるし。

 勝手に決めつけるのは良くないわよね……。

 うん、王太子殿下とリーゲル様は仲が良いし、その関係上王女殿下とも兄妹のように接しているのかもしれない。
 
 そうよ、きっとそうに違いないわ。

 そんなことを考えていた私は、リーゲル様との初めてのダンスをほぼ上の空で終えてしまい。

 激しい後悔に打ちひしがれる間もなく、二曲目、三曲目とダンスは続いた。

 帰宅する頃には疲労困憊で歩くことすらできなくなっていた私は、お陰で奇跡のような二度目のお姫様抱っこを堪能することができたのだった。


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